第二章 一四歳になった少年 10

 このように最後の日々を過ごす僕たち。

 時間は無情にも過ぎる。

 旅立ちの当日を迎える。

 成人の日。僕の一五歳の誕生日当日、僕はリュックサックに荷物をまとめるとそれを担いで家の外に出た。

 そこには家族たちがずらりと並んでいる。

 けんしんローニンはさかびんを持ってぱらっていた。なんでもやけ酒をしたらしい。

 の女神ミリアはかなりしようい。なんでも泣きらした顔を見られたくないそうだ。

 じゆつの神ヴァンダルだけが冷静なように見えたが、それはふたりとかくすれば、であった。実際はかなり落ち込んでいる。

 万能の神レウスは説明する。

「このものたちは別れをしんでいるが、今さらお前をほんさせようとは思っていない。もはや皆、お前の旅立ちをかんげいしている」

 レウスがそう宣言すると、ローニンが僕の胸をく。

「いい革の胸当てだ」

「ローニン父さんがくれたものだよ」

「ああ、お前にはフルプレート・アーマーよりもそっちのほうが似合う」

 ローニンはにこりと微笑ほほえむとこぶしき出す。僕も真似る。

「ミリアのやつは相変わらずルナマリアをいびっているな」

 見ればミリアはルナマリアに僕が好きな食べ物、る時間などをレクチャーしている。ルナマリアも真面目にメモをしていた。

「存外、いいよめしゆうとめになるかもな」

「気が早いよ。それに彼女は巫女だ。神とけつこんしている」

「神様とこんしちゃいけない法はない」

「そうだね。神様だって地上に降りてきて子育てする時代だ」

「そうだ。ま、その子育ても終りが見えてきたが」

「終ったら天界に帰るの?」

「さあ、どうするか。新しき神々だからな、俺たちは」

 新しき神々とは地上に降りて暮らしている神々をさす。基本、神様は天界で暮らすのだが、天界で暮らしている神は古き神々としようされる。

「天界に戻っても会いに行くよ」

 と言うとヴァンダルのほうにり向き、彼のふところに飛び込む。

「……ヴァンダル父さんもさようなら」

 ヴァンダルは僕を抱きしめる。細身なのにとても力強い。

「これは別れではない新たないの始まりだ。お前はこの旅でより多くの仲間、友人と出会うだろう。もしかしたら新しい家族とも出会えるかもしれない」

「出会ったら真っ先にしようかいするよ」

「そうしてくれ。さて、あまり長話をすると別れがつらくなる。ほうようはここまでだ」

 と言ってヴァンダルは一歩後ろに下がった。しんくさくならないのはヴァンダルらしいと思った。

 僕はヴァンダルをしばし見つめると、ミリアに出立を告げる。

 ミリアは僕をきしめて離さないかと思ったが、意外にもなにもしてこなかった。

 ただ、鼻水を流すほど顔をゆがめ、手を振る。

「もう旅出たせる決意をしたから、これ以上なにも言わないけど、ちゃんと手紙を書くのよ」

「分かったよ。ミリア母さんもローニン父さんとあまりけんしないでね」

「あんな酒飲みに構っているひまはないわ」

 と言うとミリアはポーションをいくつかくれる。ぼうけんに役立つだろうという言葉をえて。

「ありがとう」と受け取ると、僕は彼らに背を向ける。このままだといつまでも別れ難さにこの場に留まってしまいそうだったからだ。

 早くテーブル・マウンテンを出立し、人間の街に行きたかった。

「そういえばウィル、旅をするとは聞いたけど、なにか目的はあるの?」

「さあ、ノープランだけど」

 と、ルナマリアのほうを見つめるが、彼女は神々に自分の心の内を話す。

「取りあえずしんたくに従い北を目指します」

「北か……、このミッドニア王国を出て行くのか?」

 と、白いあごひげをでるのはヴァンダル。彼はこの世界の地理にくわしいのだ。

 ルナマリアはかぶりを振る。

「いえ、ミッドニアとの国境にある森に向かいます。そこにあるという聖剣をこうかと」

「国境にある聖剣とはデュランダルのことか?」

「はい」

「しかし、あれは勇者にしか抜けないことになっているが」

「ウィル様ならば勇者の資格はあるかと」

 ふたりの視線が僕に注がれるが、そのような目をされても困る。

「何度も言うけど僕は勇者の印がないんだ」

「勇者とは印ではなく、その心根だと思っています。山の動物を助ける優しい心、悪漢におそわれる私も助けてくれました」

「通りかかれば誰でも助けるよ」

「そんなことはありません。この世界は案外がらいのです」

 ルナマリアがため息交じりに言うと、ヴァンダルもしゆこうする。

「その通りじゃ。世間様は案外冷たい。ウィルはこの旅でそのことを身をもって知るだろう。しかし──」

「しかし?」

「世間の温かい一面も知ることになる。くそみたいな世界じゃが、世の中、捨てたものではないとさつかくさせてくれる善人もまれにいる」

「ルナマリアみたいな子もいるってことだね」

「そうだな。ここまで清らかなはそうそういないが、彼女のような人間もいる」

 と言うとルナマリアは顔を染めるが、反論はしなかった。そろそろ出立の時間だからである。

「それではそろそろ旅立ちますね」

 ルナマリアがそう言うと、神々は名残なごり惜しそうに僕を見送る。

 全員がその場から動かなかったが、それでも僕が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。


 僕たちが去ったあと、神々はしんみりとつぶやく。

「ああ、可愛かわいいウィルが旅立ってしまった」

 ミリアのらくたんすさまじい。この前、白髪しらがが一本生えていたのを発見したときよりも落ち込んでいる。

 ごうたんなローニンですらかたを落とす。

「……くそう、やけ酒だ」

 と酒瓶をぐいっとあおるが、ヴァンダルだけはかくてき冷静さを保っていた。

「……まあ、旅立ったものはしかたない。より多くのものを得て帰ってくるのをいのるばかりだ」

 ヴァンダルはそうまとめると研究室にもどろうとする。

 ふたりはそのこくはくさを批難するが、ヴァンダルは気にした様子もなく去る。ただ、なにもないところでよろめく。内実はかなりショックを受けているようだ。

 その光景を見て軽く笑みをらすふたりの神々。

 ミリアはヴァンダルの肩を担ぐと、ローニンは酒瓶をかかげ言う。

「おい、じじい。研究など休みだ。今日は飲もう」

「なにを言う。わしは研究を──」

 ヴァンダルの言葉が止まったのは意外な人物が呼応したからだ。

 だんいつしよに酒を飲まないミリアまでも「飲むわよ」と誘ってきた。

 こうなったら飲むしかないか、と腹をくくるヴァンダル。たしかに彼らの言う通り、今日はなにをしても頭に入らないだろう。

 そのまま家に戻り、酒を飲むが、ちゆう、ミリアがあることに気が付く。

「そういえばレウスはどこに行ったのかしら。彼も誘いたい」

 その問いに答えたのはヴァンダルだ。

「レウスはおおわしになって大空をせんかいしている。神域を出るまでウィルを見つめていたいのだろう」

「ずるい。私たちはまんしているのに」

「まあ、いいじゃないか。この一〇日間、俺らがウィルをどくせんしてしまったし」

 ローニンがめずらしく弁護したのでミリアは引き下がる。

「まあ、いいか……、レウス、ウィルの無事を見守ってね」

 ミリアはぽつりとつぶやくと、神々の家で一番度数の高い酒をぐいっと飲んだ。

 その飲みっぷりはしゆごうのローニンよりいける口であった。


 一方、大空を旋回するレウスは風に身を任せながら大地を見下ろす。

 ぽつんと小さな点のようなものがふたつある。ウィルとルナマリアだ。

 すでにかなりのきよを歩いており、無事、神域を出られそうである。

 レウスはそのまま彼らに付いていきたい気持ちにあふれていたが、すんでのところで思いとどまる。

 レウスは新しき神々の中でも一番古き神に近い。

 古き神は神域を出てはいけないのだ。本来ならば天界にいなければいけない存在。地上にあまりかんしようしてはいけないのだ。

 ゆえにこのテーブル・マウンテンに引きもり、めいそうする日々を過ごしていた。

 それを思い出したレウスは大空を旋回すると、そのまま山へ戻る──。

 ことはなく、そのままウィルたちを追った。

 たしかに神々は地上のことに干渉してはいけない不文律はあったが、大空をってはいけない法はなかった。

 上空から愛する息子をながめることくらい許されるだろう。

 神のおきてを勝手にかいしやくしたレウスはそのままウィルたちの上空を飛びながら、彼をかげながら見守ることにした。

「……ローニンやミリアは不平を漏らすだろうが、まあ、これもあの山の主の役得だ。我がウィルを拾ったのだしな」

 レウスはそう漏らすと、つばさをさらにはためかせ、大空を舞った。

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