第一章 その4
「あ~あ~。せっかく抱き心地よかったのに~」
「こっちは生きた心地がしなかったよ。ある意味ね」
別の意味で元気になりそうなところはあったけど、他に人もいる家のリビングでやることじゃない。
「夕ご飯までまだ時間もあるし~、はる君もソファでゴロゴロしよ~?」
「その狭いとこに2人は無理でしょ」
「じゃあ~、床にする~? 広くてひんやりしてて気持ちいいよ~?」
「そういう問題じゃないから」
「も~、つまんないよ~。はる君~」
「そう言うなら無理に絡まなくていいから」
「え~、やだ~」
いや、やだって……。
「秋ねえって結構ワガママだね」
「そうだよ~。でも~、ワガママ言うのは~、はる君にだけだよ~」
「逆に俺限定で素直になって欲しいんだけど?」
「そんなのつまんないよ~。はる君って~、女の子と付き合ったことないの~?」
「別に、そんなのどうだったいいだろ」
ないけどさ。いいだろ、別に。
「え~、良くないよ~。私~、もっとはる君のこと知りたいし~」
それで一番最初に聞く質問がそれか。フワフワした口調のくせに内容は鋭い。突かれたくないとこばっか突いてくるな、この人。
「逆に~、はる君は私に聞きたい事ないの~?」
「おっぱいのサイズっていくつ?」
「計ってみる~?」
「遠慮しときます」
「も~、もっと興味持ってよ~」
って、言われてもねぇ。
「秋ねえって普段は何してるの?」
「ん~? 大学で研究したり~、授業したり~、学会で発表したりしてる~」
「……冗談?」
「本当のことだよ~。私~、すごいんだから~」
今の姿からはまるで想像できないけどね。ただのぐうたらお姉さんじゃん。
「あ~、信じてないな~」
「人の心を読むのやめて。エスパーじゃないんだから」
「わかんないよ~? 私にははる君の心の中はお見通しなのです~」
「じゃあ俺が今何考えてるか当ててみてよ」
「『さっき秋ねえのおっぱいを揉んでおけばよかった』~。じゃないかな~?」
「残念、外れ」
嘘。正解。ぶっちゃけ話してても、二秒に一回はおっぱい見てる。だって、胸元緩いから谷間が見えるんだよ!? めっちゃ深い谷間が!! 見るでしょ、それは!?
「そっか~。当たったらご褒美貰おうと思ったのに~」
「いつの間にそんなルールに!?」
「外れたから~、私が罰ゲームだ~」
「だからいつそんなルールに!?」
ていうか、何自分から進んで罰ゲームをしようとしてるの!?
「おっぱいとお金~、どっちがいい~?」
「どっちもいらないから!!」
何その欲に塗れた二択。ていうか、仮にそのどっちかを選んだら、俺って最低のクズ野郎だよね!? それでいいの、秋ねえは!!
「いい子なはる君には~。特別にお小遣いをあげる~」
「いや、いいから。今断ったじゃん」
「いいからいいから~」
全然良くないからね!? って、いくら渡そうとしてるの!?
「とりあえず三万円を進呈~」
「貰えないから、そんな大金!!」
中学生の財布には余りあるっての!!
「え~? ちょっとしたお小遣いだよ~」
「ちょっとじゃない。全っ然ちょっとじゃない」
「でも~、こうしないと私~、お金の使い道ないし~」
「他にもっと有益な使い道を見つけてください」
それ、見ようによっては男に貢いでるだけだから! 一番ダメな使い方だからね!?
「じゃあ~、今度はる君の欲しいものを何でも買ってあげるね~」
「やってる事は結局変わらないから!!」
「え~。でも~、お金の使い道ないし~」
何だこの会話。ループしてるぞ!?
「お金の使い道って言うけど、秋ねえそんなに持ってるの?」
「持ってるよ~。いくつか特許を取ったから~、もう働かなくても生きていけるの~」
「……マジか」
すっげぇな。現実にそんな人いるんだ。
え、じゃあ何。秋ねえって、美人でおっぱい大きくて天才で金持ちなの? 何その最強っぷり。二次元かよ。現実にいていい存在じゃなくない?
「はる君ひとりぐらいなら~、全然養えるよ~?」
「やめよう。そういうこと言うのはやめよう」
それは悪魔の囁きだ。決して耳を傾けてはいけない。
「そんなに嫌~?」
「というか、自分がダメな大人になるのが納得出来ないだけ」
「あはは~。やっぱりはる君って真面目だな~。変わってないね~、そういうとこ~。わかった~。じゃあ~、もう言わないようにするね~」
「そうしてください」
「でも~、養ってほしくなったら言ってね~。いつでも養ってあげるから~」
「心には留めておきます」
そしてすぐに忘れよう。義姉に養われるだけの大人なんて、さすがに今から志すのは情けなさすぎる。
「ねえー! 誰か配膳するの手伝ってー!!」
計ったようなタイミングで夏希姉ちゃんから声がかかる。
「今行くー」
「わ~、ご飯だ~。とーかちゃんを呼んでくるね~」
それを合図に秋ねえとの会話を切り上げたからよかったものの、あのまま話を続けていたら、なんか変な道に引き込まれたんじゃなかろうか。
家族になるのなら、義姉さんたちとはいい関係を築きたい。その方が親父も安心するだろうし。何より、家の中がギスギスするのはごめんだ。
そのためなら、ゲームに付き合うのも、夕飯の買い出しに行くのも構わない。でも、秋ねえの申し出は、違う。
家族としての関係を築いていくなら、あれは断らなくちゃいけなかったものだ。
だから、今のでよかったのだ。さっきのことは忘れよう。……後ろ髪引かれてるとか、そんなことはないからな? 勘違いしないでよねッ!?
「うわ、美味そう」
「餃子は自信あるんだ。春斗、これ並べて貰ってもいい?」
「わかった」
大皿に盛られた餃子の他、醬油さし用の小皿。それに箸やグラス、ご飯が盛られた茶碗に、みそ汁の入ったお椀なんかを食卓に並べていく。
そうこうするうちに秋ねえが冬華姉さんを連れて降りてきた。
「あと少しで春斗君に勝てるテクニックを習得出来そうでしたのに」
「も~、とーかちゃんさっきからそればっか~。熱中すると他のことが見えなくなるの~、どうにかしなよ~」
「冬華姉さん。ゲームばっかりしてちゃダメだってば」
「な、何ですか皆して。私は長女ですよ? あ、春斗君までそんなに笑わないでください」
「あはは。ごめんごめん。何だかおかしくって」
各々食卓に着き手を合わせる。
「餃子。美味しいですね」
「さすがなっちゃん~」
「えへへ。ありがとう。春斗、どう? 美味しい?」
「うん。美味い」
「よかったー!」
それぞれに箸を伸ばしつつ、夏希姉ちゃんが作った夕食に舌鼓を打つ。口にするものどれもが美味しく、満足感が高い。
そしてそれ以上に俺の心を満たすのは、賑やかな食卓が目の前に広がっているという事実だ。
親父が仕事で忙しい日はひとりで食べていた。たまの休みであっても、二人でポツポツと会話を交わしながらの食卓だ。
うちのリビングにこれだけの笑い声が響き渡り、誰もが楽しそうにしている食卓が目の前にある。そのことが、美味しい食事以上に、俺の心を満たしてくれる。
「春斗君」
「はる君~」
「春斗」
三者三様に名前を呼んでくれる義姉さんたち。
彼女たちが来てまだ数日だけれど、それでも俺は義姉さんたちと家族になれてよかったと、そう思い始めていた。