一華後宮料理帖 三川みり
『当たりは誰?』
※このお話は
「困りました」
理美が
「確かに参ったな」
「どれが朱西が作ったものか、本当に見分けがつかないのか、あんた。俺は当たりを引くのは
「わかりません」
目の前にある胡麻団子は、理美がお
理美と丈鉄が向かい合っているのは、
堂の
(うわぁ。どうしよう)
胡麻団子を目の前にした自分を想像し、血の気が引く。
(胡麻団子に手を出さない、なんてことは許されないわよね、きっと。手を出さなきゃ不自然だし)
今日も朝から食学堂へやってきた理美は、朱西に
近頃、雨続きで建物の外へ出るのもままならない日が続く。
外出できない日が続くと、若き崑国皇帝
食学的おやつとは、朱西が研究している「体や精神に良い食べ物」ということ。これが大問題だった。体や精神には良いのだろうが、朱西が考案する食べ物は
祥飛のために
食学的な胡麻団子は、見た目こそ普通。その中身が
しかし胡麻団子を揚げているときに、うっかり祥飛用の食学的胡麻団子と普通の胡麻団子が混ざってしまったのだ。
四つのうち、三つは
どうしようかとおろおろしていると、丈鉄がやってきたのだ。
かくして、二人で胡麻団子を見つめて
「どうする、理美」
「陛下に陛下用の胡麻団子を差し上げられなくても、また作れば良いだけなんですが」
「陛下が食わなきゃ、陛下用の胡麻団子が残るだろうが。それを
「わたしもです」
「いっそ、陛下が来る前に全部割っちまって、中身を確認するか。それで
「自分の胡麻団子にだけ激臭が
「確かにな。へたしたら、俺たちに食えと言い出すかも」
「ご
「あんた、その変な言葉
表現が
気をつけますと返事するのと同時に、
「相変わらず、暗くて、
「そんな場所にお
「おまえがしつこく、来い来いと言うからだ。美味い胡麻団子を用意したと」
理美は
(美味い胡麻団子!? そもそも朱西様の胡麻団子は、絶対に不味いのに!)
もし朱西の胡麻団子が祥飛に当たってしまったら、理美たちは不味い物を食べなくて助かる。しかし激マズ胡麻団子を口にした祥飛は、怒り狂うのではないか。それくらいならば祥飛が普通の胡麻団子を食べて、理美か丈鉄か朱西が、当たりを引くほうがましなのではないか。
青ざめながらそんなことを考えている間にも、
朱西がいそいそと茶を
「ほら、二人も座って」
とにこやかに、丈鉄と理美にも席に着くように促す。
理美と丈鉄は目顔で確認し合う。
もう、なるようにしかならない。自分が激マズ胡麻団子で苦しむか、祥飛が怒り狂うか。
全員が席に着くと、朱西がにこやかに言う。
「さあ、理美。陛下に胡麻団子を取り分けて差し上げて」
「はい」
引きつった笑顔を返しながら、当てずっぽうに一つ、胡麻団子をとって皿に
祥飛がむっつりして茶をすすると、朱西は胡麻団子を口にする。
「胡麻団子は香りが良いですね。餡もほどよい甘さで」
朱西の言葉に、理美は緊張した。丈鉄も自分の皿を
(朱西様はハズレね。だったら、残りは三分の一の
祥飛が胡麻団子に手を伸ばした。理美と丈鉄が同時にそれを注視する。祥飛は一口で胡麻団子を食べた。
「あの、陛下? 美味しいですか?」
「まあまあの味わいだ」
理美と丈鉄は顔を見合わせた。
(わたしか、丈鉄様。どちらかが当たりだ)
丈鉄が
その
「どうしたんですか、二人とも。決死の覚悟に見えますが」
「いえ、別に。ね、丈鉄様」
「そうだな。別に、な。理美」
答えてから、理美と丈鉄は同時に呼吸を合わせて胡麻団子を口に入れた。
(甘い! 美味しい! やった、ハズレ!)
思わず
(あ、あれ?)
目が合うと、丈鉄も
(二人ともハズレ? え、じゃあ、当たりは)
理美も丈鉄もハズレ。朱西も餡が甘いと言っていたから、きっと激臭胡麻団子ではないはず。ということは。
(陛下が当たり!?)
目を白黒させる理美と、拳を突きあげた丈鉄を見て、祥飛は口元を
「おかしな奴らだ。どうした。きょときょとしたり、手を上げたり」
朱西も
「どうしました、二人とも」
胡麻団子を飲み込んだ理美は、祥飛の顔を
「あの、陛下。胡麻団子は本当に美味しかったですか?」
「言っただろう。まあまあだ」
「甘かったですか?」
「甘くはなかった」
それを聞いた丈鉄が目を見開く。
(間違いない。陛下が当たりだったんだ。でも、怒ってない? 朱西様の胡麻団子が美味しいとは思えないのに)
制作
なのに祥飛は怒らない。
(朱西様の不味い食学的料理を
それもあるかもしれない。
「もう一杯、茶が欲しい。朱西」
「はい。次は別の茶を準備しましょうか」
祥飛の要求に、朱西は笑顔で応じた。丈鉄が卓子に
「なんだが楽しそうですねぇ、陛下。胡麻団子がまあまあだったわりには」
「こんな埃っぽい場所で茶を飲むのが、それほど楽しいわけないだろう」
そう答えた祥飛だったが、照れくさそうに丈鉄から視線を
(ああ、そうか)
祥飛の反応で、理美は理解した。
(陛下は、嬉しいんだ)
気鬱な祥飛の気分を変えようと、朱西が自分の仕事場に彼を連れてきてくれたこと。そこに丈鉄や理美がいて、一緒にお茶を飲めること。それらが嬉しくて、妙な味の胡麻団子を食べさせられても
(不味いのに、それを
祥飛はいつも
「陛下」
優しく呼ぶと、不機嫌そうにこちらを見る。
「なんだ」
「わたしは、お茶をご一緒できて楽しいです」
祥飛の頬が
「余は楽しくない」
「でも、わたしは楽しいです。ゆっくりお茶を飲んでください」
「余は楽しくないが、おまえがそう望むなら。ゆっくりしてやらないこともない」
「はい。お願いします」
答えると、祥飛は「しかたない」と呟いたが、口元が緩む。
朱西と丈鉄は、ちらっと
外はまだ、雨。
空気は湿って空は暗い。
しかし食学堂の中は、ほんのりと
長雨もいつか終わる。雨が止んだら外へ出て、どこか気持ちの良い、見晴らしの良い場所でお茶を楽しもう。
もちろん、
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【あらすじ】
『おいしい』――その一言を聞くために。 食を愛する皇女の後宮奮闘記!
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他国の姫という理由で後宮の
しかし突然、皇帝不敬罪で
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