魔王と冒険者 その5

 うむ、何とも美味な食事であった。

 もし魔王城に戻ることがあれば、専属シェフとならないか打診をしてみようか。

 ……いや、伴侶がいるであろうから引き裂くのは可哀想か。

 夫婦で移住してくれると言えば、是非とも検討するとしよう。

「は、入るで……」

 そんなことを徒然と考えていると部屋の外から志保の声がする。

 どうやら吾輩が魔王であることを確信して遠慮しているようだ。

 殊勝な心掛けである。

「入るも何もここはお前の部屋だろう。遠慮せずに入って来るがいい」

 だが、吾輩とてこの部屋の主が誰であるかは弁えている。

 入室の許可など不要で好きに入って来て問題ない。

 これが魔王城の謁見の間であれば恐ろしいことになるが。

「し、失礼します……」

 恐る恐るという感じで部屋のドアを開けて志保が入って来る。

 少し前に階下で開かない玄関を何度もガチャガチャしている音が聞こえていたが、やっと諦めがついたのだろう。

 入室した志保は落ち着かない様子で吾輩の前に立つ。

「どうした?」

「いや、部屋に入ったら仁王立ちしてるから……ウチも立っといた方がええんかなと……」

「部屋の主に許可も取らずに座ったりはしない」

「それ以前に主の許可もなく部屋に入ってるやないか……」

「何か言ったか?」

「なんも言うてへん。ともかく、そこの椅子にでも座って」

 勧められた通りに勉強机とセットになっている椅子へと座る。

 志保はベッドへと腰掛ける。

「それで自称魔王が何の用事なん?」

「随分と素直に話を聞くようになったな」

「もうどうにでもしてって感じやからな……」

「ふむ。ならばお言葉に甘えてそうしよう」

 洗脳の魔法を使うまでもなく従ってくれるならありがたい。

 操り人形をトップ冒険者にしたところで、勇者どもと戦っていた単調な日々となにもかわらない。

 それでは吾輩の娯楽を求める心を満たすことはできぬ。

「まず聞きたいのだが、この世界の冒険者について詳しく教えてくれ」

「え、はい? 冒険者事務局の人なんちゃうん?」

「あれは嘘だ」

「あ、いや……うん。まあ、事務局の人っていうんはウソやろうなとは思ってたけ

ど……」

「吾輩の本当の職業は魔王だ。この世界とは別の世界から転移して来たのである」

「別世界からの転移ってマジか……。ってか、魔王って職業なんか……」

 何故か分からないが志保にため息をつかれてしまう。

 随分と失礼な態度であるが寛大な吾輩は見逃してやる。

 まだ十七年しか生きていない娘の言動くらいで沸騰するようでは魔王失格である。

「まずなのだが、冒険者にはどうやったらなれる? 資格が必要なのか?」

「そこからなんか⁉」

 志保は頭を抱えてしまう。

 だが、これでも吾輩からすれば真面目な質問なのだ。

 誰でも冒険者になれる世界もあれば、推薦状が必要な世界、適性試験に合格することが必要な世界など様々にある。

 冒険者という職業の社会的地位を知るためには重要な情報なのである。

「はぁ。あんな、血液検査を受けて魔防力が有と判断されたら冒険者になれるねん。検査はいつでも受けられるけど、大体は生まれたときに親が希望して、血液型検査のついでにやるで」

「魔防力?」

 これは聞き慣れない単語であった。

 確かに吾輩の知っている世界でも魔法に対して耐性のある人間はいたが、そのことを言っているのであろうか。

「ええと、ステータスのひとつで、生まれたときにこれがないと死ぬまで伸びへんねん。ほんで、魔防力がないとダンジョンの瘴気にやられてしまうんや」

「ふむ、この世界のダンジョンとはどんなものなのだ?」

 こうなれば聞き慣れた単語を利用して、疑問をひとつひとつ潰していくしかない。

 吾輩が知る限りであっても、ダンジョンには色々と種類がある。

 その中でも大きく分けて、有限型と無限型に区別することができる。

 有限型は、自然にできた洞窟や打ち捨てられた人工物にモンスターが住み着くことで形成されるもので、住み着いたモンスターを退治してしまえば制圧可能である。

 言い換えれば、制圧後に放置していれば再びダンジョン化することもあるが。

 対して無限型は、ダンジョンコアと呼ばれる物体がモンスターを生み出し続けることで形成されるものである。

 このダンジョンコアは、様々な理由で地中に滞留した魔力が固形化して発生するのが一般的な原理である。

 発生した後のダンジョンコアは、地中に存在する魔力を吸収・放出することでモンスターを生み出す。

 よって無限型と言っても、ダンジョンコアを破壊ないし地表に取り出せばモンスターの湧きは止まり、有限型と同様に制圧が可能である。

 まずは有限型か無限型かくらいは確認する必要があるだろう。

「ウチもその辺は詳しくないんやけど、ダンジョンコアとかいうのを使って作ってるゲームのことや」

「ダンジョンコアだと。ならば無限型ダンジョンか」

「無限型? ウチにはようわからんけど……」

 冒険者やダンジョンに引き続き、聞き慣れた単語が出てくる。

 意外とこの世界は、吾輩が今まで転移したことのある世界と多くの繋がりがあるようだ。

「うむ……やっと話が読めてきたな……」

 ダンジョンコアはモンスターを生み出す過程で魔力を放出する。

 その放出する魔力が無限型ダンジョン内には漂っており、耐性なく当てられてしまうと最悪の場合は死に至ることがある。

 冒険者には無資格でなれるが、無限型のダンジョンに潜るためには資格を設けている世界も存在する程である。

 まあ、あの程度の魔力は我々魔族にとっては痛くも痒くもないが。

 ともあれ、どうやらこの世界はダンジョンコアの発する魔力のことを『瘴気』と呼び、その瘴気に耐えられるだけの魔法耐性のことを『魔防力がある』と呼んでいるようである。

 そして、この世界では無限型ダンジョンに潜る以外に冒険者の仕事が存在していないため、『魔防力がある=冒険者になれる』となっているのであろう。

「しかし、なぜこの世界にダンジョンコアが存在しているのだ?」

 あれはそこそこ希少な物体であったはずだ。

 ダンジョンコアが存在していない世界も多いというのに、この平和な世界に存在しているのはあまりにも不思議であった。

「それはウチにもわからへん。というか誰も知らんのちゃうかな。別に知らんでもダンジョンには潜れるし」

「確かにそれは言えているな」

 志保の言う通りこの辺は割り切って楽しんだ方がよいだろう。

「しかし、そうなるとダンジョンは非常に危険ではないか。お前は十七歳にして死ぬ覚悟ができているのか?」

「は? 何言ってんねん。そんな覚悟あるわけないやろ」

「むむ……」

「あんな、さっきもゲームって言ったやろ。ダンジョンの中で倒されても死なへんし、救護室に戻されるだけやねん。装備もデータで持ってれば潜ったときに自動装備されるし。ウチもゲームはあんまり詳しくないけど、ARゲームとかいうのに近いんちゃうかな」

 志保の言っているゲーム云々の大半が理解できていないが、どうやら半分仮想、半分現実のような状況がダンジョン内で形成されているようである。

 ダンジョンコアを利用して作り上げた娯楽であるから、魔防力がないと死ぬなど現実への干渉を完全に防げていないことからも、そう予測できる。

 どちらにしろ、今まで出会ったことのないタイプのダンジョンである。

 これは本当に楽しみとして期待できそうだ。

「冒険者についてもう少し詳しく知りたい」

 ダンジョンについては粗方わかったので今度は冒険者そのものについて深く聞いてみることにする。

「何を教えたらええん?」

「検査に通れば誰でも冒険者になれるのか?」

「正確には満十六歳からやけど……ただ、冒険者にならん人もおる。他にやりたいことがあったり、冒険者に魅力を感じなかったり色々な理由で」

 なるほど。

 まあそれも当然だろう。

 吾輩の経験上、職業を自由に選べるというのはそうある話ではない。

 折角選べるのならば、魔防力があるにもかかわらず他の職業に就くことは、非難されるべきではないだろう。

 好きなだけ権利を謳歌すればよい。

「ウチはせっかく検査に通ったんやからって一年前に冒険者になったんやけど、もう辞めようかなぁって思ってんねん」

 志保が衝撃の言葉を発する。

 そんなことをされてはたまったものではない。

「どうしてだ?」 

「ダンジョンに潜っても勝たれへんし、そのせいで全然稼げへん。何よりも学校の友達にも恥ずかしくて大きな声で冒険者やってるって言われへんねん」

 ふむ。

 確かに村娘と評した見た目からして戦いに適した体格をしているとは思えないし、剣の腕があるようにも見えない。

 だが、冒険者一覧や街頭ビジョンで見た冒険者たちも、吾輩が今まで戦ってきた冒険者、勇者、戦士といった人種に比べたら遥かにひ弱な体格であった。

 なによりも、この世界で剣や弓などを所持して街を歩いている者を見たことがない。

「吾輩にはお前と他の冒険者との間にそれほど差があるように見えないのだが」

「アリアリや! 見てみいこのステータスアプリの表示を!」

 志保はスマホの画面を見せてくる。

 そこにはステータス画面というものが表示されていた。

 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル:1

 必要経験値:100(現在0)

 体力:15 《基礎5・レベル補正10》 

 攻撃力:18 《基礎3・レベル補正5・装備補正10》

 防御力:13 《基礎5・レベル補正3・装備補正5》

 魔防力:4 《基礎3・レベル補正1》

【装備】

 青銅の剣:攻撃力10

 青銅の鎧:防御力5

 …………………

「これは低いということでいいのか?」

「うん……めちゃくちゃ」

 志保が説明するには『基礎』というのは冒険者自身の身体能力を変換したものだそうだ。

 年間王者の常盤永久は消防士の仕事もしているため『基礎』の値が高いはずということである。

『レベル補正』というのは、レベルが上がるごとに追加されるもので、ランダム要素はなく全冒険者に定量で追加されるという。

 体力が+10、攻撃力が+5、防御力が+3、魔防力が+1ずつである。

『装備補正』というのはそのままだろう。

「しかしわからない」

「なにが?」

「この世界においてはお前くらいの体格でも普通だろう。となれば一部を除いて、基礎の値はどいつもこいつもこんなもののはずだ。レベル補正と初期装備も全冒険者に共通となれば、お前だけが苦労する意味がわからない」

 そもそも現在の志保のステータスでどうしようもない設定になっているなら、冒険者の強さや人気にこれほどの差が生まれるとは思えない。

「あー……それはその……」

「どうした?」

「実はな」

「ああ」

「最初のステータスでモンスターを倒せることはほとんどないねん」

「ならどうやっているんだ?」

「倒されへんなりに何回も挑戦して動画投稿して再生数を稼いで。ほんで装備を整えてからモンスターを倒してレベルを上げて成長していくんや。中にはダンジョン外で筋トレしてから基礎を上げてモンスターを倒すって企画で人気出た人もおるけど」

 動画投稿で人々を楽しませるとは聞いていたが、その再生数と装備の強化の因果関係がよく分からない。

「推察するに再生数が増えれば金が貰えるのか? 確かエンだったか」

「その辺も説明するな」

 志保は再びスマホを操作すると、以前三郎に見せてもらった冒険者の公式サイトを表示させる。

 そして、冒険者一覧のページではなく投稿動画のページを開いてくれる。

「ここで冒険者が撮影した動画を視聴できるねん。冒険者はダンジョン攻略に関係ある動画なら何でも上げることができる。ダンジョン内の戦闘とかさっきの筋トレとか。あんまり関係ない動画上げてると削除くらうだけやなくて、しばらく投稿できへんくなるけど」

 そう言いながらページを色々と見せてくれる。

 総再生数ランキングや注目ランキングに上がっている動画は数百万再生がざらである。

 中には数億再生の動画も存在している。

「この国の人口は一億二千万人前後と聞いているが」

「ひとりが複数見ても回数に計算されるし、動画を見るだけなら外国からも視聴できるし。ほんで動画の再生数がな、そのまま冒険者にはポイントとして付与されるねん」

「ポイント?」

「そのポイントを使って装備を整えることができるんや。他にもポイントを五分の一の値段で換金することもできるねん」

 なるほど。

 そうやって装備の強化をするか稼ぎにするかを選択させるバランスになっているのか。

 金を稼ぐためにそう簡単に装備更新はできないが、かといって装備更新をしないと稼げる動画を撮るのが難しい。

「投票による賞金以外は動画の再生数で稼いでいるわけだな?」

「例えばあの常盤さんですら、ずっと消防士と冒険者を兼業しとる。まあ、今では冒険者だけで食べてけるから消防士を辞めてもええんやけど、消防士も好きな仕事やからって続けとるみたいや」

 確かに仮に100万再生の動画を一本作っても得られる金は二○万円である。

 ハンバーガーやタクシーの物価から推察するに、それでは家族を養うには少々心許ないであろう。

 全動画の再生数がポイント付与の対象であるから、それだけのヒット動画を作る必要はないかもしれないが、逆にそうなると動画数が必要になる。

 冒険者というのはどの世界でも大変なのだな。

「となると投票の賞金が大きいのか?」

「うん。三ヶ月おきの投票の場合は10位までの人に、その区間で集まった収益が決まった比率で分配されるねん。ほんで年間順位の場合は金額固定で、例えば1位の人やと一○億円もらえるんや」

「つまりあの常盤永久とかいう男は一○億円を手にしたのか」

「ほんま夢のある話や……」

 それだけの稼ぎがあるエンターテイナーとなれば確かにスターと言っても過言ではないな。

 三郎の言っていた『潜って屠れるスター』というは本当だったようだ。

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