第二章 魔法少女の誕生と、その活動内容 その8

「はい、はい。いえいえ、そんな! 全然迷惑なんかじゃないです!」

 あたしは、亜理紗ちゃんのキッズ携帯を借りて、亜理紗ちゃんのお母さんと電話していた。

「はい、では亜理紗ちゃんは責任を持ってお預かりします……はい、はい、失礼します……ふー」

 電話を切ったあたしは、思わず息を吐いた。

 大人の人と電話するの、すっごい緊張する……。

「ありがとうございますお姉さん。これで、一晩中一緒にいられますね!」

「あー、それはいいけど……うちのママにも言っとかないと。ご飯、ウチで食べるでしょ?」

 あたしがそう言うと、亜理紗ちゃんは、あっ、と今気付いたという顔をした。

「ご、ごめんなさい……そこまで考えてませんでした……」

 そう言ってシュンとしてしまった亜理紗ちゃん。

 その様子は、本当に迷惑をかけてしまったと反省しているようだったので、項垂れる亜理紗ちゃんの頭に、あたしは手を置いた。

「全然、迷惑なんかじゃないよ。でも、急にお泊りとかビックリするから、事前に言っておいてくれるとありがたいかな」

 あたしがそう言うと、亜理紗ちゃんはバッと顔をあげた。

「おねえさん……」

 そして、あたしに抱き着いてきた。

「おねえさーんっ!」

「おっと」

 こうして亜理紗ちゃんと交流を図っていると、横からネルが割り込んできた。

「それで、ずっと一緒にいたいということは、もしギデオンが現れたときは、一緒に行くということでいいのか?」

「はい!」

 ネルの質問に、亜理紗ちゃんは元気に答える。

「そうか。それで、昨日教えたことはちゃんと復習したか?」

「はい先生!」

 亜理紗ちゃんはそう言うと、装備を起動し魔法少女の姿になった。

「昨日、家に帰ってからも練習しました! 見て下さい!」

 生み出したステッキに、ごく少量の光を生み出す亜理紗ちゃん。

 そのときだった。

「姉ちゃん、ちょっと漫画貸して」

 突然、光二がノックもなしに部屋の扉を開いた。

「うわああっ!!」

「ひゃあっ!?」

 なんでこのタイミングで光二が入ってくんのよ!?

 あたしは大急ぎで亜理紗ちゃんを抱き抱えると、ベッドへ放り投げた。

 そして掛け布団で包み、光二からは見えないようにする。

 どうか、亜理紗ちゃんの魔法少女姿、見られてませんように!

 そう願いながら扉を見ると、そこには呆然とした顔の光二がいた。

 ちっ! 見られたか!?

 あたしはマズイことになったと思ったが、違った。

「ね、姉ちゃん……亜理紗となにやってんの……?」

「え?」

 光二のその台詞で、あたしは今の状況を振り返ってみた。

 今のこの部屋には、光二の目からはあたしと亜理紗ちゃんの二人しかいないように見えている。

 つまり、密室に二人きり。

 そしてあたしは今、亜理紗ちゃんをベッドに押し倒し、上からのしかかっている。

 えーっと……。

「ち、違うよの?」

 あたしはそう言うが、光二は涙目になりながら後ずさり……。

「ね、姉ちゃんに……姉ちゃんに亜理紗、獲られたー!」

「人聞きの悪いこと言うな!!」

 あたしは、不名誉なことを叫びながら走り去る光二を必死に追いかけた。

 その後、とっ捕まえた光二を、魔法少女の衣装を解除した亜理紗ちゃんの前に連れていき、なんとか誤解は解いた。

 それと、亜理紗ちゃんはどうやら布団に包まっていたせいで、光二の亜理紗ちゃんを獲られたという言葉は聞こえなかったらしい。

 聞こえてたら一気に仲が進展してたかもしれないけど、残念だったねえ。

 聞こえていなくて、残念そうな、でもホッとしたような光二をニヤニヤ見ていると睨み返された。

 コイツ、普段素っ気ない態度を取ってるくせに、亜理紗ちゃんのこと大好きだよな。

 そんな、大好きな亜理紗ちゃんが夕食の席に加わったことで、光二はいつもより口数が少なくなっていた。

 いつもはあたしに憎まれ口叩いてくるくせに、なに格好つけてんだか。

 代わりに、ママがいつも以上にはしゃいでたけど。

 そんな夕食が終わり、次は……。

「亜理紗ちゃん、お風呂行こっか」

「はい!」

「お、お風呂……」

 亜理紗ちゃんの入浴シーンを想像したんだろう、光二が赤くなった。

 そんな光二を見たあたしは、ニヤリと笑い、耳元に口を近付け、囁いた。

「……覗くんじゃないわよ?」

「だ、誰が!! さっさと行けよ!!」

「はいはい」

 あー、弟を揶揄うのは楽しい。

 こうして、我が家のお風呂初体験な亜理紗ちゃんのため、あたしも一緒に入ることにした。

「ふわあ……お姉さん、すごい……」

「ん?」

 服を脱ぎ、浴室に入ったあたしたちだったが、亜理紗ちゃんはあたしを見て目を丸くしている。

 あたし……っていうか、胸?

「私……ツルペタだから……」

「え? ああ、まだ小学生なんだし、仕方ないよ」

「で、でも……」

「あたしも、小学生のときは亜理紗ちゃんくらいだったし」

 そう言って、必死に慰めようとするが、どうも納得してくれない。

 どうした?

「だって……コウちゃん、こんな……お姉さんの毎日見てたら、私のなんて……」

 小学生がなんの心配してるんだ!?

 っていうか、姉の胸なんて見てもなんとも思わんだろ。

 それにしても……。

「亜理紗ちゃん、光二のこと、よっぽど好きなんだねえ」

 頭と身体を洗い、一緒に湯舟に入ったところでそう言うと、亜理紗ちゃんの顔がみるみる赤くなっていった。

「わ、分かりますか?」

「そりゃあ、あんだけ毎日迎えに来てたらねえ」

 時々、腕組んで登校してるし。

「コウちゃん……私のこと、どう思ってるのかな……」

「あ、ああー、どうなんだろうねえ……」

 え? 光二の亜里紗ちゃんに対する好意は駄々漏れだと思うけど……。

 あたしが言うわけにもいかないしなあ。

 それにしても、夕食時まではめっちゃはしゃいでたのに、急に恋する乙女モードにな亜理紗ちゃん。

 一体、何が引き金になったんだか。

 ……あたしの胸か?

「体型のことなら心配しなくてもいいんじゃない? それに、あたし平均だから、亜理紗ちゃんもそのうちこれ位にはなるって」

「……本当ですか?」

「ま、まあ、個人差はあるみたいだけど……」

 本当は大丈夫と言ってあげたいけど、こればっかりはどうしようもない。

 それにしても、小学生のうちからそんな心配してるなんて、なんておませさんなんだ。

「それよりも……」

「え?」

「最近、亜理紗ちゃん、光二のことないがしろにし過ぎじゃない?」

「え?」

「そりゃあ、亜理紗ちゃんが誰にも言えない悩みを持っていたことも、それを相談できるあたしって存在が現れたのが嬉しいのも分かるよ? でも、放ったらかしにされた光二がどう思うかな?」

「……」

 あたしがそう言うと、亜理紗ちゃんの顔は、みるみる青くなっていった。

「ど、どうしよう……」

 今までの自分の行動を振り返ったのか、亜理紗ちゃんは小刻みに震えていた。

 そんな亜理紗ちゃんを、あたしは優しく抱きしめた。

「大丈夫、まだ間に合うよ」

「おねえさん……」

「お風呂からあがったら、三人でゲームしよっか」

「……はい!!」

 亜理紗ちゃんはそう言うと、強く抱きしめ返してきた。

 あー、妹……義妹っていいなあ……。

 と、幸せに浸っているときだった。

『麻衣! 緊急事態だ!!』

「うわっ! びっくりした!」

「わ! え? なんですか?」

 急に大きな声を出したあたしに驚いた亜理紗ちゃんが、あたしから離れた。

「あ、ゴメン。ネルから緊急通信が入ったの」

「え? なにも聞こえませんでしたけど……」

 亜理紗ちゃんは、まだアルから教えてもらってないのか。

「これもアイツらの技術なんだけどね。信じられないことに、テレパシー使えんのよ」

「テ、テレパシー?」

「そ。精神力を数値化できる奴らだからねえー、その精神を使ったテレパシーはありふれた技術らしいよ。この発動体を身に付けてると使えるの」

「あ、私、脱衣所に置いてきちゃいました」

 あたしのネックレスに対し、亜理紗ちゃんの発動体はヘアピンだ。

 小学生でアクセサリーを持っているのも不自然だし、ヘアピンなら違和感はない。

 でも、ヘアピンなんて付けてお風呂には入れないから外していたのだ。

『おい、麻衣! 聞こえているのか!?』

『うるさい! 亜理紗ちゃんにテレパシーの説明してたとこなの! それより、なによ緊急事態って』

『ギデオンが現れた』

『また? でも、いつものことじゃない』

 昨日も、その前も現れたギデオン。

 それに、これからは連日現れるかもしれないと言われたばかりだ。

 確かに大変だけど、そんな血相を変える事態でもない。

 ……いや、今はお風呂に入っているから、すぐに出動できない。

 ある意味緊急事態か。

 そう思っていると、ネルから予想外の言葉を聞いた。

『本当に緊急事態なんだ。なにせ……』

 ネルは、たっぷり溜めたあと、言った。

『今回現れたのは、三体同時だからな』

 ホントに緊急事態じゃん!

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