第一章 その6

 なんてことを深夜までやってたせいか、今日の卒業式は異常に眠かった。

 女子連中は感極まって泣いてたけど、俺は逆に欠伸を噛み殺して涙が出た。

 とまあ、そんな卒業式も終わり、クラスの打ち上げで一通り盛り上がり帰宅をすれば、それはそれでひと悶着あるのが、今の我が家だ。

「あ、あ、あああ!?」

「え、何?」

 帰って早々なんでそんなに奇声を上げられなきゃいけないの?

「は、はは、春斗! 何それ!?」

「何それって。こっちが聞きたいんだけど。どうしたのさ、夏希姉ちゃん」

 何をそんなに驚いてるの?

「それ! それだよ!! どうしたの、それ!!」

「……それって、どれ?」

 そんな指さされるばっかりじゃわかんないって。

「冬華姉さん! 秋奈姉さん! 春斗が第二ボタン取られてる!!」

 あー、そういう。え、ていうかそれってそんなに大々的に報告するようなこと!?

「今の本当ですか!?」

「どういうことー?」

 うわ、しかも2人とも走ってくるし。

 何その注目度。逆に恥ずかしいんだけど!?

「ほら、ほら見て! 第二ボタン! ない!!」

 夏希姉ちゃん。興奮し過ぎて言葉使いが怪しくなってるから。

「本当だー。どうしてー?」

 おや、秋ねえの声がいつもよりちょっと刺々しいぞ?

「これは、しっかり確認する必要がありますね」

 だから何で冬華姉さんまでそんなこと言い始めるのさ。

「第二ボタンなら、幼馴染に上げたよ」

 というか、持っていかれた。ものすごい勢いでこっちに来たかと思ったら、俺が何か言う間に取ってくんだもんな。嵐のようだった。

「お、幼馴染って女の子!?」

「あ、うん。そう」

 ていうか男だったら俺が嫌だ。あんな勢いで第二ボタンを持っていったのが男なんて、それこそ何なんだって話だ。ていうか、あいつも言ってくれれば普通に渡したのに。

「どこのどなたですか!?」

「うちから10分ぐらいのとこに住んでて、幼稚園からずっと一緒にいる子。進学先も一緒だから、もうちょっとしたら義姉さんたちも会えるよ」

 4月には俺と同じように、夏希姉ちゃんの後輩で、冬華姉さんの生徒になる。

「へー。一緒の高校に進学するんだー。ちなみにその子とは仲いいのー?」

「ああ、まあ。普通かな。毎朝待ち合わせして登校してるし」

 夏希姉ちゃんと別れた後、合流してから行くのが習慣になっている。

「しゅ、集合!」

 え、え、何? 夏希姉ちゃん、それ何の号令?

「春斗君は早く制服を着替えてきてください」

「え、でも」

 集合じゃないの? 俺だけのけ者?

「いいからー。私たちはこれから大事な話し合いなのー」

「あ、はい」

 えー、なにこれ。

 俺、今日卒業式だったんだけど……。


 結局その日、義姉さんたちが何を話し合ったのかも教えて貰えないままに、俺は少し長めの春休みを過ごしていた。そんなある日曜日の午後、

「うん! 似合ってるよ、春斗!!」

「かっこいいよ~」

「写真! 写真を撮りましょう!」

 ……何これ。

「高校の制服が届いたから試着しただけなんだけど……」

 着てみたからリビングにいる義姉さんたちに見て貰おうと思っただけなのに。それがなぜこんな大騒ぎに……。ていうか、そんなに連写するほど!? 恥ずかしいんだけど!?

「この間までの学ランもよく似合ってましたが、ブレザーはブレザーでいいですね」

 いや、はい、あの……。新手のいじめか何かですか? 俺を羞恥心で殺そうとしてますか!?

「私も制服着てきたよ!」

「なんで!?」

 いや、写真を撮ってる冬華姉さんはまだいい。よくないけど、まだ理解出来る。でも、わざわざ制服を着てきた夏希姉ちゃんは全く意味不明なんだけど!?

「春斗。お揃いだね!」

「ああ、うん。そうね」

 他に何と応えろと!? いや、嬉しそうにしてくれるのはいいんだよ? 可愛いし。でも、このシチュエーションはわけわかんないよね!?

「いいな~。私もはる君とお揃いしたい~」

 あ、ここにわかっちゃう人がいましたか。俺にはさっぱりわかんないけどな!!

「早く入学式の日にならないかな。そうすれば毎日、春斗と一緒に登校できるようになるのにね!」

「そ、そうだね」

 それはとても素敵な日々だと思うけど。ごめん、今の夏希姉ちゃんのテンションについていけない。

「むむむ。私も時間を合わせれば春斗君との同伴出勤が可能に……?」

「その言い方は誤解を生みそうだからやめよう」

 そして真剣に悩まないでください。そんな理由で毎日遅刻なんて、家族として許せるものじゃないからね?

「高校って再入学出来なかったっけ~?」

「いや、何言ってるの!?」

「だって~、私もはる君と一緒に高校生活送りたいんだもん~」

「そんな可愛く言ってもダメだからね!?」

「えへへ~。はる君に『可愛い』って言われた~」

「言葉の綾ってご存知ですか!?」

 文脈を汲み取って! 頭いいはずでしょ、秋ねえは!!

 ていうかさ、マジで何なのこれは……。制服の試着をしただけでこんな大騒ぎって、一体何事? それとも姉弟がいる家庭ってどこもこんななの?

「ほら、もう着替えるから。ちょっとどいて」

「えー、もっと見てたいのに」

「それこそ来月から飽きるほど見れるでしょ」

「あはは。それもそうか」

 全く。何をこんなにはしゃぐ必要があるんだか。

「着替え手伝ってあげようか~?」

「それは真面目に勘弁して」

 俺が年頃の男子って事、わかってる……?

「そっか~、残念~。また今度だね~」

 うーん。全然わかってなさそう。

「それにしても、春斗君が高校生ですか」

「いきなりどうしたのさ」

 そんな感慨深そうにしちゃって。

「いえ、成長しましたねって思ったら感動してしまいまして」

「出会って三か月も経ってないのに何言ってるのさ」

「人間関係で重要なのは、過ごした時間の長さではなく、深さですよ」

 おお、なんか名言っぽい。冬華姉さんのことだから、どっかのゲームからの引用かもしれないけど。

「そう言えば春斗って部活とかどうするの?」

 夏希姉ちゃんの質問に内心ドキッとする。

「え、なんで?」

 恐る恐る聞いてみる。

 まさか、部屋に隠してる“アレ”を見られたりしてない、よな……?

「特にやりたいことないなら、生徒会とかどうかなって思って」

「夏希姉ちゃんのパシリになれと?」

「言い方ー! そんなのじゃないよ。ただ、そうすれば春斗と一緒にいられる時間も増えるかなって思ったの!!」

「あはは。ありがとう。考えてみるよ。さてと、それじゃあ着替えてこようかな」

「え~、もうちょっと~」

「十分堪能したでしょ」

 あんなに写真まで撮ったんだから。

 そうして駄々をこねる義姉さんたちを振り切り、早足にリビングを去り部屋へと戻る。試着した制服を脱ぎながら思い返すのは、夏希姉ちゃんから言われた一言。

『そう言えば春斗って部活とかどうするの?』

 深い意味はない問いかけ。それでも俺が内心焦ったのは、知られたくないと思ったからだ。

 制服を仕舞うために開いたクローゼット。そこにはジャケットなんかを吊るしている他、衣装ケースも置いている。

 季節ものの服を仕舞っているものだが、その一番上の段には誰にも見られたくない“秘密のノート”を隠している。

 そして、それこそが俺が高校でやりたいと密かに思っていることに関係している。

 義姉さんたちが来てからこっち、バタバタしていて開くことはなかったノートを久しぶりに手に取る。ペラリとめくった一ページ目。そこにはこう書かれている。

『独自調べ。アニメの作り方まとめ』と。

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