第二章 一四歳になった少年 10
このように最後の日々を過ごす僕たち。
時間は無情にも過ぎる。
旅立ちの当日を迎える。
成人の日。僕の一五歳の誕生日当日、僕はリュックサックに荷物をまとめるとそれを担いで家の外に出た。
そこには家族たちがずらりと並んでいる。
万能の神レウスは説明する。
「このものたちは別れを
レウスがそう宣言すると、ローニンが僕の胸を
「いい革の胸当てだ」
「ローニン父さんがくれたものだよ」
「ああ、お前にはフルプレート・アーマーよりもそっちのほうが似合う」
ローニンはにこりと
「ミリアのやつは相変わらずルナマリアをいびっているな」
見ればミリアはルナマリアに僕が好きな食べ物、
「存外、いい
「気が早いよ。それに彼女は巫女だ。神と
「神様と
「そうだね。神様だって地上に降りてきて子育てする時代だ」
「そうだ。ま、その子育ても終りが見えてきたが」
「終ったら天界に帰るの?」
「さあ、どうするか。新しき神々だからな、俺たちは」
新しき神々とは地上に降りて暮らしている神々をさす。基本、神様は天界で暮らすのだが、天界で暮らしている神は古き神々と
「天界に戻っても会いに行くよ」
と言うとヴァンダルのほうに
「……ヴァンダル父さんもさようなら」
ヴァンダルは僕を抱きしめる。細身なのにとても力強い。
「これは別れではない新たな
「出会ったら真っ先に
「そうしてくれ。さて、あまり長話をすると別れが
と言ってヴァンダルは一歩後ろに下がった。
僕はヴァンダルをしばし見つめると、ミリアに出立を告げる。
ミリアは僕を
ただ、鼻水を流すほど顔を
「もう旅出たせる決意をしたから、これ以上なにも言わないけど、ちゃんと手紙を書くのよ」
「分かったよ。ミリア母さんもローニン父さんとあまり
「あんな酒飲みに構っている
と言うとミリアはポーションをいくつかくれる。
「ありがとう」と受け取ると、僕は彼らに背を向ける。このままだといつまでも別れ難さにこの場に留まってしまいそうだったからだ。
早くテーブル・マウンテンを出立し、人間の街に行きたかった。
「そういえばウィル、旅をするとは聞いたけど、なにか目的はあるの?」
「さあ、ノープランだけど」
と、ルナマリアのほうを見つめるが、彼女は神々に自分の心の内を話す。
「取りあえず
「北か……、このミッドニア王国を出て行くのか?」
と、白いあごひげを
ルナマリアはかぶりを振る。
「いえ、ミッドニアとの国境にある森に向かいます。そこにあるという聖剣を
「国境にある聖剣とはデュランダルのことか?」
「はい」
「しかし、あれは勇者にしか抜けないことになっているが」
「ウィル様ならば勇者の資格はあるかと」
ふたりの視線が僕に注がれるが、そのような目をされても困る。
「何度も言うけど僕は勇者の印がないんだ」
「勇者とは印ではなく、その心根だと思っています。山の動物を助ける優しい心、悪漢に
「通りかかれば誰でも助けるよ」
「そんなことはありません。この世界は案外
ルナマリアがため息交じりに言うと、ヴァンダルも
「その通りじゃ。世間様は案外冷たい。ウィルはこの旅でそのことを身をもって知るだろう。しかし──」
「しかし?」
「世間の温かい一面も知ることになる。
「ルナマリアみたいな子もいるってことだね」
「そうだな。ここまで清らかな
と言うとルナマリアは顔を染めるが、反論はしなかった。そろそろ出立の時間だからである。
「それではそろそろ旅立ちますね」
ルナマリアがそう言うと、神々は
全員がその場から動かなかったが、それでも僕が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
僕たちが去ったあと、神々はしんみりとつぶやく。
「ああ、
ミリアの
「……くそう、やけ酒だ」
と酒瓶をぐいっと
「……まあ、旅立ったものはしかたない。より多くのものを得て帰ってくるのを
ヴァンダルはそうまとめると研究室に
ふたりはその
その光景を見て軽く笑みを
ミリアはヴァンダルの肩を担ぐと、ローニンは酒瓶を
「おい、じじい。研究など休みだ。今日は飲もう」
「なにを言う。わしは研究を──」
ヴァンダルの言葉が止まったのは意外な人物が呼応したからだ。
こうなったら飲むしかないか、と腹をくくるヴァンダル。たしかに彼らの言う通り、今日はなにをしても頭に入らないだろう。
そのまま家に戻り、酒を飲むが、
「そういえばレウスはどこに行ったのかしら。彼も誘いたい」
その問いに答えたのはヴァンダルだ。
「レウスは
「ずるい。私たちは
「まあ、いいじゃないか。この一〇日間、俺らがウィルを
ローニンが
「まあ、いいか……、レウス、ウィルの無事を見守ってね」
ミリアはぽつりとつぶやくと、神々の家で一番度数の高い酒をぐいっと飲んだ。
その飲みっぷりは
一方、大空を旋回するレウスは風に身を任せながら大地を見下ろす。
ぽつんと小さな点のようなものがふたつある。ウィルとルナマリアだ。
すでにかなりの
レウスはそのまま彼らに付いていきたい気持ちにあふれていたが、すんでのところで思いとどまる。
レウスは新しき神々の中でも一番古き神に近い。
古き神は神域を出てはいけないのだ。本来ならば天界にいなければいけない存在。地上にあまり
ゆえにこのテーブル・マウンテンに引き
それを思い出したレウスは大空を旋回すると、そのまま山へ戻る──。
ことはなく、そのままウィルたちを追った。
たしかに神々は地上のことに干渉してはいけない不文律はあったが、大空を
上空から愛する息子を
神の
「……ローニンやミリアは不平を漏らすだろうが、まあ、これもあの山の主の役得だ。我がウィルを拾ったのだしな」
レウスはそう漏らすと、