第四章 幼馴染クライシス その5

 あたしは、絵里ちゃんに駆け寄りその姿を見た。

 絵里ちゃんは、ついさっきまでの鬼の形相から、いつも通りの穏やかな顔にもどり、静かに寝息を立てていた。

 その姿を見たあたしの目から、自然と涙が出た。

「うっ、うう……絵里ちゃん、良かった……」

 あたしは、絵里ちゃんの頭を抱きかかえ、そのまま嗚咽を漏らしてしまった。

 良かった……良かったよぉ……。

 絵里ちゃんが元に戻って良かった。

 もう絵里ちゃんのあんな姿なんて見たくないよ。

 あたしはそうして、いつまでも絵里ちゃんを抱き締めていた。

「おい」

「え?」

 しばらくそうしていたのだけど、NINJAに声をかけられてそちらを向いた。

「それで、このあとどうするんだ?」

「このあと?」

「友達なんだろう? その子の家に送っていくのか?」

 あたしは、抱き締めたままの絵里ちゃんを見て言った。

「もちろん。そうするつもりよ」

「そうか」

 そういえば、今まで浄化してきた人たちはそのまま放置して警察や救急隊員に投げっぱなしにしていた。

 けど、絵里ちゃんをそんな人たちに任せるつもりはサラサラない。

 あたしが、責任を持って家に帰す。

 そう思って絵里ちゃんを抱き上げたとき。

「なあ、その子がこんなことになった理由は知ってるのか?」

 NINJAにそう聞かれた。

「……分かんない」

「……そうか」

 それしか言いようがない。

 NINJAも絵里ちゃんのことを知ってるみたいだったし、どうもあたしの知り合いで確定みたいだ。

 なので、さっきは聞けなかったことを聞いてみようと思った。

「ねえ、アンタって……」

 誰なの?

 そう聞こうとしたときだった。

「とう!」

 そんなかけ声が聞こえたかと思うと、上空から一人の女の子が目の前に着地した。

 そして、サッとポーズをとったかと思うと……。

「魔法少女アリーサ! ただいま参上!!」

 名乗りをあげた。

「「……」」

 その亜里砂ちゃんの魔法少女の成りきり振りに、あたしとNINJAは思わずポカンとしてしまった。

「お姉さん! 悪魔憑きの人はどこですか!?」

「え? あぁ……」

 亜里砂ちゃんの問いかけで、あたしが抱いている絵里ちゃんを見た。

「ごめんね。もう浄化しちゃった」

「えぇ~? もうですかあ?」

 せっかく登場をキメてもらったのに申し訳ないけど、もうあたしが浄化しちゃったと言うと、亜里砂ちゃんは心底残念そうな態度を見せた。

「コラ亜理紗。これは遊びじゃないんだ。その態度はよくないぞ」

「それは分かってるけどお、せっかく急いで来たのに」

「あはは。ごめんね」

「それとアル、私は亜理紗じゃなくてアリーサです! 間違えないでください」

「……それになんの意味が?」

「本名で呼ばれちゃったら正体がバレちゃうじゃないですか!」

 ……亜理紗とアリーサ……。

 ほぼほぼ、本名じゃね?

 それにしても、亜里砂ちゃんも一応は考えていたのか。

「あ、お姉さんも名前変えときましょうよ!」

「え!? い、いや、あたしはいいよ」

「駄目ですよお! そうだなあ、お姉さんは麻衣さんだから……」

 おいアリーサ、ポロッと本名口にしてんじゃないわよ。

「あ! 魔法少女マインとかどうですか!?」

 だから……。

 麻衣とマインじゃ、ほぼ本名と変わんないじゃんよ!

 聞きようによっては、普通に「まい」に聞こえるよ。

「ふむ……マイン……地雷か。いいんじゃないか?」

 へえ、地雷ってマインっていうんだ。

 って! そうじゃなくて!

「なにそれで納得してんのよ!!」

 ったくコイツは本当に!

「はぁ……もういいわ。あたし、この子を家に連れて帰るから」

「え? その人、お姉さんの知り合いなんですか?」

「えっと、まぁ、そうね」

「そうなんですね。じゃあ、その人のことは任せて、私は帰りますね」

「うん。分かった、気を付けてね」

「はーい! それじゃあ、忍者さんも!」

「ああ」

「アル、行くよ!」

「はいはい」

 慌ただしく登場した亜里砂ちゃんは、帰るときも慌ただしかった。

 はぁ……なんか、一気に疲れたよ。

「じゃあ、あたしも帰るから」

「分かった」

 NINJAに帰る旨を伝えその場を離れようとしたとき、後ろからNINJAに呼び止められた。

「おい魔法少女」

「なによ?」

「……その子、大事な友達なんだろう? だったら、目が覚めたあとちゃんとケアしてやれよ」

「言われなくても分かってるわよ!」

 思わずそう叫んで、あたしはすっかり日の落ちた町の上空に向かって跳び上がった。

 叫んだのは、自分の不甲斐なさを誤魔化すためだ。

 昨日、今日とあたしは絵里ちゃんと一緒にいた。

 それなのに、絵里ちゃんの心に闇が巣食っていることに全く気が付かなかった。

 幼馴染みで親友だと思っていたのに、全く……。

 そのことが凄く悔しくてしかたがない。

 もしかしたら、心の闇の部分の話なので教えてくれないかもしれないけど……。

 民家の屋根を飛び跳ねながら、あたしは絵里ちゃんの目が覚めたら、ちゃんと向き合おうと心に決めていた。

 そして、絵里ちゃんの家に辿り着き、インターホンを鳴らす。

 すると、インターホンから返事は聞こえず、すぐさま玄関の扉が開かれ、おばさんと、いつの間に帰っていたのかおじさんも出てきた。

「絵里!」

 あたしが絵里ちゃんを抱きかかえているのを見たおばさんは、目から涙をこぼしながら駆け寄り、まだ気を失っている絵里ちゃんに縋り付いて泣き出してしまった。

 どうしようかと思っていると、おばさんの後ろからおじさんが歩み寄ってきた。

「えっと、君は今噂の魔法少女さん……でいいのかな?」

 あ、本当にあたしだと気付かれないんだ。

 っていうか、魔法少女さんって……。

「ええ、まあ。一応そういう者です」

 あたし自身は魔法少女と呼ばれることが非常に不服なので、なんとなく返事を濁した。

 だが、おじさんにとってそこはあまり重要ではなかったみたいだ。

「それで絵里……うちの子になにが?」

「それは……世間でいう悪魔憑きになってしまって……」

「悪魔憑き!?」

 絵里ちゃんに縋り付いて泣いていたおばさんが、急に顔をあげて信じられないという表情で叫んだ。

「絵里が……そんな……」

「浄化しましたから、もう大丈夫です。でも、取り憑かれてる間の記憶はないですし、結構な勢いで、その……動いてたので、ひょっとしたら身体に問題が出るかもしれません。一応病院に行った方がいいと思います」

 暴れてたっていう言い方は、おじさんとおばさんにはしたくなかったから、かなり言葉を選んだ。

 間違ってはないよね?

 それに、悪魔憑きになった人は病院に入院させられてるって聞いたので、そうすべきと説明しておいた。

 別に、精神がおかしくなったからとかっていう理由じゃなくて、筋肉痛が理由だ。

 すると、おじさんが深々と頭を下げてきた。

「君のおかげで娘は助かった。どうもありがとう」

「い、いえ」

「娘は私が預かるよ」

「は、はい」

 そういうおじさんに、絵里ちゃんをそのまま渡す。

「おっと! 随分軽々と持ってたんだね……危うく落としそうになってしまったよ」

「あ! ご、ごめんなさい!」

「いやいや、大丈夫。娘一人抱えられないで、なにが父親だ」

 おじさんのその顔は、絵里ちゃんのピンチになにもしてやれなかった不甲斐なさで苦みが滲んでいた。

 ……絵里ちゃんの重さに顔を顰めてるわけじゃないよね?

 ともかく、絵里ちゃんはちゃんと両親のもとに送り届けた。

 あたしの役目はここで終わりだ。

 そう思ってき後ろを向くと、おばさんから呼び止められた。

「あ、あの! お名前は!?」

 お名前……。

 どうしよう?

 亜里砂ちゃんの考えた魔法少女マインって名乗るか?

 いや、しかし、それはあたしのプライドが許さない。

 どうしようと考えが挙げ句、無難なことを応えた。

「えっと、一応秘密なんで。教えられないんですよ」

「そうなの……」

 うう、そんな寂しそうな顔しないでおばさん。

 なんか、妙な罪悪感を感じちゃうよ。

「そう、それじゃあしょうがないわね……でも、あなたは娘の恩人よ。なにかお礼はさせて欲しいわ」

「そう言われても……」

 娘の恩人にお礼をしたい気持ちは分かるけど、かといって連絡を取り合うわけにもいかない。

 うう、ここであたし麻衣ですって言えたら簡単なんだけど、そんなこと恥ずかしくてできるはずもない。

 どう返事しようかと思っていると、おばさんがとんでもないことを言い出した。

「直接お礼はできないのね……そうだ! それなら私は、あなたのファンになるわ!」

「はい!?」

「あなた、ネットで色々と言われているでしょう? 私、ネットで好き勝手言ってる人たちに反論してあげるわ! 魔法少女さんはとっても素敵で可愛い子だったって!」

「え、ちょっ!」

 それ、火に油を注ぐやつじゃ!?

「うん! そうしましょう! 期待しててね魔法少女さん! 私、きっと世間の声を黙らせてあげるわ!」

「いや、あの、それは……」

「もういいかい? そろそろ腕が限界なんだが……」

 おじさん! やっぱり絵里ちゃんの重さで顔を顰めてたの!?

「あら、そうね。ゆっくり休ませてあげないと。それじゃあ引き留めてごめんなさいね魔法少女さん。おやすみなさい」

「あ、はい。おやすみなさい……」

 おばさんはそう言うと、絵里ちゃんを抱えたおじさんと共に家に入っていった。

 ……。

 うあ……これは……。

 明日のネットを見るのが怖い……。



「良かったわねえ」

「……なにがだ?」

「あの子、あなたのこと、ちょっと意識し始めたわよ?」

 メルがNINJAにそう言うと、NINJAは覆面越しでも分かる程顔を顰めた。

「なに? 嬉しくないの?」

「……アイツが意識しているのはNINJAだ。「俺」じゃない」

 そう言うNINJAを、メルは楽しそうに眺めていた。

「ややこしいことになってきたわねえ」

 そのメルの言葉を聞いたNINJAは、小さく舌打ちをした。

「お前、楽しんでるだろ?」

「そんなことないわよ?」

「どの口が言ってるんだ……」

 NINJAはそう言うと、公園から姿を消した。

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