2 我が魔王のユニークスキルはFPSなり

 パラシュートで落ちた俺は、草原を二本の足で踏みしめる。

 勢いがついていたせいで従魔を抱いたまま、少し滑り――。


「魔王さま!」


 従魔オズが警告する。ようやく止まった俺たちに、ふわりと四角い影が落ちてきた。背中のリュックと繋がる、黒いパラシュートが被さってきたのだ。


 だが俺は落ち着いていた。抱いていたオズを解放し、空のリュックを脱ぎ捨てる。

 リュックの肩紐は横紐で繋がっていたが、瞬時に外せた。初めて見る金具でも、俺の手が外し方を知っているのだ。

 そして転がって、パラシュートの下から脱出する。


「さすがです魔王さま! ……わぷっ!?」


 オズは覆い被さってきたパラシュートの端に捕まった。俺が助け出すまでしばし、黒い布きれと格闘する。


「ぷはあ! ありがとうございました、魔王さま。でもこれ、いったいなんなのです? 空を飛ぶ道具、のようですが……」


「オズ、貴様にはわからないのか」


 従魔として、主である俺の思考を読み取れるのに……オズはつぶらな瞳を瞬かせる。


 なるほど。スキルFPSを持たないと理解の外、というわけだ。


「一瞬で魔王さまが造られたものだとはわかります。こちらは、魔王さまのマントを素材にしたのですか?」


「然り。そうなるな」


 だが、まだわからないことだらけだ。俺はパラシュートの一部をつまみ上げる。

 確かに俺のマントが変質したものだろう。実際に、背中のマントはなくなっていた。


「ふむ……面白いな」


 けれどもマントが変わったにしては手触りも違うし、サイズも遥かに大きくなっている。糸を何重にも束ねたコードなんてものもあるし。

 ――素材をもとに、組み替えて変換する能力。そう考えるのが妥当だろう。


 確か、こうやったはずだが。


「マントに戻れ!」


 俺は片腕を突き出し、今度は声に出して命じる。しかし――。


 ブブー! システムからの嫌な音が鳴り響いた。


 同時に、はだけられたままのオズの胸元に浮かんだのは【変換生成クリエイトは不可逆です】の文字だ。

 なに?


「不可逆……ということは、一度造られたものは元に戻せない、という意味でしょうか」


 オズが察する。……ふむ。


 どうやらマントはもう使い物にならないらしい。だがこの世界のシステムが反応するなら、スキルはちゃんと発動するという証だ。


「要は、新しく使える素材があればいいってわけだな。ならば」


 俺のスキルはFPS。

 その本質はたぶん――直感的に俺は、自分の衣服についていた装飾品に触れていた。



【ハンドガン変換生成クリエイト



 鈍色に輝く首飾りと、無骨な肩当てがまるごと消失する。

 代わりに、黒い輝きとともに手の中に現れたのは一丁の拳銃だった。


 然り、銃だ。わかるぞ!


「こいつは……!」



 剣の束ほどの大きさしかない、黒い金属の塊。ずしりとした確かな重みがある。

 ただし、握りしめたグリップはわずかにやわらかい。自動装填ブローバックする上部のスライドは金属製だが、それ以外は樹脂に覆われた特殊な自動拳銃だ。

 全体的にシンプルな角張った形状をしていて、スライド側面には型名が刻まれていた。


 ……GLOCK18C-MAO8?


拳銃ハンドガングロックの、18C型だと!」


「魔王さま、それは? ……あっ!」


 従魔オズの胸元に、入手した銃のスペックが出現した。



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■GLOCK18C(MAO8)

使用弾薬:9×19㎜

装填数:17

銃口初速:375m/s

連射速度:0・060s

有効射程:50m

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 一般的な9㎜パラベラム弾を17発装填できる拳銃ハンドガン、グロック17。

 そこに連射機能を追加したのがグロック18だ。スライド後部に、単発セミオート連射フルオート切り替えの小さなセレクターレバーがついていた。

 その18型に、さらに少し改良を加えたのがこの18Cとなる。


 ――などということが、すらすらと俺の頭の中に浮かんだ。驚きだ!

 だが、わかる。銃器の知識が俺にはある! それがスキルFPSの力らしい。


 しかし型名の最後についている「MAO8」は、知らない。

 ふ。単純に魔王アハトモデルということか?


「なるほど……俺が造った、俺のための銃か」


「じゅう? そのアイテムの名ですか、魔王さま?」


 やはりオズにはわからないようだ。


「どうやらこれが、今回の俺の力らしい」


 俺はグリップの側面についているマグキャッチを押し込んだ。

 弾倉マグのロックが外れ、縦長のケースが簡単に引き抜ける。

 そこにはもう弾が装填されていた。先端に、黒光りする弾丸が一つ顔を出している。


 ――弾は1発だけではない。


 弾倉マグを確認すれば、小さな穴がずらりと二列に並んでいた。それぞれに番号が振られ、中に押し込められた弾の存在が確認できる。

 一番下の「17」まで、弾薬がきっちり詰め込まれていた。


「17発。フル装填か」


 カシャッ!


 小気味いい音を立てて弾倉マグをグリップに戻し、俺は銃のスライドを掴んだ。

 金属製のスライドはひやりと冷たい。


 ジャカッ!


 後方に引いて、離せば――これで初弾が銃内の薬室チャンバーに送られた。いつでも撃てる状態になる。


「武器、ですか?」


 それくらいはオズにも伝わったようだ。


「小型のナイフよりは大きいですが……魔王さまにふさわしい装備だとは、とても」


「否。そうでもない」


 俺はぞくぞくしていた。よもや、こんな力を手にできるとは!


「ふは、ははははははは!」


「……魔王さま?」


「最高だ、これは! もっと……もっと他のものも造れるだろう!」


 ブブー!



【素材が足りません】



「なに?」


 残念ながら、今ので身につけていた装飾品は使い切っていた。

 銃を生み出せる金属がない。今はこの拳銃ハンドガン一丁を生み出すのがやっとということか。


 ……まあいい。


「ともかく、まずはグロックの試し撃ちだな」


「撃ち?」


 オズが驚いている。

 確かにこの世界にある、どんな武器とも異質だが……だからこそ俺も確かめてみたい。

 本当に弾は出るのか? 実際の威力は?


 けれども俺たちが降り立ったのは、なにもない草原だ。手頃な標的となるものがない。

 青空の下、足首に絡まるほどの草が好き放題に伸びているだけ。


「む……」


 俺はグロックを構えた。慣れ親しんだように自然とフォームが決まる。


 スライドの上部、先端と後部の二カ所に小さな出っ張りがある。

 凸型の照星と、凹型の照門――それが拳銃ハンドガン照準サイトだ。

 その凹凸どうしが重なるように見て、狙いを付ければいい。


 そうやって捉えるのはすべて、遙か向こうの木々だった。

 ……ダメだ。遠すぎる。ここからだと、どこを見回しても100~200mはある。


 距離が感覚的にわかるのも、スキルFPSのおかげだろう。

 グロッグの有効射程は50m。拳銃ハンドガンだからその程度だ。


 ともかく確実に当たる、10~20mあたりで試してみたい。

 俺はいったん構えを解き、手頃な樹木に向かって歩き出した。もちろんいちいち指図せずとも、従魔も後ろについてくる。


 そのときだった。


「いよおおおぉし! 見つけたぞ、きっとアレだぜッ!!」



【冒険者が現れた】



 やかましい声が聞こえたかと思うと、オズからシステムのメッセージが届く。


 俺たちが向かっていた前方から、木々を裂いて姿を見せたのはヒトだった。

 轟! 風が……無数の枝葉をずたずたに引き千切っていた。


 飛び出してきたのは魔法による暴風を纏う、鋼の軽鎧ライトアーマーを着込んだ優男だ。草地の土を抉りながら着地を決め、腰の鞘から片刃の剣を抜き放つ。

 その刀身は輝き、風を纏っている。風属性の魔法剣か!



【結界発動】



 同時に――草原を囲む形で四方に、輝く光の壁が現れた。


「結界魔法ですか!? ……魔王さま!」


「然り。らしいな」


 俺たちを戦闘領域に閉じ込めるためのもの。

 森の中から現れたのは、魔法剣の使い手だけではなかった。


「本当にあれが、復活した魔王!? ……見た目は我々と変わらないようですが!」


 青いローブを着た中年男が、ぶつぶつとなにかを唱えて片眼鏡を煌めかせる。

 こいつが結界を作った魔術師か? 不快な視線がまじまじと俺を捉えた。

 どうやら眼鏡にかけたのは、簡単な遠見の魔法のようだ。


「確かに、あのツノの色は闇よりも深き黒! 伝承通りならば魔王の固有色ですね!」


「ラッキー! さっきの魔王復活の知らせってマジモンだったし!」


 しゃん! と手首の鈴を鳴らすのは、露出度の高い格好をした、褐色の肌の若い女だ。

 回復や補助魔法を使う踊り巫女ダンサーだろう。


「やったねユーク! アンタの目ってすごいよ。一人で走り出したときは何事かって思ったけどさあ」


「……ワタシ、言った。鳥チガウ。あんな落ち方しない」


 最後に現れたのは、ゆらり……と陽炎のごとく姿を見せた、カタコトの男だった。

 耳の長い亜人種――狩りを得意とする森エルフの一人か。

 毛皮を纏った真っ白な肌には、独特の入れ墨が施されている。俺のわずかな記憶が確かなら、森を離れて魔族狩りハンターとなった者の証のはず。



幻影脚ミラージュステップ



 エルフは金属製の大弓に矢をつがえると、またも揺らめき掻き消えた。

 狩るために身につけた、気配を断つスキルのようだ。


「現れるなり結界を張るや、勝手にしゃべるわ、姿を消すわ……なんと無礼な!」


 オズが従魔らしく前に出た。小さな体でも魔王の俺を守るために。


「よもやこの地に降り立ったばかりで、いきなり冒険者どもと遭遇するとは……! いえ、さすがです魔王さま。不運さえ御身の試練というわけですね!」


 この遭遇は、オズがシステムに飛ばした宣言のせいだろうが……。


 まあいい。俺の頬が引きつっていた。

 自然と嗤っていたのだ。


「やはり。このような窮地に、さすがです!」


 俺と繋がるオズも笑った。


 然り。最高のタイミングだ! ――グロック18Cの試し撃ちにはな。

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