二章 商売仇を蹂躙せよ

 翌朝。


「――姑息な。敵の補給を狙うだと? 補給部隊は基本的に、戦闘に使えない下級の魔族で構成されているんだぞ。そんなものを襲撃して手柄になるか!」


 王城の前に整然と騎士団が整列する中、俺達は一番隅っこに並ばされていた。

 今から、この都市の周辺に集結をはじめている魔物の群れを叩くらしい。

 整列した騎士団の前では、この国の将軍らしき人間がなにやら演説をしている。

 そして、そんな連中とは別に、好きにやれとの命令を受けたいらん子小隊である俺達は、独自に作戦を考えていたのだが……。

「隊長、できればあたしも強い敵と戦いたいです。お爺ちゃんの遺言で、この世の全ての魔獣肉を食らい尽くし、最強のキメラとなれって言われてるんです」

 こいつ、爺ちゃんっ子なのか。

 遺言を果たすためとか言われると、悪の戦闘員な俺のちっぽけな良心でもぐらついてしまう。

「うーん、その気持ちは汲んでやりたいとこなんだが……。それだったら、誰かが倒した魔獣の肉をこっちに回してもらうんでもいいんじゃないのか?」

「新鮮な魔獣のお肉じゃないと美味しくないんですよねえ……」

 ……良心のぐらつきを返せよ腹ペコキメラめ。

「ロゼの言う通りだ! 強い敵が多くいる部隊は、それだけ大物の指揮官がいる。そこに突撃を敢行し首を取る。なに、この私が強敵を引き受ける。雑魚はグリムの呪いで一掃させよう。ロゼは私について来い!」

 問題は、この手柄に目が眩んでいる脳筋女だ。

 補給部隊を襲撃しようという提案を、スノウが頑なに反対していた。

 俺がどれだけこの作戦の有用性を説いても聞きもしない。

 この心の狭い女は、昨日乳を揉んだ事をまだ根に持っているらしい。

 と、そんな俺達を見かね、アリスが口を開いた。

「まあ聞け、お前ら。補給部隊を襲う事は手柄にならないと思っているようだが、それは違うぞ。まず第一に、お前達は普段真正面からバカ正直に攻めるだけ。だから敵も補給を潰されるとは思わず、舐めてかかっているだろうからロクな護衛もいるまいよ。で、最前線で戦っている敵は、補給部隊が全滅なんて聞いたらどう思う? 少なからず混乱するさ」

「……むう」

 眉を寄せてアリスの説明を聞くスノウ。

「そして第二に、補給がなくなるという事はどこの戦争においても致命傷だ。たとえ戦闘に勝っても、物資がなければそこに留まれず撤退せざるをえない。我々が補給を絶てれば、たとえ騎士団が戦闘に負けたとしても敵は帰る。たった一部隊が敵の行く末を決めてしまうんだぞ。コレを大手柄と言わないでどうするんだ」

「…………ふむ」

 俺の時とは違い、素直に話を聞くスノウが憎たらしい。

「ついでに言えば、一度でもこれをやっておくと敵は今後警戒する。警戒するという事は補給部隊にも護衛の兵が割かれるわけだ。たとえ我々が、今後一切補給部隊を襲わなくてもな」

 アリスの言う通り、その分僅かばかりとはいえ、最前線に回される敵の数は減ることになる。

 ……ていうか、それもさっき俺がちゃんと説明したはずなんだけど。

「……どうだ? 補給部隊を襲うという単純で当たり前の作戦だが、長期的な目で見ていかに有効であるか理解できるか? 騎士道というものは知っているが、これは戦争なんだ、割り切るべきだよ」

「…………アリスの言っている事は理解できる。だが、大きな手柄と認めてもらえるかどうか……。降格された事により給料も下がってな……。このままでは我が愛剣コレクションの一つ、灼熱剣フレイムザッパーのローンが払えず、取り上げられてしまう……」

 スノウはそう言うと、泣きそうな顔で自らの剣を胸に抱く。

 愛剣コレクションって、こいつ刀剣マニアなんだろうか。

「それに関してはこの男に任せておけ。手柄を誇張し、最大限に報告するのは大の得意だ」

「……なるほど。確かに、そんな姑息そうな顔をしている」

「お前ら、一発ずつ引っぱたいていいか?」

 話はまとまったかと思われたが、ロゼがお腹を押さえながら、切なそうに呟いた。

「あのう、それじゃあ今日の任務は補給部隊の襲撃ですか? あたし、貰ったお給金で未だ食した事のない魔獣のお肉を買い漁ってるんで、いつもお金がすぐに尽きちゃって……。今日も朝から何も食べていないんです。魔獣が食べられないとなると、そろそろ泣きそうなんですが……」

 コイツの普段の食生活が凄く気になるなあ……。

 まあ、そういう事なら。

「襲撃した補給物資は好きにしていいぞ。といってもほとんどが食い物ばかりだろうがな」

「補給部隊の襲撃作戦でいきましょう!」


        2


「……あれか。なるほど、確かに油断しきっているな。ロクに武器すら持っていないではないか。おいグリム、そろそろ起きろ」

 敵が集結している地点から、少し離れた街道の茂みに身を隠した俺達は、目の前をゆっくりと横切ろうとする補給部隊に狙いを定めていた。

 小柄なロゼに車いすを押してもらい、ここまで眠ったまま運ばれてきたグリムが、スノウにユサユサと揺らされる。

 ちなみにこいつは先程の作戦会議の時もずっと車いすで眠っていた。

「うう……、な、何? 目を覚ましたら太陽の下で野ざらしとか、私に恨みでもあるの? ううう……太陽なんて滅びればいいのに……」

 スノウに起こされ、頭をフラフラさせながら変な事を口走るグリム。

「グリム、今から戦闘だ、しっかりしろ。といっても相手は雑魚ばかりだが、油断はするなよ」

 油断なく辺りを見回しながら、スノウが愛剣の具合を確かめる。

「雑魚ばかりなら、この大司教のグリムさんの出番じゃないわね……」

「おいこら、寝るな!」

「バカ、声がデカい! 気づかれたじゃねーか!」

 スノウとグリムが言い合っている声で相手に気づかれてしまったらしい。

 ――あれは俗に、日本のファンタジー漫画なんかでオークと呼ばれている魔物だろうか。

 豚顔の、ロクに武器も持たない二足歩行の怪物達が、物資を積んだ台車を引っ張っていた。

 しかし、オークって地球の伝承にあった空想の生き物だよな。

 それがなぜこの星に生息しているんだろう。

 ……まあ、そんな疑問は今考える事じゃない。

「気づかれたからにはしょうがねえ。お前ら行くぞ! 戦争だ」

 俺は隠れていた茂みから飛び出すと、戦闘員マニュアルに書いてある、テンプレートともなっているセリフを大声で。


「ヒャッハァー! ここは通さねえぜえぇぇぇぇ!」


 叫ぶと同時、抜いたナイフの刃を舐めながら襲い掛かった!


 ――ショットガンの音が鳴り響く。

 アリスが放った銃弾により、オーク達が次々と倒れ伏す。

「ヒャッハァ! 逆らうヤツは皆殺しだぁ! 命が惜しけりゃ荷物を置いて失せやがれ!」

「失せやがれ!」

 マニュアルにあるセリフを叫びながら、先頭のオークが引っ張っていた荷車に蹴りを入れると物資を載せた荷車が引っくり返った。

 横転した荷車に道を塞がれ、後続の連中が足止めされる。

 俺とアリスが輸送部隊に突っ込むと、豚のような悲鳴を上げてオーク達が逃げ惑った。

 俺達のすぐ後ろをついてきていたロゼが、戸惑った声で告げてくる。

「た、隊長、そのセリフはやめませんか? これはただの軍事作戦のはずなのに、あたしなんだか、物凄い悪事に加担している気になってきます……」

 そんな事言われても、これは戦闘員マニュアルにある、敵への正式な降伏勧告なのに。

「あっ、隊長! 敵の補給物資はどうしたらいいですか? 大量にありますが!」

「お前がお持ち帰りする分以外は全部焼き払ってしまえ! 魔王軍の連中に、俺達の恐ろしさを思い知らせてやるのだ! フハハハハハハ! フハハハハハハハハッ!!」

「わーい、隊長素敵ー!」

 ロゼに物資の焼却を指示した俺が高笑いを上げていると、背後から凄まじい殺気を感じた。

「殺ったー!」

「うおうっ!」

 とっさに転がり回避をすると、そこには剣を突き出した姿勢のスノウの姿が。

「おい。……おいこら、お前今俺に何した」

「……チッ」

「お前今、舌打ちしただろ! 今、俺の事を本気で殺そうとしただろ!」

 やっぱりこの女は頭がおかしい!

 今後絶対にこいつには背中を見せないでおこう!

 いや、もうここまできたら、いっそここで事故に見せかけて……。

「な、なんだその目は。やる気か? いいぞ、こい! 乙女の胸の代償は高くつく事を教えてやろう! 我が愛剣の錆にしてやる!」

 ……と、俺達が一戦を交えようとした、その時だった。

「我が業火の海に沈むがいい……! 永遠に眠れ、クリムゾン・ブレス!」

 ロゼのそんな叫びと共に、敵の補給物資が凄まじい熱と光に包まれた。

 見れば、なんとロゼが灼熱の炎を吐き出している。

 それを見た俺は、思わず日本語が口を突く。

『……おいアリス、あれがキメラの特殊能力か? あの子、人造らしいけどさ……。この星にはあんなんがポンポンいたりしないよな?』

『アイツを地球に持って帰ったら、クリーンでエコなエネルギー源にならないかな。なんであんな事ができるのか、後で色々調べてみよう。実に興味深いヤツだよ』

 物資と共に炎に包まれたオークが悲鳴を上げて転げ回り、辺りに豚肉の焼ける匂いが漂った。

「……じゅるっ」

 その匂いに、ロゼが口の周りをすすだらけにしてよだれを……、おい。

「よだれよだれ。後、口の周りすすだらけだぞ。それと、一応言っとくけど戦闘中なんだからオークを食うなよ?」

「!」

 慌てて口の周りを袖で拭うロゼの周りでは、何とか反撃しようとしているのか、オーク達が手近な物を手に取ってじりじりと近づいてくる。

「おいロゼ、ところで教えて欲しいんだが。さっきの前口上やお前さんが取っていたカッコいいポーズは、ブレスを吐く前には必ず必要なものなのか?」

「勘弁してくださいアリスさん、分かってて言ってるんですよね! アレはお爺ちゃんが……!」

 と、涙目でアリスに抗議するロゼに向け、チャンスと見て取ったオーク達が殺到する。

 だが、いつの間にかオークの後ろに回っていたスノウが、目も眩むような紅い斬撃をオーク達の背に浴びせかけた。

 スノウの灼熱剣が閃く度にオーク達は炎に包まれ、悲鳴を上げながら次々と地に倒れ伏していく。

 まるで騎士のお手本とでも言えそうな、王道の剣術の腕に少しだけ感心する。

『六号、あいつも生身の体なのにやるなあ。騎士団ってのはあのレベルの連中がゴロゴロいるんじゃないだろうな。それだと、侵略が少し面倒な事になるぞ』

『いや、あの女はなんのコネもなく実力で騎士隊長にまで登り詰めたエリートだって聞いたな。流石にあいつみたいなのが騎士の標準だとは思いたくない』

 俺とアリスがボソボソとやっていると、スノウが目ざとく見咎めた。

「おい、まだ敵は残っているんだ、喋ってないでとっとと……、グリムはどうした?」

 そういやロゼの実力は見せてもらったが、グリムがまだ力を使ってないな。

 アイツが言ってた、呪詛ってヤツを一度この目で見てみたいのに。

 そんな、スノウに呼ばれた本人は……。


 最初に俺達が隠れていた茂みで、車いすの上で丸くなって眠っていた。


「「……おい」」

 思わず出た声がスノウとハモる。

「まったくあいつは……。いくら夜しか活動できない身体だといっても弛みすぎている。ちょっとキツイ制裁を……」

 怒気をはらませグリムに歩み寄るスノウ。

 俺はそれとは逆に、グリムとスノウに背を向けながら……。

「もうオークはあらかた逃げ出したし、ほっとけほっとけ。グリムは俺が押して持って帰るよ」

 と、その時。

 俺達の頭上に影が射す。

 思わず空を見上げると、そこには――

「何アレ」

 地球で伝承などでのみ見られた、伝説の幻獣。

 グリフォンとか呼ばれる巨大生物が、ゆっくりと降下してきた。


        3


「「グリフォン!」」


 ゆっくりと降下してきたそれは、ワシの頭にライオンの身体を持ち、巨大な翼を羽ばたかせる生き物だった。

 それを見て、なにやら緊迫しているスノウとロゼ。

 そんな二人をよそに、初めて見る巨大な生き物に俺とアリスは……。

「おい、あれがゲームや漫画によく出てくる、あの有名なグリフォンらしーぞ! オークといい、なんで向こうの空想の生き物がここにいるんだ? そうだ、確かデジカメ持ってきてたな!」

「いや、グリフォンと聞こえているのは自分の意訳だ。しかし、どんな原理で飛んでいるんだ? あのサイズを飛行させるには、ヤツの胸筋と翼では不可能なはずだが。あんなもん地球に連れ帰ったら、航空力学の学者達に石を投げられるぞ」

 観光気分で写真を撮っていた。

「おい六号、何をしている! 遊んでいないで戦え!」

 そんなスノウの警戒に対し、上空から声が投げかけられる。

「おっと、あたしが用があるのはお前じゃなく、そこの荷物だ!」

 声の主は、ゆっくりと下降してくるグリフォンの背中にいた。

 それは、白髪赤眼褐色肌の、頭部から二本の角を生やした女魔族だった。


「――まったく、部下に丸投げするんじゃなかったよ。補給部隊が遅いと思って来てみればなんてザマだ。ったく、やってくれたねえ……!」

 そう言ってグリフォンの背から降りてきた、赤を基調とした露出の激しい衣装の美女。

「この惨状はお前達がやってくれたのか? けったいな鎧を着た兄さん、見たところお前がリーダーだろ? なんとか言いな!」

 けったいな鎧って、この戦闘服の事だろうか。

 褐色の巨乳に話しかけられた俺はといえば……。

「……なああんた、あたしの話聞いてる? さっきから何してんの、それ?」

 類まれなる褐色巨乳をカメラに収め続けていた。

「おい。……おい、六号。おい。どうせ撮るならグリフォン撮れ。お前、何取り憑かれたようにあの女ばっか撮ってんだ」

 アリスの言葉に、俺は仕方なくデジカメを下ろし。

「……確かにお前らの補給部隊を襲ったのは俺達だが。そういうあんたは、その服装と態度からして……。なるほど、魔族の幹部クラスか」

 俺の返事に、巨乳がほうと感嘆の吐息を漏らす。

「ひと目見ただけで幹部だって分かるのか? お前、なかなかにいい眼をしてるじゃないか。いかにも、あたしは魔王軍四天王が一人、炎のハイネ! あたしの力を見抜くとは只者じゃないね!」

 そう言って、ハイネと名乗った女は目を細めて胸を張る。

「フ……、まあな。お前からは悪の幹部特有の、独特のオーラが感じ取れる」

 ウチに所属している幹部連中は大概どこかおかしな人達ばかりだ。

 この無意味に露出の激しい奇抜な服装は、世界は違えどもまず間違いなく幹部だろう。

 そう、変人オーラってやつだ。

「へえ、人間にしてはなかなかやるね! ……ふふっ、気に入った。あんたはこのまま殺すのはちょっと惜しいね。そこの荷物を置いていくなら命は助けてあげるけど?」

 ハイネは心底楽しそうに目を細め、怪しげな笑みを浮かべてくる。

「何をバカな事を! 魔族の言う事に耳を貸す人間がいると思っているのか」

「そうです! たとえ幹部が相手だろうと、人類が悪に屈する事などありえません! あと、この物資はあたしの晩御飯ですから!」

 そう言って、ハイネの言葉にいきり立つ二人なのだが。

「……おい、どうするアリス? アイツどう見ても怪人級だよな? 今の装備じゃキツイんだけど、今日はもう帰ろうか」

「そんなんだからお前はいつまで経っても平社員なんだよ。ていうかちょっとは空気を読もうな」

 俺達の言葉にスノウとロゼがギョッとする。

「き、貴様という男は、敵に怖気づくなど恥を知れ! やはり最初に会った時に斬っておけば良かった!」

「た、隊長、あたしのご飯が! もうほんとひもじいんです、お願いします、帰らないでください!」

 俺が糾弾される中、ハイネが一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、大声で笑い出した。

「あっははははははっ! お前、素直で面白いなぁ! いっそ魔王軍に入らないか? 腕は立ちそうだし、人類圏を完全に制圧したあかつきには、お前を人間どもの管理者にしてやってもいいぞ。気に入った女は全てお前の物にすればいい」

「入ります」

「待て六号、即決すんな。……おいお前、ウチの戦闘員を勝手に引き抜かれたら困るよ。頭の弱いコイツだが、これでも主戦力の一人なんだ」

 その言葉に、ハイネは今さら気付いたようにアリスにジッと視線を送った。

「……へぇ?」

 アリスを観察していたハイネは、不思議そうに小首を傾げ。

「……お前、人間……か? しかしなぜか、ゴーレム臭いな……?」

 そんなハイネの呟きは、俺に非難の眼差しを向ける二人の耳には届かなかったらしい。

「で、どうする? あんた、あたしと一緒にウチに来るかい?」

 ぜひ行きますと言いたかったが、みんなからの視線が痛い。

 これ以上冗談言ってると本当にスノウに刺されそうだ。

「悪いな。俺にはもう怖い上司がいるんでね」

 言いながら、俺はナイフを引き抜き身構える。

「……帰ったら、怖い上司って言ってたってチクってやろ」

「ア、アリスさん、やめてください……」

 ハイネは俺の答えに怒りもせず、目を細めながらククッと小さく喉を鳴らす。

「だろーね。見た感じ、お前は口では色々言っても、実際には弱者を裏切れないヤツだと分かっていたさ。あたしの眼は確かだ。あんたの名前を聞いてもいいかい?」

 マジかよ、自分でも知らなかったが俺は弱者を裏切れない漢だったのか。

 なにこの人、なぜか俺への評価が非常に高い。

 初対面のくせに俺に高圧的に命令してきた鎧女や、安月給で人をこき使い、転送機で殺しかけた上司の顔が脳裏にチラつき、本当にこのまま付いて行ってしまおうかと一瞬悩むが……。

「戦闘員六号だ。六号って呼べよ、魔王軍四天王、炎のハイネ」

 俺に名前を呼ばれたハイネは、一瞬の間の後実に嬉しそうな顔をした。

「お、おう、六号か! そう、あたしは炎のハイネ! 魔王軍四天王、炎のハイネだ!」

 ……なるほど。

『おいアリス。この女、ウチの幹部みたく通り名付きで呼ばれないと機嫌が悪くなるタイプだ』

『逆に言えば通り名で呼ばれると上機嫌になって扱いやすいって事だけどな。きっと、お約束の流れが大好物なヤツだぞ』

 俺とアリスが日本語で囁き合っていると、ハイネは嬉々とした表情で声を上げ、手のひらに青い炎を宿らせる。

 ええっ、なにこれなにこれ、なんだこれ!

 これが魔法ってヤツなのか!

「何をコソコソやっている。行くぞ六号! なに、命までは取らないでおいてやるさ! 魔王軍四天王、炎のハイネの力、思い知るがいい!!」


        4


 俺はグリフォンの重い前脚での攻撃を、両腕をクロスさせて何とか受け止め押し返し、ハイネが投げ放つ炎の塊を、地面に転がりながら躱し続けていた。

「六号、まだ起き上がるな! そのまま伏せろ!」

「うひょおおおおおおおおお!」

 起き上がろうとしたところをまたグリフォンが襲い掛かり、

「隊長、後ろー!」

「なああああああああーっ!」

 それをあしらう間にハイネが炎を……。

「おい! こっちの方が人数多いのに、何で俺一人で戦ってんだよ、おかしいだろ!」

 叫びながらバックステップで躱す俺の前髪を、炎の塊が掠めていく。

「こ、今回の戦で持ってきたのは灼熱剣なのだ、炎を操る幹部を相手に、この武器は相性が悪すぎる! 敵の補給物資を焼いてしまうから、その間ハイネとグリフォンを足止めしろ!」

「あ、あたしはその間、スノウさんに焼かれないよう、持ち帰る分の物資を避けちゃいますね!」

 身勝手で頼りない仲間達の声を聞きながら、この理不尽な状況に寝返ろうかと本気で悩む。

「あっはははははは! 凄い! 凄いよ! グリフォンとあたしの攻撃を、こうも躱し続けるなんて お前は一体何者なのさ!?」

 なぜかご機嫌なハイネの笑い声を聞きながら、スノウを盾にしてやろうと振り返った、その時だった。

 ハイネの炎をなんとか躱した俺に飛びかかろうとしたグリフォンが、轟音と共に上半身に銃弾を食らいのけぞった。

音が聞こえたその先には……。


 ――ショットガンを抱えたアリスが、地面に仰向けで転がっていた。


 対大型猛獣用の特殊弾をぶっ放した反動に耐えられなかったらしい。

「……お前、助けてもらってなんだが、一体どれだけ貧弱なんだよ?」

「うるさい、お前が無様に逃げ回る中、ずっと隙を覗ってたんだ。そっちこそもうちょっとマシに戦えないのか?」

 立ち上がり、グリフォンに銃口を向けながらアリスが文句を言ってくる。

 上半身に大量の散弾を喰らったグリフォンは、あちこちから血を流し弱々しい悲鳴を上げていた。

 それを啞然とした顔で見ていたハイネは、集中が途切れたせいなのか、手に浮かべていた炎を消しアリスの抱えているショットガンに目を見張る。

「……お前みたいなガキが、グリフォンを怯ませるだと? なんだその武器は。……いや、お前達二人は本当に何者だ?」

 ハイネは顔から余裕を消すと、体勢を低くして身構えた。

 纏っている空気が先程までとは打って変わり、明確にこちらを敵と認識したものになる。

 グリフォンよりこの女の方が危険だと脳内に警報が鳴り響く。

 アリスも同意見らしく、銃口をグリフォンからハイネに向けて、その挙動に注視した……!

「どうやら形勢は逆転したようだな。さあ、このまま私の手柄になってもらおうか!」

 補給物資をあらかた焼いたスノウが、身動き取れない状況を察知して、ここぞとばかりにやってくる。

 コイツはさっきから、幹部戦ではちっとも役に立っていないクセになんなんだ。

 俺が、手柄にしか目のない欲深女に文句を言おうとした、その時だった。


 ――背後で鈍い音がした。

 

 それは、高いところからとてつもなく重いものが大地へと落ちる音。

 俺が後ろを振り返ると、大きな何かがそこにいた。

 辺りが突然暗くなる。

 空から降ってきた、ソレが翼を広げたのだ。

 アリスがぽつりと呟いた。

「怪人級……」

 突然空から降ってきたそいつは、黒い光沢を放つ、硬質的な身体と特徴的な角を持つ人型の魔物。

 身長にして三メートル以上はありそうだが、その重量感が凄まじい。

 一言で言えば蝙蝠の翼を持つ巨大な鬼。

 それが、片手に金属製の棍棒を握り、悠然と翼を広げて佇んでいた。

『スノウを囮にして即刻逃げるぞ。行くぜアリス!』

『がってんだ!』

「おい六号、この状況でその謎言語はやめろ! 今よからぬ事をやり取りしただろう!」

 スノウが何かを喚いているが、相手をしている暇はない。

 ハイネとグリフォンだけでも厄介なのに、この上あんなもんを相手にしてられるか!

 と、その時。

「……あっ……あれ?」

 そんな場違いな寝ぼけ声が聞こえてくる。

 見れば、落ちて来た怪人級の化け物の傍に、見覚えのある車いすが。

 こんな状況ですら眠っていたグリムが、すぐ近くで立てられた音と振動で目を覚ましたのだろう。

 目をこすり、ぼんやりした顔で辺りを見回すグリムは、その大きな何かと目が合った。

「お、おはようございます……?」

 グリムが寝ぼけたようにそんな事を呟くと、ソレは手に持った金属製の巨大な棒を振り上げ――


 ――それはパキャッという何かが砕ける乾いた音。

 首から上を無くしたグリムが、車いすにゆっくりと背を預けた。

「お、おい。グリム?」

 ピクリとも動かないグリムを見て、すぐさまスノウが身構える。

「六号! 私がアレの相手をする。貴様はその間にグリムを回収してこい」

 グリムの回収?

 いやだって、今のはあきらかに致命傷で。

「ああ? コレの回収? お前、大丈夫か? コレはもうただの肉だろ」

 そう言って、金棒をブンと振って血を払ったソイツはグリムの車いすを蹴飛ばした。

 車いすが破壊され、投げ出されたグリムがドサッと地に落ちる音。

「おいハイネ、こんな雑魚相手に何を遊んでやがんだよ。人間イビリなら俺も混ぜろよ!」

「チッ、遊んでたわけじゃないよ。もういい、興が冷めた。後はあんたが好きにしな」

 ハイネはそう言うと、未だ弱々しい鳴き声を上げるグリフォンに乗り背を叩く。

 立ち去る前にチラリとこちらを覗うと、ハイネはつまらなそうに去って行った。


 ――この短時間の一連の成り行きに脳が追いつかない。

 そうだ、スノウに言われたように、早くグリムの回収だ。

 ああ、そういえばグリムは魔法使い的なカテゴリーに入る隊員だったはずだ。

 ならきっと、アレは幻術的な何かなのだろう。

「おい六号、しっかりしろ!」

 いつの間にか隣にいたアリスが、俺の背中をバンと叩く。

「うおっ! お、おう。よ、よしスノウ、そいつを頼む。グリムは任せろ!」

 俺がそう言って駆け出すと、スノウが俺に合わせて前に出る。

「アア? ちょっと小突いたくらいで簡単に死んじまう人間が、俺の相手をするだぁ 面白くねえ。面白くねえなァ人間!」

 巨大な翼をはためかされる、ただそれだけで強烈な突風が押し寄せる。

「くう……っ!」

 風に煽られたスノウが近くに寄れずに小さく呻く。

「おい人間、殺す前に名乗ってやるから覚えとけ! 俺は魔王軍四天王が一人、地のガダルカンド様だ! 覚えたか? 覚えたな? よし、じゃあ、お前らもプチッと死ね!」

 ガダルカンドとやらが叫ぶと同時、アリスの散弾が撃ち放たれた。

 とっさに両腕で顔を庇ったガダルカンドは、硬質的な音を立てて散弾をはじきながら、そのままスノウに向かって走り出すと、助走をつけるように大地を踏みしめ……!

「すううううっ!」

 それに合わせて、ロゼが大きく息を吸い込んだ。

「うおおおおっ! こ、このっ! なんなんだお前は、舐めた真似しやがってっ!」

 今まさにスノウに飛びかかろうとしていたガダルカンドが、ロゼが吐き出した炎に包まれる。

 追撃とばかりにスノウが灼熱剣を振るわせると、燃え盛っていた炎が勢いを増し、ガダルカンドは苦悶の声を上げて後ずさった。

 ガダルカンドが翼をはためかせて纏わりついた炎を消し飛ばす中、俺はグリムに駆け寄り抱き起こすと……!

 思考が止まる。

 どう見ても、それは幻術でもなんでもなく。

 頭部を失ったグリムの体からはグッタリと力が抜け……。

『――なあアリス、これどうなってんだよ。この星の人間は、このぐらい大丈夫なのか?』

『六号、冷静になれ。ソイツはもうダメだ、すでに死んでる』

 グリムを抱えた俺に、アリスがそう告げてくる。

 その言葉で、頭にカッと血が上った。

 グリムとは昨日会ったばかりの間柄だ。

 ぶっちゃけこいつに関しては紐パンである事以外何も知らないが、それでも言葉を交わした仲ではあって……。

「あの野郎、ぶっ殺してやる! おいアリス、スノウ、援護しろ! 四天王だかなんだか知らんがそいつを殺るぞ! ロゼはグリムの遺体を頼む!」

 激怒している俺の指示に、スノウが一瞬ビクリとするも、

「わ、分かった! こいつは敵の大幹部の一人だ、ここで討ち取っておけば大戦果だ」

 そう叫んで俺の隣にピタリとついた。

「うはっ! なに熱くなってんだよ人間! もっと人生楽しくいけよ、それでなくてもお前らは、寿命短いし簡単に死ぬんだからよ!」

「コイツ、絶対ぶっ殺す! アリス、Rバッソーを転送してくれ! ズタズタに引き裂いてやる!」

「おう、分かった!」

 ガダルカンドの挑発に、全員が動こうとしたその時だった。

「何をしておられるのですかガダルカンド様!」

 空から声がかけられる。

 そこにいたのは、ガダルカンドを二回りほど小さくしたような姿の魔物だった。

「何だお前か。いやな、今日の戦はクソ生意気なラッセルの野郎が指揮してるからよ。のんびりと戦場に向かってたら、ハイネが、補給部隊を襲っていたこいつらと遊んでやがったからよぉ」

「すでにハイネ様は戦場に参戦されて、戦闘が始まっております! 少数の人間相手に遊んでもらっては困りますよ! 補給部隊が襲われようが、それは戦の指揮を執る水のラッセル様の責任となります。ですが、あてがわれた戦場に遅れれば、それはあなたの責任です! 我らが一族のためにも、早く前線にお越しくださいませ!」

 その言葉にガダルカンドは舌打ちすると。

「命拾いしたな人間。これからは俺の姿を見た時は隠れとけ! じゃあな! その女の遺体を抱きながら、城に泣いて帰るといいぜ!!」

 クソみたいな捨て台詞を残し、空高くに舞い上がった。

「待てこの野郎、逃げんのか臆病もんが! お前ふざけんなよ、降りて来いオラアアアアアァ!」

 そんな俺の叫びも虚しく、ガダルカンドは戦場へと飛び去って行った――


「――あの野郎、戦場に向かうって言ってたな」

「……ヤツを追う気か? それは現実的ではないな。空を飛ぶ相手に追いつけない。今から戦場まで向かっても時間が掛かるし、その頃には戦争が終わっているかもしれん。それよりは、グリムをどうにかしてやった方がいいだろう」

 取り残された俺の呟きに、隣に佇むスノウが言葉を返す。

「……アリス、Rバッソーは?」

「アイツが空に舞い上がった時点でメモ送るのは中止した。……送ってもらうか?」

「…………いや、いい。グリムを弔ってやろうぜ。あの野郎はどうせその内戦場に出てくるだろ」

 俺は、ロゼがせっせと敵の補給物資の台車に乗せている、グリムの遺体に目を向けた。

 勿体ねえなぁ……。

 言動がちょこちょこ怪しい上に、昼間はいつもぼーっと寝惚けていたけど、見てくれはいい女だったのに……。

「スノウ、この国じゃ遺体はどうするんだ? 土葬か? それとも燃やすのか?」

 せめて、きちんと弔ってやろうという俺の言葉に。

「……ん? もしかしてグリムから何も聞いていないのか?」

「……?」

 何を言っているのかが分からないでいると、スノウは更に告げてくる。

「グリムが死んだと思っていないか? コイツはこのぐらいで死にはしないぞ」

 …………。

「はっ」

 何言い出すんだこの女。

「いや、だから。グリムはまだ死んではいない。というか、ちゃんと履歴書を見なかったのか?」

 そう言ってスノウが指差す先では、ロゼがグリムの遺体を積んだ台車の空いている部分に、せっせと戦利品の食料を積み上げていた。

 少しでも多く積み込みたいという気持ちは分かるが、グリムの頭のあった位置にカボチャみたいな野菜を置くのはシュールだからやめて欲しい。

「えっと、つまりどういう事だ?」

 呆然としながら尋ねる俺に、

「あの場に集まった連中は、厄介者ばかりだと説明しただろう。ロゼの場合は、見ての通り魔物の血が流れているからだ。あの娘はあれだけ強いのに、それだけで忌み嫌われ、どの部隊でも無茶な扱いばかり受けていた。単騎で敵に突撃してこいとかな。言ってみればほとんど使い捨ての扱いばかりだったのだ」

 ………………。

「この国には、相対的に俺が清く正しく善いヤツに思えるぐらいのクズがいるんだな」

「そうだ。貴様に匹敵するぐらいのクズが、この国には蔓延っているのだ」

 このクソ女。

「そして、グリムだ。コイツが崇めるゼナリスという神は、ちょっと特殊な存在でな」

 スノウは言い難そうにしながらも。

「グリムは、知る人ぞ知る大司教。そしてゼナリスとは、不死と災いを司る太古の邪神だ」


        5


 俺達が城に帰還すると、そこにはすでに騎士団の姿があった。

 こっちは補給物資をパクってきたため時間が掛かったといっても、これはいくらなんでも早すぎる。

 というか、よく見ると騎士団の数が出発前に比べて大分少ない。

 そしてその場にいる騎士達も軽くない怪我を負っていた。

「負けたな、連中の表情が暗い。だがこれは我々にとって好都合だ。六号、今こそ手柄を勝ち誇る時だ。誰か偉いヤツを捕まえてこい。お前らは無様に負けて帰って来たが、我々の補給襲撃作戦の成功により、敵はこの地に留まれず撤退するだろうと報告し、たっぷり恩に着せてやれ」

 アリスが、敗戦で心身共にぼろぼろな連中に追い討ちをかける悪魔のような提案をしてくる。

「任せろ! こんな事もあろうかと遂行した作戦だったが感謝しろよと言ってくる。ついでに、俺達は四天王の一人の足止めまでしていたのに、お前らはなんてザマだって罵ってきてやるぜ」

「……ず、随分とゲスな所業だが、貴様らはこんな時だけ頼もしいな……。だがそういうのは嫌いじゃないぞ。失態を犯したエリートや強者をネチネチ追及するのは最高に楽しいからなあ。ああ、今も思い出しただけで、よだれが……」

 コイツは出世街道を這い上がる間に今までどれだけの人間を蹴落としてきたのだろう。

 ぶっ飛んだドS発言をするスノウに軽く引きながらも、俺は嬉々として報告に向かった。


 ――そこは王都から離れた場所にある、天井が吹き抜けになった小さな祭壇。

 天然の洞窟を改造したと思われるその祭壇には、あちこちに邪悪な形の置物が並べられていた。

 街の近くにこんな怪しげな施設があるのかと感心していると、洞窟の中央にある台座にグリムの遺体が寝かされる。

「こんな所でグリムを蘇生させるのか?」

 偉い人が涙目になるまで罵った俺は、アリス達の後に続き、祭壇にやってきていた。

「ああ。蘇生と言っても祭壇にグリムの遺体と供物を置いて、このまま放っておくだけだがな。後は夜になれば勝手に蘇っている事だろう」

「……供物ってひょっとして、そこに置かれたガラクタの事?」

 グリムと一緒に置かれているのは、ボロボロになった人形や使い古した服、他にも大切に使われたのであろう年季の入った様々な道具、そして……。

「あっ、それはあたしが大事にしてたお気に入りの靴下です。穴が開いちゃったので、グリム蘇生のお供えに持ってきました」

 グリムの枕元に置かれた靴下をしげしげと眺めていると、ロゼが恥ずかしそうに言ってくる。

 マジかよ、グリムの命って靴下と同等の価値なのかよ。

「グリムが仕える邪神ゼナリスへの供物は、人の大事な想いや執着が籠もった品々だ。これだけの思い出の品があれば大丈夫だろう。……さて、私は食事をして部屋に戻る。今夜はゾーリンゲル社のナイフ特番があるんだ、アレを見逃すわけにはいかない」

「あ、私も大量に貰ってきた補給物資食べちゃいます!」

「自分は、ショットガンぶっ放しまくったからコイツの手入れでもしてくるかな。六号はどうする?」

 皆が思い思いに行動する中、

「うーん、俺はこのままここにいるよ。グリムは夜になれば蘇生するんだろ? どんな風に復活するのか見てみたいし、生き返って誰もいないってのも寂しいだろ――」


 ――夕日が沈み、辺りが薄暗くなっていく。

 やがて夜の帳が下りる頃になってもグリムの蘇生はまだだった。

 グリムが安置された台座から数歩ほど離れた所に、俺は膝を抱えて体育座りでじっと待つ。

 ぼーっと吹き抜けから空を眺めていると、信じられない量の星の数が肉眼で確認できた。

 それだけこの世界の空気は澄んでいるのだろう。

 王都に高層ビル群がなく街灯が少ないのも、よく星が見える理由の一つかも知れない。

 日本に帰った時のお土産代わりにデジカメで撮っておこうか。

 そういや、オークやガダルカンドなんかも撮影しておくべきだったかな。

 俺がそんなどうでもいい事を考えていると、グリムが置かれた台座がほんの少し光った気がした。

 ……いや、気のせいじゃなく光ってる。

 ――と、グリムを中心に突然魔法陣のような紋様が浮かび上がると、吹き抜けの部分から空に向け、まばゆい光が突き抜けた。

 やがて光が収まると、祭壇に置かれていた供物は無く、寝かされていたグリムがゆっくりと目を開ける。

 グリムはそのまま上体を起こすと、頭痛を抑えるように頭に手をやりながら。

「……隊長? そんな所でひざを抱えて何やってるの?」

「……お前が蘇生するのを待ってたんだよ」

 何かを探すように辺りをキョロキョロと見回しながら、グリムが不思議そうな表情で尋ねてきた。

「どうして隊長は私の復活を待っていたの? ……あ、力の一つも使わないまま死んじゃったから、何か処罰でも受けるのかしら……?」

「うん? いや違うよ。生き返った時に誰もいないとなんか寂しいかなと思って。供物を置いて放っておけば、そのうち勝手に生き返るって言われたのが、半信半疑だったってのもあるかな」

「な、なんか、私が死んでる間って結構雑な扱いなのね……」

 供物の中にお古の靴下があった事は言わないでやるのが優しさだよな。

 何かを探していたグリムはそれを諦めたのか、普段のおどおどした態度ではなく、俺を真っ直ぐに見つめると。

「それにしても、隊長は変わってるわね。今まで私が所属してきた部隊の隊長は、私の復活を待っていてくれるとか、そんな優しい人はいなかったわよ?」

「ほう。なんか、この国に来て初めて人として褒められてるっぽいんだが」

 俺の言葉に、グリムが目を細めて微笑んだ。

「ええ、褒めてるわよ? 普通の人は不死と災いの神、ゼナリス様を崇めているだけでも嫌な顔をするのに、その上何度死んでも蘇る不気味な私に対して、こうやって普通に会話してくれるし。ロゼに魔物の血が混じってると知った時も、隊長は特に気にもしなかったわね」

 そう言われても、ウチの組織の怪人の方がロゼよりインパクトあるしなぁ。

「隊長に忠告してあげるわ。私やロゼはそうそう死なないからいいけれど、厄介者が集められたこの隊は、危ないところにばかり送られるの」

 そう言って、ちょっとだけ悲し気に微笑むグリム。

 きっと今までにも、多くの厄介者が命を落としていったのだろう。

 その今にも消えてなくなってしまいそうな儚げな表情のグリムは、誰だお前はと言いたくなるぐらいに、昼間寝ぼけてのんびりしているヤツとは別人のような印象を与えてくる。

 厄介者が寄せ集められる部隊か。

 生き残って戦果を挙げてくれれば儲けもの、死んでも別に困らない人間を配属させる、か。

 なんて事だ、ウチの組織が可愛く見えるぐらいの黒さだな。

 日本に帰ったら、一応こういう効率的な事やってたって報告しとこう。

 ……まあ、ウチの幹部達はこういう姑息なやり方はきっと嫌うだろうが。

「そんなわけで隊長。ここの隊は危ないわ。とっとと辞めて、この国を出た方がいいわよ?」

 やっぱりどこか寂し気に、それでいてこちらを気遣うグリム。

 その言葉に、俺は思わず素で返してしまっていた。

「はあ? なに言ってんのお前。俺は今の隊から離れないよ?」

 なにバカな事言ってんだといわんばかりの態度に、グリムが驚いた表情を浮かべる。

「た、隊長こそなに言ってるの? この隊は、危険な最前線だとか、捨て駒みたいな任務ばかりを与えられるのよ?」

 今更そんな事言われても。

「俺がもといた組織では、魔王軍の幹部クラスの強敵が、数百人単位で入り乱れて戦うような激戦区に送られてたぞ」

「……えっ?」

 それを聞いたグリムが、驚きの声を上げる。

 ヒーローが多数在籍するアメリカに真正面から侵攻した時は、それはもう酷かった。

「そんなんと遭遇しても、俺、ちゃんとこうしてピンピンしてるからな。今日だって、ほんとはお前を殺した魔王軍幹部だとか言ったあの野郎、八つ裂きにしてやろうとしたんだがな。なんかこっちを無視して戦場の方に行っちまった」

「そ、それは……。なんというか、運が良かったわね。普通は四天王クラスの魔物と対峙したら、まず無事ではいられないわよ……?」

 そうはいってもなあ。

「あの程度の相手なら、万全の状態での完全装備体勢なら、五人は相手にできるな」

 ヒーロー連中は大体五人一組で襲ってくるものだ。

 俺は怪人でもないのにたった一人で連中の相手をさせられ、死にそうになりながらも撃退した覚えがある。

 そんな嫌な過去を思い出し顔を顰めていると、グリムはあっけにとられて押し黙った。

「……隊長は何者なの? アリスが持ち歩いている変わった武器も気になってたんだけど……」

 おっと、このまま詮索されるのはよろしくないな。

「まあいいじゃないか、そんな事。ていうかよく考えたら、今の小隊メンバーって俺以外全員女のハーレム編制じゃないか。こんなもん、頼まれたって辞めないっつーの」

 その言葉に。

「ふふっ……。分かったわ。聞かれたくないのなら尋ねはしないわ。では、今後ともよろしくお願いしますね、隊長」

 グリムが心底楽しそうに、穏やかな笑顔を見せてくれた。

「……さて、もう随分遅い時間ね。隊長はこれからどうするの? 今日は作戦行動があったから、明日はお休みよ?」

「まじかよ。この国、働いたら次の日休みとか待遇良過ぎだろ。前の所なんか、三日間徹夜でゲリラ戦やらされた後、帰還してようやく休めると思った俺をパシリに使った上司がいたぞ」

 その上司とは、なかなか研究室から出ようとしない自堕落幹部、黒のリリスの事だ。

「た、隊長も随分苦労してるのね。もしかして、私やロゼよりも大変な目に遭ってたり……」

「するかもしれない」

 組織から離れて気付いたが、俺はひょっとしてかなりのブラック企業にいたんじゃなかろうか。

「そ、そう……。そ、それで隊長、今から何か予定は?」

「いやあ、何にも。つーかこの国娯楽が無さすぎだろ。昨日部屋をもらった後、ちょろっと街に繰り出したが、飲み屋ぐらいしかなかったしなあ」

 そう、この国にはコンビニもなければ遊ぶ所も何もない。

 いや、ひょっとしたらいかがわしいお店はあるのかもしれないが、まだ給料も貰っていない身としては、そんな所を探索する事もできやしない。

 そんな俺に、グリムはクスリと笑いかけ。


「隊長。もし良かったら……。私とデートしない?」


        6


 ……よく分からないが、これがこの世界でのデートらしい。

《悪行ポイントが加算されます》

《悪行ポイントが加算されます》

「あははははは! あははははははは!!」

「ヒャッハー! 飛ばせ飛ばせえええええええ!」

 グリムと俺は、王都の中を疾走していた。

 正確にはグリムが乗った車いすを、俺が後ろから押して駆け回っているのだが。

「隊長、この車いすは凄いわ! 軽いし速いし、私、こんなの知ったらもう前の体には戻れない!」

「何せこれもキサラギ製だからな! 高品質のアルミフレーム! ノーパンクタイヤの最速仕様! グリム、今のお前はこの国で一番早い!」

 先ほど蘇生したグリムが探していたのは愛用の車いすだったらしい。

 だがアレはガダルカンドに蹴飛ばされ、壊れてしまった。

 なので日本から適当な車いすを転送してもらったのだが……。

「最高よ! 今夜は最高の夜だわ! あっ、隊長見なさいな! 前方にカップル発見よ!」

「よし、ショックに備えろ! 突っ込むぞ!」

「こっ、こらあああああああ!」

 車いすで街中のカップルの間に突撃するという嫌がらせを楽しんでいた俺達を、警察と思わしき制服姿の女が追いかけてきた。

「そこの二人、待ちなさい! なんて迷惑な事をしているの!? ここは逢引き宿が立ち並ぶ、カップル達の憩いの場所よ? そんな物で走り回るのならよそに行きなさい!」

 仕方なく足を止めた俺に向け、グリムが不思議そうな顔で見上げてくる。

「だからこそ、ここを駆け回ってるんだよなあ?」

「ほんとよね。この女は一体何を言ってるのかしらね?」

「あなた達、確信犯なの!? ちょっと署の方まで来てください、そこで話を伺います!」

 真面目そうな警官に、グリムがフッと鼻で嗤った。

「汝、こんな遅くまで働かされる者よ、もっと素直になりなさい。ほら、周りを御覧なさい? 憎いでしょう、このカップル達が!」

「いえ、私はちゃんと彼氏がいるんですが……。いたっ! 痛い! ちょっと、何をするの!? 公務執行妨害で牢にぶち込むわよ!」

 車いすの上からげしげしと、近付いて来た警官に素足で蹴りをくれだしたグリム。

「お前、その足動いたのか? なんで車いすに乗ってんの?」

「これは呪いの反動でね。ゼナリス様のお力を借りる際には、色々な制約があるのよ……」

 呪いの反動?

「とにかく、意味もなくそんな物で走り回るのは止めなさい! ……まったく、こんなバカな事をしているから男の一人もできないのよ……」

 警官がぽそりと余計な一言を付け加えると、懐から小さな人形を取り出したグリムがカッと目を見開き指をさす。

「おのれ、よくも言ってくれたな! 隊長、披露する事のできなかった私の力、今こそ見せてあげるわ! 偉大なるゼナリス様、この女に災いを! 立ち眩みを起こすがいい!」

「ぐっ!?」

 指を突き付けられた警官は、こめかみを押さえてよろめいた。

 …………。

「えっ、お前の力ってこれだけ? なんぼなんでもしょぼ過ぎないか?」

「隊長、呪いというのは必ずしも成功するとは限らないの。私の呪いの成功率は大体八割といったところかしらね。まず、同じ文言の呪いは使うごとに成功率がどんどん下がっていくわ。そして、呪いを発動させるにはそれに応じた供物が必要な上、不発に終わった場合には自らに降りかかるの。……そう、こんな風に……」

 グリムはそう言って、悲し気に自らの足をそっと撫でる。

「……なるほどな。足の力を弱体化させる呪いとか、そんなのが跳ね返ってきたのか……」

「いいえ? これは靴を履けなくなる呪いのせいね」

 ちょっと同情した俺に謝れよ。

「く……。な、なんてしょうもない力なの……。なんだか憐れで、署に連行するのもバカらしくなってくるわね……」

 と、立ち眩みから回復した警官が、憐憫の眼差しをグリムに向けた。

 それを聞いたグリムが再びカッと目を開く。

 今度は懐から数体の人形を取り出すと、

「しょうもない力だと!? そこまで言うのなら本気の呪いを見せてくれる! 偉大なるゼナリス様、この彼氏持ちに災いを! タンスの角に足をぶつけた激痛を味わうがいい!」

「ッ!?」

 指をさされた警官はビクリと震え、思わずギュッと目を閉じる。

「あああああああああ!」

 そんな警官の前では、右足の指先を抱えて泣き叫ぶグリムの姿が。

「おい、車いすの上で暴れ回ると危な……あっ!」

「ああっ!」

 ジタバタと悶えていたグリムは、俺と警官の見ている前で車いすから転げ落ち、頭を強打し動かなくなった。

 ……なるほど、これが呪いの反動か。

 しかし……。


 …………コレ、もう一度さっきの洞窟に持っていくのか?


        7


 翌日。

「勘弁してください! 勘弁してください! ほんと勘弁してください!!」

「大丈夫大丈夫、これでお前はもっと強くなれる」

 今日は休みらしいので、フラフラと宿舎内をうろついていたのだが……。

「無理です無理です、昆虫系はほんと無理です!」

「昆虫は栄養が豊富なんだぞ。サバイバルでは虫を食うのが基本なんだ。ワガママ言ってないでとっとと食え」

 聞き覚えのある声に、通りがかった部屋のドアを開けてみる。

 そこには、涙目のロゼにバッタを食わせようとするアリスがいた。

「お前ら一体何やってんの?」

 俺を見付けたロゼが、盾にするように背中に隠れ、

「隊長、助けてください! アリスさんが酷いんです!」

 そう言って、怯えたようにアリスの様子を覗っていた。

「六号、ちょうどいいところに来たな。ちょっとそいつを押さえつけといてくれ」

「隊長はそんな事しませんよね! 隊長は優しい人ですもんね! ね!?」

 二人の間に挟まれながら、

「どうしたんだアリス、お前はそんな事しても悪行ポイントなんて入らないだろ? そういう事は俺にやらせろよ」

「隊長酷い! もう誰も信じられない! やっぱりお爺ちゃんが言ってた通り、人類とは愚かで滅ぼすべき存在なんだ!」

 訳のわからない事を叫びながらバシバシと背中を叩いてくるロゼはそのままに、俺がアリスに視線を向けると、

「いやな、コイツは食べた物の遺伝子情報を取り込んで、それに影響されるだろ? それで、一体どういう仕組みになってるのかと思って色々調べてたんだよ」

 ロゼは人造キメラって事らしいが、スノウやグリムいわく、本人がそう言い張っているだけで、未だその正体は謎に包まれているらしい。

 ロゼはとある遺跡のアーティファクトの中で眠っていたところを発見されたそうなのだが……。

「なあ、コイツが発見された遺跡ってなんなんだ? この世界には過去に超文明でもあったのか?」

「その可能性も否定できんな。それを調べるためにもコイツに色々食わせて試したいんだ。そこでこのバッタだ。バッタの遺伝子を取り込ませれば、多分最強の力が備わるはずだ」

 なるほど、なんとなく状況は理解した。

「そこでバッタを食べさせようとする意味が分かりませんよ! もっと強い生き物のお肉があるじゃないですか!」

 涙目で反論するロゼの言葉に、これが文化の違いかとショックを受ける。

「バッタの遺伝子をバカにするなよロゼ。俺がいた組織では、バッタ型の怪人を作る事はタブーとされていたほどだ」

「そういう事だ。ほら、我慢してとっとと食え。完食したらいいもん食わせてやるから」

「分かりません! 二人が言ってる意味が分かりませんよ!」

 俺達からジリジリと後ずさったロゼは、恐る恐るアリスに尋ねる。

「で、でも、いい物ってなんですか? 美味しい物ですか? それによってはちょっと考えなくもないですけど……」

 アリスは何かの包みを取り出した。

「シリコンって言ってな、これを食うと多分胸が成長するぞ」

「素晴らしいな。おいアリス、もっともっと取り寄せよう。そんでロゼにバンバン食わせて巨乳にしようぜ」

「いりませんよそんな物! 別に今のままで困ってませんし!」

 と、そういえば。

「前から聞きたかったんだけど、お前はどうしてここの連中にこんな扱いでこき使われてんの? その強さなら、もっと金になる仕事だって探せるだろうに」

「……自分の正体を知るためです。あたしが寝かされてた遺跡を、この国の学者さんが調べてるみたいなんですが、この国のために働いたら、研究結果を教えてくれるって約束でして……」

 そう言って、ロゼが俺達に語ったのは、遠い記憶の昔話。

 本人いわく、自分を生み出した開発者である老人は、禁断の秘術に手を染めて命を落としてしまったそうだ。

 老人は、その秘術を行う直前に、ロゼに様々な遺言を残した。

 コイツはそれを叶えるために、ある物を探しているらしい。

 老人が禁断の秘術に手を染めてまで欲したのはとある石。

 煎じて飲めばあらゆる病を治し、不老不死を得られる薬になり、それを使って武器を作れば何物よりも固く、決して折れない代物となる。

 魔法の触媒に用いれば天変地異すらも引き起こし、祭事で捧げれば神が降りる。

 ロゼの開発者が追い求めたのは、そんなとてつもない代物だったらしい。

 ……なんかロゼに関する話を聞くに、どう考えてもコイツ自体がアーティファクト的存在なんじゃないかと思えてきたんだが、この国の連中はよく普通にこき使ってるなあ。

 というか、コイツはそれをネタに薄給で危険な事をさせられてんのか。

 ほんとこの国ロクでもないな。

『おいアリス、無事に地球とここが繋がったら、その遺跡にキサラギの研究者を送り込もうぜ。そんで、ロゼはウチで働かせよう』

『自分もそう考えてたんだ。コイツはすでに見た目は怪人っぽいしな。後は心構えさえどうにかできれば、きっと優秀な戦闘員になる』

「な、なんですか? 二人とも、急に変な言葉を喋りだしてどうしたんですか?」

 急な日本語に戸惑うロゼの両肩を、俺とアリスが左右からガッと掴む。

「ロゼ、これからは俺達が、無知なお前に色んな教育をしてやる。今日から正式に仲間にしてやろう」

「そうだな、お前はまだ子供だし、しっかりとした思想教育が必要だ。これからは自分を母親代わりだと思って慕っていいぞ」

「アリスさんの方があたしより年下じゃないですか! 変な事教えこまれそうだし遠慮します……。……あっ、なんですかこのバッジ!? 勝手にくっつけないでくださいよ!」

 キサラギの関係者である事を示すバッジがアリスの手でロゼの胸元に付けられた。

「おめでとう。これでお前も戦闘員見習いだ」

「良かったな。これからは六号の部下なだけでなく、後輩でもある。言う事聞けよ」

「い、嫌ですよ、二人とも、なにか企んでそうな顔してますし……。えっ、なんで急に拍手するんですか? やめてください、今のままでいいですよ! あっ、隊長なんですかこの手は! 食べませんよ!? バッタもシリコンも食べませんから!」






               【中間報告】


 転送先が高度数万メートルだった事以外は無事現地に到着。

 アリスいわく、地球とは異なる生態系が多々見られるが、大気成分は二酸化炭素が少ない事以外、あまり変わらないとの事。

 広大な未開拓地、及び文明圏を発見。

 資源調査はまだですが、少なくとも現地で手に入れた食料は食しても問題ない模様。

 少なくとも、未開拓地をどうにかできれば人口増加による食糧問題は解決できそうです。

 なお、現地にて戦闘員として登用される事に成功。

 当方の優秀な素質を見抜かれ、小隊長に抜擢される。

 現在、現地には魔王軍なる同業者が存在し、自分の登用先と戦闘を行っている模様。

 同業者である魔王軍と交戦、怪人級の相手を確認。

 現在の貧弱な装備では勝てるはずもなく、紙一重で敗北。

 つきましては、セコイ事言ってないで、最新の装備一式の支給を願います。


 報告者 リリス様に殺されかけた戦闘員六号


……次回は10月24日(火)更新予定です。乞うご期待ください!

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