同棲から始まるオタク彼女の作りかた

【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた　１巻

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　　　　＊　＊　＊

「うお……」

　二科の家の前に到（とう）着（ちやく）して、家を見上げて思わず声を漏らす。

　何やら立派な家ばかりが並んでいるので、ここら辺は所謂（いわゆる）高級住宅街という場所なのだろうが、周りの家に負けず劣（おと）らず、二科の家も大きくて立派だった。

「ママにはこれから友達連れてくるってライン送っといたから」

「あ、ああ……」

　いきなり家に来いと言われたときにはびっくりしたが……ちゃんと話を聞いてみると、単に、次の出会いの場を探すのに二科の家のＰＣで調べよう、という話だった。

　二科のスマホの、今月のデータ通信の残量が僅（わず）かだったようで、外だとＷｉ‐Ｆｉも安定していないので、家のＰＣを使おうという発想に至ったらしい。

　正直、俺は今のこの状（じよう）況（きよう）に激しく動（どう）揺（よう）していた。

　いくら調べごとをするだけとはいえ……いかんせん、女の子の家に遊びに行くのなんて、覚えている限り幼（よう）稚（ち）園（えん）児（じ）以来である。

　親（おや）御（ご）さんに変に思われたり彼氏と勘（かん）違（ちが）いされたりしないのだろうか。俺はどういう態度でいればいいんだ？

「……！　あれ？　鍵（かぎ）かかってる……」

　玄（げん）関（かん）で扉（とびら）を開けようとして、二科は言葉を漏らす。

「あ、ママからライン来てた」

　制服のポケットからスマホを取り出して、確（かく）認（にん）する二科。

「あ……そっか、今日友達とお茶してるんだっけ」

「え……」

「ま、いっか」

　二科は特に気に留める様子もなく、スマホを仕（し）舞（ま）ってから財（さい）布（ふ）を取り出し、中から鍵をだして扉を開けた。

　ちょ、ちょっと待てよ。つまり、それって……。

　心臓の音が大きくなる。手が震えそうになる。自分でもびっくりするくらい動揺を隠（かく）しきれない。

「？　何固まってんの？」

　二科は扉を開けて家の中に入りながら、微（び）動（どう）だにしない俺を不思議そうに振（ふ）り返る。

「い、い、い、いや……え、えっと、その……」

　なんでこいつ平然としてやがるんだよ。誰（だれ）もいない家に二人っきり、って……それ、まずくないか？

　いや別に俺は、こいつのことなんてなんとも思ってないし、二人っきりだからってどうもないけどさ、でも、高校生の男女が誰もいない家に二人きり、って……！

「え……ちょ、ちょっと、あんた……何意識し出してんの!?　ちょ、マジやめてくんない!?　ただ調べるだけだってのに……」

　二科は俺の様子に俺が動揺していることを察したらしく、ドン引きした様子で辛（しん）辣（らつ）な言葉を投げかけてきた。

「は、はあ!?　別に意識とかしてねえし！　親がいない間に勝手に入っていいのかって思ってただけだろ！」

　その様子に、カッとなって慌（あわ）てて言い返した。

　クソッ、いちいちムカつく反応を返してくる奴（やつ）だな。こんな奴相手に動揺していた自分に腹が立ってきた。もう一（いつ）切（さい）何も気にしないことにしよう。

「ただいまー」

「お、お邪（じや）魔（ま）します……」

　二科の後ろに続いて家の中に上がり、廊（ろう）下（か）を進んで扉を開いた。

　広くて綺（き）麗（れい）なリビングを突（つ）っ切って階段を上がり、いよいよ二科の部屋までやってくる。

　二科の部屋の扉を開けると、なんともいえないフローラルないい香（かお）りがしてくる。さっき何も気にしないようにしようと決めたばかりなのに、童（どう）貞（てい）には刺（し）激（げき）が強すぎて一（いつ）瞬（しゆん）意識が遠のきそうになった。

　俺は小三頃（ごろ）までは女子とも普（ふ）通（つう）に話せていたが、その頃に徐（じよ）々（じよ）にオタクに目覚め、それ以降、女友達なんて一人もいなかった。同世代は勿（もち）論（ろん）、近所のおばさんですら女性というだけで会話するのに緊（きん）張（ちよう）する。

　それなのに、女の子の部屋で二人きり、なんて……果たして無事に帰ってこられるのだろうか。

「あっ……」

　そこで突然、二科が何かを思い出したかのように俺の顔を見た。

「はあー……」

　ガッカリしたかのような顔でなぜかため息をついた。

「な、なんだよ!?」

「いや……ごめん、こっちの話。初めて部屋に上げる男子は彼氏が良かったなーって……。よりによって……あ、うん、なんでもない」

「よりによって、何だよ!?　お前が家に来いって言い出したのに失礼すぎねえか!?」

　二科の言葉に頭にきて言い返す。

　しかし、初めて部屋に上げる男子、って……男を部屋に上げたのこれが初めてなのかよ。マジで、今まで男と親密になったことないのか……。人は見かけに寄らないもんだな。

「…………」

　気を取り直して、二科の部屋を見る。

　白とピンクを基調としたデザインの壁（かべ）紙（がみ）やインテリアで、なんとも女の子らしい部屋だった。

　本（ほん）棚（だな）には少女漫（まん）画（が）が並び、壁にかけられたコルクボードには友達との写真が貼（は）られており、ベッドにはハートのクッションやぬいぐるみが置かれている。

　普通の、イマドキの、女の子らしい部屋。

　俺は違（い）和（わ）感を覚えた。

「オタクっぽさが欠片（かけら）もない部屋だな」

「ああ……私、家族にもオタク隠してるから」

「え!?　な、なんでまた？」

「色々あって、うちの親、オタクにいい印象持ってなくてさ」

　二科は俺から目を逸（そ）らして少し寂（さび）しそうに言った。

　そういう親って、やっぱりいるんだな。ということは二科は、学校でだけでなく家でもオタクを隠してきたのか。

　二科がどの程度のオタクなのか分からないが、もし自分だったらと考えると、常に趣（しゆ）味（み）を隠して生きるなんて、相当窮（きゆう）屈（くつ）で大変な生活だろうと思う。

「あ、そーだ。いいもの見せてあげる！　人に見せるの初めてなんだけど……」

　突然二科がウキウキした様子で言い出した。不覚にも、一瞬その様子を可愛（かわい）いなんて思ってしまう。

　人に見せるのは初めて？　一体俺に何を見せるつもりなのだろう。

　二科は机の引き出しの中から鍵を取りだして、クローゼットの前まで移動し、持ち手付近の鍵穴に差し込んだ。

　クローゼットにわざわざ鍵がついているのか？　一体何でまた……。

　二科が鍵を開けて、クローゼットを開ける。

「……っ!?」

　中を見て、俺は絶句した。

　本棚には、大量の漫画。漫画雑誌やアニメ雑誌、ゲーム雑誌。アニメのＢＤ‐ＢＯＸ。声優のライブＢＤ。ＣＤ。

　アクリルキーホルダー、丸まったままの、恐（おそ）らくポスターやタペストリーかと思われるもの。

　男性キャラの、ぬいぐるみ多数。様々なサイズのフィギュア。

「ちょっ、なんじゃこりゃあ!?」

　フィギュアが並んでいる棚の一部に、思わず目を疑う光景があった。

　イケメンキャラのフィギュアなのだが、ほぼ全（ぜん）裸（ら）のような格好で顔を赤らめているのである。

「あっそれはねー、『ドラマティカルメーデー』っていう超（ちよう）人（にん）気（き）ＢＬゲーの初回特典のフィギュア！　超出来いいでしょ!?　主人公の『緑（りよく）葉（は）』っていう総受けキャラなんだけどー、エロいでしょ!?　顔もめっちゃ可愛いしここの腹筋から下半身にかけてのライン超シコいでしょ!?　初回特典が欲（ほ）しいがために発売日に並びに行ってめっちゃ大変だったんだからー！」

　二科が今までの様子と一変して、声は少し低くなり、興奮気味に早口で一気に得意げに語り出した。

　ちょ、待て、女としていいのかってレベルの発言してるけど大（だい）丈（じよう）夫（ぶ）か!?

　こいつ、急にガチオタじゃん。むしろこの早口で喋（しやべ）ってる様子とかただのキモオタじゃん！　いつもの学校での二科とはまるで別人……。

「つーかお前、ナチュラルにＢＬゲーとか買ってんのかよ!?」

「え、別にそんくらい普通に買うでしょ」

「お前な……え、ちょ、なんだこれ!?」

　動揺する俺の目に、フィギュアよりも更（さら）に理解に苦しむ物体が飛び込んでくる。

　壁にバッグがかけられているのだが、バッグには大量の缶（かん）バッチやキーホルダーが取り付けられ、元の生（き）地（じ）がほとんど見えない程（ほど）埋（う）め尽（つ）くされている。そのグッズは全（すべ）て同じキャラのものだった。

　金（きん）髪（ぱつ）のイケメンキャラで、男子アイドルゲームか何かのキャラだと思うが、女子向け作品には疎（うと）いので詳（くわ）しくは分からない。

「これ、痛バってやつか……!?」

　痛バッグ……ツイッターで見たことはあるけど、本物を見たのは初めてだった。

　同じキャラのグッズを大量に持っているのは分かるにしても、缶バッチなど全く同じ商品がいくつも鞄（かばん）を埋め尽くしており、狂（きよう）気（き）染（じ）みている。

「なんで同じ缶バッチが大量についてるんだよ？」

「橋（はし）本（もと）薫（かおる）のグッズは無限回収してるから」

「無限回収……」

　恐ろしい言葉をオウム返しした。無限回収……言葉の通り無限にグッズを回収するってことだろうか。

　二科は、俺以上にやばいオタクだったということがこの短時間でよく分かった。

「あとね、あとねー！」

「いや、もう十分分かった！　大丈夫だ！」

　二科が引き出しを開けようとしたのを必死に止める。なんとなく、ここで止めておいた方が自分の身のためだと思った。

「クローゼットに鍵（かぎ）がかけられてた理由がよく分かった……」

「まあ、親にバレたら気絶もんだからね、これ」

　さっき、親がオタクにいい印象持ってない、と言っていたことを思い出す。

「でも……学校でオタ隠して、家でも隠して、ってそれ、結構しんどくねえか？」

「そうなの？　昔からずっとこうだから、慣れちゃった。あんたは家で、家族にオープンなの？」

　二科はクローゼットを閉めて鍵をかけてから、部屋にある床に座る用のクッションの上に腰（こし）を下ろし、俺にもクッションを渡（わた）して座るよう促（うなが）す。俺も座って、話を続ける。

「ああ。一（いつ）緒（しよ）に住んでたときも全く隠してなかったな」

「……？　一緒に住んでたとき？」

「あ、ああ……今俺、一人暮らしなんだ」

「一人暮らし!?　高校生が一人暮らしって……何そのアニメの設定みたいな話!?」

「父親の海外赴（ふ）任（にん）が決まって、でも俺は絶対日本から離（はな）れたくなかったから、絶対日本に残りたいって言い張って、必死で説得したんだよ」

　両親と妹が海外に引っ越（こ）して、一人暮らしを始めてから、半年が経（た）つ。

　父親の転勤が決まった当初、俺も家族と来るように強く言われた。

　しかし……父親の赴任先は、インド。

　インドじゃ日本のテレビなんて当然観（み）られないから、アニメはネットで観ることになるのだろうが、調べたところ、インドは現状あまりネット環（かん）境（きよう）が整っていないらしい。それに、もしネットができたって観たいものが上がっているとは限らないし、そもそもアニメを違（い）法（ほう）で観るのは好きじゃない。