第四章 三年後、覚醒 その3
シオンは少女が使用した魔法を鑑定し、目を見開いた。
六級魔法といえば半ば伝説の領域に足を踏み込む相当に高位な魔法なのだが、モニカの姿をした少女がそれを使ったのだ。
――モニカが魔法を使った? しかも六級? 兄のクリフォードと同じで、魔法はからきしだったモニカが?
馬鹿な。
シオンは困惑する。
しかし、すぐにハッとすると――、
「モニカ! 俺だ、シオンだ! その首輪を外して、すぐに助ける」
と、モニカの姿をした少女に呼びかけた。
「……モニカ? 誰?」
モニカの姿をした少女は、不思議そうに首を傾げている。
「なっ……」
予想外の返答に、シオンは絶句してしまう。
「くひっ、くひひひっ。こいつは不完全だが、天使だ。今の貴様が敵う道理はない!」
所長は勝ち誇ったように言った。
「……何を言っている?」
「こいつがモニカ・ヴァーミリオンだと思ったか? おめでたい奴めと言ったんだ! 実験動物の分際でたてつきやがって」
「殺してやる」
シオンが強い殺意を所長に向ける。
「っ……、や、やれ、出来損ない! あいつを倒せ! 倒して拘束しろ! 今度こそ調教してやるっ!」
所長はぞくりと身体を震わせると、激昂してモニカの姿をした少女に命じた。
「……天使の弓兵団」
少女はこくりと頷くと、新たな魔法を発動させる。頭上に超大規模な魔法陣が浮かび上がり、数え切れないほどの無数の光矢が発生した。
(くっ、また六級魔法か。いったい何がどうなっている!?)
シオンは神眼で魔法を先読みすると――、
「くっ……」
先ほどモニカの姿をした少女が発動した六級魔法を発動して、防御を試みた。六級の防御魔法は確かに発動する。堅牢な光の障壁が浮かび上がり、前方から迫りくる光矢を受け止めた。
「なん、だと……。ふ、ふざけるなっ! 貴様、どうして六級の神聖魔法を! しかも詠唱破棄っ! それもその眼の恩恵なのか!?」
研究所の所長は絶句してその光景を見つめていたが、シオンが魔法を防ぎきったところで喚き尋ねる。
「………………」
シオンは何も答えず、魔法で肉体を強化しながら所長に向かって駆け出した。モニカを助ける。
そのため、まずはあの所長を仕留める。だが――、
「ひっ……。ま、守れ! 俺を守れ!」
所長が命じると、モニカの姿をした少女がシオンの前に立ちはだかった。所長を守ろうとする少女の姿を見て――、
「っ……」
シオンが顔を歪める。
モニカは殺せない。
殺すわけにはいかない。
だが、足を止めるつもりはなかった。
だから、次に何が起きるのか、シオンは神眼で鑑定する。
互いに武器は持たず、無手の状態だ。
シオンは一度でもモニカを相手に組み手で勝てたことがないし、今目の前にいるモニカの姿をした少女の移動速度はシオンの限界を圧倒的に上回っている。
分が悪い。
そう思った。
だが、ここで引くわけにはいかないのだ。だから――、
(勝つ!)
シオンは怯まず、少女へ突っ込んでいった。
直後、少女がシオンに向けて掌底を放つ。
前方から迫りくる掌底を、シオンは鮮やかにいなす。そのまま少女の腕を掴んで投げ飛ばそうとするが――、
「っ……」
シオンは一瞬、躊躇ってしまう。その一瞬の間に少女は次の攻撃をシオンに放った。シオンはバックステップを踏んで少女から距離を置く。
少女は自らシオンとの間合いを詰めて、追撃を開始した。そこから――、
「くっ……」
シオンは少女に攻撃を加えることができず、防御に専念する。魔法で身体能力を強化しているシオンに対し、モニカの姿をした少女は闘気で強化を行っているらしい。
魔法による身体能力の強化はあくまでも闘気による強化の真似事であり、劣化版だ。なので、必然的にシオンの方が強化の効率は悪い。しかし――、
(やはり強い! そしてこの動きは間違いなく武のヴァーミリオン王国流)
シオンは神眼で絶え間なく鑑定し続けることで、少女の動きを見切って最適な動きで対処していた。そして、その動きに見覚えがあることに気づく。
すると、ややあって――、
「どうして反撃してこないの?」
少女が足を止めて、シオンに尋ねた。
「……反撃する余裕がないんだ」
シオンは少し面食らい、複雑な面持ちで答える。
「嘘。貴方は私の動きをすべて見切っている」
「……でも、君の方がパワーもスピードも圧倒的に上だ」
「それでも動きを見切っているなら反撃の機会を探ることは可能なはず。貴方は私を攻撃する気がない。どうして?」
戦闘中なのに、少女は子供みたいに不思議そうな顔で尋ねてくる。シオンはそんな彼女の顔を見て、複雑な思いに駆られた。
「………………」
苦々しく顔を歪め、押し黙ってしまうシオン。すると――、
「おい! 何を悠長に喋っている! さっさとそのガキを拘束しろ! ひっ……」
所長が怒鳴り散らして少女に命じた。だが、シオンに睨まれると怯えたように身をすくませる。
「…………わかった」
モニカの姿をした少女は何を思ったのか、少し間を空けてから頷く。そして再びシオンに襲いかかった。
すると、ここでシオンが横に向かって駆け出す。
少女はその後を追いかけて、シオンの拘束を試みる。相も変わらず少女を攻撃する気がないのか、シオンは防御に専念するが――、
――対物魔弾。
少女の攻撃を捌きながら、シオンは所長に手を向けて攻撃魔法を放った。少女が咄嗟に反応してシオンの手を払う。
直後、シオンが放った対物魔弾が、所長の右耳をかすめて通り過ぎた。かすめただけだが、所長の耳が綺麗に吹き飛ぶ。少女が手を払わなければ、対物魔弾は所長の顔を吹き飛ばしていたことだろう。
「っ! ああああああっ!?」
所長は焼き切れるような熱さを覚え、驚きで醜く絶叫した。
「くっ」
立て続けにもう一撃、所長めがけて魔弾を射出したシオンだったが、またしても少女に手を払われた。
対物魔弾は所長の近くに着弾し、大きく地面をえぐり取る。
「っ……。こ、殺せ! もういい、殺せ! そいつを殺せ! 殺していい!」
所長は吹き飛んだ地面を見ると、耳を押さえながら怒りでわなわなと身体を震わせて叫んだ。いよいよシオンの殺害命令が少女に下される。
少女はシオンと所長の間に入って、射線を塞ぐと――、
「……いいの? 六級魔法は防がれる。私が使う魔法も習得されている。殺すならもっと強い攻撃魔法で確実に殺す必要がある」
シオンを見据えたまま、背後の所長に確認した。
「か、構わん! 使え! 一番強い魔法を使っていいから、確実に殺せ!」
所長は死に物狂いな顔で、あっさりと許可を出す。
「一番強い魔法……。わかった」
心なしか気乗りしなそうな顔をする少女だが、命令には逆らわずに首を縦に振る。そして、少女はシオンではなく頭上に手を掲げた。
直後、少女を起点に半径数十メートル規模の超巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「なっ…………」
シオンは神眼でその魔法を鑑定し、その効果を解析する。
そして、驚愕した。もしも少女が発動させようとしている魔法が本当に発動したら、逃げ場はない。
それは、伝説の存在ともいえる九級魔法。
使用者が込めた魔力に応じて際限なく威力を増して、自分以外のすべての存在を消滅させる滅びの魔法だ。
「…………待て! その魔法は!」
「怒りの日」
少女は魔法を発動させるための呪文を詠唱する。すると、魔法陣が急速に少女に向かって収縮し始めた。
「くっ!」
硬直するシオンだったが、これから起きる災害を神眼で予知すると、少女に向かって全力で走り出す。
「な、なんだ、この魔法は……。こんな魔法が使えるなんて、聞いていないぞ! あの女、あの出来損ないのステータスにロックをかけていたな!?」
所長が戸惑い、魔法陣を見上げている。
その直後――。
少女を起点に、魔法の効果が発動した。
裁きの光が一瞬で空間を埋め尽くす。
そして、光に触れた者すべてを消滅させる。
そんな終焉の中で――、
――解析しろ!
シオンは神眼を発動させ、全身を魔法陣で包み込んだ。シオンはそのまま光の中を突き進む。触れる者すべてを消滅させるはずの光の中を、ひたすら突き進んだ。
もはや魔法の発動は止められない。しかし、それが魔法的な事象である以上、もはや今のシオンには通じない。
シオンは自身の周囲に魔法陣を展開することで、神眼で解析した魔法を無害なただの魔力へと再変換していた。全身に触れている魔法を無害化し続けることで滅びの光の中を突き進んでいる。
だが、すぐに落下するような浮遊感を覚えた。きっと地面も消滅したのだろう。シオンは咄嗟に飛行魔法を使って前に進んだ。
そうやって、どれほど進んだのだろうか。光の先には、この魔法を発動させているモニカの姿をした少女が立っていて――、
「…………どうして生きているの?」
少女が目の前に立つシオンを見て、呆気にとられた顔で尋ねる。いつの間にか、光は止んでいた。
「死ぬもんか。君と再会するために生きてきたんだから」
シオンは答える。
少女の首輪に手を触れる。
「だから、もう放さないぞ」
少女を支配していた首輪が、ギイッと音を立てて外れた。
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試し読みは以上です。
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※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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