第一話 男子校は男子校なので女子はいない その1
『傑、共学校は最高だぜ』
入学から数日後の夜、中学時代の友人からそんな電話がかかってきた。
電話の相手は
本人の見た目は、若干パリピ感があり好みが分かれるものの、友達想いで優しい好青年である。あるのだが――。
『季節を雅に彩る春の風……それに乗り駆け抜ける妖精……その結果翻るパンチラ……そんな美しき光景を生み出す春の妖精に感謝の気持ちを込め、健全な男子である俺たちは、心を一つにして叫ぶのさ。YO☆SAY! と』
「いや、翻るのはパンチラじゃなくてスカートだろ」
『あ、イッケネ☆』
生来のお調子者的言動と、エロを交えた思春期ポエムのせいで、良いところが濃霧に紛れて全く見えない。特に女子に。
性格も見た目も悪くないのに、全くモテない残念キャラ――それが、持内常二という俺の誇るべき友達である。
『傑も来ればよかったのに。最高だぞ、うちの学校。女の子かわいいし』
「無理だって。お前は知ってるだろう? 俺の体質を」
『…………………………ああ、うん。もちろんだ』
「忘れてたなら素直に言えよ」
『いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと、記憶の引き出しを見失ってな』
「それを世間一般じゃ忘れたっていうんだ」
ため息交じりにそう返した。
友達に忘れられていたことと、改めて体質の話題を出したこと。
二つのことが原因で一気に精神的な疲れが押し寄せてきた俺は、そのまま背後にゴロン――ベッドに寝転がった。
「あのな、モッチー」
溜まった疲れを吐き出しながら俺は語る。
「女性アレルギーの俺が、どこをどうしたら共学に通えるんだよ?」
女性アレルギー――読んで字のごとく。
俺、灰原傑はこの体質のせいで、同年代女子のいる共学校には通えず、女子が一人も存在しない男子校に通わざるを得なかった。
俺も思春期を迎えた多くの男子と同じく、女の子が好きなので、女子がいない環境への進学を決めたのは、わりと苦渋の決断だったということは語るまでもないだろう。
十数秒触れるだけで、発作が起きるのだから仕方ないよな。
まあ、今となってはこの学校に進学してよかったと思えているから別にいいけど。
趣味と性癖フルオープンな環境は、自由と平等を感じてすごく楽しい。
『傑の学校ってなんて言ったっけか? たしか新設校だったよな?』
「尾ノ上男子高校だよ。お前の言う通り第一期生だ。だから先輩がいない。本来三学年全員で使うはずの施設が、一年だけで独占状態ってわけだ」
『ほう、それはちょっと羨ましい』
「ついでに入学者も半分くらい定員割れしたらしくてさ。本来八クラスのところが四クラスしかない。だから生徒に与えられる一人当たりのサービスがさらに本来の二倍だぞ。合わせて六倍だ。お得だろ?」
『ああ、経営陣以外にとってはとてもお得だろうな』
「うちの学校、資金難で廃校とかないよな?」
経営陣には来年生徒数確保に向けて頑張ってもらいたい。マジで。
『お得っていうけど、具体的にどんなふうにお得なんだ?』
「そうだな……生徒一人に一つずつ、更衣室に着替えスペースのある専用の鍵付きロッカーがあったりとか、シャワールームも個室で着替えスペースがあったりとか、トイレが全室完全個室で音感センサー自動ドア付きな上に便座システム完備とか、座るとメロディーが流れるとか、俺にはあまり関係ないけど全運動部に専用の洗濯機があったりとかかな」
『何だそれ? ものすごい贅沢だな』
「だろ? 正直、こんな好き放題に学校施設を使える時点で、俺はこの学校に進学してよかったと思ってる」
『それはわからないでもないが……でも、やっぱり俺的に女子がいないのはな』
「二次元ならいるぞ。毎朝全裸、もしくは着エロな恰好で、全力で淫語ワードで挨拶してるよ。スマホの中から」
『なにそれ? すごい楽しそう』
羨ましそうな声でモッチーが言った。
我が教室では毎朝、個人個人が好きなエログッズやオタグッズを持ち込んでいたり、大音量でエロゲをプレイしていたり、エロアニメを閲覧していたりする。
女子の目がある共学校では決してできない、自由に溢れたこの環境は、リアルの女子に触れられない俺にとってはありがたい。
それを抜きにしても、自分を隠さなくていい正直で自由なこの環境は、見た目はアレかもしれないが、とても素晴らしいものだと思う。
ホント、男子校は最高だぜ。
『そういえば、傑は友達はできたのか?』
「ああ、三人ほどな。そのうち一緒に遊ぼうぜ」
『おう、その日を楽しみにしている』
この後、十分ほどお互いの近況を語り通話を終えた俺は、親父と夕食を摂る。
普段とは違う真剣な顔をした親父の口から再婚の話が出てきて、俺が夕飯のカレーを噴き出したのはまた別のお話。
* * *
「お願い、あのことは黙ってて!」
突然屋上に呼び出された俺は、クラスメイトの
黙っててほしいことというのは、如月が実は女の子だったということに他ならない。
いやあ、全くあれには驚いたよなあ。
腹が痛くなって駆け込んだトイレの先で、まさか女の子に遭遇するとは。
しかも、それが普段女子に囲まれている、クラスカーストトップのイケメンくんだったなんて、何と言うエロゲ的展開だろうか。
「どうか、お願いします……オレにできることは、何でもするから!」
今にも泣きそうな目で俺を見上げる如月。
……こいつ、よく見たらすげえかわいいな。
制服でわかりにくいけど、腰とかしっかりくびれてるし、尻もいい感じの形だし。
何より昨日見た胸はデカかった気がするし、女子として見るなら文句なしにかわいいと言えるだろう。
「お願い……〇〇くん」
か細い声で、俺にそう縋り付く如月。
うん……胸と太ももが当たってるな。柔らかい。
さて、俺はどうするべきだろうか?
①黙っている代わりに友達になって欲しいと言う。
②黙っている代わりに金をよこせと言う。
③黙っている代わりに今すぐ脱げと言う。
▶④とりあえず襲う。おせっせ大好き&性に興味津々な俺ちゃん。
翌日の八時半ちょっと前――人混みで女子に触れることを避けるため、いつものように早めに登校した俺を待っていたのは、いつもの光景だった。
クラスメイトの一人が、自分の席で堂々とスマホでエロゲーをプレイしていた。
光景自体はもう見慣れたもので、俺を含めた登校済みの生徒全員、特になにもツッコまない。しかし俺はそのプレイ内容に一言モノ申したい。その選択肢は①だぞ。
ヒロインの男装女子の悲鳴と罵倒が喘ぎ声になったあたりで、昨夜の親父の衝撃の告白のせいか、少々寝不足気味だった俺は自分の机でウトウト。
心地よい春の日差しのせいで、自然と瞼が重くなりまどろみ始める。
ホームルームまで少し寝ようか?
「おはよう傑。もしかして寝ているのかな?」
意識を手放そうとした瞬間耳に入ったのは、中性的な甘い声だった。
女子なら聞くだけでテンションが上がりそうな声に引っ張られ、俺の意識は急速に浮上する。
「いや、起きてるよ。ギリだけど」
「ゴメンよ、もしかして寝るところだったかい?」
「そうだけど大丈夫だ。そのぶん授業中に寝ればいいさ」
「いや、全然よくないじゃないか(笑)」
俺の冗談に真顔で返したのは
この学校の理事長の孫――つまり金持ちキャラだ。
しかしこいつは金持ちキャラにありがちなイケメンくんのくせに、性格は優しく温厚。傲慢さなんてひとかけらもない。例えるなら正統派の王子さまと言ったところか。
時々他校の女子生徒から、熱い視線を送られていることがあるので、たぶん間違っていない。
そんな完璧超人と、モブ山モブ男な一般人の俺が友達だというのだから、世の中いろいろと不思議だよな。
「うちの学校、一応進学校って触れ込みだからね。授業はしっかり聞かないと。後でついていけなくなっても知らないよ?」
「そうなったらお前が教えてくれよ。友達のよしみで」
「もう、しょうがないなあ。ま、傑には恩もあるし、いいよ」
千尋は苦笑いしながらそう言うと、
「あの時の傘の代金分、ボクがしっかり教えてあげる」
あの時というのは、俺と千尋が仲良くなるきっかけになった入学説明会のことだ。
大雨だったあの日、傘を忘れて困っていた千尋を、傘に入れて一緒に帰り、それがきっかけで友達になったのだ。
初対面の人間、しかも男同士で相合傘はちょっと思うところもあったりはしたが、やはり困った時はお互い様だ。
これがきっかけで友達もできたし、やはりやってよかったと思う。
「でも、授業中に寝るのは、理事長の孫として見過ごせないな。せめてちゃんと起きててほしいんだけど」
「そうは言っても眠いものは眠いんだよ。昨日ちょっとしたこともあってさ」
「ちょっとしたことって?」
「ああ、実はウチの父親が今度再婚するらしいんだ」
「へえ、そうなんだ。おめでとうと言わせてもらうよ」
千尋は笑顔でそう言った。
「ちなみに、相手の人にはもう会ったのかな?」
「いや、写真だけだ。なんていうか、ロングヘアーの美人さんって感じだったな。親父より三歳ほど年下らしいんだけど、全然そんなふうに見えなかった。おばさんって感じじゃ全然なくて、むしろお姉さんってイメージかな」
「……ふーん」
俺の言葉に相槌を打つ千尋が、どことなく不満げに思える。
表情は全然変えていないのに、なんというか、オーラがくもったというか。
「あんな美人と再婚するなんて、親父も隅に置けないって思ったよ。俺もいつかあんな感じの、同年代の美人と恋とかしてみたいもんだよ」
今すぐは無理だけど。
男子校っていう環境もあるけど、それ以上に女性アレルギーを治さないと不可能だ。
女子に触れた瞬間発作が始まり、十秒も触れていればもう手遅れ。アレルギー発動からのごめんなさいコース待ったなしだからな。
医者が言うには免疫機能は働いているから、慣れさせていけばそのうち治るという話なので、できれば高校在学中に何とかしたいところである。
「そんな美人さんと一緒に住むとなると、思春期少年的には大変なんじゃないの?」
「馬鹿言え。いくら美人とはいっても相手はすごく年上だし、義理の母親になる人だぞ。そういう気持ちは湧かない」
「そっか!」
千尋が大きめにそう返してきた。
どことなく、くもっていたオーラが再び輝いてきたような気がしないでもない。
「な、なら傑、ちょっと聞きたいんだけど」
千尋が上目遣いで俺を見つめながら、
「傑がそういう気持ちが湧いちゃう人って、どんな感じの人?」
「はあ?」
思わず怪訝な表情になってしまった。
「え? お前聞きたいの? 俺の恋愛観とか恋バナとか聞いて何が面白いんだ?」
自慢じゃないが、俺は勉強そこそこ運動それなり、顔はオール平均点のザ・フツメンである。
いや、女性アレルギーもあるし、むしろフツメン未満と言ってもいい。
千尋みたいなイケメンの恋バナならわからないでもないけど、俺みたいなヤツの恋バナなんて聞いて面白いんだろうか?
すげえ普通で面白みなんてなさそうに思えるけど。
「べ、別にいいじゃないか。ねえ聞かせてよ? ボク知りたいなあ、傑のそういう話」
「まあ、話して損するようなものでもないし、別にいいけ――」
「なになに? 何の話?」
「察するに、好みの異性の話と言ったところか?」
語ろうとしたところで突如教室のドアが開き、二人ほど話に乱入してきた。
背が低くてショートカットのほうが
二人とも高校でできた、俺の友達である。
「ねえねえ、傑、早いとこ聞かせてよ? オレも傑の好み興味あるなー」
「右に同じ。私も興味津々だな」
「え、お前たちも聞くの?」
「にひひ~♪ いいじゃんか。オレたち三人、相合傘で帰った仲でしょ?」
友達になるきっかけとなったエピソードを持ち出し、楽しそうに伊織が言う。
「他のクラスメイトよりも、相合傘という濃い絆で結ばれた私たちだ。隠さず行こう」
実は相合傘のエピソードは、俺と千尋だけのものではない。
あの日困っていたのは千尋だけでなく、伊織と忍も同様で、傘がなくて困っていた三人を、唯一傘があった俺が声をかけ、三人を拾って一緒に帰ったというのが真実なのだ。
一本の傘を四人でシェアしたものだから、ラグビーのモーグルみたいで大変だった。
頭以外は普通に濡れたし、奇異の視線がすごかったんだぜ。
「友とのこういう語らいは楽しいものだ。是非参加させてくれ」
「その通りだよ傑。もったいぶらずに、さあ話そうじゃないか」
「傑が言ったらオレたちも言うからさあ。ね?」
三人にそう促され、俺は語り始める。
「じゃあ……そうだな、まずは俺の彼女イナイ歴だけど、それを明確に言うと悲しいことになるからそこは省略するとして」
「「「年齢か」」」
「だから言うなっての」
せっかくボカしたのに台無しだ。
「好みのタイプはどっちかっていうとショートかな。ロングも好きだけど、ショートでしか見えない女の子特有の首の細さっていうか儚さっていうか、なんかそんな感じのトコが結構好きだ。すげえ後ろから抱きしめたい」
俺の言葉に反応し、三人の首が小さく縦に揺れる。
「性格は元気なのとおしとやかなの、どっちか極端なのが好きだな。元気っ子少女がふとした時に見せる女の子っぽさにめっちゃグッとくるし、おしとやかな子の守ってあげたくなる系の儚さも捨てがたい」
三人は真剣に話を聞いてくれている。
軽いノリで始めたのに、こうも真面目に聞いてくれるとなんか楽しくなってくるな。
「だけどやっぱり元気っ子タイプのほうが特に好きかな、俺は。現実にはまずあり得ないけど、特に好きなシチュはアレだ。男だと思っていた昔の友達が実は女の子で、めちゃめちゃかわいく成長していてドキドキするパターン。友達っていう認識が一気にひっくり返って、距離感がわからなくてドキドキしちゃう系ラブコメが特に好きなんだよ、俺。さらにそのボーイッシュ元気っ子が巨乳なら言うことなしだ。自分の魅力に無自覚な、ショートカットのボーイッシュな元気っ子IN巨乳が俺のドストライクゾーンだな」
以上、俺の好みのタイプのお話でした。
現実にはありえないシチュを持ち出して語るのも、性癖フルオープンで語るのも、ここが男子校だからできることだ。
共学だと女子の目があるから、ここまで開けっぴろげに言うことはできない。
自分の心に嘘をつかなくていい男子校は、やはり最高と言うべき他ないと思う。
「俺の話は以上。さ、今度はお前たちの番だぞ」
そう言い、今度は俺が前傾姿勢になる。
「まさか俺にだけ言わせて自分は言わない、なんてことないよな?」
「あるわけないでしょ。オレもちゃんと言うってば」
俺の軽い挑発に伊織が答えた。
千尋と忍もそれに合わせて頷く。
それじゃあ聞かせてもらおうか。
お前たちの好みのタイプってヤツを。
「オレの好みのタイプは、そうだな……」
頬に人差し指を当てながら、伊織が考える。
「うん、やっぱり王子様みたいな人かな」
「王子様? お姫様じゃなくてか?」
「え? あ、そうそう。やばい間違っちゃった。お姫様みたいな人だ、うん」
おいおい、そこ間違えるか普通?
「王子――じゃなかった、お姫様みたいなかっこよさを持つ人にキュンとくる、かな?」
「ふーん」
ちょっとツッコミどころがあるけど何も言わない。
お姫様がかっこいい物語もちゃんとあるし、どう思うかは個人の自由だろう。
「オレは、結構独占欲が強いタイプだと思う。好きになったら結構一途だから、そんな人が現れたらなんとしてもゲットしようと思うだろうな。そう、どんな手を使ってもね……」
一瞬、伊織から殺気のようなものを感じた。
たぶんガチだな、これは。
言葉に込められた本気度を、千尋と忍も感じている。
「オレの好みはこんなところ。忍は?」
「む、私か? 私はご期待に添えなくて申し訳ないが、特に好みとかはないな。好きになった人が好みとしか言えん」
「おいおい、そんな答えでOKが出ると思うのか? 俺なんかめっちゃ性癖フルオープンで語ったんだぞ。もっと心を解き放とうぜ」
「そうだそうだーっ」
忍の答えのあんまりさに、伊織からも不満の声が上がる。
「せめてもう少しなにかないの?」
「そうだな、やはりありきたりだが、優しい人だろうか? 見た目は本当にどうでもいいんだ。一緒にいて安らげる優しさを持つ人が私は好きだ」
これでいいかと忍が俺たちを見る。
まあいいだろう。
それじゃあ最後は千尋だな。
「同じ答えになっちゃうけど、ボクも忍と一緒で優しい人かな」
「おいおい、シンプルな上に答えが被るとかアウト――」
「大きな家だからね。本当の意味で優しくしてくれる人が、両親以外にはいなかったのさ。父はすでに他界してるし、母は仕事ずくめだし、おまけに祖父母はアレすぎて……うん、これはいいかな」
「……セーフでいいです」
こんなのアウトにできるわけねえだろ。
千尋の好みの話は、想像以上に重かったかつアンタッチャブルだった。触れてはいけない。
伊織と忍も俺と同じ意見のようで、内容についてツッコまない。
「雨の中、傘を忘れたボクに、そっと傘を差しだしてくれるような、そんなさりげない優しさを持つ人が好きだよ」
「あ、うん……そうなのか」
「うん、そうなんだ」
「そうかー……そうなのかー……」
「それはまた、さりげないな……」
それ以降、俺たちは何も言うことができなかった。
千尋の持ち込んだ重さで身動き取れなくなった俺たちは、ホームルームが来るまでひたすら自分の机で居眠りを続けることとなった。