第二章 はじめての魔法授業 1
転校初日は、校舎に入る前に気絶して、その後は魔王候補控え室──通称『
結果だけ見れば、初日からサボったようなものだ。
そして二日目。
「ゆーくん。
朝食の食卓で、にこにこ微笑む母さんに対して罪悪感が湧く。
「う、うん。まあ、何とか……」
歯切れ悪く答えると、父さんがタブレットから顔を上げる。
「何か問題でもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「そうか? だったらいいんだが……父さんは昨日お前のことが心配でな、対戦格闘ゲームで十連勝しか出来なかったぞ」
「そんだけ勝てば十分だよ」
うちの両親はゲーム好きだ。ゲーマーと言っても良い。さらに言うとオタクである。新番組のアニメチェックも一通りするし、
二人ともアラフォーだが、よその親に比べると割と気持ちが若いからかも知れない。さらに見た目はもっと若い。三十代そこそこ、ヘタをしたら二十代でもいけるかも。
母さん
「お友達はできた?」
その美魔女、いや母さんが少し心配そうに訊いてきた。
あれを友達と呼んで良いのか若干疑問だが、ここは
「うん。特に仲が良くなったのは三人かな。面倒見の良い人たちで助かってるよ」
「そうなの。良かったわね~」
母さんは心の底からほっとしたように微笑む。
「まったくだ。まさかうちの子が銀星学園……魔王学園になあ」
しみじみつぶやく父さんに、俺は思わず苦笑いをしてしまう。
「またそれなの? 父さん」
「貴族で、しかも優秀な子供……そんな超エリートでなければ入れないからな。雲の上の存在だよ」
とすると、リゼル先輩たちもいいところのお嬢様ってわけだ。雅はパッと見、そうは見えないけど。
「だからお前が魔王学園で楽しい日々を送ってくれるだけで、父さんは満足なんだ。確かに魔王のアルカナに見初められたのは喜ばしいが、無理に魔王になろうとしなくてもいい」
「その通りよ、ゆーくん! 危ないことは絶対にしちゃダメだからね!」
二人とも悪魔の世界には詳しいから、次期魔王を決める魔王大戦についても当然知っている。だから俺のことを心配してくれているんだ。
分かったと返事をして朝食を終えると、俺は魔王学園へ登校しようと、家を出た。
そして角を一つ曲がったところで、見慣れない車が
黒塗りのやたらデカい車だった。もしかしてロールスロイスじゃないか? この辺りじゃ、珍しいな──と思っていると、窓が開いて黒髪の美少女が顔を
「おはよう。ユート」
「リゼル先輩!?」
どうしてこんなところに? と思っていると、
「あなたを迎えに来たの。学園まで送るわ」
いや、でも悪いですよ、なんて遠慮の言葉を並べているうちに、執事風の運転手に背中を押されて後部座席に乗り込んだ。運転手が席に着くと、車は音もなく動き出す。
「すみません先輩。わざわざ迎えに来てくれたんですか?」
「ええ。ユートが登校中に襲われる可能性もあるから。護衛を付けようかとも思ったんだけど、それなら私の車に乗せた方が早いと思って」
「襲われるんですか? 俺……」
「もう経験したはずよ?」
確かに。俺は昨日いきなりゲルトにからまれたことを思い出した。
「心配しないで。あなたに手出しはさせないわ」
「なんか女の人に守ってもらうというのも、ちょっとかっこ悪いですね……」
リゼル先輩は首を横に振った。
「魔法を覚え始めたばかりなんだから当然よ。でも、すぐにあなたは強くなる。私をすぐに追い抜くくらいに」
「……にわかには信じられませんが」
「アルカナの声を聞いたのなら間違いないわ」
「へ? ええ、まあ……今朝もアルカナに起こされたので聞きましたが」
リゼル先輩はぎょっとしたように目を見開いた。驚きの顔も初めて見たが、大きく見開いた瞳は青い宝石のように
「ユート、あなたアルカナを目覚まし時計にしてるの?」
「頼んだわけじゃないんですけど、起こされるんですよ」
今度は小さく口を開けたまま、固まっている。その表情がやけに
色々な表情を持っている人なんだと気付いた。
「あきれた……よっぽど溺愛されているのね」
「は?」
なんだ、
「あの、先輩? 俺、何か幻滅させるようなことでも?」
「感心したのよ」
「だったらいいんですけど……」
「……明日から、私が起こしに行こうかしら?」
何かぶつぶつ言ってるけど、よく聞き取れない。
先輩の様子を観察している内に、車は学園に到着した。
止まっても降りる気配がないので、どうしたのかと思っていると、運転手が降りてドアを開けた。なるほど、自分で車のドアを開けたりしないのか。さすがお嬢様。
車から降りる動作ひとつとっても上品だ。俺は先輩と並んで歩きながら、しみじみとつぶやいた。
「やっぱり先輩は、いい家柄のお嬢様なんですね」
「どうかしら? 一応、貴族ではあるけれど」
「疑いようもなく、いいじゃないですか」
「
しかし、他の生徒たちが道を空け、恐れるような顔でこちらを見ている。ということは、リゼル先輩は他の生徒たちから恐れ多い存在と思われている、ということだろう。
思ったことをそのまま口にすると、先輩は俺に流し目を送る。
「そのうち、私よりもあなたを恐れるようになるわ」
またまた。ご冗談を。
そう心の中で思いながら、軽く笑う。
昇降口で靴を履き替え、教室に向かう廊下でも、生徒たちの反応は変わらなかった。
「じゃ、私が送ってあげられるのはここまでね」
一年D組の教室の前で、先輩は立ち止まった。
「ありがとうございます。ここからは一人でも大丈夫ですよ」
「いいえ、そういうわけにはいかないの。一人にはしないわ」
「え? でも先輩は二年生ですよね?」
「次の担当に引き継ぐから」
……次の担当?
「おっはよーっ! ユートっ!」
教室から飛び出して来たおっぱいに腕を挟まれた。
「なっ!? み、雅っ!」
昨日パレスで顔合わせをしたギャル、
今日も露出度の高い着こなしで、胸の谷間を見せつけている。その胸が、俺の腕を挟んでむにゅっと形を変えている。
「今日から同じクラスだよ。ぎゃるっとヨロシクね!」
「それじゃ雅、頼んだわよ」
「えへへ、バッチりょーかい」
「……それと、無意味な接触は避けて」
「無意味じゃないよ? こーして好感度をメキメキ上げて、カードにしてもらうんだから」
リゼル先輩は頭痛がするというように、眉間を押さえた。
「そういうことではなく、信頼を得られるような行動を心がけて」
「はーい」
返事は良いのだが、腕を放す気はないようだ。
先輩は諦めたように溜め息を吐くと、去って行った。何だか悩みが多そうで、気の毒だ。
「えへへー」
にへらと笑うこちらは、まるで悩みなどなさそうだ。
腕を引っ張られて教室に入ると、それまでざわついていた教室が、しんっと静まり返った。
……あれ?
全員の視線が俺に集中しているような?
迷惑そうな、
「なあ、雅」
「ん、なに?」
俺は声をひそめた。
「やっぱり俺が人間だから……みんなに嫌がられてる?」
「あー、そうかもね」
あっさり認められると、ちょっと傷付くな!
しかし雅は、一点の曇りもない笑顔で俺をなぐさめた。
「でも気にする必要なんか、ゼンゼンないって」
「雅……」
不思議なものだ。雅の明るい笑顔を見ていると、俺も明るい気分になる。屈託のない無邪気さが、今の俺には救いだ。雅が同じクラスだったのは良かった。
「そんなん、ちょっとユートの実力を見せてやればいいし! ドーンってやって、ババーンってして、ドヤァって!」
「擬音で話されても、何だか分からんが……もう少し穏やかに行こうぜ」