魔王学園の反逆者 ~人類初の魔王候補、眷属少女と王座を目指して成り上がる~

第二章 はじめての魔法授業 4

 そんなわけで、昼休み開始のチャイムを聞いたところで、やっと解放された。

 ……そういえば、呼び出された理由をすっかり忘れていた。

 まあ話が支離滅裂だったおかげで、退学にも停学にもならずに済んだ。教室に戻ると、ちゃんと席も用意されていて、先生やみんなも、俺に悪口を言わなくなっていた。

 みんな、人の失敗を許せる、心の広い人たちなんだ。しかしまだ心の距離はあるようで、目を合わせてくれないし、話しかけようとしても避けられる。

 きっと、シャイなのに違いない。

 おびえているようにも見えるが、それは俺の気のせいだろう。

「ユート」

 リゼル先輩が教室の入り口に立っていた。

「一緒に昼食はどうかしら?」

 リゼル先輩と昼メシ!? 学園ものの定番イベント。一緒にお弁当というやつか!

「よろこんで!」

 俺はカバンから弁当箱を取り出すと、リゼル先輩の後に付いて行った。

 行った先は屋上でも中庭でもなく、学食だった。

 しかし魔王学園の学食は、俺の知っている学食とは違う。まるで高級レストラン。ランチだって、まるでコースメニューだ。

 そんな中で、弁当箱を広げる俺。

 場違いなことこの上ない。

 俺の向かいでは、優雅にナイフとフォークを操るリゼル先輩が、メインのまつさかうしステーキを召し上がっている。

 時たま、じっと俺の弁当を見つめるのが、心に痛い。きっと、なんて貧相でみすぼらしい食事なのだろう、と哀れんでいるに違いない。

「そういえば校長室に呼ばれたんですって? 大丈夫だった?」

「はあ……まあ、特に報告するような話はないんですが……」

 というか、赤裸々なオタトークなど報告できないし、したくもない。

「あの校長って、本当に現魔王なんですか?」

「ええ、そうよ」

 マジか……。マジだったのか……。

 てっきりそれも冗談だと思っていたのに。結構、気軽に話とかしちゃってたけど……本当に魔王だと聞くと、今になって大丈夫だったかな? と不安になる。

 しかし、今さら心配しても取り返しが付くものでもない。とにかく今は、先輩との昼メシを楽しもう。

 俺は切れ目の入ったタコさんソーセージを箸でつまみ上げた。

 そのソーセージを先輩の目が追う。

「どうかしましたか? 先輩」

「いえ……実物を見るのは初めてだったから」

 実物って、タコさんソーセージを?

「良かったら、一つ食べます?」

「いいのかしら? でも、交換しようにも私の方はステーキくらいしかないけど」

「いえ、むしろ大歓迎です」

 まさかソーセージと松阪牛のトレードが成立するとは思わなかった。

 俺が差し出した弁当箱から、タコさんソーセージを一つフォークに突き刺すと、うれしそうに眺めた後で口に運ぶ。

「うふふ……何だか楽しい。それにとても美味おいしいわ。ユートのお母様は、料理がお上手なのね」

 満足そうに、にこにこ笑う表情が可愛かわいい。普段は大人っぽいのに、こんなときは女の子っぽい可愛らしさを見せるなんてズルい。

 先輩の顔に見とれていると、大きめに切ったサーロインステーキをフォークに刺して、片手を下に添えて俺の前に持ってくる。

「はい、あーん」

 思わず周りを見回した。

 すると今まで俺たちを注目していた生徒たちが、一斉に目を背ける。

「ふふ。人の目なんて気にすることないわ。フランスの王族は、私生活の全てを人々に公開していたというじゃない」

「いや、俺普通の人だし」

「いずれ王様になるんだから」

「仮に魔王になったとしても、プライベートは大事にしたいです」

 なんてやり取りをしている間も、リゼル先輩は中途半端な姿勢で、両手を差し出している。疲れるだろうし、このままの姿勢を続けさせるわけにはいかない。俺は肉に向かって首を伸ばす。

 でも、これって間接キス……だよな?

 そんなことを考えると、余計に緊張する。思いきって口を開いて肉に食いつく。俺の唇からフォークが引き抜かれた。

 口の中に残った肉をしやくする。

「……うめえ」

 思わず、うっとり。

「ふふふ、よかった。もっと食べる?」

「いえいえ、さすがにこれ以上は罪悪感があります」

「そう? じゃ……」

 先輩は鉄板に残った一切れをフォークで刺し、食べようとして唇の少し前でぴたりと止める。

「──これって……」

 今さら間接キスに気付いたみたいだ。少し目を見開き、かすかにほおが染まっている。

 さすがに嫌だよな? でも、目の前で食べるのをやめると俺が傷付くと思って、迷っているのかも知れない。

「あの、無理しないで──」

 言い切る前に、先輩はうるんだ瞳を細めると、そのまま肉を口にした。

 気まずい。何か言わなければ。

「い、いやーこの肉、すごく美味しいですね! こんなの、初めて食べましたよ!」

「そ、そうね……最後の一口は、特別に……美味しかった、かも」

 そんなことを、もじもじしながら言われると、俺の胸もドキドキと音を立てる。

「ゆ、ユート? そろそろ行きましょ。学園を案内するわ」

「は、はい」

 二人とも、恥ずかしい空気が満ちたテーブルから逃げるように、立ち上がった。


◇     ◇     ◇


 リゼル先輩と並んで校舎の中を歩き、図書室、科学室、美術室などを一つずつ巡っていった。設備が行き届いていることを除けば、普通の高校のようだ。

 窓からは広い校庭が見え、その先は森になっている。

「あの森も魔王学園の敷地よ」

あきれるほど広いですね……」

 所々森が途切れ、野球場やサッカー場などが見える。それと、今いる校舎と同じような建物があった。

「あれは中等部の校舎ね」

「へえ……じゃあ、れいなはあそこにいるんですね」

「ええ。基本的に顔を合わせるのは放課後だけね。でも、毎日パレスに来ることになっているわ」

 窓から離れて、再び廊下を歩き始める。

 学食にいたときからそうなのだが……リゼル先輩は、いつも周りの生徒たちの視線を集めている。そして、うわさをする声が絶えない。

「見て、リゼル様よ。何て美しいのかしら……」

「さすが侯爵家のお嬢様……気品が違うわね」

「しかも魔法の成績はトップクラス……魔王のアルカナを授かるのに相応ふさわしいお方……なのに」

 そして次に、俺へと視線が移り、

「どうしてあんな平民が……」

「平民どころか、人間らしいぜ」

「うそっ!? リゼル様に近寄ることすら恐れ多いのに……」

 なんか、すみません。と、謝りたくなる。

 自分で言うのも何だが、リゼル先輩と俺とでは釣り合いが取れない。みんながそう思うのも無理はないのだ。

 そのとき、俺の手に先輩の指先が絡みついた。

「っ!? り、リゼル先輩!?」

 手をつながれた。

 しかもこれって……恋人つなぎってやつ!?

「気にしちゃ駄目よ? あなたのことは、この私が認めているのだから」

 みんなの評判を聞いて俺が落ち込んでいるんじゃないかって、気を遣ってくれているんだ……なんて優しいんだろうか、先輩は。

「ありがとうございます。でも、みんなの気持ちも分かりますよ。やっぱり魔王候補っていうのは、気になる存在というか……みんなにとって他人ひとごとじゃないんですね」

「もちろんよ。自分たちの王になるかも知れないんだから」

 魔王、貴族、上級魔族、平民……そして人間、か。

 そういえば、俺はその関係について、はっきりとは理解していなかった。言葉のイメージから、何となく想像しているだけだと、今さらながら気が付いた。

「さっき校長からも少し聞いたんですけど……校長が魔王ってことは、あの人が魔族の王ってことなんですよね?」

「ええ。全ての悪魔の王よ。この世界とは別の魔界を支配している。当然、こちらの世界も魔族の支配下にあるから、二つの世界の支配者になるわね」

「つまり、人間の上位に魔族がいて……その魔族にも身分制度があるんですよね。先輩は貴族って言ってましたけど……」

「一応ね。名ばかりの侯爵家よ」

 侯爵って、貴族の爵位の中でもかなり偉いんじゃなかったっけ?

「魔族の身分制度は、上から大公、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵という序列になっているわ。爵位ではないけれど、階位で言えば、その下に騎士、それから上級魔族、一般魔族、名誉魔族と続くわね」

 名誉魔族は聞き覚えがある。前に父さんが言っていた、人間が得ることの出来る称号ってやつだ。

「ちなみに、雅は辺境伯。れいなは子爵家よ」

「そうなんですか……貴族って、やっぱり大きな領地を持っていて、家来が大勢いて……って感じなんですか?」

 つないだ手の、先輩の指先に力が込められた。

「人間界には、魔王の直轄地と各貴族が持つ所領がある。そこから得られるエネルギーが、私たちのエネルギーとなり、魔界を支えているの」

「人間界からのエネルギーですか?」

「……誤解して欲しくないから最初に言っておくけど……魔族は人間の心の動きをエネルギーにしているわ」

「心の……動き?」

「ええ。感動や喜び、それにあらゆる欲望、悪意や恐怖もね」

 俺の心の中にわずかな恐怖が生まれる。

 それを感じ取ったかのように、先輩が俺の手を強く握った。捨てられないように、まるですがり付くかのように。

「だからわざと人間に苦しみを与えたり、堕落させたりしてエネルギーを回収しようとする連中も多い。悪魔の悪いイメージはそこから来ているの」

「……そうだったんですか」

 それでゲルトは俺を家畜呼ばわりしたのか。

「でも分かって欲しいの。魔族の中には、そんな簡単に利益を上げようとする者たちだけじゃないって。芸術や平和を与えることで、純粋な喜びや、前向きなエネルギーを採取しようとしている魔族もいるわ」

 リゼル先輩の真摯な瞳が、俺を見上げている。

 そこには誠実さ、そして信じて欲しいという願いの光がある。

「ありがとうございます。変に取り繕われるよりも、ずっと信用出来ます。俺は、リゼル先輩を信じてます」

「ユート……」

 リゼル先輩の宝石のような美しい瞳がうるんで、より輝きを増した。

 見つめ合うのが恥ずかしくて、俺は前を向く。

「なんか……魔王を目指すのも、いいかなって気になってきました。人間が魔王とか、矛盾してるかも知れないですけど」

「私はユートは人間だからこそ、次期魔王に相応しいと思うわ」

「へ?」

「他の魔王候補は全員貴族。みんな己の栄華のために魔王になろうとしている。でも、愛の魔王であるユートなら、二つの世界を愛で支配できる。私はそう信じているの」

「リゼル先輩……」

「もっとも」

 と付け加え、先輩は可愛らしく片目をつぶった。

「それには厳しい特訓を受けて、実力を付けてもらう必要があるけど」

「……前向きに検討します」

 まったく。あめむちの使い分けが見事だ。

 結局のところ、俺はこの美しい悪魔な先輩の手の平の上で、転がされているだけなのかも知れない。

 それはそれで、悪くない気もした。

「それじゃ、後は体育館をのぞいたら教室に戻りましょう」

 角を曲がると、渡り廊下があり、その先に体育館があった。

 俺たちは体育館の前まで行き、扉を開ける。

「……あれは!?」

 体育館の真ん中で、血だらけの男が倒れていた。

 さんざんなぶられたのだろう。制服はボロボロで、顔の形も変わってしまっている。だが、辛うじてそれが誰だか分かった。

「ゲルト!?」

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