第二章 一四歳になった少年 9

 竜の山から聖蘭草を持って帰った僕とルナマリアは、神々から総出でむかえられ、祝福を受ける。

「よくやった」

「ようやった」

「でかした」

「がんばったわね」

 というそれぞれの言葉で賞賛されると、神々から旅立ちの許可を得た。

 僕とルナマリアは喜び、その場で飛びねるが、ミリアがくぎす。

「はいはい、そこまでー。旅立ちの許可をしましたが、不純異性交遊の許可はしていません」

 ふたりの間に割って入るミリア。

 無論、そんなことはしないが、面と向かってそのように言われるとずかしい。ルナマリアと少しだけきよを取る。

 そんなやりとりに呆れたのか、話を進めてくれたのは万能の神レウスだった。

 おおわしの姿をしたレウスは口を開く。

「ともかく、ウィルの旅立ちは決まった。一〇日後に出立する」

「すぐにではないのはどうしてですか?」

 ルナマリアが問うてくる。

「深い意味はない。一〇日後にウィルは成人を迎える。丁度いいと思ったのだ」

 それに、とレウスは神々をわたす。

「こいつらも心の準備が必要だろう。あと一〇日、たっぷり甘やかせてやれ」

 その言葉を聞くとローニンは酒をぐいっと飲み、「しょうがねえな」と口にし、

 ミリアは花がいたような笑顔で両手を挙げ、

 ヴァンダルは長いあごひげをさすりながら「時間を効率的に使う数式を作るか」と、つぶやいた。

 そのやる気満々の姿を見て、僕はため息を漏らす。これはこの一〇日間、ひまあたえられないほど可愛がられるな、と思った。

 ただ、いやな気持ちはしない。

 外の世界を見たいという気持ちは収まらないが、それと同じくらい胸をめ付ける思いもある。

 やはり家族に別れを告げるというのはさびしいのだ。

 永遠の別れではないが、かなりの長期間、家族の顔を見られなくなるのは確実であった。

 その寂しさをまぎらわせるため、この一〇日間、子供に戻ることにする。いつぱい、父さんと母さんに甘えることにした。


 こうして僕とルナマリアは一〇日間、神々の住まいで日常を送るのだが、残された一〇日の使い道はそれぞれだった。

 剣神であるローニンはいつものように剣のけいをつけてくれた。

「男は背中で語るもんだ」

 と余計なことは言わず、剣で語ってくれた。

 朝から晩まで剣の修行をする。

 その音を聞いてルナマリアは、

「ウィル様の強さのけつが分かりました。このようなこくな修行をしていれば強くもなります」

 と言ったが、僕はぽりぽりと指でほおく。彼女がけんとうちがいなことを言っているからだ。

 実は今している修行はとてもぬるいのだ。

 だんの修行はこのようなものではない。ローニンは僕と最後の語り合いをするため、かなり手をいてくれた。

 ルナマリアに説明しても信じてもらえないだろうが、普段はたきつぼの上から大木を一〇本同時に落とし、それをる修行などをしているのだ。

 それに比べれば剣を打ち合う修行など遊びであったが、最後の時間くらい剣と剣で語り合いたかったのだろう。

 僕もそれは望むところだったので、朝から晩までローニンと剣で会話をり広げた。

 剣神とはそのように過ごしたが、女親であるミリアはただただ僕を甘やかすだけだった。

 朝昼晩と僕の好きな料理を作ってくれたり、一緒におに入ったり、服を新調してくれたりした。

 一緒にお風呂に入ったときは特製のシャンプーでかみを洗ってくれた。

「女の子のようなつややかな髪ね。旅のちゆうでもちゃんと手入れするのよ」

 と髪をでられる。

 ミリアは女の子を育てたかった、とつねごろから言っていたので、美容には五月蠅うるさかった。あまりムキムキになって帰ってこないように、と釘を刺される。

「女の子がしいならば、ルナマリアと一緒にお風呂に入ったらいいかも。彼女の髪は手入れのしがいがあるよ」

 美しいぎんぱつが頭にかぶが、ミリアも案外、まんざらではないようだ。

「いきなりうちの可愛いウィルをさらいにきた子だけど、根は悪い子ではないみたいね。──ちがった形で出会ったら、むすめみたいに感じていたかも」

 と口にはするが、まだウィルはやれない、ととうを燃やす。

「ウィルとお風呂に入れるのは私だけ。あんな小娘に負けないわよ」

「大人になったらさすがにいつしよには入れないよ」

 と言うとミリアは「だーめ」と僕をきしめる。僕はいやがるが、その後、身体のすみずみまで洗われて、一緒のベッドで寝かされた。

 まあ、これもあと一〇日だと思うとまんできるはんではあった。

 ローニンの剣のけいがない日はヴァンダルのしよさいもり、一緒に本を読んだ。会話はほぼない。

 ヴァンダルは本を読むときはとても集中する。三日くらいなにも口にせず、トイレに行くのもおつくうそうにする。

 そのである僕も似たようなところがあり、本を読んでいるだけでいくらでも時間をつぶせた。

 僕は街で流行している小説を読む。ヴァンダルは古代魔法文明の未読の書物を読んでいた。

 ただ、ゆったりと時間が流れるが、ヴァンダルはぽつりとつぶやく。

「──そういえばお前が読みたがっていた本があったな」

 と言うとほんだなの奥にある本を差し出す。

「旅の途中で読むがいい。いい暇つぶしになる」

「いいの? これは読んではと言っていたけど」

 この本はくるえるじゆつリン・バザムという人が書いた本である。悪書と呼ばれ、読んだものをじやあくに導くといわれ、きん経典としてあつかわれていた。

 僕のような未熟なものは絶対に読まないように、ときつく注意されていた本だ。

「もうじきお前も大人だ。善悪の区別も付く。それにわしはお前にせいだくあわむような大人物になってもらいたいのだ」

「清濁併せ吞む──」

「そうじゃ、お前ならば悪と善だけにとらわれず多くの人々を救う存在になれるだろう。そのためには色々なことを学んだほうがいい」

「分かった。ヴァンダル父さんのくれた知識、絶対ににしない」

「無駄にしてもいいさ。ただ、取捨せんたくしてほしい。無限にあふれる情報の中から、真に必要なものを選び出せる能力を持ってほしいのだ」

 ヴァンダルはいつしゆんだけ遠い目をすると、そのまま読みかけの本に視線をもどす。

 僕もそれ以上なにも言わず、小説を読み続けた。


 このように三人の神々と過ごすウィル。その間、ルナマリアは気を利かせ、そっとしておいてくれた。

 としての修行をすると、ひとり、森の奥にけていた。

 ルナマリアはたきを見つけると、そこで身体からだを清め、滝に打たれる修行をする。

 ぜんになった彼女は神にいのりをささげながらおうのうする。

「──念願の勇者様には会えた。とても素晴らしいお方だった。しかし、彼を見ているとじやねんいてしまう」

 家族と仲良く暮らす様を見ていると、うらやましいという気持ちが湧いてしまうのだ。

 ルナマリアは幼きころに両親や家族を亡くし、以後、ずっとしん殿でんに籠もって修行してきた。

 温かい家族というものから何年も遠ざかっているのだ。それゆえになかむつまじいウィルたちを羨ましく思ってしまうのは仕方ないように思われたが、根が真面目なルナマリアはそのことをいましめる。

「羨んでは駄目、羨んでいるといつかその感情はしつに変わる──」

 自分にそう言い聞かせるが、いくら水を浴びてもぼんのうは消え去らない。

 ルナマリアが懊悩していると、小さなヒヨドリがやってくる。

 そのものはルナマリアに語りかける。

「地母神の巫女よ。なやんでいるな」

「……その声はレウス様?」

「そうだ。我はヒヨドリの姿で話しかけている。お前はウィルたちを見てえんりよしているようだな」

「……神にかくし事はできませんか。その通りです」

「仲睦まじい家族を羨んでいるようだな」

「はい」

「羨むのは悪い感情ではない。それが嫉妬に変わらなければ」

「ですが、自信がありません。いつかみにくい感情にとらわれてしまうような気がして」

「ならば自分からその幸せに飛び込むのだ」

「飛び込む?」

「そうだ。ウィルと神々の中に入ればいい。彼らは快くお前をむかえるだろう」

 ──ミリアは嫉妬交じりにいじめてくるかも知れないが、とじようだんを言うレウス。

「しかし、私などが……」

 と言うと遠くからウィルの声が聞こえる。

 どうやらあまり姿を見かけないルナマリアを心配してやってきたようだ。

 レウスは言う。

「ウィルは見ての通りの子だ。神々を父母として大切に思っていると同時に、山の動物も大切な仲間だと思っている。あの子にとっていとおしきものはみな、家族なのだ。その中にもうもくの巫女が加わってもじやに思うことはない。いや、だれよりもお前を大切に扱うだろう」

 ヒヨドリはそう予言を残すが、ルナマリアは反論する。

「そうでしょうか? ならばなぜ、ウィル様は近づいてこないのでしょうか?」

 音を聞けばウィルは数十メートルはなれた場所にとどまっていた。家族ならば、仲間ならばもっと近づいてほしかった。

 ただ、それについてはルナマリアのかんちがいであるのだが。

 レウスは飛び立つ前に言う。

「ウィルが立往生しているのは、お前がはだかだからだ。美しきしんを持つ少女よ、少年とはとしごろの娘の裸を気軽には見られないのだ」

 その言葉を聞いて自分が素っ裸であることを思い出す。

 神殿では女性しかおらず、平気ではださらすことができた。しかし、異性の前では肌を晒してはいけないことを思い出す。

「──目が見えないのを不自由と思ったことはありませんが、これからは注意しないといけませんね」

 ルナマリアはタオルで身体をくと衣服をまといウィルのもとへ向かった。

 その後、ウィルにさそわれて皆で食事を取った、ごうせいな食事で女神ミリアが焼いたケーキも出てきた。

 ローニンは酒を飲み、ミリアはケーキを切り分ける。ヴァンダルは食事中も本を読む。ウィルは楽しそうにそれらをにこにこと見る。

 ルナマリアは楽しいという感覚をひさしぶりに思い出した。

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