第三章 忍んでいないのは忍者じゃない、NINJAだ! その5

「あー! 歌った歌った!」

「二人で二時間だと、結構歌えるな。また来ようぜ」

「それもいいけどさ、今度は淳史と絵里ちゃんも誘おうよ。部活とか委員会とか終わったあとなら時間あるっしょ」

「お、いいねえ!」

 裕二と久々のカラオケをし、店から出たあたしたちは家も近所だしそのまま二人で歩いていた。

 途中でコンビニに寄り、段々暑くなってきたのでお茶とアイスを買ったり。

 お互い別のアイスを買ったんだけど、一口くれって言うからあげたら尋常じゃないくらい持っていかれてり。

 怒り心頭になって裕二に蹴りを入れたり。

 詫びとして裕二のアイスをガッツリ食ってやったり。

 そんな風にじゃれ合いながら歩いていた。

 淳史や絵里ちゃんだと、こういうの中々できない。

 絵里ちゃんは、裕二みたいに一口が大きくないし、逆にガッツリ貰っても嫌な顔はしない。

 あたしが申し訳ない気分になるだけだから、やらないけどね。

 淳史はそもそも、自分の分を他人にあげたり、他人のものを強請ったりしない。

 なので、こういうやり取り自体が起きない。

 そもそも、淳史の食べかけを食べるなんて、想像しただけで心臓がバクバクしてくる。

 恥ずかし過ぎてそんなことできるわけない。

 こんなことができるのは裕二だから。

 あたしは裕二に対して恋愛感情はない。

 こんだけ長い時間一緒にいるのに、一度だって考えたことない。

 そういう感情を持ったのは、淳史だけ。

 淳史だけは、昔から特別だった。

 幼馴染はそういう感情を持ちにくいって聞いたことあるけど、あたしは多分物心付いたときには淳史のことが好きだった。

 それくらい特別な存在だ。

 多分、世にいう幼馴染に特別な感情を持てないというのは、あたしの裕二に対する感情と同じなんだろう。

 裕二は、仲のいい友達。

 あまりにも幼い頃からずっと一緒にいるから、友達というより、むしろ……うーん、なんだろ?

 やっぱり、幼馴染っていう言葉が一番しっくりくるかな。

 絵里ちゃんは、裕二とは比べ物にならないくらい特別だ。

 同性で、ずっと一緒にいた女の子。

 友達なんて言葉では言い表せない、それくらい特別な女の子。

 あまり自分の感情を表に出さないけど、絵里ちゃんになにかあったら、あたしは全力で絵里ちゃんの味方をするよ。

 それに……そうなってしまったら悲しいし、多分メッチャ引きずると思うけど、もし淳史と絵里ちゃんが付き合いだしたら、あたしは潔く諦めようと思ってる。

 絵里ちゃん以外の女には絶対譲らないけどね。

 それぐらい、絵里ちゃんは特別なんだ。

 裕二と一緒に暗くなり始めた街を歩きながら、ここに絵里ちゃんと淳史がいればなと、そう思った。

「ね、次は絶対誘おうね」

「おう。俺、あっ君の予定聞いとくわ。麻衣も絵里の予定聞いといてくれよ」

「おっけー、ヤバイ、なんかメッチャ楽しみになってきた」

「俺もー」

 二人楽しく、今後の予定を話しながら、あたしたちはそれぞれの家へと帰った。



「すっかり遅くなっちゃったな……」

 委員会の集まりが終わり、私は一人自宅への道のりを歩いていた。

 一緒に委員会に出ていた淳史君は、このあと剣道部に顔を出してから帰るとのことで、私だけ先に学校を出た。

 朝はいつも幼馴染四人組で登校して、帰りも麻衣ちゃんと一緒に帰ることが多い。

 だから、こうして一人で通学路を歩いていると、不意に寂しい気持ちになった。

「あーあ、たまには裕二君と一緒に帰りたいな……」

 少し寂しい気持ちになった私は、ついそんな独り言を口に出してしまった。

 幸い周りには誰もいなかったけど、もし誰かいたら恥ずかし過ぎる独り言だ。

 だって独り言で……好きな人と一緒に帰りたいって言ってしまってるんだもの。

 そう、私は裕二君のことが好きだ。

 淳史君とも同時期の幼馴染だけど、幼稚園で裕二君に会ったときの衝撃は今も覚えてる。

 引っ込み思案で、自分の言いたいことを言えない自分に積極的に話しかけてきてくれた男の子。

 他の男の子は、すぐに私をイジメてくるのに、裕二君は一切そんなことしなかった。

『いっしょにあそぼうぜ!』

 無邪気な笑みでそう言う裕二君に、私は一瞬で心を奪われた。

 その後、裕二君と仲良くなった淳史君と、一緒にくっついてきた麻衣ちゃんとも友達になった。

 淳史君は真面目でしっかりものの男の子だった。

 私と似ているところがあるから、なんていうのかな……共感? そんな感じで、淳史君ともすぐに打ち解けた。

 だから淳史君と一緒にいるのはすごく楽だ。

 話も合うし、頭も良いし、私の質問にもいつもすぐに答えてくれた。

 でも、淳史君に恋愛感情を持ったことは一度もない。

 一緒にいると楽だけど……それだけ。

 裕二君と一緒にいるようなドキドキ感は起こらない。

 だから淳史君は、信頼の置ける仲間って感じかな。

 麻衣ちゃんは、私の特別。

 大親友だ。

 私は中々自分の本音を話すことができないけど、麻衣ちゃんは感情がすぐに表に出る。

 コロコロと表情が変わるし、見ていて飽きない。

 クラスでも人気者だ。

 そんな子が私の友達でいてくれている。

 嬉しくないはずがない。

 けど……。

 最近、ちょっと不安なこともある。

 それは、麻衣ちゃんと裕二君の仲がいいことだ。

 麻衣ちゃんと裕二君は、雰囲気も似ているし性格も似ている。

 二人が一緒にいると凄く楽しそうにしている。

 その姿を見る度に、私の心はもやもやする。

 裕二君は、麻衣ちゃんのことが好きなの?

 麻衣ちゃんは、裕二君のことが好きなの?

 二人は……付き合ってるの?

 そのことを考えだすと、夜も眠れなくなることがある。

 そう考えたときは、いつも自己嫌悪に陥る。

 麻衣ちゃんは大事な友達なのに、麻衣ちゃんの幸せを心から祝福してあげられない自分がいる。

 麻衣ちゃんが幸せになる前に、私が幸せになりたいと願ってしまう。

 言い出せないのは自分なのに、一歩踏み出せないのは自分なのに。

 心の中で麻衣ちゃんを責める度に、私の心の黒い部分が見えるようで嫌になる。

 お陰で余計に眠れなくなる。

 はあ……私って、なんて心の狭い女なんだろう。

 一人だからか、余計なことばかり考えてしまう。

 よし! 帰ったら麻衣ちゃんにメッセージしよう。

 麻衣ちゃんと楽しくメッセージのやり取りをしていたら、こんな嫌な気分はすぐに消えてしまう。

 そう思ったときだった。

「あ、麻衣ちゃ……」

 私の前方を、麻衣ちゃんが歩いていた。

 裕二君と一緒に。

 二人は楽しそうに、アイスを食べながら歩いていた。

 時折、お互いのアイスを食べさせ合ったり、食べ過ぎだって言ってじゃれ合ったり。

 その様子は、遠目で見ると……カップルそのものだった。

 うそ。

 本当に?

 いつの間に?

 そんなことばかりが、私の頭の中でグルグル回っていた。

 そして、その後も楽しそうに並んで歩いている二人を見ていた私の心に、ある思いが芽生えてしまった。


 裕二君を……獲られた。


 私はその場に呆然と立ち尽くし、離れていく麻衣ちゃんと裕二くんを眺めていた。

 まるで現実感がなかった。

 そこからどうやって家に帰ってきたのか覚えていない。

 晩御飯を食べた記憶もない。

 気が付けば私は、ベッドの上で膝を抱えて丸まっていた。

 そして、気が付けば朝を迎えていた。

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