三章 正しい塔の攻略法

三章

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 ロゼという新しいオモチャ……ではなく、下っ端を無理やり加入させた俺達は、それから何度か出撃命令を受けては小競り合いをし、近年稀に見る勝利を収め、さらには着々と戦果を挙げた。

 そんな毎日を送り続け、そして、今日はお休みとなったのだが……。


「おかしい」


 宿舎内にある、俺達にあてがわれた部屋の中。

 その呟きを聞いたアリスが、分解掃除中のショットガンを磨く手を止め顔を上げた。

「どうした? なにか、魔王軍の動きで気になる事でもあったのか?」

「いや、魔王軍とかそんな小さな話じゃない」

 アリスがショットガンの部品をテーブルに置き、真剣に俺の話を聞く体勢に入る。

「……俺達はここに来て、もう何度か出撃し、度重なる活躍を収めた。そしてもうそこそこの時が経つってのに、誰も俺の事を好きになる気配がないんだ」

「……は?」

 そんなアリスは、アンドロイドのくせにぽかんと口を開けるという味のある表情を見せてくる。

「は? じゃない。いいかアリス、俺の隊は女ばかりだ。さらにはティリスや騎士団の女騎士、果ては敵ではあるが炎のハイネや、彼氏持ちとはいえ警官のお姉さんとの出会いまであったわけだ」

「その警官から警告がきてたぞ。お前が与えた車いすをグリムが気に入ったせいで、毎日街中を疾走してるって。次に見つけたら捕まえるってよ」

 俺はアリスの言葉を聞き流し、拳を振り上げ力説する。

「だが! これだけの出会いがあるってのに、未だ何一つ色気のあるイベントが起こらないんだ。そろそろスノウなんかが、男湯と間違えて俺の入浴中に入ってきたりとか。寝ぼけたグリムが部屋を間違えて、朝起きたら俺のベッドに潜り込んでたとか。腹を空かしたロゼが、ウインナーと間違えてうっかり俺のを……とか。なんか、そろそろそういうイベントの一つや二つ、起こらなきゃおかしいはずだ」

「最後の例は最低だが、今日のお前がいつになくおかしいという事だけは理解できた」

 珍しい生き物でも見付けたように、興味深そうにこちらを見上げるアリスに向けて、俺はさらに言葉を続ける。

「俺は負け続きだったこの国に、初の勝利をもたらして、更には小競り合いではあるものの、結構な戦果も挙げている! 本来であればそれだけでも惚れられ要素は高いはずだ。だが俺は、廊下の角で女とぶつかり倒れた拍子の乳揉みイベント等を期待し、廊下の角で膝抱えて座り込んだりと日々の努力も怠っていない!」

「あれ、邪魔だから止めてくれって色んなとこから苦情がきてるぞ」

 いちいちツッコんでくるアリスの頭をぐりぐりと押さえつけ、

「俺も美少女に告白されても偶然突風が吹いて聞こえなかったりだとか、相手の好意にちっとも気づかず、この鈍感男とか罵られたい! そんでそんで、何人かの美少女に、一体誰を選ぶの!? とかって修羅場に……おい、俺の手引っ張ってどこ連れてく気だ?」

「うんうん。分かったから、ちょっと医務室までついてこい。自分が精密検査をしてやるからな」

 俺はアリスの手を振り払った。

「俺は正気だっつーの! だっておかしいだろ、この国の騎士って女の比率の方が高いんだぞ! なんでここまで女が多いのに、ラッキースケベの一つもねーんだ!」

 俺の魂からの叫びを受けて、アリスが深々とため息を吐いた。

 こいつはたまに思うんだが、やたら人間臭い時がある。

 アリスは俺の右手を取ると、自分の胸の上にその手を置いた。

 その行動の意味が分からず、無言で見つめ合っていると。

「あんあん」

 無表情のまま棒読みの喘ぎ声を出すアリスの手を、俺は再び振り払った。

「美少女の胸が触れて良かったな。今日はこれで我慢しとけ」

「ロボットの胸にくっついたシリコン揉んで何が楽しいんだ! あとせめて、もうちょい感情込めて言えよ! ていうか違うんだよ、そういう事じゃなくて! いや、もちろんエロい事もしたいんだけども!」

「もういいからちょっと落ち着け。自分と一緒に医務室に行こう? な?」

 興奮した俺がアリスになだめられていると、コンコンとドアがノックされる。

「ドアの外まで聞こえる大声で、一体何を叫んでいる。今から会議を行うそうだ。貴様にも呼び出しがかかっている。……エロだなんだと、貴様の隊に所属する私まで恥をかくからやめてくれ!」

 顔を赤くしたスノウが、部屋のドアを開けながら俺に呼び出しを伝えてきた。


「――勇者殿一行が、ダスターの塔の最上階を守る魔物、力のギルと知のリスタに敗北し、傷を負われた。現在、治療術師総出により緊急治療を行っている」

 そこは城の会議室。

 各部隊の隊長が集まったところで、将軍と呼ばれているおっさんが切り出した。

 勇者敗れるの報を聞き、会議室が大きくざわめく。

「静かに! 幸いな事に、勇者殿の傷は命にかかわるほどではない。治療は難しくはないそうだ」

 その言葉に、ほっとした表情を見せる隊長達。

「しかし、皆知っての通り、現在我が国は魔王の軍勢に押されている。勇者殿が討ち取られなかった事は幸いだが、今回の敗戦である問題が浮上した」

 会議室内が、おっさんの次の言葉を待つように静まり返る。

「それは、我々には時間がないという事だ。総戦力においては、悔しいが魔王軍に軍配が上がる。戦争が長引けば、我が国はいずれ滅ぼされるだろう。我々に残された希望は、勇者殿が、我が国が滅ぼされる前に魔王を打ち倒してくれる事。つまり、勇者殿には酷なようだが、急いでもらわねば困る状況なのだ。そこにきて今回の負傷である」

 皆の顔に、暗い陰が広がっていく。

「……現在治療を受けている勇者殿に、なぜダスターの塔を攻めたのかを尋ねてみた。すると、魔王の城を攻略するために必要な秘宝があの塔に保管されているのだそうだ。つまり、勇者殿は治療が終わり次第、また塔の攻略に行かなければならない。だが、我々には時間がない……」

 皆が静かに聞き入る中、おっさんがバンとテーブルを叩いた。

「そこで、勇者殿の療養中に我々でダスターの塔を物量で攻める! 必要とされる秘宝を、我が国の総力をもって奪い取るのだ! 一刻も早く魔王を打ち倒してもらえるように!」

 会議室内に歓声が沸いた。

 各部隊の隊長達が、皆一様にいきりたっている。

 ……でもこれって、俺の知ってる勇者となんか違うなあ……。

 王様に必要最低限の小銭を渡され、これで魔王倒して来いとか無理難題を言われるのが勇者だと思ってたのに、国を挙げてのバックアップか。

 いや、そういえば勇者ってこの国の王子様なんだっけ。

 そりゃ物語の中でもないのなら、国家総動員ぐらいして当たり前なのか。

 まあ俺達の出番なんてそうそうないだろうと、会議室のテーブルに突っ伏しだらけていると。

「お待ちを。将軍、して、勇者殿ですら攻略不可能だったダスターの塔をどう落とすのか、何か策はあるのですか?」

 そう言って立ち上がったのは、片目に傷のある、頭の薄いおっさんだった。

 確か作戦参謀をやっているおっさんで、以前こいつらが戦争に負けた際、俺は自分達の手柄を誇張するため、涙目になるまで罵ってやった相手だ。

「ダスターの塔は、塔内が吹き抜けとなっており、内部の壁に沿って螺旋階段が巡っている。なので、狭い階段で塔を守る魔物達と戦う事になる。傷を受けた兵を次々と交代させ、数に物をいわせて少しずつ塔を攻略していくしかない。朝から攻略を始めても、果たして一日で終わるのかどうかといったところだ。……参謀殿は何か、良い作戦はあるかね?」

 逆に聞かれたおっさんが途端に慌てる。

 特に何も考えてはいなかったらしい。

「い、いえ、私は特には……」

 おっさん、がんばれ。

 ……と、そこでおっさんが、何故か俺を横目で見た。

 どうしたおっさん、俺は助け舟なんか出せないし、出せたとしても出さないぞ。

「ここ最近次々と戦果を挙げ、しかも他国の人間の六号殿なら、我々が考えもつかない作戦を思いつくのでは? なにせ、以前戦に負けた我々をあれだけ罵ってくれたぐらいですから……」

 おっさんは、どうやらよほどあの時の事を根に持っていたらしい。

 おっさんの言葉に、会議室内の視線が俺に向けられた。

 ……今度その薄い頭を更に薄くしてやるからな。

 将軍が、俺に真っ直ぐ視線を合わせ。

「六号殿、貴殿は何か策はあるかね?」

 ……あるにはあるけど、この人達引かないかな。

 この世界の連中は騎士道精神が旺盛だから、悪の組織の俺とは考えが合わないんだよなあ……。

「火をつけよーぜ」

 テーブルにうつ伏せたままのだらしない姿の俺の言葉に、その場の全員が首を傾げた。

「火攻めという事ですか? しかし、塔は石造り。炎は効果がないと思いますよ……?」

 俺の近くにいたお姉さん隊長が聞いてくる。

「いや、塔の内部が吹き抜けになってるって言ってたからさ。塔の一階を制圧したら入り口を開けっぱなしにして、吹き抜けの真ん中でキャンプファイヤーやろうぜ。敵のボスから塔の魔物から、みんなまとめて煙でいぶして燻製にしてやればいい。楽しいぞ!」

 ………………。

「み、皆、ど、どうだ? いや、確かに間違いなく効果的ではある。効果的ではあるが……」

 戸惑う将軍の言葉に。

「いや、いくらなんでも非道過ぎませんか その、いくら魔物相手とはいえ……」

「だが被害は限りなく少なくなるが……」

「ねえ、これって騎士としてやっちゃっていい作戦なのかしら?」

 再び会議室内がざわめく中、各隊長達が思い思いに喋りだした。

 …………十分後。

「な、無しで! 六号殿、せっかく案を出して頂いたが、その作戦は無しで、正攻法で!」

 各隊長達が、首を揃えてうんうんと頷いた。


        2


 その塔は広い荒野の奥地に、ぽつんと建っていた。

 ちょっとした高層ビルぐらいはありそうな白亜の塔。

 そこでは、既に大量の騎士が塔内部に投入され、戦える足場の多い一階はすでに制圧していた。

 その塔にアリスが近づき、外壁を興味深げにぺたぺたしている。

「というわけで、俺達はこのまま夕方までのんびりします」

「「……は?」」

 スノウとロゼが、俺の言った事の意味が分からないのか目をぱちくりさせている。

 ちなみに俺のそばでは、グリムが相も変わらず、車いすの上で気持ちよさそうに眠っていた。

「何を言っている、既に塔の攻略は始まっているんだぞ!? しかも、あの塔には勇者ですら敗北したとびきりの魔物がいるんだ! これを討ち取れれば、我らの手柄はどれ程の物になるのか!!」

 拳を握って興奮し、暑苦しく力説するスノウ。

「お前なぁ……。確か勇者って強いんだろ? それこそ魔王軍の四天王が一対一じゃ敵わないぐらいに。その勇者に勝ったヤツを真正面から倒しに行くのか? 嫌だよ怖い、そんなリスクは負いたくないし、俺はここで昼寝してるよ。これだけの大軍で来てるんだ、その内どこかの部隊が終わらすだろう。夕方になってグリムが起きて、まだ塔が落ちてなかったら、その時また考えようぜ」

 その言葉にスノウのこめかみに血管が浮き立ち、顔がみるみる赤くなっていく。

 こいつ、なんでこんなに切れやすいんだろう。

「き、貴様というヤツは! ここ最近、戦闘においてだけはそこそこ頼りになると思っていたが、私の思い違いかこのヘタレめ! もういい、私一人で行ってやる! 手柄を挙げても分けてやらんからな!」

 スノウはそう言い捨てると、荒い足取りで塔へと向かっていってしまった。

「あの、隊長……。いいんですか? スノウさん一人で行かせちゃって……」

 スノウの後ろ姿を心配そうに見つめるロゼは、追いかけようか迷っているようだ。

「大丈夫だよ、あいつは強いし。それに今の塔内部は味方の兵がわらわらいるし、まずやられる事はないだろ。多分その内疲れて帰ってくるよ」


 ――数時間後。


「……ハア……ハア……」

 本当に疲れて帰って来た。

「ハア……ハア……、も、もうすぐ夕方だぞ六号……、ま、まだグリムは起きないのか?」

「そろそろ起きそうなんだけど、なんか面白いうなされ方してるから、さっきから皆で見てる」

 車いすの上でよだれを垂らしたグリムがぶつぶつと呟いた。

「あああ……スノウが……、スノウが真っ赤な顔で隊長に……私の胸を揉むでも何でも好きにするがいいと……はしたないおねだりを……」

「起きろグリム! 貴様、ロクでもない夢を見てるんじゃない! おい、起きろ! それ以上妙な夢見てるとぶった斬るぞ!」

 スノウにゆさゆさと揺らされ、グリムがぼんやりと目を開ける。

「ハッ! ……私、今、素敵な予知夢を……」

「もういい、お前はもう少し寝てろ。今から斬り捨てて埋めておいてやる」

「せっかく起きたのにまた寝かせるな。それよりアリス、どうだ? 行けそうか?」

 俺は据わった目のスノウをなだめ、塔の外壁を調べていたアリスに尋ねた。

「うん、塔を構成してるのはしっかりした造りの石材だった。ちょっと穴開けたぐらいじゃ崩れたりはしないだろう。後は、上に行くほど風が強くなるから注意する事。それと、薄暗いから手元にも気を付けろよ。後、重い鎧は脱いでいけ。全員、動きやすい格好でな」

 そんなアリスの言葉に、スノウが怪訝な表情を浮かべた。

「何の話だ? また一体どんな事を企んでいる?」

「企んでるとか失礼な。あの塔を攻略するんだろ? そろそろ、いい頃合だと思って」

 スノウが、更に怪訝そうに。

「貴様、先程は怖いから嫌だと腑抜けていたではないか。一体どういう風の吹き回しだ?」

「俺は真正面から倒しに行くのは怖いから嫌だって言ったんだ。でも、お前じゃないが手柄は欲しい。それもできるだけ楽して、危険が無い状態で手柄が欲しい。ずっと塔攻略の様子を見てたが、すでに何組かは最上階のボスに戦闘を仕掛けることができたみたいだな。どうだ、ボスに手傷ぐらいは負わせられたのか? 少しは弱った感じか?」

 俺の問いに、スノウが呆れた顔で言ってくる。

「……貴様は、もう清々しいくらいに姑息だな。……何人かは最上階にたどり着けたものの、準備を整えて待ち構えたボスに瞬殺されるという状態が続いている。敵は二人組みで連係攻撃が強力だそうだ。現在、何か弱点はないかと攻めあぐねているところだ」

 と、その時だった。

 アリスが張り付いている塔の外壁から、バチュンという、何かを打ち込む音がした。

 そちらを見れば、塔の壁に小さな鉄杭を打ち込んだアリスの姿が。

「うん、いけるいける。簡単に打ち込めるな。六号、持ってけ」

 アリスの手には、コンパクトサイズの杭打ち器。

 本来なら岩盤に杭を打ち込む道具なのだが。

「……なんだ、その道具は? ……いや、おいまさか」

 スノウがそれを見て、ダラダラと冷や汗をかきだした。

「おし、行くか。こんなのを内側から攻略とかやってられるか、かったるい。魔物達も下から登ってくる兵士の相手で忙しいし、暗くなった今なら外壁よじ登っても見つからないだろ。まさか、こんな所登ってくるなんて思わないだろうしな」


        3


「おいそっち回れ! あの、魔法使う魔物を先に仕留めろ! 被害がデカくなるぞ!」

「押し切れ! 数で押し切れ!」

 喧騒轟く塔の外壁を、杭打ちを手にした俺を先頭に少しずつ登って行く。

 壁に杭を打ち込む音は、塔内の騒がしい戦闘でうまい具合に掻き消されている。

「こんな……こんな塔の攻略が、許されるものなのか? こ、こんな……」

 俺のすぐ下では、先ほどからスノウがぶつぶつ言いながらついて来ていた。

 スノウは今は鎧を脱ぎ、剣は背中に背負っている。

 他のメンツも重い装備は外し、身軽な格好でよじ登っていた。

「おいスノウ、この戦闘じゃ聞こえないだろうけど、念のため極力喋るなよ。こんなところで敵に気づかれたら一網打尽だぞ。文句なら、作戦を立案したアリスに言え」

 戦闘服を脱いでいる今、こんな高所から落ちたらひとたまりもない。

 かなり上の方にまで登ってきたため強い風に吹き煽られる中、鉄杭を片手でしっかり掴み、新たな杭を壁に打ち込み足場を作る。

 そんな作業をどれだけ続けてきただろう。

 そろそろ塔の最上階が見えてきた辺りでスノウが小さく囁いた。

(……おい。おい、六号!)

 それに俺も囁き返す。

(なんだ、そんな切羽詰った声出して。お前まさか、こんなところでトイレ行きたいとか言い出すんじゃないだろうな)

(違うわ! そ、そんな事ではなくてだな……)

 じゃあなんなんだと訝しむと。

(……昼間、剣を振るいまくったせいで体力が限界に近い。どうしよう、腕がぷるぷるしてきた)

(このバカ、こんなところで落ちたら死ぬぞ! っていうかお前が落ちたら、順番的に下のヤツらも巻き込まれるだろうが!)

(わ、分かっている! だからどうしようと言っているのだ! いや、これほんとヤバイ、ど、ど、どうしよう……)

 勝ち気なスノウが今にも泣きそうな顔で見上げてくる。

 これはこれで新鮮なのでもうちょっと追い詰めてみたい気もするが、この強情な女が弱音を吐くという事は、本当に限界が近いのだろう。

(ああもう、しょうがない、手を貸せ!)

 俺は杭打ちを一旦口に咥えると、片手で鉄杭を掴み、もう片方の手でスノウの手を取った。

(お、おい、どうする気だ ひいっ 空中に片手で宙吊りされるとか、肝が冷えるっ!)

 騒いでいるスノウを、そのまま俺の肩の位置まで引っ張り上げる。

 正直、戦闘服を着ていない今ではこんな行為も結構キツイ。

 俺は改造人間ではあるものの、肉体スペックは人間の限界ギリギリに引き上げられている程度だ。

 剣を背負ったスノウを片手でいつまでも掴んでいられない。

 口に杭打ちを咥えたまま、背中におぶされと視線を送る。

(くっ、す、すまない)

 自力で壁を這い上がっていくのは無理でも、両手両足で背中にしがみつくぐらいはできるだろう。

 スノウが俺の首に手を回し、しっかり掴まったのを確認すると、再び最上階を目指して登りはじめた。

 ……というか、これは……。

(おい、もっとしっかり掴まれ! 風の抵抗を受けないように身体をもっとくっつけろ!)

(わ、分かった、こうか?)

 背中に、柔らかい物が押し付けられる。

 念願のエロイベントです、本当にありがとうございました。

(お前、今日初めていい仕事したな。お荷物ならせめて、もっと胸を張って密着させろ)

(き、貴様はこんな時に! やはりお前は人間のクズだ)

(う、うるせー! 巨乳はお前の唯一の長所だろうが、それを生かしてやってるんだから感謝しろ!)

(お前、作戦が終わったらちょっと宿舎の裏に来い!!)

 そんな事を小声で言い合っている間に、ようやく最上階に手が届く位置までやってきた。

 下の連中を確認すると、なんの問題もなくついて来ている。

 体力のあるロゼは元より、普段車いす生活のグリムも夜とあって元気そうだ。

 アリスにいたっては疲れと無縁なアンドロイドの余裕からか、たまに塔の窓から中の様子をこっそり覗いたりしていた。

 俺は小声で皆に告げる。

(よし、俺が先に登って様子を見るから、お前らは俺が声を上げたら登ってこい)

 その言葉に、おぶさっているスノウ以外がコクリと頷く。

 最後の杭打ち作業を終え、俺は頭だけを覗かせてこっそり様子を覗った。

 すっかり薄暗くなった最上階にいたのは二匹の魔物。

 巨大な斧を持った牛頭の魔物が大きな体で階段の前に立ち塞がり、それから大分離れた位置に、杖を握った山羊頭の魔物が立っていた。

 侵入者は狭く足場の悪い階段で一人ずつ戦う事を余儀なくされ、敵は広くてしっかりした場所で援護を受けながら戦うのだろう。

 なるほど、敵ながらよく考えている。

(よし、こちらに気付いていない今がチャンスだ。このまま登り、全員を引き上げ挑むとするか)

 と、背中のスノウが、そんな事を囁いてくるが……。

 俺が様子を覗う先では、二匹の魔物は無防備に背を向けて、何やら楽しげに話をしていた。

「フハハハ、これで何組目だ兄弟? 俺はまだ、かすり傷一つ負わされてはおらんぞ!」

「ヒッヒッ、もう数えるのもめんどくさくて覚えてないよ兄弟。ま、勇者ですら敗北した俺達に、ただの騎士や兵士が束になっても敵うまい」

 俺はスノウを背負ったまま、こっそりと最上階によじ登る。

 二匹の魔物は今なおこちらに気付く事なく、機嫌良さそうに会話を続けていた。

「それよ。勇者を打ち負かした俺達は、ひょっとしたら四天王クラスの幹部に抜擢されちまうんじゃねえか? そろそろ、魔王様からそんな話が持ちかけられてもおかしくねえぞ?」

「ああ、四天王ですら討ち取れなかった勇者に、命までは取れなかったものの、あれだけの傷を与える事に成功したのだ。俺達はもはや四天王を超えたと言ってもいいんじゃないか?」

(よし、後は皆を呼ぶ……おい、六号?)

 スノウの囁きを無視した俺は、ほふく前進で山羊頭の魔物へにじり寄る。

「フハハハハ、夢が広がるな兄弟! そうとも、俺達は二人揃えば無敵だぜ!」

「ヒッヒッヒッ、そうとも、俺達二人の連係の前には勇者だろうが四天王だろうが、それこそ魔王様ですら手こずるかもしれないぜ?」

 相変わらずこちらに気付く事なく、上機嫌の山羊頭。

 そいつは階段から離れた場所で、吹き抜けになっている中央部分から楽しそうに戦況を見ている。

 俺は、その山羊頭の背後にさらに前進を続けると……。

(お、おい、六号、もう充分だろう。早く皆を呼んで、こいつらを……)

「フハハハハ! 兄弟、今攻めて来ている連中を撃退したら、俺達の名はますます上がるぜ!?」

 牛頭の魔物が、気持ち良さそうな笑い声を上げる中。

(ろ……六号?)

 俺はスノウを背負ったまま、山羊頭の後ろで立ち上がると……。

「ヒッヒッヒッヒ! そうともさ! いずれ世界に轟くぜ! 俺達、力のギルと、知の……」


 ――未だ夢中に喋り続ける知のなんとかを、塔の上から突き落とした。


「おおおおおおおい! 六号おま、お前、なんて事してるんだあああ!」

「もういいぞ! さあ、お前らの出番だ! 登ってこい!」

 俺が下の連中に呼びかけると、背中から降りたスノウが剣を抜き何か言いたそうな顔で身構えた。

「おい六号、人としてあれはどうなんだ!? 流石に私も同情したぞ! ボスが戦闘前に塔から突き落とされるなど聞いた事がない!」

「なっ!? て、てめえら一体どこから湧いた!? しゃらくせえ、おいリスタ、あれをやるぞ! 俺達二人の必殺……」

 俺とスノウの後ろから隊員達が這い上がってくる中、ギルがキョロキョロと辺りを見回した。

「……リスタ? おいリスタ、どこにいる?」

 当然の事ながら、その視線は俺とスノウに向けられる。

 そんな俺達の視線は、自然とリスタの落ちていった方へと向けられた。

 ギルが階段前の守護も放り出し、慌ててリスタが落ちた方へ駆け寄ると……、

「リ、リスタ! リスター!」

「た、助けてくれギルー!」

 聞こえてきたその声に、そっと塔の下を覗ってみると、リスタと呼ばれた山羊頭が螺旋階段の一部に必死な顔でしがみ付いていた。

「ちっ、しくじったか! おいアリス、あの引っかかってるのを狙い撃てるか?」

「撃ち落とすのは余裕だが、わざわざ貴重な銃弾使わなくても、石でも投げてやればそのうち勝手に落ちるんじゃないか?」

「それもそうだな。よし、こいつで……」

 と、俺が手頃な石を拾い上げると。

「や、やめろ、やめやがれ! リスタに手は出させねえ!」

 ギルはそう宣言すると、引っかかっているリスタを背に庇うように立ち塞がる。

「アイツに手は出させねえ! 一体どっから湧き出して、何でこんな状況になってんのか分からねえが、兄弟は俺が必ず守る!」

「うう……、や、やりにくい……」

 俺の後ろで、ロゼが呟く。

 しかし、この状況は好都合だ。

「お前ら、あいつを囲むように移動するぞ! そして、もし俺達の誰かに接近し攻撃を仕掛けてきたら、残りの者は下に引っかかっているヤツに石を投げろ!」

「さすが六号、キサラギ社員の鑑のような素晴らしい作戦だ。それを相手に聞こえるように指示する事で、うかつにこちらを攻撃させないというわけだな」

 そういう事だ。

「おい、ギルとか言ったな! へっへっへっ、そこを動くなら動いてもいいが、そしたらお前の大事な相棒がどうなるかな? ……よしお前ら、俺とスノウは石持って待機! 残りの各員は、敵の手の届かない位置から遠距離攻撃を食らわしてやれ!」

「「「う、うわぁ……」」」

 俺とアリス以外の仲間達がその言葉にドン引きする中、力のギルは悲壮感を漂わせ、斧を構えて泣き叫んだ。


「クソったれえええええ!」


「――ギル! ギル、無事か!」

 叫びながら階段を登ってきたのは知のリスタ。

「まあ、無事ではないよ。生きてはいるが」

 予想以上に粘られ、ギルが倒れ伏した時には、引っかかっていたリスタの姿はそこになかった。

 そのリスタは今、塔の魔物を引き連れてギルを助けに現れたのだが……。

「き、貴様ら……! 俺を不意打ちで突き落としただけではなく、手を出せないギルをなぶりものに……! ゆ、許せぬ! 貴様らは皆殺しにしてやる!」

 激昂し目を血走らせているリスタに向けて、俺は手のひらを突き出した。

「おっと、お前は俺の言った事が聞こえなかったのか? 無事ではないよ、生きてはいるが。そう、生きてると言ったんだぜ?」

 互いの仲間が牽制し合い警戒を強める中、俺はリスタに笑いかけた。

 警戒心を解こうとした俺の笑顔になぜかリスタが後ずさる。

「……ここに、お前の大事な相棒が瀕死の状態で転がっている。急いで手当てをすれば助かるかもな。……さて、ここで質問だ」

 俺の更なる深い笑みに、リスタの喉がゴクリと鳴る。

「お前、自分の相棒を、幾らで買う?」

 そんな俺の問い掛けに、聞き慣れた声が頭に響いた。


《悪行ポイントが加算されます》



        4



 部屋のドアが叩かれる。


「おい六号。いるか?」


 ドアの外で俺を呼ぶのはスノウの声。

 ……どうせたいした用事でもないだろう。

「清く優しい六号さんなら、川のゴミ拾いに出掛けてるよ」

「ふざけるな、いるじゃないか!」

 俺の言葉にスノウが怒鳴りながら入ってくる。

 時刻はすでに二十二時を回っており、人を訪ねるにはちょっと遅い時間帯だ。

「なんだお前こんな時間に。夜遅くに男の部屋に来るって、お前誘ってんのかよおっぱい女」

「そのバカな呼び方は止めろ! 他人に聞かれて定着したらどうするつもりだ!」

「おいおっぱい女。自分は若い二人に気を利かせ、席外しといた方がいいか?」

「こっ、この! アリス、お前までその呼び方をするのか!!」

 ハアハアと荒い息を吐きながら、スノウは大きな皮袋を差し出してきた。

「……何だコレ?」

 それを受け取った俺は何気なく中を開け……、そしてそのまま固まった。

「それは貴様の給金だ。ここ最近で挙げた、戦果の報奨も含まれている。……まったく、未だに納得がいかん。あんな塔の攻略方法も納得いかんし、ボスを突き落とすなんて戦法も納得いかん」

 固まったままの俺に不審を覚えたのか、アリスも袋を覗き込み。

「……ワオ」

「一番納得いかんのは、魔物と取引なんてしたことだ! 確かに被害を出さず塔の秘宝を手に入れられたが、あのような人質を取るやり方は騎士としてさすがにどうかと……。おい、何を固まっている?」

 スノウの怪訝そうな声にハッと我に返った俺は、改めて袋の中身を確認した。

 金貨が、金貨がパンパンです……。

「なあスノウ。この金貨の量だと、この国でどれだけの価値があるんだ?」

「価値? ああ、そういえば貴様は頭をおかしくして色々な事を覚えていないのだったな、貨幣価値すら忘れたのか。その量だと、一つの家庭が一年ほど贅沢な暮らしができる程度だ」

「……マジかよ」

 俺が呆然と袋を握り締めていると、どうやらスノウは違う受け取り方をしたらしい。

「む……。その額では不満か。分かるぞ、私も金に関してはうるさい方だからな。だが、あれだけ手柄を立てたとは言っても、貴様はまだ小隊長。もっと上の階級にでもなれば、そんな額がはした金に見える、ちゃんと手柄に見合った報酬が……」

 スノウが言い終わるより早く、俺はアリスにキッパリ告げた。

『アリス、俺もうスパイやめるわ。この国に骨を埋める事にする』

『おい待て早まるな。お前、日本語で言ってくるって事は本気だろ』

 真顔で突っ込んでくるアリスに向けて、

『いいか、よく聞けよ? 俺はサハラ砂漠で一ヵ月以上戦闘してようやく帰ったと思ったら、労いの言葉もなく上司にポテチ買いに行かされた事があるんだぞ。そして給料が、保険とか色々引かれて手取りで十八万だった』

『むしろ、なんでお前が今まで辞めなかったのか不思議なくらいだな』

 日本語で話し出した俺達に、スノウが怪訝な顔をした。

「どうした二人とも、変わった言葉を使いだして」

「気にすんな。六号は興奮して自国の言葉が出ただけだ。貰った金が予想以上に多かったんだよ」

 どこか納得いかなそうな表情ながらも、スノウは小首を傾げながら、

「そ、そうなのか? ならいいが……。これはアリス、お前の分だ」

「おおう、これはどうも。人様から何かを貰うだなんてショットガン以来だな」

 確かにあの時ショットガンをプレゼントしろとは言われたが、俺のポイントを使ってアリスが勝手に取り寄せただけで、別にそこまで大げさな物でもないと思うんだが……。

 相変わらず大事そうにショットガンを抱き締めながら、どこか浮かれた様子で袋を受け取るアリスを見て。


 ……まぁ、なんか気に入ってるみたいだし、別にいいかと思い直した。

   

            【中間報告】


 連日、自分の所属国と同業者との戦闘は激しさを増している模様。



 現在、自分の所属部隊が多大な戦果を挙げ、そのあまりの目覚ましい活躍に対し、

 日本円に換算すると数百万円相当の金貨を報奨として支給される。

 日本円に換算すると数百万円相当の金貨を報奨として支給される。


 現在のところ任務に問題、支障はなし。

 また連絡いたします。


 報告者   数百万円相当の金貨を褒賞として支給される男、戦闘員六号


 追伸   待遇の改善を希望します。


……次回は最終回! 10月31日(火)更新予定です。乞うご期待ください!

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