このすばコラボ A-side『その惑星、危険につき』

 俺の素晴らしくも華麗な大活躍により、一時的にとはいえグレイス王国から魔王軍の脅威が無くなってしばらくが経つ。


 俺は仮初の平和を噛み締めながら、次の戦いに備え訓練場を視察していた。


「ほらそこ! もっと腰を入れて剣を振れ! 具体的に言うと、もっとケツを突き出せ、ケツを!」


「何がケツだ死んでしまえ! というか貴様は剣の扱いなど知らんだろうが! 訓練の邪魔だ、あっちへ行ってろ!」


 訓練場の中をブラブラしながら部下達に指導する。

 これが最近の俺の日課だ。


「おめー俺が小学生の頃剣道をかじってた事を知らねえのか? 本来ならスノウ程度に遅れは取らないが、お前のアイデンティティを奪いかねないから剣は扱わねーんだよ」


「そこまで言うなら私と剣で勝負するか? 私が勝ったなら隊長の座を……」

 

 俺は指導を打ち切ると、よく分からない事を言っているスノウの言葉を聞き流す。


「おっ、アリスじゃないか。そんなとこで何読んでんだ?」


「おい六号、話を聞け! 剣に自信があるのだろう? ケンドウとやらを見せてみろ!」


 更によく分からない事を言い募るスノウを置いて、俺は芝生に座り紙束を読むアリスの横に腰を下ろした。


「おう、六号。キサラギから送られてきた報告書を読んでたんだが、ちょっとマズい事になった。どうやらこの星以外の侵略計画はしばらく延期するらしい。お前もこれに目を通しとけ」

 

 アリスがそう言いながら、読んでいた紙束を寄越してくる。

 隣からスノウが興味深げにそれを覗き込んでくるが、その書類は日本語で書かれていた。


「おい六号、それは何だ? 私にも分かるように読んでくれ」


「これはキサラギの機密書類なんだけどなあ。まあいいか、お前は俺の手下だしな」

 

 手下という言葉が気に入らなかったのか、ギャーギャー騒ぎ出したスノウをよそに、俺は書類を読み上げた――


【調査報告】

『戦闘員六号の惑星派遣が軌道に乗った事で追加予算が出た、第二次惑星派遣の経過報告書を送ります。転送先の惑星は、水と緑が豊富な地で人類が活動可能な空気もあり、知的生命体も数多く見られます。幸運にも街と思わしき場所の近くに転送されたので、まずはここを拠点に調査を行いたいと思います』


 それは他の惑星に送られた、とある戦闘員の活動記録だった。


『現地に存在する知的生命体は極めて人類に酷似している。言語の習得に少々苦戦したものの、今では馬小屋での寝泊まりにも慣れ、こちらでの生活基盤も手に入れた。

戦闘服による補助機能で土木工事のバイトも楽勝だ。親方は怖いが給料は良い。むしろキサラギの給料が安すぎるのかもしれない。現地住民は警戒心がないのか、戦闘服を見ても変な目で見る事もない。同僚にこの服が珍しくないのかと尋ねてみたら、この街には定期的に変な格好をした、黒髪黒目の変わった名前の連中が湧くのだという。わけが分からなかったが好都合だ。このまま調査を続けるとしよう』


 そこまで読み上げたところでふと顔を上げると、スノウが遠くで剣を振っているのが見えた。


 人に読ませておきながら、意味が分からず飽きたらしい。

 あの女……。


『現地での生活一週間目。この星の事が少しずつだが分かってきた。ここには魔力と呼ばれる謎のエネルギーがあり、それを吸収した生物は様々な進化を遂げているようだ。例を挙げると、この地の生物はサイズが大きく、好戦的なものが多い。街の外には人を丸呑み出来るサイズのカエルが多数棲息しており、しかも驚くべき事に、それらの巨大ガエルを嬉々として狩る連中がいた。冒険者と呼ばれる者達で、彼らから言わせればカエルは雑魚との事だ。あの巨大生物が雑魚となると、この星で危険視される生き物とはどれほどのものなのだろう』


「カエルって美味しいですよねえ。鶏肉みたいでサッパリしてて、あたし、お給料がない時はよく捕まえて食べてました」


 いつの間にかやってきていたロゼが、報告書を読み上げる俺に相槌を打っていた。


「……お前、カエル食うのはいいけど、カエル因子を取り込んで表皮がヌメヌメしだしたらカエル取り上げるからな?」


「体に影響が出るほどは食べませんよ! 隊長知ってます? カエルのヌメヌメは塩に漬けて揉んでやると綺麗に落ちるんですよ! あと、ザリガニを食べる時は何日か水に漬けて泥を吐かせるんですけど、同じ容器に入れとくと共食いを始めるので注意が……」


「そんな豆知識聞きたくねえよ! それよりお前は早くバッタ食えるようになれ! おいアリス、こいつにバッタ型怪人の因子を取り込ませるからちょっとその辺で捕まえて……」


 これから何されるのかを察して逃走したロゼを見送り、俺は報告書へ目を落とす。


『現地での生活二週間目。この星の住人には驚かされてばかりだ。土木工事のバイトをしていると、突然現れた青髪の少女が「お手本を見せてあげるわ!」と言ったかと思うと鮮やかな塗装技術を見せてくれた。熟練の職人かと思ったが、彼女は臨時のアルバイトらしい。この星の技術者は侮れない。一介のバイトが地球の職人に匹敵する技を見せたのだ。だが、驚愕したのはそれだけではない。工事中に事故が起こり、作業員の一人が大怪我を負ったのだが、彼女が何かを唱えると一瞬で怪我が完治した。聞けば、これは魔法というものらしく、彼女に払う一回の治療代は安酒一杯でいいそうだ。これは恐るべき医療体制であり、その分野においては我々の施政を超えていると言えるだろう』


 出たよ魔法。

 なんだよ、俺もそっちの星に行きたかった。


『現地での生活三週間目。この星の異常性が段々明らかになってきた。悪行ポイントを稼ぐために街で小さな犯罪を行っていたら、金髪碧眼の美女に注意された。そこまでならよくある事で軽く脅して黙らせようとしたのだが、こちらの脅しに怯む事もなく、むしろ攻撃してこいと挑発までされる始末だ。現地人に舐められてたまるかと軽く攻撃を仕掛けてたら、こんなものかとガッカリされた。というか攻撃した自分の方が痛かった。現地人の頑丈さはあまりにも異常で、銃火器を使わないのは文明レベルが低いからだと思っていたが、単に威力不足で使い物にならないだけなのかもしれない』


 と、そこまで読み上げたその時、先ほどまでロゼがいた場所から別の声が掛けられた。


「何を読んでるのか分からないけど、それは冒険小説か何かかしら? オススメの恋愛小説を貸してあげましょうか?」


「……一応、その小説の内容を聞いてもいい?」

 そこには、車いすの上で日向ぼっこをしながら、耳を傾けるグリムがいた。


「三十路の女が年下のイケメンをゲットするため、イケメンに言い寄る小娘をあの手この手で蹴散らし、最後には専業主婦になって毎日昼寝する幸せな生活をゲットする……」


「いらない」

 俺はグリムに即答すると、報告書の続きを読んだ――


『現地での生活四週間目。正直言ってこの星を甘く見ていた。正確には、魔法の威力を甘く見ていた。先で出てきた魔法に関する調査のため、攻撃魔法を調べていたのだが……。街の外に大量のカエルが出現したとの事で冒険者が招集を掛けられていたのだが、その際にまだ年端もいかない少女がとんでもない魔法を炸裂させた。小規模核爆発でも起きたのかと思わせる凄まじい威力に呆然と佇むも、周囲の冒険者はそんなものはいつもの事だと言わんばかりにぞんざいな反応だった。この恐るべき魔法が雑魚と呼ばれるカエル駆除に使われる。その事実に、唯々戦慄するばかりだった』


 報告書を読み進めていくうちに、俺はある事に気が付いた。

 心に余裕がなくなってきたのか、後半になるにつれて、報告者の筆跡が乱れていっているのだ。


『現地での生活五週間目。この星は異常なんてレベルではなかった。ある日、仮面を被った大男にいきなり正体を看破された。「わざわざ遠い彼方より、スパイ任務とはご苦労な事である」と言われたのだ。どうやって知ったのかは謎だが、口封じのためやむを得なく発砲。だが、確かに仮面の男の心臓へ銃弾を撃ち込んだはずなのだが、その大男は一切動じる事なく高笑いを上げて去って行った。そういえば、以前軽く攻撃した美女も恐ろしく堅かった。なんなんだ。この星の連中はなんなんだ。魔法か? 魔法なのか? 聞けば、ここの連中は魔法により死者を蘇生させる事すら可能だという。あの、土木工事の青髪のバイト少女ですらそんな事が出来るというのだ。バカげてる。あまりにもバカげている。本当にこの星はなんなんだ……』


 そんな奇跡すら起こせる少女が、神や教祖扱いされるわけでもなく、のほほんとバイトに励んでいるのか。

 つまり、この星ではそれだけ多くの治療魔法の遣い手がいるという事だろう。


『現地での生活二か月目。もう嫌だ。農場で作物の調査をしていたら野菜に襲われた。俺の頭がどうにかなったのではなく、比喩でもなんでもないただの事実だ。なんなんだこの星は、もうわけが分からない。転送装置の組み立ては終わり、そろそろ地球との往復が可能になる。一刻も早く日本に帰りたい。もう勘弁してくれ。唯々日本に帰る日を待ちわびながら、土木工事に勤しむ毎日。青髪のバイト少女に、みかんを食べる際には目に汁を飛ばされないよう注意が必要だという、どうでもいい知識を教えてもらった。一つ賢くなりました。……こんちくしょうめ!』


 報告者の筆跡どころか、文章までもがおかしくなってきた。

 おそらくはよほど酷い目に遭ったのだろう。


『今日、恐るべき事実を知った。この街の事を知ったとでも言うべきか。ここは駆け出し冒険者を育成するための街。そう、この星で最も弱い連中が集まる街だというのだ。最初それを聞いた時、俺をスパイだと知って大げさに話しているのだと思った。だが、調べれば調べるほどに、ここが駆け出し冒険者の街で間違いない事を知る。つまり、だ。あの頑丈な美女も。あっという間に重傷を癒した青髪の同僚も。とんでもない爆発を引き起こしたあのロリ少女も、みんな駆け出し冒険者だという事だ。なんでも、強い冒険者は魔王軍とやらとの戦争で、最前線で戦っているらしい。早く。早く日本に帰りたい。もうこんな危険な星にはいたくない』


 …………。


『転送装置が安定し、ようやく日本に帰れる日となった。今のところロクな調査報告を送れていないが、最後に一つだけ確認し、それで真偽を判定しようと思った。街を歩いていた弱そうなのを捕まえ、勝負を挑むのだ。せめて現地住民の最低限の戦闘力を調べようと、一人の冒険者に接触する。その少年に職業を尋ねると、彼は最弱職であるという。念のために冒険者カードというものを見せてもらうと、なるほど、確かに最弱職だった。それどころかステータスと呼ばれる数値も幸運と知能以外は軒並み低い。俺は勝負を挑もうとしたが、その時、とんでもないものを見てしまった。その少年はとある少女達を見付けると、叱りつけながら追いかけ始めたのだ。悲鳴を上げながら追われている少女達には見覚えがあった。頑丈な美女に癒やす同僚に爆裂する少女だ。この子達が何をしたのかは知らないが、その反応を見るに、少年の方が彼女達より上の立場であると見受けられた。つまり、最弱職である彼よりも、俺が戦慄を覚えたあの少女達の方が弱いのだ。俺は彼に勝負を挑まなかった事を、青髪の同僚に教えてもらった、この星の至高神であるという女神アクアに感謝した』


 その報告書の最後の方の筆跡からは、嫌な事全てから解放されるという清々しさが感じられた。


 見知らぬ地で大変な目に遭っただろう同僚に、俺は思わず涙ぐむ。


『最後に、この星への侵略は絶対にやめるべきであるとの考えを添えて、これで最終報告書とさせていただきます。――ではこれより、戦闘員、帰還します――!』


 俺は報告書を読み終えると、ふっと真顔で息を吐く。


「……なあアリス。俺、この星に派遣されて良かったよ」


「そうだな。そんなロクでもない世界に送られなかった事を、その星の至高神とやらに感謝しとけよ」




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初出:この素晴らしい世界に祝福を!×戦闘員、派遣します!

   アニメイト限定 コラボSS入りリーフレット

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