魔王と冒険者 その4
カーテンの隙間から差し込む日の光で目が覚めた。
「あれ……ウチいつの間に寝てたんやろう」
よっぽど疲れてたんやろか。
昨夜ベッドに入った記憶がない。
何かトンデモないことに巻き込まれたおぞましい記憶なら薄っすらとあるが。
「最悪や……服もシワだらけやし、髪もボサボサや」
パジャマに着替えることも、風呂に入って髪を整えることもせずに寝てもうたみたいや。
朝からテンション下がるわ……。
「春休みやなかったら終わってたな」
ともかくお腹も空いたし、シャワーも浴びたいから下に降りんと。
お母さんも起こしてくれたらええのに……。
「お母さんおはよぅわぁ……」
あくびをしながらリビングへと入って行く。
「志保、おはよう」
「やっと起きたか」
うん?
変やなぁー。
お母さん以外に男の人の声がしたぞー。
お父さんは単身赴任中で家におらんはずやし……。
「な、な、な、なんでまだ家におるん⁉」
ああ、やっぱり昨日のことは夢やなかったんや……。
何となくぼんやりと覚えていたけどはっきりと思い出した。
昨日突然やってきて、ウチのことを一番上の冒険者にするとか言い始めた、自称魔王のヤバい人や。
見た目はテレビに出てくる俳優さんみたくカッコええのに、中身がホンマに残念な奴や。
昨日みたいにスマホで警察に電話をしたけど、やっぱり繋がらん。
どうなっとんねんほんま……。
「こら、志保。そんな風に言わないの」
「え、えぇ……なんでウチが怒られてんの……」
「まだ慣れない生活だから仕方ない。この味噌汁とやらをもう一杯くれ」
「すみませんね、真中さん。少し待ってください」
何の疑問も抱かずにお母さんがお代わりの味噌汁をよそっている。
こ、こいつ、完全に朝食になじんどる……。
「お母さん! こいつ変やって! 早く警察に突き出さんとあかん!」
「こら。真中さんはわざわざ志保を指導するために来てくれたのよ? それに見て?」
「何が……って、うおぁ⁉ なんじゃこりゃ⁉」
自分の目がおかしくなったんやろうか。
スポンジと皿が勝手に動いて食器洗いをしとる。
なんべん目を擦っても、目の前の光景は変わらへん。
「お母さん大助かりよ! 他にも洗濯物は一瞬で全部乾かしてくれたし、部屋のゴミも全部消してくれたし!」
「世話になるのだからこれくらいはさせてもらう。魔王としての礼儀だ」
「え、はい? え?」
「魔法だ。こうした方が吾輩が魔王だと信じてもらえるだろう」
ウソやん……魔王っていうのはホンマにホンマなんか?
というか、ウチが今疑問に思ったんは魔法のことやなくて、世話になるってところなんやけど。
「いつまでそうやっているんだ。早くお前も食べるといい」
「え、あ、はい」
朝食が置かれたいつもの指定席に座ろうとする。
って、何やってんのや!
そこで素直に従ったらあかんやろ!
「おっと、その前に」
「ひぃ!」
もう少しで座ろうというときに魔王が手を伸ばしてくる。
や、やっぱりやらしいことが目的やったんや……。
ああ、十七歳の穢れないウチとはおさらばなんやな。
「……うん? あれ?」
何故か魔王は体には直接触れずに、頭から順番に少し離れたところを撫でるように手を滑らしていく。
みるみるうちにアイロンがけをしたかのように服のシワが消えていく。
というか、新品のときのような見た目に早変わりする。
「これでよいだろう。年頃の娘なのだから身だしなみには気を付けるといい」
まさかと思って近くの鏡を見ると、寝癖でボサボサだった髪が直っていた。
何なら以前よりも艶があるようにも思える。
こ、これは評価してやってもええかな。これだけはな!
「何を鏡を見てぼうっとしている。早く食べないと母親に迷惑をかけるぞ」
「あ、はい」
感謝の言葉を言った方がええんか?
こんな状況なんやから言わんほうがええんか?
そんな悩みを抱きながらも、空腹に勝てず席について朝食に手をつける。
「うん。おいしい」
「うむ。お前はこんなに美味い朝食を食べることができて幸せであるぞ。もっと母親に感謝するといい」
何を偉そうなことを……。
なんだかウチも流されとるような気がしてしまう。
けど、めっちゃ不審やけど、何か嫌なことをされたのかと言えばされてへんし……。
魔法はホンマみたいやし……。
「朝食を食べたら早速色々と聞かせてもらうつもりだからな」
「はい?」
「吾輩とお前の今後についてだ」
「そ、そんなこっぱずかしいことを朝から言うなや!」
あああああ!
あかん!
絶対今のウチの顔は真っ赤や。
そりゃ、そうやろ。
こんなカッコええ見た目の人に真面目な視線であんな事言われた経験なんかないわ!
……これが変人の言葉じゃなくて、本当の告白ならどれだけよかったか。
「何を照れているのだ。冒険者生活について話すだけであろう」
「わ、わかっとるわ! アホ!」
当たり前や。
誰がこんな奴と恋愛関係になりたいねん!
はぁ、なんか朝から疲れた……。
「なぜ罵倒されたのか分からぬが、まあよい。では、先に部屋で待っている。ご馳走になった」
「いえいえ。こちらこそ助かりました」
お母さんとにこやかな会話をしてから自称魔王がリビングを出ていく。
その後ろ姿を静かに見送って…………。
「……って、なんで勝手にウチの部屋に行こうとしとるん⁉」
慌てて後を追いかけようとすると、お母さんにがっちり肩を掴まれる。
「お、お母さん?」
「ご飯はお行儀よく食べなさい。ね?」
「は、はい……」
お母さんには勝てへん。
美味しく食べ終わるまで席を立つことができへんかった。