一章 ひとり至上主義者 VS その1
僕──
(ふふふ)
僕はキャンパスライフを
などではなく。
一人で大学の図書館の半個室にこもり、人類の英知にふれること。
そして、ネットゲームだ。
僕は背中を丸めて愛用のノートPCを
WCO──ワールドクロニクルオンライン。
世界中にユーザーがいる、オンラインアクションRPGだ。ジャンルを問わずいろんなゲームをしてきたけど、大学に入ってからこれにハマっている。
画面には
僕が操作する『
その後ろには、杖と黒いローブを身につけた男がいる。『
サトシがチャットに書き込んだ。
サトシ『ガウェイン、今日も頑張ろうっす』
僕は以前、WCOをソロでプレイしていた。
だがサトシが、外国人らしきユーザーに英語で話しかけられて困っていたところを、間に入って通訳し、助けた。
それ以来サトシは、僕についてくるようになった。
いまは二人でパーティを組み、僕が前衛兼指示役、サトシが後方で魔法を使う役割。
二人の前には強大なモンスター──『エンシェントドラゴン』。こいつを倒すのが、僕たちパーティの今のクエスト。
僕は指示を出す。
ガウェイン『サトシ、こいつは素早さが武器だ。まず土魔法で足場を悪くして、それを封じてくれ』
サトシ『了解っす』
僕とサトシは息の合ったプレイをする。戦術がうまくハマり、エンシェントドラゴンのHPを削っていき……倒した。
(よしよし)
ニヤリとしていると……
突然、見知らぬチャラい男が僕のノートPCを
(おわっ)
いきなりパーソナルスペースへ侵入され、ビクッとした。
男は髪を派手に染めており、
僕を薄笑いで見下ろし、タバコの匂いが混じる
「お前、大学の図書館でPCゲームやってんの? 暗っ」
「あっ、いや……」
目をそらしながら、ぼそぼそと言う。普段全く
チャラ男に後ろから、
「ちょっと
「だってこいつ、ビビってるからさ~」
「「あはは!」」
そして、僕へ見せつけるようにキスをする。腕を組んで、遠ざかっていく。
(どこにでもいるなあ。ああいう風にマウント取るヤツ)
高一の頃、同じクラスで野球部のレギュラーのヤツが、僕のひ弱さをしつこくバカにしてきた。
僕は気持ちをうまく伝えるため、
『君のチームは、この間の大会で強豪私立に33-0で
そしたら殴られた。どう考えても僕が正論なのに。
ノートPCに目を戻すと、サトシの書き込みがあった。
サトシ『ガウェイン?』
『回線が落ちちゃったっすか?』
ガウェイン『いや、大丈夫。すまない』
『そういえばサトシ』
サトシ『はい』
ガウェイン『今日お前、夏休み明けのテストの結果を返される日だよな? どうだった?』
サトシは今年の春、高偏差値の高校に入学したが、全く勉強についていけなかった。
五教科では国語以外すべて
それを聞いた僕は英語、ついでに他の教科も教えたのだ。
今回のテストもまずかったら、留年も現実味を帯びてくるが──
サトシ『ばっちりでしたっ! 五教科全部、余裕で平均点超えです!』
ガウェイン『そうか』
サトシ『ガウェインも夏休みとかお忙しかったでしょうに。俺のためにすみません』
ガウェイン『気にするな』
誰かに教えることは、僕の英語力のアップにも繋がる。
いずれ、誰とも会わずに在宅でできる
サトシ『いや気にするっすよ。ほんと俺、感謝してるっす……』
『あのですね、ガウェイン』
すると急に、サトシのメッセージが止まった。
二十秒ほど経って、僕が『どうした』と打とうとしたとき、
サトシ『エンシェントドラゴンから素材もゲットできたし、新しく武器作りに行きましょうっす』
(なんだ?)
今、強引に話題を変えられたような。
●
サトシとのプレイを終えたあと。
僕はノートPCをデイパックにしまい、クーラーの
ここ
講内には仲のよさそうな友人同士や、カップルがたくさん歩いている。 近くに立つサークル
「あははははは」「あの教授の講義、つまんねーよなー」「東北芸大との合コンがさー……」
まるで
(高校までなら、僕みたいなボッチはクラスのイジメの標的となるけど──)
だが大学では、それはない。
そもそもクラスがないからだ。
自分で選択した授業を受けるため、同学年のつながりが高校と比べると非常に薄い。
なのでボッチは、誰からも気にされない、空気のような存在となるのだ……僕のように。
(なんて素晴らしい!)
思えばクラスなんてものは、異常な場所だ。
力や
偶然集まっただけの集団なのに、仲良くしたり空気を読むことが求められ、できないものは群れから排除される。僕のように。
下らないルールから解き放たれたのだ。なんて幸せだろう。
お気に入りの言葉を口ずさみながら、歩き出す。
「『
サイは群れを作らず、ただ一頭で生きるという。僕の心境にぴったりだ。
アパートに帰ったら、昨日漬けた煮卵を入れてラーメンを作ろう。
門へ向かう。右手に見えるグラウンドでは、野球部やラグビー部が
その
清らかに
「こんにちは。放送研究会二年の、
反射的に立ち止まり、そちらを向く。
グラウンドの一角に、マイクを持った女性がいた。
ピンと伸びた背筋。腰の位置が驚くほど高くて、そこから細いジーンズに包まれた長い脚が伸びている。九頭身近くありそうな、
(高嶺先輩)
僕と同じ高校の出身で、インターハイの百メートルで優勝したこともある女性。
大学では放送研究会──放送研に所属し、昨年の学園祭では司会を務めたらしい。その
高嶺さんへ、男子がカメラを向けている。放送研は動画配信サイトに動画をアップロードしているので、その撮影だろうか。
高嶺さんの後ろには、スポーツウェアを着た二十人ほどの男女がいる。
「今日私は、ラクロス部にお邪魔させていただきました」
僕は魂を抜かれたように、彼女を見つめた。
三年前──ある偶然から高嶺さんに手を引かれた日から、見かけるといつも心を奪われてしまう。
(でも)
高校時代の高嶺さんは孤高で、リポーターをするようなタイプではなかった気がする。
大学に入って変わったのだろうか──と思っていると。
ふと、高嶺さんがこちらを見て、目が合った。
(っ!)
そのときスマホが鳴った。サトシからのRINEメッセージだ。僕は彼とIDを交換している。
『突然すみません。いままで黙ってましたけど』
『俺が通ってる高校って、宮城県の仙台学院高校。センパイが通ってる陸奥大学の近くなんす』
驚いた。
だがそれに続く言葉は、さらなる衝撃だった。
『今日、これから会いませんか? オフ会ってヤツっす』