公女殿下の家庭教師 七野りく
『何もない休日に』
王国王都の下町。
下宿先で少し遅い朝食を食べ終え、洗い物をしている時、僕はふと思った。
――あれ? 今日は何も予定がないかも?
調べものは昨晩、粗方片付いてしまった。
ティナ達の家庭教師は明日、氷曜日の午後から。今頃は一生懸命、授業を受けていることだろう。
リンスター・ハワード両公爵家の合同商会も、顔を出し過ぎるとメイドさん達が『アレン様! 私達の御仕事を奪わないでくださいっ‼ 甘やかされ過ぎると、堕落……堕落してしまいますっ!!!』って、差し入れの御手製お菓子を食べながら詰られる。
……そこまで仕事をしているつもりはないんだけどなぁ。
けれども、手持無沙汰なのは紛れもない事実。さて、どうしたもんか?
そんなことを思いながら、最後のお皿を洗い終え、水の魔石を止めて、隣の腐れ縁へ手渡す。炎の魔石にかけておいた金属製ポット内のお湯が沸いている。
「はい、リディヤ。これが最後だよ」
「ん~」
獣耳フード付き寝間着を着たままの美少女――王国四大公爵家の一角にして、南方を統べるリンスター公爵家長女、リディヤ・リンスター公女殿下はお皿を布巾で丁寧に拭いていく。昨晩は僕の下宿先に泊まったのだ。
なお、本日も完全休息日とのこと。王宮魔法士でもきちんと休みはある。
リディヤは翌日がお休みの時、大体こうして泊りに来る。今日は僕の白シャツを寝間着にはしていないけれど。
機嫌が良いのか、鼻歌混じり。
フードの耳がどういう原理なのか動き、跳ねた紅の前髪も、飛び出している。
「ふき終わったわよ~」
「ありがとう」
リディヤからお皿を受け取り、戸棚に仕舞い、炎の魔石を止める。
「何飲む?」
「南方の紅茶~」
「了解。座ってて」「このままでいい~」
すぐさま返答し、僕の右腕を抱きしめ、右肩に自分の頭をこつん。「……えへへ。今日は、此処で二人きりだもん」。
普段の凛々しい姿と異なりふわふわしている。半分まだ寝ぼけているみたいだ。
まぁ、泊まりに来た翌朝では見慣れた光景ではある。
左手だけで紅茶の準備をし、浮遊魔法で白磁のポットお湯入れ。小さな紅の小鳥が描かれているカップを二つテーブルへ。ミルクと砂糖入れ、ついでに棚からクッキーも。
リディヤにお願いをする。
「ほら、座れないよ。離れて」
「やーだー」
腐れ縁は首を振って駄々をこねる。
……王国が誇る『剣姫』様とは思えない。
リディヤは片腕だけを伸ばし椅子と椅子をくっつけ、僕を見た。大変に自慢気な御様子。
ここの家具を揃える際、頑なに肘当て付きの椅子を選ばなかった理由がこれなのだ。
僕は溜め息を吐きつつ着席。リディヤも隣に座る。当然、抱き着きは継続中。
「……はぁ、まったく、この公女殿下は!」
「たまにはいいでしょ~? こんな可愛い女の子に抱き着かれてるんだからぁ~嬉しそうにしなさいよねぇ~」
そう言うと、頭をこすり付けてくる。
僕はその頭を優しく、ぽん。
「はいはい」
「はい、は一回~でしょぉ~?」
肩を竦め為されるがまま。左手で紅茶を丁寧に淹れていく。
ミルクと砂糖を足し、リディヤの前にカップを置きながら尋ねる。
「今日、どうしようか? 特段することもないんだけど。昨日、君が手伝ってくれたお陰で魔法書も読み終えちゃったし。はい、どうぞ」
「ありがと♪ ん~?」
花が咲いたような笑みを浮かべ、リディヤは左手で紅茶を飲み、小首を傾げた。
僕は自分の分の紅茶を淹れ、再度質問を繰り返す。
「何処か行こうか? バザールとか行ってみても良いよ? それとも、服とか見に行く? 午後からなら、ティナ達とも合流出来るだろうし」
「…………」
リディヤは紅茶を更に一口。
ふわふわした空気が収まり、目を細めた。はっきりと拒絶。
「――……いい」
「そう? 中々、僕等の休日も合わないし、今日を逃すと」
「い・い・のっ!」
頬を少し膨らまし、不満気。
飛び出た前髪と獣耳が左右に動き『分かって聞いてるでしょう?』。小さな子供みたいだ。
くす、っと笑ってしまう。リディヤがジト目。
「……何よぉ」
「なら――今日は何処にも行かずゆっくりしようかな。本を読んだり、料理したり、お菓子作ったり、お昼寝したり」
「…………あんた一人で?」
「勿論――」
その答えを聞いたリディヤは頬を大きく膨らまし、零距離『火焔鳥』の準備を開始した。物騒な。
僕は魔法を分解。クッキーを手に取り、リディヤの口元へ。
「…………」
無言で、パクリ、と素直に食べたものの、未だ少しだけ拗ねている。
『……これだけなわけぇ?』
僕は苦笑し、言葉を続けた。
「君と二人でが良いんだけどな。あ、でも、着替えないとダメだよ?」
「!」
リディヤは表情を、ぱぁぁぁ、と明るくする。
そして、直後、はっ、とし、唇を尖らした。
「……アレンの意地悪!」
――その日、僕等は一歩も外へ出ず、のんびりと過ごした。
二人でソファーに座りながら本を読み、お揃いのエプロンを着けて並んで料理をし、お菓子を作り、お昼寝をした。
なお、リディヤは着替えたものの、終日、何故か僕のシャツ姿。
いや、それも寝間着みたいなもんなんだけど……。
そうソファーに座りながら指摘をしたところ、上目遣いの腐れ縁曰く。
「だって、こっちの方が手を出しやすいでしょう? ……獣耳の方が、好き?」
……どっちでも出しませんっ!