第二章 魔法少女の誕生と、その活動内容 その7
ネルによる亜理紗ちゃんの指導が行われた。
大きな公園にある、人気の少ない雑木林の奥で行われたネルの指導は、あたしも大いに参考になった。
それにしても……改めて客観的に魔法少女になった亜里沙ちゃんを見ると、コイツらの技術は凄いな。
こんなの見せられたら、地球が田舎の星だと言われてもなにも言えない。
普段の服から魔法少女に変身する亜理紗ちゃん。
強化された身体能力で、木から木へと飛び回る亜理紗ちゃん。
そして、突如生み出された魔法のステッキから攻撃を放つ亜理紗ちゃん。
まさにテレビから飛び出したような魔法少女がそこにいた。
あたしも、これと同じことをしてるのか。
皆にコスプレやイメクラと言われながら……。
その事実に膝をつきそうになるけど、グッと堪えた。
気を取り直して特訓している亜理紗ちゃんの様子を見る。
今ネルが行っているのは、亜理紗ちゃんの放つ攻撃の改良だ。
亜理紗ちゃんがどんなに力を込めても、光の筋とも言えるようなレーザー以上の攻撃は出せなかった。
ならば、そのレーザーを有効的に利用しようというのだ。
それを簡単にできてしまうところが、コイツらの技術の凄いところだ。
あたしたち、地球の常識では考えられないことを次々としでかす。
そもそも、精神力を検知するってなによ?
ネルとの特訓がようやく終わり、亜理紗ちゃんが新しい攻撃方法を取得できたそのとき、見学しているあたしの隣でずっと漫画を読んでいたアルがふと顔を上げた。
……なんであたしの漫画持ってきてんのよ?
っていうか、今特訓やってる亜里紗ちゃんはアンタの担当でしょうが。
ちゃんと訓練に参加しなさいよ。
「隊長、ギデオンの反応です」
「む、そうか。よし、じゃあ亜理紗、さっそく特訓の成果を試してみよう」
「はい! 先生!」
亜理紗ちゃんの中で、ネルは先生になったらしい。
「うむ、では行くぞ。麻衣、なにをボサっとしている。お前も行くぞ」
「……先生って言われて、ちょっと調子に乗ってない?」
「そうか? いやはや、麻衣もあれくらい素直になってくれると嬉しいのだがな」
「あたしがネルを先生なんて呼ぶ日は一生ない!」
あたしがそう言うと、ネルはヤレヤレといった感じで肩を竦め両手を上に向けて首を横に振った。
うわあ……腹立つ。
ともかく、あたしも装備を展開し、いざ現場に向かおうとしたところで、ふと気が付いた。
「亜理紗ちゃん。もう夕方だけど、帰んなくていいの?」
「あ!!」
昨日は、家をコッソリ抜けてきたのだろう。
だけど、今日はウチに遊びに来たあと、まだ家に帰っていない。
夜になっても帰ってこないとなると、まだ小学生である亜里紗ちゃんの親御さんは心配するだろう。
「今日は帰んなさい」
「……はあーい」
亜理紗ちゃんは残念そうに装備を解除すると、家路に着こうとした。
そのとき。
「待ってくれ亜理紗」
アルが亜理紗ちゃんを引き留めた。
「え? なに?」
亜理紗ちゃんがアルに問いかけるが、アルはあたしをじっと見ていた。
「なによ?」
すると、あたしをじっと見ていたアルが、口を開いた。
「この続き、貸してくれ」
アルは、さっきまで読んでいた漫画を持ち上げてそう言った。
「……勝手に持っていきなさいよ」
「そうか! ありがとう麻衣!」
どんだけ漫画に嵌ってるんだ! この俺様系イケボ!
「亜理紗! 早くさっきの部屋に戻るぞ!」
「ちょ、ちょっと待って! そんな姿で走り回らないで! それと、その声でそんなこと言わないでえっ!!」
あたしの家に向かって走って行くアルを、亜理紗ちゃんが叫びながら追いかけていった。
その二人の後ろ姿を、あたしとネルは呆然と見送った。
「……アンタの部下って、あんなのばっか?」
ネルに向かって冷ややかな視線を送ると、ネルは悔しそうに拳を握っていた。
「くっ! アルめ! それでは私が続きを読めんではないか!」
……。
アンタの影響かよ!
その後、ギデオンに取り憑かれた人をさっくり元に戻して、あたしは家に帰った。
部屋に戻って見た光景は……。
ゴッソリ漫画が無くなっている本棚だった。
その光景を見て、ネルが膝をついていた。
……なんだ、コイツら……。
翌日、玄関を出た先で亜理紗ちゃんが待っていた。
「お姉さん、おはようございます!」
「おはよう、亜理紗ちゃん」
朝の挨拶を交わしたあと、亜理紗ちゃんはあたしに近付いてきて、コッソリと耳打ちした。
「今日も……遊びにきていいですか?」
耳打ちしたあと、上目遣いでモジモジする亜理紗ちゃんに、あたしの心は撃ち抜かれた。
なんだ? この可愛い生き物?
「もちろんよ。楽しみにしてるわ」
あたしがそう言うと、亜理紗ちゃんは不安げな表情から、パッと花が咲いたような笑顔になった。
「約束ですよ!」
「おい、もう行こうぜ」
「あ、ちょっとコウちゃん、引っ張らないでよ!」
亜理紗ちゃんが、自分よりもあたしに懐いているのが許せないんだな。
あたしと楽しそうにお喋りしている亜理紗ちゃんの手を、光二が強引に引っ張っていってしまった。
なに? 姉に嫉妬してんの? 弟よ。
「なんだ、随分と懐かれてるな」
光二に引っ張られながらもあたしに手を振っている亜理紗ちゃんに手を振り返していると、向かいの家から淳史が出てきた。
「あ、淳史。おはよ」
「おう、おはよう。それより、どうしたんだ急に。あの子、光二の彼女だろ?」
「彼女……なのかなあ? 小学生って早すぎない?」
「そうか? 俺らが小学生のときもクラスにいただろ」
「あー、そういえばいたねえ。速攻で別れてたけど」
「あれは傑作だったな。なにせ別れた理由が『どうして男ってこう子供なの!?』だったからな」
「小学生なんだから、間違いなく子供だっつーの」
「あの子はそんなことなさそうだけどな。毎朝光二を迎えに来るなんて、健気じゃないか」
「可愛いよねえ、亜理紗ちゃん」
あたしがそう言ったあと、淳史はなぜか黙り込んだ。
「淳史?」
「麻衣、お前……あの子のこと狙って……」
「そんな趣味無いわよ!!」
「でもお前、あの子と随分親密な感じだったぞ」
「あれは、あたしが亜理紗ちゃんの悩みを解決してあげたからよ。頼れるお姉さんに憧れちゃったんじゃない?」
あたしは、至極真面目にそう言ったのだが……。
「頼れるお姉さん? 誰が?」
コイツ、なに言ってるんだって顔で淳史が言った。
「あたしが!」
「お前、そんなありもしないことを堂々と……恥ずかしくないか?」
「悩みを解決してあげたのは本当よ!」
「んー、まあ、小学生の悩みだしな。お前でも解決できるか」
「失礼な!」
そうして二人でギャーギャー言いながら登校していると、いつものように絵里ちゃんと裕二も合流した。
はあ……なんだろう、恋愛関係では、亜理紗ちゃんに先を越されているような気がしてならない……。
放課後。
家に帰ると、昨日と同じく亜理紗ちゃんが家にいた。
「おかえりなさい、お姉さん!」
「ただいま」
「……ちっ」
光二と一緒にやっていたゲームを中断し、あたしに近寄ってくる亜里紗ちゃん。
あたしも挨拶をしながら亜里紗ちゃんの頭を撫でていると、舌打ちが聞こえた。
その発生源に心当たりがあるのでそちらを向くと、ブスッとした表情の光二がいた。
亜理紗ちゃん、彼氏候補が拗ねてますぜ?
「早くお部屋に行きましょ!」
「あー、着替えてくるから、光二と遊んでて?」
さすがに、二日続けて亜理紗ちゃんを独占するのも光二に悪いと思ってそう言ったのだが、亜理紗ちゃんは不服そうだった。
「えー? 早くしてくださいね?」
亜理紗ちゃんはそう言うと、さっきまで光二と一緒にやっていたゲームへと戻った。
「はは……」
そんな亜理紗ちゃんに苦笑を浮かべつつ、あたしは部屋に入った。
「いやはや、亜理紗ちゃんに慕われるのも悪くないけど、光二との仲が悪くなるのは、流石に気が引けるなあ」
あたしは着替えながらそう言うと、あたしによって目隠しをされたネルが答えた。
「まあ、こんな身近に先輩がいたんだ。あの歳では頼りたくなるのもしょうがないだろうな」
ネルは、種族の違う女の裸など見ても興奮しないと言っていたけど、そういう問題じい。
見た目はぬいぐるみでも、ネルは男なのだ。
淳史以外の男に、下着姿など見られたくない。
そういうわけで、着替えのときはいつもネルに目隠しをしている。
そんな目隠しをしている状態のネルと会話しながらゆっくり着替えていたのだが、それも限界がある。
しょうがないと思いつつ、二人がゲームをしているリビングに行くと、さっきは気付かなかった鞄があることに気付いた。
「ん? なにこの鞄?」
そう言ったあたしの声に、さっきまでゲームに集中していた亜理紗ちゃんが振り向いた。
「それ私のです!」
「あ、おい、亜理紗!」
協力プレイでもしていたのだろう、突然ゲームを止めた亜理紗ちゃんを光二が呼び止めるが、本人はそんなことはお構いなくあたしの所まで来てしまった。。
「なんだよ……」
結局ゲームオーバーになってしまい、またブスッとした顔でブツクサと文句を言いながら一人でプレイをしだす光二。
……さすがに申し訳ないな。
いつも喧嘩しているとはいえ、寂しそうに一人でゲームをしている光二に罪悪感を抱いていると、亜理紗ちゃんはさっきの鞄を持ち上げた。
「よいしょ……っと」
「随分重そうね?」
「ええ……昨日、アルが借りていった漫画の一部です……」
「ああ……」
鞄を持った亜理紗ちゃんが、小声でそう言ってきた。
そういえば、アルが借りてったんだっけ。
「持ったげるよ」
「わ、ありがとうございます」
重そうにしている亜理紗ちゃんを見かねて、あたしが持つことにした。
小学生よりは力があるからね。
そう思って亜理紗ちゃんから鞄を受け取ったのだが……。
「い、意外とズッシリくるわね」
「大変でした……」
高校生のあたしでも、結構重く感じるのだ。
小学生の亜理紗ちゃんが持ってくるのは大変だったんだろう。
ちょっと遠い目をしていた。
「アルもなんだかよく分からない収納装置みたいなの持ってるんでしょ? それに入れて持ってくればよかったのに」
あたしの部屋に入りながらそう言うと、亜理紗ちゃんははにかみながら言った。
「実は、お姉さんの家にくる口実に使っちゃいました」
ペロッと舌を出しながら、そう言う亜理紗ちゃんに思わず訊ねた。
「口実?」
でも、うちには結構遊びに来てるよね?
「はい! お姉さんから漫画を借りたから返しに行くって。それと、続きが気になるからお泊りして読ませてもらうって」
「へえ、そっか」
なるほど、そういう理由……。
え?
ちょっと待って?
「お泊り?」
「昨日、特訓が中途半端で終わっちゃったじゃないですか。明日はお休みですし、お泊りならずっとお姉さんと一緒にいられます!」
満面の笑みでそう言う亜理紗ちゃんに、あたしは思わず戦慄したのだった。
どんだけ押しが強いんだ、この子。
これが……若さか……!