魔王と冒険者 その3
母親に言われた通りに靴を脱いで階段を上ったまではよかったが、そこから更に部屋に籠った志保としばしの籠城戦を行った。
結局、掃除をしてないから部屋に入って欲しくないと頑なに入室を拒否する志保を、母親に何とか説得してもらってやっと部屋に入る。
「これのどこが掃除できていないのだ?」
若い娘の部屋らしく、小物などが飾られており、室内は至って清潔に保たれていた。
物もしっかりと整理されている。
「真中さんは言葉を言葉の通り受け取る人なん?」
「どういうことだ?」
「うんん、気にせんとって。というかお母さんも変や……なんでウチを知らん男の人と部屋でふたりっきりにするねん……」
ぶつくさと文句を言っているが面倒なので放置だ。
しかし、こう言っては失礼だが見れば見るほど吾輩がなぜ惹かれたのか分からない。
肩くらいまで伸ばした黒髪は、この世界の女性の例に漏れず確かに綺麗である。
それ以外は一重瞼の瞳に、高くも低くもない鼻、薄めの唇に、細めの眉毛という容姿であった。
スタイルも抜群にいいわけではないが、十七歳という若さなだけあって女性らしいシルエットは維持している。
が、少なくとも街で志保を見ても、目を奪われたり、後を追ったりはしないだろうし、後まで印象に残ることもない。
かといって女性的魅力がないのかと言われるとそういうわけでもない。
強いて特徴を言えば、気色の悪い生き物を象った髪留めを着けているくらいであろうか。
確かあれは人間どもが食べることはおろか、触ることすら忌避していた『タコ』とかいう生き物であったと記憶している。
「さっきからジロジロとなんなん?」
「うーむ……なぜあのときはあれほどの衝撃を受けたのか……」
「何のこと?」
「いや、冒険者一覧でお前のことを見たときに今まで感じたことがない衝撃が走ったのだ。本人に会えば何かわかるかと思ったが……」
あのときと今の状況の違い……。
一覧で見たときには前後に他の冒険者がいて、今は志保だけが目の前にいる……。
「どうした?」
謎を解き明かそうと悩んでいると志保が手にスマホを握り締めて震えていた。
「も、も、もしかして私のストーカーじゃない……ですよね?」
何やらさっきまで言葉に存在していたズレが無くなっている。
確か『方言』と言ったか。
方言を忘れるほど何かに対して恐怖しているというのだろうか?
まあ、魔王である吾輩から滲み出る威圧感なら仕方ないか。
「ストーカー? なんだそれは? 吾輩はただお前に会ってみたくてここに来たのだが」
「や、やっぱりストーカーじゃないですか! け、け、警察に通報しますよ!」
志保が怯えながらもスマホを操作し始める。
その怯える姿を見て吾輩の中でカチッと何かがはまった音がした。
「ああ! なるほど! そういうことであったか!」
「ひぃ⁉ な、なんですか?」
「吾輩がお前に惹かれた理由だ」
「き、聞きたくないです!」
「まあそう言うな。吾輩は一覧で冒険者を見たとき、どいつもこいつもキラキラと輝いて、勇者や英雄に見えてならなかった。そんな中でお前を見たから衝撃だったのだ。そう、まるで村娘のようなお前に!」
吾輩は勇者や英雄という存在に辟易してこの世界に来たのだ。
だからそれと似たような奴らには自然と嫌悪感を抱いていたのであろう。
そんな中で地味な志保を見たことでグッと惹かれたのだ。
「それは褒めてるんか……」
呆れたような声を出しながらも、落ち着いたのか志保の言葉のズレが戻っている。
「魔王である吾輩を惹き寄せたというのは、魔王軍においては最大の褒め言葉だ」
「ヤバい奴や……こいつストーカーなんかよりもよっぽどヤバい奴や……」
焦っているのか志保のスマホ操作はおぼつかない。
だが残念だったな。
この空間から外部への連絡ができないように既に魔法で遮断している。
スマホで電話しようとしても誰にも通じんぞ。
「志保よ」
「は、はひぃ!」
「吾輩がお前を一番上の冒険者にしてやる。それが吾輩の新しい楽しみだ」
「そんなんいらんから帰ってや!」
全く遠慮なんぞしてからに。
さすがは村娘系冒険者なだけはある。
勇者たちにもこれくらいの謙虚さを身に着けてもらいたいものだ。
「え……ウソやん……なんで警察に繋がらへんの……」
どうやら志保がやっと気づいたようである。
何やら絶望したように座り込んでしまう。
そんなにも魔王としての威圧感が出ていたであろうか?
吾輩の外見は悪くない見た目にしているし、態度も十分に柔らかくしているのだが。
「そう怯えるな。別に取って食おうというわけではない。お前に協力するのも吾輩の道楽であるから対価はいらん」
「わけわからん……ほんまなんやねん……なにもんなんや……」
「吾輩は真中王太郎だ。別の世界では魔王をしていた」
「魔王ってなんやねん」
魔王とは何かか。
いずれ聞かれるだろうと思っていたが、いざ問われると何と答えたものかと悩んでしまう。
「魔族の王だ。それ以上でもそれ以下でもない。モンスター共と一緒にさえしなければ問題ない」
「あはは……そうなんか……」
どうやら吾輩のことを理解してくれたようだ。
一歩前進というところか。
「もう……あかん……」
志保はその場に倒れてしまう。
「人間には吾輩との会話も大変だったか。仕方あるまい」
志保を抱え上げてベッドへと寝かせてやる。
今日のところはこれで引き下がろう。