1 八度目の生を受けたる我が君の名は魔王アハト



 ――残留魔力、活性化。

 ――再生ヲ開始シマス。



 世界のシステムの「声」が聞こえた。

 これで何度目だ? ようやく転生が始まったらしい。



 ――精神ノ再構築リビルドヲ確認。



 俺……今回は「俺」なのか。魔王としての個性は。


 俺は魔王。魔力より生まれ出る、魔族の頂点に立つ個体。

 だからこそ唯一「転生」をこなす。

 膨大すぎる魔王の魔力は、死しても散華しきらない。長き時を経た後に、こうして新たな肉体を構築する。


 ……ああ、俺は。



『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 断末魔の叫びが蘇る。前回の、漆黒の巨大な「魔竜」だったときの最期。

 あのとき七度目の生を受けた「我」は死んだ。

 背後から深々と、輝く白刃に貫かれて――。



『おのれえっ、おのれよくもおおおおおおおおおおおおおおお!』


 怨嗟の声を迸らせて絶命したのは、闇色の紅を差す美女となった「妾」だ。

 その美貌ごと、光魔法の奔流に焼き尽くされ――。



『ゼエッ、ゼエッ……さあ……殺せ、よ!』


 黒衣の少年の姿で「僕」は、魔力切れにあえぐ。

 しかし命乞いはしない。魔力の煌めきを纏う精霊銀ミスリルの矢に腕を、足を、三つの眼を順番に抉られても――。



『こんな、バカな! この■■がっ、■■■の■■■――!?』


 ■度目の「■■」が、■■■■■■■■された。


 忘却の向こうから、いくつもの死が思い浮かぶ。

 しかし……すべてを思い出せはしない。



 ――記憶ノ欠損ヲ確認。

 ――補完不可能。



 忘れた? 否。

 記憶のほとんどが奪われた。「我」が「妾」が「僕」が、「■■」が殺されたときに。



 ――再生ニハ影響ナシ。続行シマス。



 すべては「冒険者」と名乗るヒトどものせいだ。

 かつて世界を統べていたのは、魔王と魔族たちだったのに。


 それも遠い昔のこと。魔族はもう長い間、冒険者どもに蹂躙されてきた。



 ――魔力ノ凝縮、物質化ニ成功。

 ――受肉変換シマス。



 魔族はヒトやその他の生物と違い、魔力で体を紡いでいる。

 姿形は個体によって様々で、長寿かつ強靱。肉体の一部が欠損した程度では死なず、生きるために他者を食らう必要もない。

 故に、ヒトなど気にもかけなかった。

 短命で、弱くて脆いヒトどもも、魔族に近づこうともしなかったのだが……。


 ヒトはレベルアップする。

 HPとMPをどこまでも高め、次々に職種ジョブに合った魔法やスキルを身につけて、成長するのだ。


 魔族にはできない。たとえ魔王でも、生まれつき得たスキルと魔法しか使えなかった。



 ――ユニークスキル、ランダム決定。

 ――関連スル魔法ヲ取得シマス。



 そして、魔族は死ねば肉体を残さない。魔力の散華とともに消えるのみ。

 ただ一欠片の「遺物」を除いて。


 魔族の持つ自我や記憶、経験が結晶化した「心結晶コア・ハート」――。


 それがすべての元凶だった。



 ――核ノ起動ヲ確認シマシタ。



 ドクン! と俺の中で鼓動が生まれる。肉体が完成し、新たな心結晶コア・ハートが授けられた。

 これをヒトは「EXP」と呼ぶ。奪い取り、取り込むことで……自分たちを急激に成長させる「経験値の欠片エクスペリエンス・ピース」だと。


 故に、ヤツらは魔族の命を狙うようになった。魔王すら倒し、誰よりも圧倒的な強さを手に入れるために。


 ……そんなことのためだけに、ヤツらは俺たちを狩るのだ!



 ――再生完了。



 それでも魔王の俺だけは何度でも生き返る。


 今度こそは、殺されてなるものか。さあ、この俺の新たな肉体はなんだ?

 八度目の転生を経た魔王にふさわしい、最強の姿とは?



 ――名称ヲ付与シマス。魔王「アハト」――。



 アハト。それが八番目の俺の名か。

 俺は瞼を開き……。



          §



 青。青、青、青――。

 視界に飛び込んできたのは澄んだ空の世界だった。


 魔王の体はいつもなぜか、空の高みで転生を果たす。そして遥か真下に見える大地へと落ちていくのだ。

 吹き付ける強い風圧が、受肉したばかりの俺の全身をビョウビョウと叩いていた。

 少々痛くもあるが、心地いい。新たな体に感覚が宿った証だから。


「ふははっ!」


 俺はつい嗤う。生まれ変わった直後の第一声――若い響きを持ったオスの声が、遥か頭上に吹き飛んでいく。


 それはいいが……風にはためく黒いマントと、鈍色の装飾品のついた黒衣が包むのは細身の体だ。

 五指を持つ腕が二本で、ブーツを履いた足も二本。頭は一つ。


 ……なるほど。前回のような竜ではなく、ヒトそっくりな姿らしい。

 否。忌々しくもヒトが勝手に、魔族のとる形に似ているだけ。


 しかし今回、本当にヒトとそっくり同じか。背中に翼もないようだ。

 風で暴れる銀髪の頭を触れば、魔王の証たるねじれた角が二本ついていたが……。


 落下を続ける俺は、雲を何度も突き抜ける。このままでは遥か真下に見えた、緑豊かな大地に叩きつけられるだろう。

 まず、そうはならないがな。


「目覚めよ、従魔!」


『はい、いつ何時も御身のお側に。魔王さま!』


 呼びかけに応えて俺の懐から飛び出したのは、一枚の黒い石板の欠片だ。


 魔王の物語を綴らせるため生み出した、俺の心結晶コア・ハートの分け身。故に――俺が死すたび記憶とともに削られて、今はもう小さな一欠片となってしまった。

 それでも空中で黒い魔力に煌めけば、石板従魔タブレットオズは姿を変えた。


「お久しゅうございます、我が主よ……!」


 空を落ちながら頭を垂れたのは、袖や裾の短い漆黒のドレスを纏う少女体だ。サイドで丸く結んだ金色の髪が、叩きつける風に揺れる。

 ヒトが言うところのコドモ、幼女というやつだ。性的象徴たる胸の膨らみも小さい。


 ……もとは妖艶で豊満な容姿をしていたが、欠け続けた今、こんな姿で顕現するのが精一杯か。



【傾聴せよ!】



 それでも堂々と力強く、オズが世界に呼びかけた。

 従魔のスキル【界線接続ネットコネクト】は、システムと繋がれる。



【忠実なる従魔オズが主に代わって宣言する。今ここに八度の生を得て、魔族の王が復活を遂げたことを!】


【愚劣なるヒトは怯え、おののけ! 虐げられし同胞は主の帰還に歓喜し、涙せよ!】


【ともに心に刻みつけよ! 新たなる魔王、その名はアハト!】



 紡ぐのは声ではなく、魔力の輝きでできた連なる文字。

 それらは瞬く間に分裂し、世界へと拡散された――。


 これで魔族にもヒトにも俺の転生が知れ渡るだろう。

 正直、黙っていればいいのにとも思うが……。


「さあ、わたくしの愛しき魔王さま! 新たな伝説を綴りましょう」


 オズは満面の笑みだ。悪びれる様子がない。

 七度も殺された魔王を側で見ていながら、八度目の俺の勝利を信じて疑わないのだ。


 主の俺に忠実で、常に全肯定。

 ふ――それでこそ従魔か。


「オズ」


「はい! 魔王アハトさまのステータスを表示しますね」


 すべてを言わずとも従魔が悟る。オズは空中でドレスの胸元をはだけた。

 ほんのりと頬を染めたオズの、起伏の少ない白い胸が露わとなる。鮮やかな紋章が浮かび上がった。


 そこから、黒く輝く光の文字が飛び出してくる。



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【魔王 アハト】

魔族/Lv99

HP:66/66

MP:6666/6666

所持金:666666C

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 ……魔力数値MPに比べて今回の俺は、体力数値HPが極端に少ないな。

 いわゆる魔法特化型か。それも悪くない。ならば。


「はい、習得魔法リストに切り替えます。でも」



----------------------------------------

【魔法】

――Nothing――

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 は? 俺は絶句した。ナシ?


 ……魔法の一つも覚えていない? 攻撃魔法はともかく、浮遊魔法や飛翔魔法は?


「オズ! これは……!」


「ええ、さすがです魔王さま!」


 一緒に落下するオズだが、キラキラした目で俺を見ていた。


「よもや今度の魔王さまが魔法の一つも使えぬ身だとは、このオズも驚きました。これではきっと、このまま大地に叩きつけられてしまうでしょう。HP66の御身では即死のはず……なんと潔いことでしょうか! 転生したばかりで死ぬとは」


 ああっ、と恍惚の表情を浮かべる。


「ヒトごときに倒されるくらいなら、此度は自ら潔く散るということですね。ええ、ええ。わたくしにはわかります!」


 ……俺の思考を読み取れる従魔だが、解釈は手前勝手だ。

 オズは俺の手を取ると、ぎゅっと抱きついてきた。はだけた胸を押しつけてくる。


【地表まで1000m】


 そこには残りの距離が現れ、【975m】【950m】とみるみる値が減っていく。


 m――メートル?

 その単位は、なんだ? なぜ初めてなのに俺にはわかる?


「従魔であるわたくしも、もちろんお供いたします……愛しております、魔王さま」


 混乱する俺とは違い、従魔は早くも諦めていた。

 ぐんぐんと大地が迫る。くっつき合ったおかげでバランスが崩れ、俺たちは空中でひっくり返った。【800m】【750m】【700m】と、明らかに落下の速度が上昇する。


 六つの大陸が一つに絡み合う、ヒトが勝手に「英雄譚の大地サーガイア」などと呼ぶ世界。その端っこの、深い森の中へと真っ逆さまに――。


「オズ!」


「……はい。ただいま!」



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【スキル】

・FPS

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 俺の咄嗟の呼びかけで、今度はオズが胸元に技能スキルリストを表示した。

 そこには一つだけ取得スキルが書かれていたが……これは?


「えふ、ぴー、えす? なんでしょうか、これは」


 たどたどしくオズが読んで目を瞬かせる。俺も意味がわからない。知らない。


 否、これは俺のスキルだ。メートルを理解できたのもこのせいか?

 ならば使える。わからなくとも、応えてくれるはず!


 これに頼るしかない! 【450m】【400m】――頭からオズとともに落ちながら、無我夢中で腕を伸ばした。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 頼む! 俺はもう七度も命を失った。

 その悔いを一度も晴らせず、死ぬわけには!


【パラシュート変換生成クリエイト


 俺の願いに呼応して――システムの文字がオズから飛び出した。腕にたまたま絡みついた俺のマントが黒い輝きに満ちる。

 魔力によってその形状が一瞬で変わった。できあがったのは、リュック?


 否、こいつは……!


 俺はリュックの肩紐に着いていた、金属製のリングを思い切り引いていた。

 直後、落下に急制動がかかる。逆さまだった状態から、反動で体が強く跳ね起きた。


「……魔王さま!?」


 一緒にくるりと回転したオズが、腕の中で面食らう。


 俺たちの頭上に展開したのはリュックから飛び出した、たくさんのコードで繋がる大きな四角い布地。

 落下の風圧を受け止めてゆっくり落ちる、黒いパラシュートだ。


 ――然り、パラシュート。


「これは……!」


 わかる! 操作方法もだ。

 掴んだコードを引っ張れば、落下の方向がある程度制御できた。

 右に左にふらふらと、俺たちは空を漂い――。


【0m】


 落ちたのは生い茂る森の中にぽっかりと開けた、小さな草地の中だった。

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