第二章 一四歳になった少年 1

 一四歳になった僕。

 正確には一四歳と一一ヶ月と数日。

 つまりほとんど成人となっていた。

 もはやたいは立派な大人──とは言い切れない。

 激しい修行を重ねたが、僕の身体はローニンのように大きくはならなかった。

 かといってヴァンダルのように貧弱でもない。

 いていえばミリア母さんから胸とくびれを取ったような感じ。どちらかといえばきやしやだった。

 顔もどこか女の子っぽい。女装をさせればさぞ美人になるだろう、とはローニンの言葉であり、ミリアが実行しようとしたところであるが、僕は必死にていこうした。

 だから今まで女装はさせられずに済んだが、一五歳の誕生日、つまり、成人の日までに一度はさせたいとミリアはねらっていた。

 女装などさせられたらたまらない。山の仲間たちに笑われる。

 そう思った僕は成人の日の準備をする父母たちに背中を向け、おおかみのシュルツの背中に乗った。

 気晴らしに山を散策するのだ。

 友の背に乗った僕は風と一体になる。

「風が心地いい……」

 素直な感想を漏らすと、友がたずねてくる。

「我が友ウィルよ。お前が山を下りるとは本当か?」

「どこでその話を?」

「山の仲間たちがささやいている」

「カーバンクルのリックだな。さては」

「あいつはおしゃべりだからな」

「たしかに」

 僕が間接的に犯人の名を告げると、シュルツは真面目な表情で問い直してきた。

「して真実なのか?」

「…………うん」

 やや間を置いて答えたのは、親友にうそをつきたくなかったからだ。

「レウス父さんが言ったんだ。僕はやがてこの山を下りるって。やがて救世主というやつになるらしい」

「救世主か。たしかにお前のような男がこの世界に必要なのかもしれない」

「ごめんね。そうなるともう君たちを守れない」

「なにをしやくな。山を守っているのはウィルだけではない。この山には他にも猛者もさがいる」

「シュルツとか?」

「そうだ。俺は狼最強だ」

「そうだね。あとはくまのハチも強い。僕がいなくても山は守れると思う」

「いざとなったら神々にご協力願うさ」

「そうだね。神々は人のいさかいに参加しちゃらしいけど、動物はありかもしれないし」

「まるでとんちだが、実際、何度も守ってもらった」

「そうだね。僕がいなくなってもやっていける。……ちょっとさびしいけど」

「なあに永遠の別れじゃないさ。我々の絆は不変だ」

 レウスのようなことを言うシュルツをきしめた。

 狼特有のゴワゴワした毛並みであったが、その下かられ出る温かさは心地よかった。

「……シュルツ、さようなら」

「……こんじようの別れのようなことを言うでない」

「たしかに。またいつか会えるよね」

「そうだ。世界を救ったあと、お前は再びこの山にもどってくる。いや、救わなくても戻ってきていい。ここはお前の故郷なのだ。戦いにつかれたらいつでも戻ってきていいんだ」

「必ず戻るよ。世界のはしから端を見たあとに。ここより良い場所なんて存在しないからね。戻ってきたときはシュルツもおよめさんをもらっているはずだから、子供を僕に見せて」

「生意気なことを言うな。だが、まあ、それも悪くない。お前のおりから解放されたら嫁を取るひまくらいできるだろう」

「ヴァイスとけつこんするんだね」

 ヴァイスとは山にいる白い毛並みの狼である。シュルツとは幼なじみであるが、たがいに意地っ張りでなかなかこいに発展しない。

「あのようなおてんを嫁にするくらいならば熊でも嫁にするわ」

 シュルツはずかしげに顔をそむけると、身体からだを寄せてきた。

 最後の別れ、僕のにおいを染みこませるかのように身体をこすりつけると、別れをしんだが、その動作がちゆうで止まる。

 シュルツはしんみような表情をすると、ふもとのほうを見つめる。

「──なにものかが近づいてくる」

 僕も同じような表情になる。

 僕はシュルツの鼻の良さに全面的なしんらいを置いていた。

「なにものって?」

「分からない。おそらくは女だ」

「女?」

「ああ、人間のな」

「人間の女──」

 言葉をまらせたのは、生まれてから一度も人間の女を見たことがないからだ。

 山の動物のめすは見たことがある。女神も当然ある。しかし、人間の女は見たことがなかった。

 このテーブル・マウンテンは神々が住まいし山、聖域であるから人間が近寄ってはならないことになっている。

 人間の男はまれに迷い込んできたり、あるいは意図的にしんにゆうしてくるが、人間の女がやってきたことはない。

 それくらいこの山に至る道が険しいということでもあるが。

「……人間の女か。父さんたちに知らせたほうがいいかな?」

「それがいい」

 と言うシュルツだが、僕は麓へ向かう。

「どうした? 知らせに行くのではないのか?」

「そう思ったけど、それは山鳥に任せる。僕はその女性を助けに行くよ」

「助ける?」

 シュルツが不思議な顔をしたので説明する。

「今、ほうちようかくを強化したら、金属音が聞こえた。よろいを着た男が複数、こちらに向かっている。彼女を追っているようだ」

「なるほど、しかし、男たちのほうが善かもしれないぞ」

「ミリア母さんは言っていた。女を寄ってたかっていじめるのは悪だって」

「なるほど、その原則を信じるか」

「うん、それにだけど、彼女が放つ心音、とても心地よいんだ。こんな心音をひびき出せる女性が悪党のわけがない」


「この距離で彼女の心音を聞き分けたと言うのか?」


 シュルツはおどろきの表情を見せる。

 通常、《聴覚強化》の魔法を使っても、この距離から人間の心臓の音を聞き分けることなどできない。

 じゆつの天才にしかできないこうであるが、ウィルはやはり天才なのだろうか。

 改めて長年連れった相棒であるウィルを見つめると、シュルツは背中に彼を乗せ、走り出した。

 風と一体になるかのように木々の間をけると、そのまま山を駆け下り、女性のもとへ向かう。

 シュルツたちが駆けつけると、白い法衣を着た女性と鎧を着た男たちがせんとうり広げていた。

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