1章 こういうのが好きなんですか?

初対面の日

 彼女は、跳ねるようにして俺の前へと立ちふさがった。

「雪のように白いという表現は、まるで死人を指しているようだと常々思っていた。しかし、なるほど、生きている人間にであってもそれは使えるのだと認識を改めるほどに、きっちりと着こなされた制服からわずかに覗く肌は白かった。対して、黒い髪にはいわゆるキューティクルが輝いていて、サラサラと流れるような質感であることがうかがえる。その長さからして、アニメなんかでヒロインがやる『ふぁさ』みたいなことが似合いそうだ。ぱっちり二重の瞳をキラキラさせることなく、こちらをじっと見つめてくる。ピンク色の綺麗な唇から溢れてくるのは単調で感情の見えない声。しかも、自分から思考を読むことが出来ると言ってのけてきた。そんなこと、あるはずないだろう。アレだな。ヒロインとしての素質は備えているものの、やる気が空回りしているせいでヒロイン候補から落とされてしまいそうだ。そう思うのも、無理はないだろう。最近の世間の傾向は分からないが、少なくとも俺の好みではない。出来れば俺ではなく、他を当たって欲しい」

 ありえない。なにがありえないって、俺の思考を読むだけならまだしも、この気持ちの悪い感想を面と向かって語られるということが最もありえない。本当に恥ずかしい。今すぐにでも消えてしまいたい。

「ざっとこんなものでしょうか。どうです、信じる気にはなりましたか?」

 俺の思いとは裏腹に、彼女はどうでもよさそうだった。相変わらず表情を変えることもなく、こちらを見ている。

「俺が悪かったです。ごめんなさい」

「謝られても、困るのですが」

「そうですよね、どうしようもないですよね」

「ところで、『ふぁさ』とは一体なんのことですか?」

「ごめんなさい。気にしないでください、本当に」

 まじまじと姿を見たうえに、それを気持ちの悪い語彙で表現されたら、誰だって気分が悪くなってしまうだろう。思考を読まれるはずなんてないだろうと、いつもよりは多少誇張して表現したのがまずかった。

「……そこまで萎縮されると、思考を読んだ側として非常に責任を感じるのですが」

「あなたは俺の挑発に乗っただけです。本当に申し訳ありません」

「そんなに謝らないでください。それよりも、怖くないんですか?」

「人から聞かされることでようやっと、自分の気持ち悪い思考がこの世のなによりも怖いと思いました」

「そっちじゃありません。私は本当に、人の思考を読むことが出来ます」

 言われて気が付く。彼女の言っていたことは、紛れもない真実であった。しかし、怖いかどうかと言われると、あまり怖くはない。むしろ、少し同情してしまう。

「それ、かなり大変じゃないか?」

 彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。そんな返しをされるとは思っていなかったのだろう。怖いかどうかを最初に聞くということはつまり、そのことを怖いと言われてきたのだ。人の思考を読むことで怖がられてきた人がなぜ、俺を相手に真実を吐露しているのだろう。

「……そうですね。延々と脳内で人々が話しているように聞こえますから、大変と言えば大変です」

「今も、俺の思考が読めているんだろ?」

「ええ。どうやったら私から逃げられるのか考えているところ、申し訳ありません。私はしばらく、あなたの側にいるつもりです」

「……うん?」

 ヤバイ。まったくもって意味が分からない。

「他を当たって欲しいと言ったにもかかわらず?」

「言ってはいませんし、北斗さんの代わりなんていません。あなたの半径二メートル以内は、これから私の居場所です」

 彼女は、ずいぶんと身勝手なことを高らかに宣言した。冗談だと続けてほしいと思ったが、続いたのはどうでしょうという問いかけだった。どうでしょうもこうでしょうもない。

 気になるのは、その距離だ。

「広いのか狭いのか、微妙に分かりにくい距離感だな……」

 なにより半径という言葉を、久し振りに聞いた気がする。

 パーソナルスペースは侵食していないけれど、そこから一歩でも踏み出してしまったらたちまち不快になってしまいそうな領域に、彼女は毅然と立っている。

「大体、なんで俺なんだよ」

「私の能力が嘘じゃないと、知ってしまったから」

「お前が教えてきたんじゃないのかよ!?」

「結果は同じです。それじゃあ、よろしくお願いします」

「か、勝手に話を進められても困る」

 そう言う俺に対し、彼女は口元を少し上げるといった表情の変化を見せた。

「早く帰って……妹モノのギャルゲーを進めたいんですね?」

「へあっ?」

 それはあまりにも予想していなかった言葉で、思わず変な鳴き声が口から漏れ出てしまった。

「兄という自分に対して従順で明るい子が好みなんですか。それなら確かに、私ではヒロインたり得ませんね。ですが申し訳ありません。少しの間でいいので、私と一緒にいていただけませんか?」

 控えめな言葉とともに、手を差し出される。平板な口調でまくし立てる彼女の目には、『もしも断ればどうなるか分かっていますよね?』という圧が滲んでいた。少しの間という言葉も、あまり信用ならない。

「ぜひ、お願いします」

「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」

 しかし俺には、手を伸ばす以外の選択肢が選べなかった。

「そうだ。お礼に『お兄ちゃん』とお呼びしましょうか?」

「絶ェッ対に断る」

「あらら、残念です」

 彼女の猫撫で声は好きなゲームキャラクターに似ていて、顔と声の不一致に頭が混乱状態に陥った。

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