第二章 魔法少女の誕生と、その活動内容 その3
「なんなのよ!? ピュアな心って!?」
「今説明した通りだが?」
「さっぱり意味が分かんないわよ!」
「はあ……そこから説明しないといけないのか……」
「コイツ……」
こんな状況でなければ思い切り殴りたい。
「この装備は、使う者の心に反応する装備なのだ」
こ、心って……。
「その使用者の心がピュアであればあるほど、その効果を発揮する」
なんだろう……ピンチになると強くなる少年漫画の主人公みたい。
「その内容はなんでもいい。私の場合は悪を取り締まる正義の心がピュアなためこの装備を使用することができる」
正義の心って……。
今コイツがやってることって、あたしの弱味につけ込んだ取引にしか見えないんだけど?
正義のためなら、どんな犠牲の厭わないっていうピュアすぎる心ってこと?
「君がなにに対してピュアな気持ちの抱いているのかは分からないがね。とにかく君の心に私のレーダーが強く反応しているのだ」
「……ちょっと、気持ち悪いこと言わないでくれる?」
なによ!? あたしの心にコイツのレーダーが反応したって!?
どんな気持ち悪い口説き文句よ!?
そう思ったのだが、ネルは不思議そうな顔をしている。
「気持ち悪いって……ただ、このレーダーに反応があっただけなのだが?」
ネルはそう言うと、またさっきの装置からなにか取り出した。
「ほら、君に強い反応が出ているだろう?」
「……え?」
見せられたのは、ネルが持つのにちょうどいい位のタブレット。
小さくてちょっと見づらいけど、その画面にはあたしを示す矢印と、レッドゾーンまで振り切っているメーターが写っていた。
「どうだい? 納得してくれたかね?」
「え? どういうこと? あたしの心を機械が判定してるってこと!?」
ネルが言っていたのは気持ち悪い口説き文句じゃなく、機械が判別した事実だった。
けど、どういうこと?
心を判別する機械なんてありえるの?
その機械自体を信じられない気持ちで見ていると、ネルが驚いたように言った。
「まさか……精神力の数値化すらできないのか?」
「精神力って、根性とかのこと?」
あたしがそう言うと、ネルはわざとらしく大きい溜め息を吐いた。
「はあ……やれやれ。辺境だとは思っていたが、ここまで文明が遅れているとは……」
「ちょっと……その言い方、ムカつくんですけど」
「事実だからしょうがない。精神力の数値化なんて旧時代の技術だぞ? 今はその力をどう有効利用するかということに重きを置いているというのに……」
いちいち上から目線の発言がムカつく。
「まあ、その辺りはそう言う技術があるということで納得してくれたまえ。そもそも、精神力を数値化できなければ、実体のない暗黒生命体なんて感知できないだろう?」
「言われてみれば……」
「そういった負の精神に対して、陽の精神。つまりピュアな心がギデオンに対抗しうる力となる」
ネルはそう言うと、再び装置からなにか取り出した。
それは、言うなれば、光の玉。
電球とかなさそうなのに光っているそれは、実体がないように見えた。
「これを手に持ち、自分が思う強い存在を想像するんだ。そうすれば、君はその姿になり力を使えるようになる。私なら……」
ネルはそう言うと、腕に付いている腕輪を触って念じた。
するとネルの姿が光りに包まれ、やがてその姿を現した。
「こういう姿になる」
それは、ベイ〇ー卿っぽい鎧を身に付けたぬいぐるみの姿だった。
こういう、ゆるキャラいたような?
「これは、過去に実在した英雄の姿を模したものだ。どうだい? 格好いいだろう?」
「いや……悪の総大将にしか見えない……」
ベイ〇ー卿っぽいもん。
「なっ!? この格好良さが分からんとは……流石は辺境の星だな。とにかく、君もこれを手に取るんだ」
「わっ!」
あたしの発言に気分を害したネルが、さっき取り出した光の玉をあたしに放り投げた。
慌てて手を伸ばすと、その光の玉はあたしの手のひらに乗った。
どうなってんのこれ?
「それを握り締めて、強い存在を思い浮かべるんだ」
「わ、分かったわよ……」
色々と文句を言ったが、今のあたしはコイツの指示に従うしかない。
あたしは光の玉を握り締めると、強い存在を思い浮かべた。
とはいえ、強い存在……。
あたしが思い浮かべるものっていったらこれくらいしか……。
そう思ったとき、握り締めていた光の玉が、強い光を発した。
「え!? うそ!? これに反応すんの!?」
ちょ、ちょっと待って!
うそでしょ!?
今、あたしが想像したのって……。
あたしの戸惑いをよそに、光はどんどん強くなり、ついには私を完全に覆ってしまった。
「おお、この強い光! これは相当な……」
あたしを覆っていた光に興奮していたネルだが、その光が収まり、あたしの姿を見ると絶句した。
それはそうだろう。
あたしだって信じたくない。
だって、今のあたしの姿は……。
「な、なんでそんなフリフリの衣装なんだ!?」
「あ、あはは……」
どこからどう見ても、日曜朝の女の子向けアニメに出てきそうな、魔法少女みたいな衣装を着ているのだから。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! そ、それが君の思う、強い存在なのか!?」
「う、うっさいわね! 女の子で強い存在って言ったら、これしか思い浮かばなかったのよ!」
「そ、そんな……」
ベイ〇ー卿の甲冑を着たぬいぐるみが両手と両膝をついて絶望しているけど、しょうがないじゃん!
「そんなに不服ならやり直すけど?」
「それは、一度装備されると再設定ができないのだよ!」
「うそっ!?」
え? マジ?
ってことは、あたしこれからこの姿であれと戦うの?
「はあ……なってしまったものはしょうがない。次は、その姿で使う武器を想像するんだ」
「武器?」
「こうだ、こう」
なんだか投げやりになってきたネルが、バズーカみたいな武器を生み出した。
「なんかこう、あるんだろう? その姿が強いと思わせるような武器が」
「武器……」
この姿で強い武器っていうと……。
そう思っただけで光が手に集まり、あたしが想像していたものが現れた。
「……なんなんだそれは……」
ネルは、今度は手で顔を覆った。
あたしの手に現れたのは、魔法のステッキ。
そういえば子供の頃、これで遊ぶのが好きだったなあ……。
「ええい! それをどう使うのかは知らんが、それでアイツを攻撃するイメージをしろ! その通りの攻撃ができるから!」
「攻撃……」
投げやりからやけくそになったネルの言う通り、これを使った攻撃を想像する。
すると……。
「え? ちょ、え?」
「お? おお? おおお!?」
ステッキの先端に、もの凄い光が集まってきた。
「ちょっと! これどうすんの!?」
「そのまま! そのまま維持しろ! 隠蔽装置を解除するから、そしたらアイツに向けてそれを放つんだ!」
「わ、分かった!」
「いくぞ! 三、二、一、解除!」
ネルがあたしたちの姿を隠していた装置を解除した途端、大学生がこちらに向かってきた。
「見ィつけタぁ~」
「ひっ!」
「怯むな! それだけの力があれば、絶対にアイツを倒せる!」
あたしを見つけて向かって来る大学生にさっきの恐怖が蘇ったけど、ネルが励ましてくれた。
その言葉を信じ、光の集まるステッキの先端を大学生に向ける。
フラフラとコッチに近寄ってくる様子が怖すぎる!
「も、もういい!? もう撃っていい!?」
「ああいいぞ! 撃て!!」
「てぇやああああっ!!」
あまりに怖かったから、ネルに攻撃していいか聞くと許可が下りたので、ステッキに集まっていた光を思い切り大学生に向けて放った。
無我夢中だった。
そのステッキから放たれたのは、極太の光線。
その光線は、迫りくる大学生を丸ごと呑み込んだ。
「ぎゃああ! こ、ころしたあっ!!」
あたしのステッキから放たれた、ごんぶとの光線に包まれる大学生。
これを食らって生きているとはとても思えない。
それくらい、凄まじい光だった。
「大丈夫だ安心しろ!」
ネルはそう言うけど、とてもじゃないけど信じられない。
あたしは、今度こそ人を殺してしまったことを覚悟した。
そうしてしばらくすると、徐々に光が収まってきた。
あたしは、大学生が黒焦げの焼死体になっているか、もしくは塵も残さず消えてしまったものと思っていた。
だが、光が収まったあとに見えたのは、特に外傷もなく倒れている大学生の姿だった。
「あ、あれ? 生きてる?」
「だから大丈夫だと言っただろう? ギデオンは精神体。それを攻撃する手段も精神体にしか効かない」
ネルはそう言うと、倒れている大学生に向かって歩いて行った。
「……ふむ。問題なくギデオンは消滅したようだ」
倒れている大学生を調べていたネルが、タブレットを見ながらそう言った。
「え、本当に?」
「ああ、安心するといい。む?」
「どうしたの?」
「いかんな。今の光を見て人が集まり始めた」
「うそっ!? ちょっと冗談でしょ!?」
人が集まってくるということは、このとんでもなく恥ずかしい格好を見られるということだ。
そして写真や動画を録られて拡散される……。
「は、早く! この姿を解除する方法を教えて!」
「落ち着け! 今解除すると、君の正体がバレるぞ」
「じゃあどうすんのよ!?」
八方塞がりじゃない!
「その姿のときは、身体能力が何倍にもなる! あの建物の上にジャンプしてみろ!」
ネルは近くにあった雑居ビルを指した。
「できるわけないじゃん!」
「いいからやれ!」
「ああっ、もう!!」
ネルに急かされ、あたしはその雑居ビルの屋上に飛ぶつもりでジャンプした。
「え?」
次にあたしが見たのは、空と、周りに何もない風景。
「え?」
そして下を見ると、はるか下に見える雑居ビルの屋上。
あたしは、周りになにもないところまでジャンプしてしまったのだ。
「って! 高い! 高いぃ!!」
とんでもない高さからの自由落下。
あたしはこのとき、死んだと思った。
「大丈夫だと言っただろう。ここまで跳べたんだ。着地も問題なくできる」
「そ、そんなこと言ったって!」
「そうこう言ってる間に、ほら、着くぞ」
「え? きゃあああっ!!」
ネルの言葉に下を見ると、雑居ビルの屋上はもうすぐそこまで迫っていた。
思わず悲鳴をあげてしまったが、あたしは、その屋上にふわりと着地した。
「……え?」
あ、あれ?
あんな高いところから落ちたのに!
「だから言っただろう。自分で跳べる高さなら、着地もできるのが道理だろう?」
「そんな道理、初めて聞いたけど……」
「そういうものだと思っていればいいさ。ところで、どうだい? 無事に窮地を脱することができたわけだが」
「あ、ああ、うん。ありがと。本当に助かったわ」
ネルの言葉に、あたしは素直にお礼を言った。
発言はムカつくけど、コイツの言う通りにしたらピンチを脱することができたのは事実だから。
そう思ってお礼をしたんだけど、ネルはフッと笑った。
「違う違う、君の窮地を救ってあげたんだから、今度は私に協力してくれるのだろう? そういう約束だ」
「……あ」
そ、そうだった……。
「これからよろしく、香月麻衣」
「な、名前まで調査済み……」
あたしはこのときから、このネルにこき使われているのだった。