四章 悪の幹部の倒し方

四章


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「勇者の一行が、ダスターの塔で手に入れた秘宝を使い魔王城への道を開いたらしいな。これで敵さんも本気にならざるをえないわけだ。我々は、勇者が魔王を討ち取るまで城に立てこもり、ガッチリ防衛していればいい」

「魔王軍が俺達を滅ぼすのが先か、勇者が魔王を倒すのが先かってか」

 俺とアリスが、それぞれに武器の手入れをしながらそんな事を話していると、突然部屋のドアが叩かれた。

「おい、六号。いるか?」

 それは不機嫌そうなスノウの声。

「いるけどお前の前には出たくない」

「ふざけるな、居留守を使われた方がまだマシだったわ! ……なんだ、武器の手入れをしていたのか?」

 スノウは俺が机の上で研いでいたナイフに視線を向けると。

「……な、なあ六号、そのナイフをちょっと見せてくれないか? 前々から思っていたのだが、結構な業物に見えるのだが」

「……いいけど、持って帰るなよ?」

 ナイフの柄を向け、それをスノウに手渡すと。

「これは素晴らしいな……! なあ、この子には銘はあるのか? 無いのなら私が付けてもいいか? というか産地はどこなんだ。……な、なんだ、放せ! まだ見足りない! というか、私が研いでやるから……ああっ!」

 危ない目付きでナイフに頬ずりを始めたためスノウの手から取り上げると、小さな悲鳴を上げながら非難の混じった視線を向けてくる。

「お前は何しにきたんだよ、俺のナイフを奪いに来たのか?」

「そ、そうだった、あまりにも綺麗な子がいたからつい……! ……将軍がお呼びだ、会議室に来い。私達に、頼みたい事があるそうだ」


 ――スノウに連れられ会議室に来てみると、そこには将軍と参謀の、おっさん二人のみだった。

 将軍は、俺にかけるように椅子をすすめると。

「まずは、よく来てくれた六号殿。貴殿の今までの功績はなかなかのものだ。その中でも特筆に値するのが、貴殿が何度も四天王と交戦したにも関わらず、未だ無事生きている事だ」

「まあそれほどでもありますが」

「こ、これっ!」

 あっさりと肯定した俺に参謀のおっさんが注意するが、一体何のために呼ばれたのやら。

 と、将軍がなんだか、話をいつ切り出そうか言いにくそうにしていると、俺を案内したスノウが口を開いた。

「将軍、我々に何か特別な任務を与えたいのですか?」

 スノウの助け舟に、将軍が重く頷く。

「うむ、その通りだ。お前達の小隊に頼みたい事とは……。今後、四天王などの大物が現れた時、お前達には、それらの相手をしてもらいたい」

「喜んでっ」

「おいこら待て! スノウ、お前いつから隊長になったんだ!」

 喜び勇んで興奮しているスノウを止めるも、

「貴様、これ程名誉な任務はそうあるものではないぞ! 敵の幹部を相手にするのは我らこそが相応しいと、そこまで実力が認められているという事なのだぞ そして当たり前だが、この任務は最も戦果を挙げられる。となれば、褒美も出世も思いのままだ!」

 こ、こいつ、ここまで欲望に忠実だと逆に感心してくるな。

 俺がスノウをどう説得しようか言葉を選んでいると、参謀のおっさんが大げさな身振りと共に語りだした。

「スノウ殿のおっしゃる通り。六号殿は炎のハイネに地のガダルカンド。そして、力のギルに知のリスタ。これ程の面々を相手に渡り合った、我が国の英雄ですぞ。貴殿が相手をできないと言われるのなら、他に魔王軍の幹部に対抗できる者など……」

 言いながら、おっさんが深くため息をつく。

 芝居がかった物言いに、俺の中で何かがピンと引っかかった。

「……なあおっさん。ひょっとしてこれを将軍に進言したのって、あんただったりする?」

「おい六号、おっさん言うな! この方は将軍に次ぐ発言力を持つ……」

 俺を非難するスノウを遮り、おっさんではなく将軍が答えた。

「そうだ。この参謀殿が六号殿を高く買っていてな。魔王軍の幹部に対抗できるのは、勇者殿を除けば六号殿以外にはいない、と……」

「ほう」

 べた褒めされているのは嬉しいが、おっさんの愛想笑いが引っかかる。

 キサラギに所属していた時に見てきた、自分の甘い利権を守ろうとする権力者達。

 このおっさんからは、なぜかそんな連中と同類の雰囲気が感じられた。

 俺が警戒度を上げる中、参謀のおっさんは。

「六号殿。英雄であるあなたの力をお借りしたい。人手が足りないと言うのならば、貴殿の隊の魔物混じりや邪教徒などでなく、もっと格のある正規の騎士を付けよう。なんなら、小隊ではなく中隊を率いてくれてもいい。……どうだろう、引き受けては貰えないだろうか?」

 そう言って深々と、薄くなった頭を下げた。


 ――それから数日が経ったある日。

 出撃を命じられた俺達に向け、やたらとテンションの高いスノウが、声を精一杯に張り上げた。

「いいか貴様ら! 今回我らが請け負った任務はとてつもなく名誉なものだ! 負ける事など決して許されぬ。皆、心してかかれ」

「おい、なんでお前が仕切るんだ」

 城から離れた丘の上に堂々と騎士団が立ち並ぶ。

 俺達の部隊は、その騎士団の中心に配置されていた。

 現在、魔王軍の軍勢がこの近くまで侵攻してきているらしい。

 数はそれほど多くないそうだが、敵の中に魔王軍の四天王、炎のハイネがいるとの事。

 ハイネに当たる事になっているのは、もちろん……。


「四天王、炎のハイネの首! この私が貰い受けるっ」


 そう、俺達の部隊が担当だった。

「六号、このテンション高い女を何とかしてくれ。普段から暑苦しいが、今日は特に鬱陶しいぞ」

 いつになく張り切るスノウに、感情なんて無いはずのアリスが心なしかげんなりしている。

「ほっとけほっとけ、こいつには言うだけ無駄だ。お前ら、敵に遭遇しても適当に流す程度でいいからな。こんな任務で怪我をするのもバカらしい」

 それを聞いたスノウはこちらをキッと睨みつけると、額に青筋立てて食ってかかる。

「貴様、何を言っている! 将軍や参謀殿から託された特別任務だぞ」

「俺、あの参謀のおっさん嫌いなんだよ。あいつからはなんか、自分の保身しか考えないような、姑息な卑怯者の臭いがする」

 俺の胸倉を掴んでいたスノウが、呆然とした表情を浮かべ。

「お、お前……、言いたくないが自分を客観的に見た事はあるか?」

「おい六号、鏡っていう道具を知ってるか? ピカピカで自分の顔が映るやつだ」

「隊長、ブーメランって道具も知ってますか?」

 ……あのおっさんだけじゃなく、お前らも大っ嫌いだ。

 フルボッコにされる俺に、スノウが腰に手をあてながら。

「とにかく! やる気がないというなら無理にとは言わん! せめて今回は、以前あの女と戦った時のように私の邪魔はするんじゃないぞ!」

 どうやらこいつは、以前炎のハイネに逃げられた時、まるで相手にされなかったのを未だ根に持っているらしい。

「む、六号、なんだその目は。ふふん、今日の私はひと味違うぞ? 炎のハイネへの対策はちゃんとできている。見ろ、コレを!」

 そう言ってスノウが見せびらかしてきたのは一本の青い剣。

 冷気でもまとっているのか、その剣はドライアイスみたいな白い煙を漂わせていた。

「氷結剣アイスベルグ! 三年ローンで手に入れた、炎のハイネに対抗できそうな新しい愛剣だ!グリム、今回こそはお前の力を役立ててもらうぞ! おい、起きろ!」

 新しい愛剣を早速試したいのか、興奮したスノウが、狭い車いすの上で器用に体育座りで眠っているグリムを揺り動かしている。


「――しかしアリス、お前はどう思う?」

「どう思うって、捨て駒扱いなこの任務の事か?」

 俺は丘の上から、遠くに姿を現した魔王の軍勢を眺めながら、

「分かってるのか。そうだよ、あのおっさんに押し付けられた、このクソ任務の事だよ。俺、あのおっさんが負けた時、涙目になるまで罵った事ぐらいしか恨まれる覚えはないぞ」

「それは恨まれる理由として充分だとは思うが。まあ、後は単純に目障りなんだろうな。そもそもこの部隊は、いつ死んでもいい人間を厄介払いするための部署らしいからな。それが、我々は過程と手段はともかくとして、功績だけ見ればぶっちぎりだ。しかもよそで疎まれている連中がだぞ。そりゃあ面白くないだろうな」

 なんてこった、今のところはまだこんなにも品行方正な俺が疎まれていたのか?

 ……でもそういやあのおっさん、ロゼとグリムの事も見下したような言い方してたしなあ。


「こらっ、いい加減起きろ! おい、グリ……あっ!」

「ああっ」


 向こうではスノウとロゼが騒いでるが、何やってんだ?

「ともかく、敵幹部を見たら戦ってるフリだけして撤退だ。というか、自分はショットガンにワックスかけてる途中だったから今日は武器すら持ってきていない」

「武器は持ってこい武器は。ショットガンがダメになったらまた新しいのくれてやるから。まあ、なるようになるさ。あの巨乳ねーちゃんなら多少は話も分かるしな」

 俺はそう言って、

(スノウさん、グリムが変な落ち方しましたよ。ていうか、く、首が……)

(ど、どうしよう……。とりあえず車いすの上に戻せ! な、なんか白目むいてるな……)

 車いすのそばで、何やらこそこそしながら慌てている二人の下に……。

「おいスノウ、グリムを起こしてくれ。……ていうか、二人でグリムを抱えて何やってんだ?」

「なんでもない!」

「ですっ!」

 声を掛けられたスノウとロゼが、グリムを抱えたままビクンと跳ねた。

「……? じゃあ、俺達もそろそろ行くぞ、本体も動き出すみたいだしな」


 ――眼前に威風堂々と佇む魔王軍。

 様々な魔物の大群が並ぶど真ん中。

 そこに、露出の多い格好をした、褐色肌の巨乳女が不敵な笑みを浮かべ立っていた。

 その隣にはいつかのグリフォンと、そして……。

「……なあ、ハイネとグリフォンだけじゃなく、なんか凄いのがいるぞ。何だあれ」

「……あ、あれはゴーレムと呼ばれる、強固な岩石で作られた、魔法で動く操り人形だ」

 スノウが引き気味に説明するそいつは、2メートルをゆうに超える巨体に重量感のある石の肌を持つ、トン単位の重さは間違いなくありそうな人形。

 言ってみれば、魔王軍の四天王、地のガダルカンドを劣化させたみたいなのがそこにいた。

「また魔法か。なんでも有りだな魔法とやらは。この星の物理法則がどうなってやがるのか調べたい。六号、相手方に怪我をして動けない魔法使いが落ちてたら、拾っておいてくれ」

「いや、魔法に関しては俺も気にはなってるけどさ。……なあ、俺達はハイネだけを相手にすればいいんだよな? グリフォンとかあのゴーレムは、他の隊が受け持つんだよな?」

 俺とアリスのやり取りが聞こえたのか、俺達の周りにいた隊長格が。

「六号殿! 炎のハイネの周りを囲むハイオークの集団はお任せを!」

「では我が隊は、あの屈強なオーガの小隊を! なに、手強い相手ですが任せてください!」

「よし、脚の早い俺達の隊は、敵の狙撃兵を抑えに回るぞ!」

 俺達以外の小隊は足早に行動を開始した。

「俺はこの国でも、こんな危険任務担当かよ! スノウ、グリムを起こせ! こうなったらハイネにとびきり強力な呪いをかけてもらえ!」

「グ、グリムを起こすのは他に任せた! 私はあの女に、この氷結剣で以前の雪辱を果たさねば!」

 そう言って、人の話を聞かない脳筋はハイネに向かって駆けていく。

「あ、あの、隊長! あたし、グリフォンの相手をしてきていいですか? グリフォン肉の味が気になりますし、アイツのお肉をたくさん食べて、空を飛んでみたいんです! お爺ちゃんの遺言を守らないと!」

 こっちにも脳筋がいた!

 俺はスノウに続くロゼを見送った後、アリスの方を振り返る。

「グリムを起こすのは自分に任せろ。となると、お前の相手は……」

 まるでアリスの言葉に反応するかのように、行動を開始したこちらに合わせ、ゴーレムが石のこすれるような唸りを上げた。


        2


「――魔王軍四天王、炎のハイネ! 我が名はスノウ! あの時の借りを返してやる! 我が愛剣の一つ、氷結剣アイスベルグの錆となれ!」

「来るがいいさ、スノウとやら! この魔王軍四天王、炎のハイネが相手になろう!」

 俺達が陣取っていた丘の中央で、ついに戦闘が始まった。

 少し離れた場所で、ハイネとスノウがカッコよく対峙する中。


「効かねえ! 分かっちゃいたけど拳銃じゃ無理だ! アリス、グリムを早く! 早く起こして」


 見た目は鈍重そうなゴーレムが、攻撃を仕掛けた俺に向け、意外な速さで接近してきた。

「なあ六号、こいつ寝てるんじゃなくて気絶してるぞ。これは当分起きないな」

「何でコイツはいつもいつも戦う前から死んだり気絶したりしてんだよ! グリムがまともに役に立った事ってまだ一度もないぞ! どうすりゃいいんだ」

 厄介者を寄せ集めた隊にグリムが送られていたのは、あながち間違ってはいなかったのかもしれない。

「仕方がないな。おい六号、時間を稼げ。ここはC4送ってもらう」

「早くしてえ!」

 アリスに叫び、俺はキサラギ製戦闘服の、筋力補助機構を目いっぱいまで引き上げた。

 助けを求めて見渡せば、遠くではハイネが放つ炎を回避しながら、ジワジワと距離を詰めているスノウが見える。

「ピギャアアアアアアア」

 甲高い泣き声に目をやると、そこには空中を舞うグリフォンにしっかりと両手の爪を食い込ませ、首筋に噛みついているロゼの姿が。

 どっちも忙しそうで、とても援護してもらえそうな状況には見えない。

 となると、後は……。

「よし、向こうに転送要請を出した。六号、しばらく耐えろ!」

 重い足音を響かせて、目の前にゴーレムが立つ。

 俺の背後には、白目でぐったりするグリムと武器を持たないアリスがいる。

 追い詰められたこの状況だが、なんだか久しぶりに燃えてきた。

 俺は数多のヒーロー達と激戦を繰り広げ、それでも生き残ってきた最古参、六号さんだ!

「かかって来いコラァ! キサラギ製戦闘服の力、見せてやる」

 沸き上がる感情に身を任せ、叫ぶと同時、渾身の力で殴りかかった!

「……いだあああああ! アリス、これ絶対折れてるよ! 折れてる! 折れてるって!」

 俺の拳と引き換えにゴーレムの胸にヒビが入る。

 俺のやる気は二秒で失せた。

「折れてたら、折れてるよなんて叫ぶ余裕はないもんだ。よってお前は折れてない」

「おかしい、その理屈は絶対おかしい! お前を作ったリリス様並にお前もおかしい!」

 アリスに罵声を浴びせながら、俺はゴーレムが伸ばした腕をかいくぐって後ろに回ると、今度は背中に蹴りを食らわせた。

 が、ゴーレムは体勢を崩す事なく振り返り、両手を広げて掴みかかってくる。

 俺はゴーレムと手四つの形になると、少しでも時間を稼ぐため、力比べに持ち込んだ。

「アリス、なんか今日はいつもより転送遅くないか!? どうなってんだー!」

 その叫びにアリスはポンと手を打つと、

「おお、自分に搭載されている体内時計によると、今の向こうの時刻は十五時十四分。お茶の時間だな。もうちょい頑張れ」

「クソッタレー!」

 泣き叫ぶ俺の片膝が地に着いた。

 戦闘服のパワーでも勝てないとか、どうなってんだよこのゴーレムは!

 ここは地球より文明が遅れた未開な世界じゃなかったのか?

 これから俺の大活躍が始まるんだろうが。

 というか一番言いたいのは、悪の組織のクセにキッチリ休憩取ってるんじゃねえって事だ!

 このままでは押し潰されると踏んだ俺は、渾身の力を込めて抵抗しながら、声を枯らして叫んでいた。


「制限解除――――!」


 悲鳴にも近いその叫びに、アリスが即座に叱咤する。

「バカかお前は、キャンセルしろ! 敵はゴーレムだけじゃないんだぞ、無防備なクールダウン中にあの女幹部に焼き殺されるぞ!」

 そんなアリスの声と共に、俺の脳内に聞き慣れたアナウンスが響いてきた。

《戦闘服の安全装置を解除します。よろしいですか?》

 アリスの忠告をよそに、俺はアナウンスに言葉を返す。

「よろしいです! 早く早く!」

《安全装置の解除を行うと、一分間の制限解除行動後、約三分のクールダウンが………》

「分かってるよそんな事! 全部了承だ、早くして」

《安全装置を解除します。取り消す場合はカウントダウン中にキャンセルを唱えてください。10……9……8……》

「ああああああ、早くしてえええ! つ、潰れるー!」

 泣き叫ぶ俺がまさに押し潰されようとしたその瞬間。

 空から落ちてきた何かがゴーレムに激突し、その隙に少しだけ体勢を立て直す。

 続いて少し離れた場所に、焼け焦げた臭いを漂わせ、グリフォンまでもが降ってきた。

 おそらく、空中でしがみついたままグリフォンに炎を吐きかけたのだろう。

 グリフォンが痛みにのたうつ中、結構な高さから落ちたロゼが、何事もなさそうに起き上がった。

「た、隊長、アレはダメです、不味いです。飛行能力を得られる程食べられそうにはありません!ていうか生なのがダメなのかも!」

 お前、もう味見したのか。

 ――と、その時。

《安全装置が解除されました》

 俺の頭に、待ちわびていたアナウンスが響き渡った。


「ああああああああ」


 戦闘服本来の力を解放し、圧し掛かっていたゴーレムを押し返していく。

「え……ちょ、た、隊長……」

 凄まじい重さを誇るゴーレムが徐々に持ち上げられていく光景に、ロゼが息を呑み立ち尽くす。

「きたぞ六号、C4だ! 今ゴーレムに張り付けるから待ってろ!」

 俺に持ち上げられ足をバタつかせているゴーレムに、アリスがC4と呼ばれるプラスチック爆弾を貼り付ける。

「な、何ですそれ? 粘土ですか?」

 ロゼが疑問の声を上げる中、アリスが爆弾を取り付けたのを確認すると、

「おどりゃあああああああああああ!」

 俺は気合いと共に、ゴーレムを全力で投げ飛ばした。

「あれはウチの国の爆弾だよ。あんな小さい物でも凄まじい威力がある」

「ばっ、爆弾 炎使いがいるのに爆弾なんてっ!」

 ぶん投げられたゴーレムが引っくり返っているその隙に、俺は慌てて距離を取る。

 それを見届けたアリスの手には、すでに起爆装置が握られていた。

「心配すんな。この爆弾は火を付けても燃えるだけで、爆発はしないんだ」

「じゃあ、どうやって爆発させるんですか?」

 ロゼの疑問に答えるように、アリスが起爆装置のコックをひねる。

「こうやって」

 倒れたままのゴーレムが、轟音と共に爆散した――


「――痛い痛い、ゴーレムの破片が顔に! おいアリス、お前俺の身体を盾にすんな」

 一分が経ち、クールダウンで身動きが取れない俺を盾に、アリスが降り注ぐ破片から逃れている。

「す、すごい……」

 この薄情なポンコツを後でどうしてくれようか考えていると、顔に破片が当たるのにも構う事なく、ロゼが爆散したゴーレム跡地を呆然と見つめていた。

「うう……、もう少し優しく起こして……。なんか扱いが、日に日に雑になってるような……」

 ゴーレムの破片の雨で、グリムがようやく目を覚ましたらしい。

「グリムも起きたか。おいお前ら、俺はちょっとした事情によりしばらく身動きが取れなくてな。悪いが三分間だけ敵から守ってくれ。まあ、雑魚は他の隊が引き受けてくれてるし、ハイネはスノウが抑え、グリフォンもさっきロゼが……」

「そのハイネがこっちにやって来るみたいだな。後グリフォンも、起き上がって敵意剥き出しで睨んでるぞ」

 ………………。

「……た、隊長、あたし、この戦いが終わったら美味しいご飯が食べたいです」

「ずっと寝てたからよく分からないけど、私は美味しいお酒が飲みたいわ」

「ちくしょう、足元見やがって! いくらでも奢るから助けてください! でもグリム、お前は後でしばいてやる!」


        3


「よう六号! また会えたな!」

 燃える赤い瞳を爛々と輝かせ、ロゼに庇われる形の俺の前にハイネが現れた。

 戦闘服のクールダウン中の俺が身動きを取れない事は、まだハイネも気づいていない。

「久しぶりだな炎のハイネ。なんか今日はテンション高いな。元気そうで何よりだ」

 ここはゆっくり会話でもして、少しでも時間稼ぎを。

「ああ、テンション高いさ! なんせ戦場だからな さあ、やろうぜ六号! こないだは邪魔が入ったが、今日は最後まで楽しもうぜ!」

 会話も早々に戦闘開始を宣言したハイネは、手に炎を浮かべると……!

「ま、待てハイネ! 話をしよう! というか、俺はお前に前から聞きたい事があったんだ!」

 その言葉にハイネの動きが止まる。

 少しでも時間を稼がなくては!


「聞きたい事? なんだい、言ってみな?」

「何食ったらそんな胸になるんですか?」


 ハイネが無言で投げつけてきた炎を、ロゼが慌てて叩き落とす。

「隊長、前から思ってたんですがたまにアホですよね。一体何考えてるんですか? それとも何も考えてないんですか?」

 こいつ結構毒吐くな。

「へえ、あたしの炎を素手で叩き落すなんてやるじゃないか。さっきの女騎士は正直期待ハズレだったが、お前は少しだけ楽しめそうだ」

 炎を防がれたハイネは、何故か嬉しそうに、炎を防いだロゼに感心している。

 よし、ここはもう一度話しかけて引き伸ばしを……と、思っていたその時。

 スノウがこちらに向かって駆けながら泣き叫んだ。

「うあああああああああ! 六号! 六号ー! 氷結剣が! 買ったばかりの氷結剣がこの女に溶かされた! お前は変わった飛び道具を持っていただろう、アレでアイスベルグの仇を取ってくれええええ!」

 おい馬鹿やめろ。

「あのヘンテコな武器か! いいさ、かかってきな六号! なんでもダスターの塔の秘宝はお前が持って行ったらしいな。ハハッ、やっぱりあたしが見込んだ通りだ、人間のくせにやるじゃないか!さあ、殺し合おうぜ」

 珍しく女性から好意を寄せられているのにちっとも嬉しくない!

 と、ハイネが再び炎を放ち、それをロゼが打ち落とす。

「おい六号、アイスベルグの仇を! まだローンも残ってるのに、初のお披露目で溶かされたんだ!長い注文待ちの中、ようやく手に入った氷結剣、嬉しくて毎晩抱いて寝ていた氷結剣……!」

 頼むからこれ以上いらん事言うなと、俺がスノウに泣きそうな視線で訴えかけていると。

「……おい、六号。何でずっとその娘に守られてるんだ? …………よく分からんが、お前、まさか動けないのか?」

 ハイネにあっさり見抜かれた。


「――グリフォン、お前は六号から娘を引き剥がせ! その隙に焼いてやる」

「ちきしょうスノウ、この役立たず! お前このバカ、覚えてろよー!」

「な、なんだと というか何故動けないのだ! くそっ、愛剣を溶かされた上、熱で近づけない私にはできる事が……」

 こいつ、そんな状況で本当に何しに来たんだ!

 スノウが俺の状況が分からず戸惑う中、グリフォンがこちらに突進してくる。

 その前に立ち塞がったロゼが大きく息を吸い、

「我が業火の海に沈むがいい……! 永遠に眠れ、クリムゾン・ブレスッ!」

 わざわざそんなセリフを叫びながら、向かってくるグリフォンに炎を吐いた。

「くそっ、とことんその娘とは相性が悪いな! もういい、お前が防ぎきれない特大のヤツをお見舞いしてやるっ!」

 炎に怯むグリフォンに業を煮やしたのか、ハイネが両手を掲げると、そこに集まる炎がどんどん燃え盛っていくのが分かる。

「なあロゼ、その前置きって必要なのか!? 本当にいるのかそれ!?」

「あたしだって本当は言いたくないですよ! お爺ちゃんの遺言なんです、しょうがないじゃないですか!」

 ロゼと言い合うその間にも、ハイネの炎は赤い色から、更に高温の青へと変わり……!

 おい三分まだか、もうとっくに過ぎてんじゃないのかよ

「ロゼ、お前はできる子だよな! あれぐらい、耐えられるよな」

「た、隊長、確かに爆炎トカゲを食べ続けて耐性が付いた私は炎で傷つきませんが、問題が」

 切羽詰った表情のロゼに、俺は不安のままに思わず尋ねる。

「ど、どうした」

「こんな公衆の面前で、服が燃えたら困ります! それにあたし、この服しか持ってなくて……」

「服ぐらい買ってやるからー!」

 ロゼは俺を抱えて逃げる気なのか、持ち上げようとするが、

「だって、乙女として、あれを受け止めるのは心の準備が……! ……って隊長、な、何でこんなに重いんですか ぐぎぎ、あたし一角獣鬼に匹敵する力なのに、ビ、ビクともしませんよ!」

「この戦闘服が重くて動けないんだよ! 後少しで冷却に回してる動力が回復するから、なんとかそれまで守ってくれ!」

 俺達の焦りをよそに、ハイネの炎が青を通り越し、白く輝く。

「さあ六号、覚悟しな! せめてもの情けだ、一撃で楽にしてやる」

「あっ! あいつ悪のセリフマニュアルにある、言ってはならない決め台詞を吐きやがった! ロゼ、この危機はなんとか回避されるぞ! そうだ、きっと健気で可憐な俺の危機を察知して、カッコイイヒーローが颯爽と……」

 現実逃避を始めた俺を、ロゼがなんとか動かそうとしながらも、

「隊長、現実に戻ってください! このままじゃあたし、公衆の面前で全裸ショーやらされてお嫁に行けなくなりそうなので、もう逃げてもいいですか」

「お願い、その際は俺が喜んで責任取るから見捨てないでぇー」

 と、その時だった。


「偉大なるゼナリス様、この女に災いを! 金縛りに遭うがいい!」


 今まさに炎を放とうとしていたハイネが、石で塗り固められたかのように動きを止める。

「ッ!? な、なんだと バカな、これは呪いか!?」

 驚きの表情を浮かべたハイネが戸惑いの声を上げる中、同じく身動きを取れない俺は救いの主に感謝した。

「グリム、助かった! なんかお前がまともに役に立った姿を初めて見た気がするよ!」

「そうでしょうそうでしょう、隊長もこれでゼナリス様のお力を……。ねえちょっと待って、私って今までどう思われていたの!?」

 と、その時俺の頭の中に、ようやく待ち望んでいたアナウンスが流れてくる。

《クールダウンが終了しました。戦闘服の機能が使用できます》

「もう大丈夫だロゼ。離れてくれ」

 俺がそう囁くと、ロゼはそいつこそがライバルだとでもいうようにグリフォンと睨み合う。

 それを見て、金縛りから解放されたのか、ハイネが途方に暮れたように肩をすくめ、投げやりな口調で溢してきた。

「参ったなあ……。そもそも今日は、ゴーレムの能力テストが主な任務だったのに……。お前が作戦に関わると、なんか上手くいかないんだよなあ。……なあ六号。お前、本気で魔王軍に来る気はないか? 何が望みだ? 恐らくは、大概の願いを叶える事が」

「全員急いで六号の耳を塞げ! もしくは、その危険な女を一刻も早く処分しろ!」

 ハイネの言葉を遮るように、アリスが大声で指示を出す。

「隊長、あたしと話をしましょう! 絶対に敵に耳を傾けてはいけません」

「た、隊長、あんな女よりも、私とまた一緒に夜のデートに行きましょうよ!」

 そんな事を口走りながら、俺の耳を塞ごうとにじり寄って来る二人の部下。

 その時、数多の戦場で培った俺の本能が身の危険を訴えた。

「ふわーっ」

 ほとんど反射的に前に転がり、その必殺の一撃をかろうじて回避する。

 俺が慌てて振り返ると、そこにはダガーを抜いたスノウの姿が。

「なっ! き、貴様、身動きできないのではなかったのか! 動けるとはどういう事だ!」

「お前の方がどういう事だ、頭いかれてんのか! せめてきちんと裏切ってから斬れよ 何なんだお前ら、俺がホイホイ魔王軍について行くとでも思ってんのかよ!」

 まったくもって心外だ!

 一体俺をなんだと思って……。

「まず、給料は今貰っている三倍は出す。後は……おい六号、サキュバスって魔物の名前を聞いた事はあるか?」

「聞いた事があります」

「おい六号、正座して話を聞くな! 敵に敬語を使うな! それ以上耳を貸すな、銃を抜け」

 珍しく焦った口調のアリスが早口でまくしたてる。

「ったく、どれだけ信用が無いんだよ。ざ、残念だったな炎のハイネ。俺はそう簡単に、金や女で釣られる男じゃ……」

 立ち上がりながら腰の銃に手を伸ばそうとする俺に、ハイネが微笑み右手を差し出す。

「さあ六号、この手を取るんだ。望む女をいくらでもお前の世話係につけてやる。わがままボディのサキュバスに、未成熟だが甘えん坊なリリム。魔性の美しさを持つヴァンパイア、耳元で甘い声で囁いてくれるセイレーン……」

「おいグリム、呪いであの女を黙らせろ! これ以上魅了の魔法を使われると六号が持たない!」

「あれ、魅了の魔法なの なんの魔力も感じられないんだけど……っ」

『……アリス、ごめん……俺はもうダメかもしれん……』

『おい六号、気をしっかり持て! あと本気っぽく感じるから日本語で言うなコラ!』

 アリスが切羽詰まったように叫ぶ中、俺とハイネの間に白い影が割って入った。

「はああっ!!」

 様子を覗っていたスノウが、俺に差し出したハイネの腕を下からダガーで斬り上げた。

 俺に手を差し伸べていたからなのか、今のハイネは身にまとっていた炎も解除している。

 おそらくは、今が好機だと踏んだのだろう。

 裂帛の気合と共に銀閃が奔り、手を引っ込めたハイネの籠手から何かが外れ、それが赤い光を放ちながら空に舞う。

「ああっ! ま、魔導石が」

 ハイネは、目の前の俺やスノウなど眼中にないかのように、宙を舞う宝石を目で追った。

 その視線の先には宝石をキャッチしたアリスの姿が。

「……ほう、これは? 反応からしてとても大事な物のようだが」

「い、いや! 別に、それほど大切な物でも……」

 ハイネは口ではそう言いながらも、視線はアリスの手元に釘付けだ。

 俺はアリスの隣に立つと、その宝石をマジマジと見る。

「大切な物じゃないんだとさ。なら、戦利品としてもらっとけもらっとけ」

「そうだな。敵同士なんだし返してやる義理もないしな。大切な物じゃないなら、なおさらだ」

「あ! あのっ! そ、その……それは、その、大切な……」

 俺とアリスのやり取りに、ハイネが何かを言い淀む。

「それは魔導石ね。魔法使いは触媒を通して魔法を使うの。普通は、杖や指輪、腕輪なんかを触媒に使うものだけど、彼女はその石を触媒にしてるのね。その石からは凄まじい魔力を感じるわ。恐らく、長い時を重ねて魔力を注ぎ続け、ようやく作り出した触媒ね」

 近付いて来たグリムがアリスが持つ石を下から覗き、その出来に感心しながら教えてくれた。

「……これがないと、ハイネはどうなる?」

「魔法が使えなくなるわ。他の物でも代わりは効くけど、魔王軍四天王と呼ばれる程の力は、今後出せなくなるでしょうね」

 俺とアリスは顔を見合わせ、そしてハイネを振り返る。

「……ひっ! な、なんだその顔は、お、おい六号? お前はその石を持って、魔王軍側に降るんだよな? な? そ、そうだよな?」

 泣きそうな顔で言い募るハイネだが。

「「「うわぁ……」」」

 俺達の表情を見た仲間達が声を揃えて引いていた。


        4


 辺りからはすでに戦闘の音は止んでいた。

 魔物も兵士も突然始まった魔王軍幹部の突発イベントに、目が釘付けとなっているからだ。

 そのイベントとは……。


「ちっがーう! もっと上目遣いで前屈みになって谷間を強調! おっ、涙目のその表情はポイント高いぞ!」

《悪行ポイントが加算されます》

《悪行ポイントが加算されます》


 先ほどから忙しなく響くアナウンスを聞きながら、俺がデジカメを構える中。

「……死にたい……」

 ハイネは俺に指示されるがままに、こちらをキッと睨みつけ、大勢の視線に晒されながら扇情的なポーズを取り続けていた。

「よし、次は手を後ろについて、脚を開いて腰を落としてみようか。こら、その手をどけろ! 手は後ろに! おっ、反抗的なその目はなかなかいいぞ! 一部のマニアが狂喜乱舞して高値を付けそうだ!」

「うっ……ううっ……、ううううーっ…………!」

 とうとう本気で泣き出したハイネを遠巻きに眺めながら、ロゼがぽつりと呟いた。

「き、気の毒に……」

 デジカメのボタンを押す度に、脳内に響くアナウンス。

 その声が聞こえる度に、端末でポイントを見ていたアリスがうんうんと嬉しそうに頷いていた。

「いいぞ六号、もっとだ! もっとハイネを追い詰めろ! フハハハハハハ、強敵が堕ちていく様を見るのは本当に堪らぬ! ふぐう……っ! み、見ろ、六号、あれだけの強さを誇った、ハイネの泣き顔を……っ!」

 俺の隣では、スノウが自らの体を抱き締め、そんな事を口走りながらブルブルと身を震わせている。

「私の愛剣の仇だ、せいぜい嬲られるがいい! フハハハハハハハ! フハハハハハハハハハ!!」

 金欲と出世欲に溺れる人間性だけじゃなく、人の堕ちる様に喜びを覚える性癖だとか、こいつはどこまで業が深いのだろう。

 まあこの危ない女は置いておき、今は目の前のハイネの事だ。

「よし。次は涙目のまま、その体勢でダブルピースしながら笑ってみようか! ……よしよし。そろそろ次のステップにいってみよう。……そうだなあ、服が邪魔だなあ」

「ひいっ!」

 これ以上何を命令されるのかと怯えるハイネを見て、ロゼがおずおずと近づいてくる。

「た、隊長、これ以上は敵の幹部とはいえ、あまりにも気の毒ですよ……。そろそろ石を返してあげたらどうです? ハイネさんが再び魔法を使えるようになったら、その時は堂々と再戦すればいいじゃないですか」

 その、ロゼの言葉に。

「アリスアリス、俺、言う事を聞いたら石を返してやるなんて言ったっけ?」

「いいや、知らんぞ? 確かお前はこう言ったんだ。『よーし、それじゃあまずは、その胸を両手で寄せて上目遣いで見上げてみようか!』ってな。一言も、言う事聞いたら返してやるなんて約束はしていないな。アイツが勝手に勘違いして指示に従っていただけだ」

「ひ、酷過ぎる……!」

 俺達のそんなやり取りに、ハイネが跳ねるように立ち上がる。

「ここまでやらせといてそりゃないだろ! こ、殺す! お前は絶対に殺すっ」

「お? 魔法を使えないその状態で、殺せるもんならやってみろ。ほら、早く早く!」

「くっ、ぐぐぐぐ、ぎぎぎぎぎぎ」

 ハイネは余りの悔しさと怒りからか、その目に涙を溜めながら、歯を食い縛り睨みつけてくる。

「しょうがねえなあ。そこまで返して欲しいのか?」

「かっ、か、返してくれるのか た、頼む、それは大切な……、なななな、何を! お前、何やってんだ」

 俺は戦闘服のジッパー部分に手をかけてごそごそとまさぐった。

 着脱が面倒な戦闘服は、急にもよおした時のため、こういう部分は大変便利に作られている。

 俺の一番大切な物が収納されているそこに、ハイネの大切な物も一緒にしまってやった。

 紳士な俺は、ハイネが少しでもソレを取りやすいよう、腕を組んで首と足だけでブリッジすると。


「ほーら、取ってごらん」


「……六号、お前、覚えてろよおおおおおおお」

 ハイネはグリフォンに飛び乗ると、泣きながら帰って行った。


        5


 城下町にある小さな酒場にガラスを打ちつける音が鳴る。

「「「「乾杯」」」」

 戦いを終えた俺は、部隊の連中を連れて打ち上げをしていた。

「しかし、大戦果だったな六号! あの巨大なゴーレムを破壊し、手段が手段とはいえ、魔王軍四天王を弱体化させ追い返す。指揮官を失った魔王軍の敗退ぶりを見たか? 我らの隊の一人勝ちではないか」

 鼻歌混じりに言いながら、スノウが上機嫌でジョッキを傾けた。

「最近は魔王軍に対して善戦できてる気がするわ! 隊長が来る前は、私なんて戦闘がある度に死んでいたもの! 偉大なるゼナリス様、今日は復活の祭壇以外で目覚められた事に感謝します!」

 狭い酒場の中を車いすで大きく占領していたグリムが、そう言って感謝の祈りを捧げ出す。

「おいひいよお……。おいひいよお……! たいひょうが来てからは、おいひい物をお腹いっぱい食べられてひあわせれふ!」

 その隣では、ロゼが酒より飯といわんばかりに、目に涙を浮かべながらがっついていた。

「そうだろうそうだろう、もっと俺を褒めてくれてもいいんだぞ! ……しかしなんだな。そろそろ俺達は、この国の住人達の噂になってもいいんじゃないか? おいおい、その辺歩いててサインねだられちゃったりしたらどーするよ! なあ、どーするよ!?」

 俺が上機嫌でジョッキを煽りそれを一気に飲み干すと、ちびちびとジョッキを傾けていたスノウが言った。

「まあ、最年少で騎士に叙勲された優秀な私がいるのだ、このぐらいは当然だろうな。このまま手柄をあげ続け、再び騎士団長に返り咲いてやる!」

 お前、普段大して役に立ってないじゃんと言おうとしたが、俺はふと別の事が気になった。

「最年少で騎士になったって、そりゃ何年前の事なんだ? つーかお前、今いくつよ」

「ん、私の歳か? 十七歳だ。騎士に叙勲されたのは十二の頃だな」

 その問いかけにシレッとした顔で答えたスノウは、ゆっくりとジョッキを傾けて……、

「お前ふざけんなよ老け顔が! 俺より年上じゃねーのかよ!? その体と偉そうな態度と物言いで、絶対年上だと思い込んでたわ」

「はぶっ」

 俺の言葉にスノウが酒を噴出した。

「ぎゃー! 目、目がぁ」

 吹き出された酒を目に喰らい、グリムが車いすから落ちてのた打ち回る。

 ちょっとむせたのか涙目になったスノウが口を拭い、

「貴様、騎士とはいえ私だって女の端くれだ! 老け顔とはどういう了見だ!?」

「うっせーよ年下が! お前俺より年も立場も下のくせにタメ口利いてやがったのかよ!」

 俺は椅子の上にふんぞり返ると、スノウに小銭を投げつけた。

「おいお前、ちょっとパン買って来い」

「誰が行くか、そんなものは給仕に頼め! ……まったく、貴様は年上だというのなら、もうちょっとしっかりしたらどうなんだ。そろそろ隊長としての自覚を持ってだな……」

 不満たらたらのスノウの言葉に、ロゼが目を輝かせながら手を止める。

「とうとうスノウさんが、隊長を隊長と認めました!」

「ち、違う! 私は隊長としての覚悟と責任を説いているだけでだな……!」

「誰か、タオル取ってえええ!」

 俺達のそんな迷惑な騒ぎも、酒場の中の喧騒の前には及ばない。

 国の住民にも今日の戦勝の事は伝わっており、この場の皆も浮かれているのだ。

 そんな賑やかな夜の空気に包まれながら、俺達はひと時の宴を楽しんでいた。


「――ふうー……。そういえば、今日はアリスは来なかったの?」

 グリムが何杯目になるのかも分からないジョッキを空けて、ほんのりと赤い顔で尋ねてきた。

 物を食えないアンドロイドなので酒場に来れないと言うわけにもいかず。

「アリスはなぁ。流石にほれ、こんな時間の酒場はお子様の教育に良くないだろ。俺の部屋に先に帰らせてあるよ」

 それを聞いていたスノウが少しだけ感心したような表情で、チビチビと酒を飲みながら口を開く。

「戦場にまで連れて行っておいて今さら教育もなにもないと思うが……。あの子は口は悪いが凄まじい才能を秘めているな。なんというか、知能の高さが半端じゃない。こないだ、城の書庫に保管してある全ての書物を一日で読み終えたなどと、冗談みたいな話を聞いたぞ」

「あたし、商店街で商人さんと色々交渉しているアリスさんを見かけましたよ」

「んぐ、んぐっ……ぷはぁー! 私は、治療術士の詰め所に何かを持ち込んでいるアリスを見かけたわね!」

 あいつ、俺の知らないところで色々やってるんだなあ。

「商人に、治療術士? おい六号、最近武器や防具の質が上がり、商人達が随分と羽振りが良さそうだとか、色々な新薬が発売されたとか聞いたが……。もしやアリスが関係してるのか?」

「知らない」

 知らないとは言っても、間違いなく関係している気はするが。

 と、スノウはそんな俺に胡乱な目を向けながら、ジョッキの酒をチビリと舐めて。

「……フン。まあ、貴様らの素性などどうでもいい。今やお前とアリスは我が隊に欠かせない存在だからな。だが、勘違いするなよ。私はまだ貴様を認めたわけではないからな!」

「おい見ろよロゼ、これがツンデレってヤツだ。こいつ口ではこんな事言ってるが、もう俺の事が好きでたまらないんだぞ」

「へー! スノウさんが隊長に突っかかるのは好きの裏返しってヤツですか! 勉強になります!」

「ふざけるな、叩き斬るぞ! 大体貴様は、初めて会った時から……」

「そこのイケメンのお兄さん、おかわりー!」

 楽しい時間というものはあっという間に過ぎていくものだ。

 この日は俺がこの世界に来て、一番時が経つのが早い夜だった。


        6


 ――すっかり泥酔している六号を、肩を貸してやりながら店から無理やり引きずり出す。

 同じく店から出てきた同僚達が、顔を赤くした六号に笑いかけ、

「隊長、今日はご馳走様でした! あたし、こんなに食べたのは久しぶりです!」

「同じく、ご馳走様! さあロゼ、あなたにはもうちょっと付き合ってもらうわよ! なんだか今夜は最速記録を出せる気がするの!」

 何やら不穏な発言をしているグリムの言葉に、車いすを押してやっていたロゼが、

「やめようよー。あたし、もうお腹一杯になったし眠りたいよー。行くなら一人で行ってよー。それにお爺ちゃんの遺言で、夜更かしするなって言われてるんだよー」

「あなたが来なかったら、誰が私の記録の見届け人になるのよ! さあ行くわよ 戦勝で浮かれているカップル達に地獄を見せるの!」

「あ――――……」

 グリムに腕を掴まれて無理やり付き合わされるロゼを見送り、六号と共に城へ向かう。

「ふああああああ、飲んだ飲んだー! おい、あの店の給仕のねーちゃん可愛かったな! ちょっと尻触っただけであんな反応するなんて、新鮮でとてもよかった!」

 と、上機嫌の六号……、いや、バカ男がロクでもない事を言い出した。

「……貴様は、自分がこの国の騎士だと自覚しろよ? お前がバカなのはもう死ぬしか直しようがないが、同じ騎士の私までもが同類に見られるんだ」

「バッカ、お前あれは戦闘員としての礼儀に乗っ取ったまでなんだよ! マニュアルに書いてある事も知らねーのか? 可愛いウエイトレスに出会った時の褒め方は、『へっへっへ、姉ちゃんいいケツしてんじゃねーか、酌してくれよ!』だろうが!」

 酷く酔っ払っているせいか、このバカはいつも以上に言っている事が分からない。

「まったく……。ほら、そっちじゃない、こっちだこっち! お、おいこら! そんな所で用を足そうとするな」

 フラフラしている六号を無理やり城の宿舎に連れ帰り、ようやく部屋の前まで連れて行く。

「おう六号、帰ったか。またえらく酔っぱらってるな。このアホはどれだけ飲んだんだ?」

 六号の帰りを待っていたのか、ドアをノックするとアリスが即座に出迎えてくれた。

「酷いものだったぞ、樽ごと持って来いだの言い出したり、今日の俺はお大尽だと叫んで酒場中の連中に奢ったり……」

「コイツは金を貯めるという事ができないからな。有ったら全部使う男だから仕方がない。ご苦労だったな」

 こんな子供にここまで言われるのはどうなのだ。

 このバカは、これで年上だとかほざいているのだから……。

「じゃーなスノウちゃん! 上官の案内任務ごくろう! ほら、おやすみのチューしろよ」

「ちゃんを付けるな酔っ払いめ! バカな事を言っていないでとっとと寝ろ!」

 くだらない事を言う酔っ払いを部屋に蹴り込み、足早に自室に向かう。

 まったく……、あいつはよくもあれで今まで生き残れたものだ。

 思えば出会った当初から無礼なヤツだった。

 まあ今となっては、その実力だけは認めているが……。

 しかしあの酔っ払いめ、何がスノウちゃんだ。

「六号のヤツめ、とことんまで人をバカにしおって……。いつかこの手で斬り捨ててやる!」

 まぁここまで同じ隊で共に戦ってきた今では、もうそんな事ができない事は理解はしているが。

 そもそも、あまり認めたくはないが、あの男は私よりも……。


「ほう、六号殿を切り捨てる。それは聞き捨てならない話ですな」


 突然の声にビクリとして振り返ると、

「参謀殿……」

 そこには、薄い頭を帽子で隠した片目に傷のある男がいた。

「い、いえ参謀殿、今のは……。別に本気で六号を、と言っているわけではなくてですね……」

 まあ、いつも公衆の面前で堂々と、あの男に対して斬り捨ててやるとか殺してやるとか言っているので、今さら慌てる必要もないのだが……。

 と、参謀は私の言葉を片手を突き出し遮ると。

「いいのです、いいのです。気持ちは分かりますから。ポッと出の得体の知れない無礼な男が現れ、バカな事をやらかした。なぜかその責任を取らされ降格されたあなたとは逆に、あの男はいきなり隊長に抜擢され、卑怯な手で次々と手柄をあげているのです。これで恨みに思わないはずがない」

 勝手に納得し、うんうんと頷く参謀。

 いや、別に恨みに思ってはいないのだが……。

 しかし、無礼な男という部分だけは非常に共感できる。

「まったくです! あの男ときたら、バカで無礼で品も無く、常に私を怒らせてばかりで……。アイツは人をからかう事を生き甲斐にでもしているのだろうか!」

 元々酒に強くもないせいか、酔った勢いのまま日頃の怒りを吐き出してしまう。

「分かりますともその気持ち! この私も、事ある毎におっさんだの何だのと……。いや、スノウ殿とは気が合いますな!」

 そう言って隣に並んだ参謀は、さりげなく私の肩に手を置いた。

 気が合うだのとは白々しい。

 私がまだ下級騎士だった頃、生まれの出自で散々見下してくれたのは今でもちゃんと覚えている。

 と、そんな事を考えながら、なんとなく肩に置かれた手を気にしていると。

「うむ、スノウ殿はそろそろ元の地位に戻ってもいい功績を収めている。どうです? そろそろ近衛騎士団に戻りたくはないですか?」

「も、戻れるものなら戻りたいです!」

 スラム街のみなしごとして生まれた私が、どれほどの苦労をしてあの地位に登り詰めたか。

 身分の差から、妬まれ、嫌がらせを受けた事など数えられないほどだった。

 それが、再び自分が隊長に返り咲ける!

 ……だが、今自分が所属している隊はどうしようか。

 いや、考えてみれば自分があの功績をあげたわけではなく、隊としての手柄なのだ。

 なら、私の騎士団に隊の連中を編入させてやればいい。

 私の隊だ、グリムやロゼももちろん平等に扱おう。

 そしてアリスは頭が切れるから、作戦立案でも担当してもらおうか。

 ……そして、あのバカだが。

 口も頭も性格も悪い男だが、戦いに関してだけは私よりも上だ。

 まあ仲間はずれもなんだし、アイツも入れてやるとしよう!


 ――その時の私は、一体どんな顔をしていたのか分からない。

 だが参謀は、私の表情を見て満足そうに頷いた。

 先ほどから肩に置くこの手が気になるが、それを指摘して機嫌を損ねられても困る。

 この不快感は、後日あの男に……。

「うんうん、どうやらスノウ殿もお喜びのようだ。そうでしょう、あのような、魔物の血が混じっている不可解な娘や、邪神崇拝者などと共にいたくない。分かります、分かりますとも」

 その言葉にこめかみがピクリとくるが、なんとか心を落ち着かせる。

 これだからあの男に短気だなんだと罵られるのだ。

「ところで……。スノウ殿、六号殿についてですが。あなたは以前、謁見の間で陛下にこうおっしゃっていましたね。あの男は他国のスパイである、と」

 そういえば、出会った頃にそんな事を言っていたのを思い出す。

「いえ、あれは私の勘違いでした。というか、あの男にスパイなんて器用な事ができるとも思えません。むしろ、居心地が良ければ任務を忘れ、そのまま相手国に住み着くかもしれません」

 うん、あのアホがスパイ活動なんて高度な事を行える気がしない。

 というか、いくらなんでも怪し過ぎるだろう。

 ……だが、参謀はゆっくりと首を振ると。

「それは分かりませんとも、アレであの男は数々の戦果を挙げている。となれば、本性を隠しているのかもしれません。……あなたは聡明な方だ。そして、常にこの国を想ってくれている方だ。そんなあなたに頼みがあります。それとなく六号殿を探ってはくれませんか? スパイである証拠を見つけて欲しいのです。その、真偽がどうであれ――」


 ――トボトボと宿舎の廊下を歩きながら、私は参謀の言葉を思い出し、ため息を吐いた。

 近衛騎士団に戻る代わりに、六号がスパイである証拠を見つけ出す。

 真偽がどうであれという事は、つまりあのバカを陥れるネタを持って来いという事だろう。

 ……国が滅ぶかというこんな時に、あの参謀は自分の出世争いの方が大事なのだ。

『……俺、あの参謀のおっさん嫌いなんだよ。あいつからはなんか、自分の保身しか考えない様な、姑息な卑怯者の臭いがする』

 六号が言っていた言葉だが、今さらになってそれを思い出した。

 お前が言うなといってやりたいセリフだが、今となってはなぜかあのバカの方がマシに思える。

 もう一度深くため息を吐き、肩を落として六号の部屋へと歩みを進めた。

 私の手には、六号に届けて欲しいと頼まれた今回の特別褒賞の入った皮袋がある。


「何が、六号殿に会いに行く口実ができますし……だ! くそ、あのアホの事だ、こんな時間に再び部屋を訪ねたら、また何を言われるか……」


 ……しょうがない、騎士団に戻るのは諦めよう。

 あの連中と共に手柄をあげ続ければ、また再び返り咲ける時が来るはずだ。

 六号の部屋の前に立つと、心を深く落ち着かせた。

 あの男の事だ、まず間違いなく皮肉からはじまり、下ネタを絡め、人をおちょくりにかかる。

 深呼吸をして心を落ち着け臨戦態勢を整えていると、部屋の中から声が聞こえた。

「しかし、どうすんだこの活躍ぶりは。そのうち王様が、我が娘ティリスと結婚してこの国を治めて欲しいとか言い出したらどうしよう。この国って一夫多妻制なのかな?」

 一体どういう思考をしているんだアイツは。

「知るかそんなもん。というか、ティリスは美少女だと思うんだが、嫁が一人じゃ不満なのか?」

「いや、不満ってわけじゃないんだが。ほら、俺の隊って女ばっかだろ。隊の連中が、俺とティリスの結婚式前夜とかに、私……実は隊長の事が……みたいな展開になったら困るだろ?」

 ……ほ、本当に、どういう思考をしているのだろう。

「……自分は随分色んな知識を手に入れて、大概の事は予想もできるし、理解できない事などないと思っていたがまだまだだったよ」

「そうか。よく分からんが、お前はできる子だ。頑張れ」

 アイツのお守り役のアリスがなんだか気の毒に思えてきた。

「でもスノウとかを嫁にしたら、毎日違う意味で刺激がありそうだなぁ」

 聞き捨てならないその言葉に、頭に血が上るのを自覚する。

 盛大に罵ってやろうと、ドアノブに手を伸ばし……!


「……そうだ、キサラギの幹部ルートも確立しとかんと。ぼちぼちスパイ任務を本格的に完了させるか。今回の手柄は結構なもんだったしな。報酬に、そろそろアジトの一つでも……」

「おい六号、機嫌がいいのは分かるが声がデカいぞ。そういう話は日本語でだな……」


 参謀から預かっていた皮袋が、ドサリと重い音を響かせた――





  【中間報告】


 


 この星においての調査はほぼ完了。


 これよりアリスと共に、侵略の足がかりとなるアジトの確保を優先します。


 アリスが現地で行った資金運用により、アジト購入の費用としては充分な額を確保済み。


 条件に見合うアジトを入手次第、追って連絡いたします。


 ……現在において、任務遂行に問題無し。





 報告者   戦闘員六号



全5回の試読、ありがとうございました!

続きは本誌『戦闘員、派遣します!』にてご確認ください!

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