魔王と冒険者 その2

 道中の人間に道を尋ねながら、何とかある建物の二階に入っていた冒険者事務局へと到着する。

 道を尋ねようと女性に話しかけると、そのままお茶でもしないかと誘われることが多かったので、途中からは男にばかり話しかけていた。

 何故かそれはそれで女性の視線を集めてしまった。

 この世界というのはまだまだ謎に満ちている。

「おい、ここは冒険者の事務局とやらで間違いないか?」

 ガラス張りの扉を開けて目の前にいた職員らしき女性に話しかける。

「ええ、そうですけど」

「昨年の年間順位340位のかけという冒険者に会いたい。どこにいる」

 吾輩の問いかけに職員の女性は不審な顔をする。

「申し訳ございませんが、個人情報保護のために冒険者のそういった情報を教えることはできません。公式サイトで公開している情報か、冒険者個人が開示している情報のみで我慢してください」

「なんだと?」

「あなたのように冒険者に会いたいというファンの方は多いんです。ですが、全て同じような対応をさせてもらっていますのでご了承ください」

 それだけ言って、胸に『ふるたに』と書いたプレートを付けた職員は立ち去ろうとする。

「ちょっと待て」

「まだ何か?」

 ジッと古谷の目を見つめる。

 どうやら昼時で他の者は出払っているのか、今は彼女しかいないようなので好都合である。

「な……なんですか……?」

「吾輩に掛田志保の居場所を教えろ。いいな?」

「……はい。少々お待ちください」

 よしよし。

 洗脳の魔法を掛けられた古谷は奥にある自分の机に戻って行く。

 そして、机上に置いてあったよくわからない機械を操作したかと思うと、今度は立ち上がって離れた棚に置かれた別の機械の前に移動する。

 その機械から排出された紙を持って戻って来る。

「これが掛田志保さんの個人情報です」

「うむ。助かった。ところであの機械とあの機械は何というのだ?」

「パソコンとプリンターですが……」

「そうか。それでここにはどうやって行けばいい」

 住所の情報を得たのはよいが、吾輩にはこの住所の指し示す場所がどこなのか分からない。

 誰かに連れて行ってもらうしかあるまい。

「電車で行くか、タクシーで行くかですね」

「むむむ。よくわからん。道に迷わないのはどっちだ」

「タクシーなら家の前まで行ってくれるので確実ですけど」

「それは今すぐ手配できるのか?」

「できますよ。ちょっと待ってください」

 古谷はスマホを取り出すと耳に当てる。

 たしか三郎が『電話』という通話のできる通信手段だと言っていたな。

 やはりこの世界は科学技術の発展が凄まじい。

 吾輩の知る人間の長距離通信手段といえば、手旗か狼煙であった。

「近くを空車が走っているので、十分くらいで来てくれるそうです。外で待っていてください」

「色々と世話になった。礼は後日するから待っていてくれ」

「わかりました」

 三郎と同様に褒美を取らせることを約束して吾輩は事務局を出る。

 しばらく建物の外で待っていると、緑色をした自動車がやって来る。

 自動車そのものは三郎に教えてもらっていた。

 しかし、馬を使わずに走るとは何とも不思議な乗り物だ。

「タクシーを頼んだ方ですか?」

 窓を開けて運転手が問いかけてくる。

「そうだ。よろしく頼む」

 吾輩の返事を聞くと、乗れとばかりに後部のドアが自動で開く。

 感心しながら乗車する。

 内部の座席も随分と座り心地のよいものであった。

 これを貴族でもない庶民が利用できるというのであるから驚きである。

「お客さん。どちらまで?」

「ここまで頼む」

 掛田志保の住所が書かれた紙を示す。

「了解しました。では、発進します」

「お、お、おお!」

 車が走り出したことを体に掛かる圧力で感じる。

 道が舗装されているためか、馬車よりずっと乗り心地がよい。

「お客さん、申し訳ないけどもう少しだけ静かにしてもらえないでしょうか。運転に支障が出ますので」

 興奮した声を上げていたら注意されてしまった。

 ぐっ、魔王軍の者なら牢屋に一週間はぶち込んでやるのに。

 だが、ここで揉めても仕方がないため、大人しく従っておいてやる。

 しばらくタクシーに揺られていると、住宅街のとある家の前で停車する。

 窓から確認すると門に『掛田』と表札が掲げられていた。

 掛田志保の家で間違いないだろう。

「お客さん、着きましたよ」

「そうか。助かった」

 外に出ようとするが、ドアが自動で開かない。

 どうしてかと思い運転手に視線を送る。

「お客さん、お金払ってもらわないと」

「うむ……それもそうか……」

 普通に考えればその通りだ。

 あちらでは我輩専用の馬車があったので運賃など払ったことはないが、一般人は馬車に乗るときに運賃を払う。

 なれば、このタクシーとて同じなのだろう。

「すまないが、今は持ち合わせがない」

「なんだって⁉ 警察を呼ぶぞ!」

「落ち着け。今から取ってくるから少し待っていろ」

「なんだよ偉そうに。早くしてくれよ」

 こうして、何とかタクシーから掛田家の前に降り立つ。

 さて、どうすればいいのか。

 この世界での訪問の礼儀までは三郎に聞いていなかった。

「うん? これは……」

 ふと門を見ると、ネームプレートの下に呼び鈴と書かれたボタン付きの四角い機械が設置されていた。

 これを押せばいいのだと理解してボタンを押す。

『はい。どちら様でしょうか?』

 四角い箱から女性の声が聞こえてくる。

 電話の一種であろうか。

 これは外敵に身を晒すことなく外が確認できて便利な道具だ。

 魔王城に是非とも設置したいところである。

「吾輩は……吾輩は……」

 しまった。

 なんと名乗ろうか。

 魔王と言ってもこの世界では通じないだろう。

「そうだな……ま……」

『ま?』

なかおうろうだ」

 ふむ。

 我ながら悪くない偽名ではないだろうか。

 魔王の要素も残しつつ、この国に多い名前のパターンも踏まえている。

『真中さんですか? すみませんけど、誰に用事でしょうか?』

「掛田志保に用事がある」

『志保にですか? 失礼ですけど志保とどういう関係でしょうか?』

 なんとも面倒なやり取りだ。

 魔王が会いたいと言っているのだから会わせればいいものを。

 しかも相手の目が見えないので洗脳の魔法も使えない。

 四角い箱の素晴らしさを身をもって体感する。

「……冒険者事務局の者だ」

 思いついた出まかせを口にする。

 まあ、冒険者事務局から来たのだから全てが嘘というわけではない。

『何か証明になるようなものはありますか? カメラに見せてください』

 それでも女は食らい付いてくる。

 どうしたものか。

 身分証明書など持ち合わせてはいない。

 面倒であるから、いっそのこと魔法でドアを破壊して乱入してやろうか。

「お客さん、お金まだかい?」

「うるさい! もう少し待て! ……ほう」

 やかましい運転手に反論しようと振り返ったときである。

 車内に置いていたあるものに目が留まる。

 それを手にすると機械に取り付けられたレンズの前にかざす。

「今見せることができるのはこれだけだ」

『あっ、すみません。本当に冒険者事務局の方だったんですね。今出ますので少々お待ちください』

 吾輩が提示したのは古谷に貰った掛田志保の個人情報が書かれた紙であった。

 紙には詳細な個人情報だけでなく『冒険者事務局』の文字が記されていたのである。

 何とか騙せたようだ。

「お待たせしました」

 家から出てきたのは、先ほどまで対応していた声と同じ声の女性であった。

 ただ、この女性は冒険者サイトの一覧で見た志保ではない。 

 外見の年齢からして、おそらく志保の母親であろう。

「すまないが、こいつに運賃を払ってやってくれ」

 出会い頭に洗脳の魔法を掛ける。

「はい。わかりました」

 志保の母親らしき女性は一旦家に戻ると、財布を持って戻って来る。

 そしてタクシー運転手に代金を払ってくれる。

「お客さん、次からは乗るときに到着先で金を払うこと言ってよ。じゃないとトラブルになるからな」

 それだけ言い残してタクシーは走り去っていく。

 ……今思えば洗脳の魔法を掛ければよかった。

 もしもまた会うことがあれば、今日のをしてやらねば。

「助かった。ところで、お前は掛田志保の母親か?」

 気を取り直して目的達成のための活動を再開する。

「ええそうです」

 吾輩の読み通りであった。

 母親は背中の中頃辺りまで伸ばした、少し茶色がかった髪をひとつに纏めている。

 この世界に来てからというもの、髪の長い女性を多く見てきたが、どれもこれも手入れがされている。

 それだけでもニホンの生活水準の高さが窺えた。

「では掛田志保に会わせてもらおう」

「わかりました。どうぞこちらへ」

 招かれるままに家に入って行く。

 魔王城と比べるまでもない小さな玄関口であったが、清掃は行き届いているようである。

「しほー! お客さんよ!」

 二階へと続く階段に向かって母親が呼びかける。

 すると少しして上階の廊下を歩く音がする。

 階段を途中まで降りて来た女を見て、吾輩が探していた人物に違いないと確信する。

「おお……まさにこの娘だ……」

「えっ? 誰?」

 吾輩を見た志保は固まっていた。

「冒険者事務局の真中王太郎さん。志保に話があるんだって」

「は、はぁ」

 何が何だかという感じである。

「ともかく、部屋で志保とふたりで話をさせてもらおう」

「どうぞ。志保、真中さんを部屋に案内してあげて」

「え、えええ! ちょ、ちょっと待ってや!」

 志保は慌てた様子で二階へと引き返して行く。

 吾輩はその後ろについて階段を上がろうとする。

「あ、真中さん! 靴!」

「む……」

 いざ行かんというところで母親に呼び止められてしまった。

 どうやら土足厳禁のようである。

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