第三章 可愛い教え子 その1

「……」

 神永カムイは、宿直室のベッドで横になっていた。

 想像していたよりずっと広くて豪華な宿直室だった。

 巨大なテレビもあるし、インターネットに接続したパソコン、冷暖房、冷蔵庫に、小さなキッチン。

 そして、風呂もトイレも完備。宿直室というより、ちょっとしたビジネスホテルのようだった。

「体育の授業か……俺に出来るかな……」

 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!

「うお!?」

 明日以降の事を考えていると、突然大音響のアラーム音が鳴り響いた。

「何だ!?」

 住み始めた初日の建物で鳴るアラーム音なので、この音が何を知らせているのか解らない。

 まさか火事か?とカムイは警戒しながらベッドから跳ね起きるが、その瞬間、巨大なテレビの電源が勝手に入り、校舎の見取り図が表示される。

『侵入者です。侵入者です。宿直の教員は速やかに対処してください』

 などと機械音が鳴り響く。

「はあ? 侵入者ぁ?」

 カムイは前のめりになって、テレビ画面を凝視する。

 表示された見取り図。

 そして防犯システムが把握した、侵入者の現在地が表示される。

「……」



「……ちっ! 防犯システムが作動しやがった!」

「大丈夫だ! この校舎に教員はいねえ。まだ時間はある」

 校舎に侵入していた男達は、授業に使用する教室のPCを操作し、メインコンピューターにアクセスしようとしていた。

 全ての異能者が、どのような異能を持ち、その異能をどの程度扱えるかは、異能管理機構に把握されている。

 しかし、そのデータは学園島の外部には漏れないようにされている。

 防犯上の理由で異能者の異能は公表されているが、例外として異能学生のパーソナルデータはプライバシーを考慮され、よほどの大事件を起さない限り隠される。

 だからこそ、異能学生のパーソナルデータには莫大な金銭に換えられる程の価値がある。

 非合法に異能者の子供を集め、兵器として利用する組織や、強力な異能を持つ子供を、成長する前に始末しようと考える組織は、日本に数多く存在する。

 そんな裏社会の組織にとって、数百人から数千人の異能学生のパーソナルデータは、喉から手が出るほどに欲しい情報なのだ。

 教師が不在であり、セキュリティがいい加減なこの学校は、まさに絶好の標的だった……はずなのだが、

「誰だお前ら! そこで何をしている!」

 何故か、その日に限って、一人の男が、侵入者にとって最悪の男がいた。

 学生時代から異能学生同士の喧嘩で負け無しであり、今日、数十人の異能学生を一人で半殺しにした鬼畜教師が、よりにもよって宿直室にいたのだ。

 侵入した五人の男にとっては、あまりにも不運だった。

「「「「「……」」」」」

 しかし、当の本人達は、気付いていなかった。

 今まさに、死神や悪鬼羅刹に等しい存在が眼の前にいるというのに、その事に気付いていなかった。

 長身だが、大して強そうに見えない細身の身体。

 何故か両眼が赤く発光しているが、いつまでも『超人化』や『具現化』の類を使用しない態度。

 そして何より、赤いTシャツと黒いステテコ姿というダサイ服装。

 夜間の警備なのに、警棒も拳銃も、懐中電灯すら持っていないという無防備さ。

 要するに、もの凄く弱そうに見えたのだ。

「おい! そこで何をしているのかって聞いているんだ! まさかデータを盗みに来たテロリストとか犯罪者か!」

 その男は、シャツとステテコ姿のまま、裸足で五人の侵入者に近づいて行く。

 そんな迂闊な男に対して、侵入者の一人は持っていた拳銃を向け、何の躊躇も無く撃った。

 乾いた銃声が鳴り響き、薬莢が床に転がる。

「……え? 銃?」

 撃たれた男は、キョトンとした。

 まさか普通に拳銃で撃たれるとは思わなかったので驚いた。

 しかし、侵入者の方が驚愕していた。

 シャツとステテコ姿のダサイ男は、弾丸を素手で掴んでいたのだ。

 自分の身体に命中しそうになる弾丸を、もうそれは、ごく普通に鷲掴みにして。

 瞬間、五人の侵入者は全員が拳銃を向け、同時に発砲する。

 彼らが使用している拳銃は、最新式のものだった。

 強化ポリマーフレームを使用した事で実現した、圧倒的な軽さと頑丈さ。 

 そして、ダブルカラム方式によって実現した、十七発にも及ぶ装弾数。

 さらには引き金を引いている間、弾丸が連射され続けるフルオート機能。

 もはや、小型のアサルトライフルと呼んで差し支えない凶器。

 それを、五人で、一人を相手に何の躊躇も見せずに乱射する。

 男の着ていた赤いTシャツがはじけ飛び、鮮血が舞う。

 当然である。

 人間より頑健な肉体を持ち、特殊な武器を何もない場所から取り出せる。

 異能者という存在は、確かに人間を凌駕している。

 人間は、どれだけ鍛えても異能者には決して敵わないだろう。

 しかしそれは、人間が素手だった場合に限った話だ。

 人間には、銃器という武器がある。

 人間が生み出した、至高の近接戦闘兵器。

 引き金を引くだけで、相手が人類最強の格闘家やオリンピック選手だろうと、仮に戦国時代や中世の武士や騎士などといった、一騎当千の英雄であろうと、確実に射殺出来る武器。


 撃たれれば誰でも死ぬのだ。


 何を努力しようが、どんな成果を上げようが。

 天才も超人も偉人も化物も誰も彼も、撃たれれば死ぬ。

 だから銃器で武装すれば、誰が相手でも殺せるのだ。

 それが人間の常識。

 人間は、銃を持てば、確実に相手を殺す手段を得られる。


 まあ、人間の社会だけの話だが。


「おいおいおい……何をしてくれてるんだよお前ら……」

 数十発。

 正確には、十七発×五人。

 計八十五発もの銃弾を食らった男は、上半身を裸にしながら、首を曲げて相手を睨んでいる。

 露わになった素肌には、傷一つ無い。

 先ほど鮮血のように見えたのは、はじけ飛んだ赤いTシャツの生地だった。

 よくよく見れば、銃弾は男の足元に全て転がっている。

「「「「「……!」」」」」

 弾丸をはじき返した?

 何故? 何らかの異能を使用した?

 常識外れの光景に絶句する五人の侵入者。

 彼らはあまりにも世間知らずだったのだ。


 異能者には、人間社会の常識など通用しない。


「学校で拳銃なんか乱射しちゃ駄目だろ。ここはアメリカか?」

 そこから先の事は語るまでもない。

 弾丸を跳ね返す程に頑丈な筋肉を持った、黒いステテコ姿のダサい男による、殴る蹴るの暴行が五人を相手に炸裂しただけの事だ。


「……」

 再び宿直室のベッドの上で横になっていたカムイは、憮然とした表情を浮かべていた。

 侵入した五人の男はしこたまブチのめした後、防犯システムが自動的に通報した事で駆けつけて来た治安維持部隊、ケルベロスの隊員が連行していった。

 異能学園島に存在する無数の学園に在籍する学生の中から、特に戦闘に優れた者達を募って編成された治安維持部隊ケルベロスは、学園島の中で起きる犯罪を、昼夜を問わず取り締まっている。

 ケルベロスの隊員は侵入者を半殺しにしていたカムイに対して、

「夜間警備、お疲れ様でした!」

 と、若干尊敬のまなざしを送りながら、敬礼し、校舎を後にしたのだが、他人に暴力を振るった事を褒められてもカムイは嬉しくない。

 こんな暴力的な日常を求めて教員になったわけではないのだ。

 これでは四六時中強くなる方法と、異能を悪用する組織、集団に勝利する方法を模索する事に青春時代を費やしていた頃と何も変わってないような気がする。

 もう少し、教師らしい事をしてみたい。

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