2-1 クリスマスの合コン

 クリスマス当日。

 俺はあやが事前に予約していた、お洒落しやれなのにカップルがほとんどいないお店の席に座っていた。

「しかし、こんなお店よく見つけたな。この時期ってお洒落なお店、カップルに占拠されてるもんだと思ってたけど」

 高級感や雰囲気はさすがに昨日のお店に劣るが、それでも値段が比較的リーズナブルなメニューが多いことを思えば俺にはこのお店の方が合っている。

 そんな胸中を知ってか知らずか、彩華は親指を上げてニヤリとした。

「ネットサーフィンより、やっぱり下見よ。私が幹事を務めるからには、キッチリしてあげるんだから」

「そういうところはしっかりしてるよな」

 素直に褒めたが、どうやら彩華はその言葉では不服のようだった。

「そういうところは、って言ったら普段しっかりしてないみたいじゃない。私、しっかりしてるんだからね」

「おー。じゃあ一つ聞きたいことあるんだけど、いいか」

 テーブルを挟み、向かい合った位置で確認する。

「な、なによ改まって」

「うん。なんで他の人来ないんだ?」

 質問すると、彩華はどきりとした表情を浮かべた。

「あ、あんた。聞いてしまったわね、この集まりのタブーを」

 そんな表情も芝居めいた口調も、俺の友達が口をそろえて美人だと言う顔だけあって女優のようになっている。

 だがそういった顔に胸を高鳴らせる段階は高校の時に過ぎ去っていた。

「うるせえ。男も女も、俺たち以外いないってどういうことだよ」

 電話口ではしっかりと合コンと言っていたはずだ。

「……間違えたの」

「はい?」

「時間伝え間違えたのよ! あんたにだけ一時間早めの時間で!」

 彩華は芝居めいた口調を一瞬で放棄して、いつものように話し始めた。

「確かに私が悪いけど、あんたも携帯見なさいよね。私、メッセージ何回か送ったのに既読すらつかないんだもの」

「え、まじか」

 確認すると、今日のお昼頃にラインが何件か届いていた。

『ごめん、時間伝え間違えた。夜の八時集合ね』

『夜の八時集合ね!』

『ねえ、返信くれないと私もその時間に合わせなきゃいけなくなるんだけど』

『せめて既読つけて』

『分かったわよ! 行けばいいんでしょ!』

「……ほんとだ」

 基本俺は家で動画サイトなどを垂れ流しているので、ラインの通知に気付かなかったらしい。

 マナーモードにしていたのも災いした。

「なんで返信くれないのよって思ってたけど、どうせあんた一人暮らしが寂しいからって音楽でも垂れ流してたんでしょ」

 彩華があきれた声を出す。

「集合場所で待たせるのもアレだし、わざわざ時間早めて来たのよ」

「ふーん」

 まあ、最初にミスをしたのは彩華だけど。

 しっかりとミスのフォローをしてくれるところは、良くも悪くも彩華らしいな。

 後でお礼くらいは言ってもいいかもしれない。

「そういえば、なんで予約の一時間前なのに入れたんだ?」

「この時間はまだ空いてるからね、融通利かせていただいたの。お会計の時にお礼言わなくちゃ」

 それから四十分ほど、メンバーが揃うまであいのない話で盛り上がった。

 しやくではあるが、友達の中で彩華が一番気を許せる存在だ。本人には十中八九からかわれるので言えないが、合コンなんかよりこうして二人で過ごしたほうが楽しそうだな、と思った。


    ◇◆


「チッス!」「ウィッス!」「ハロ!」

 男メンバーが大学生挨拶三拍子と共に訪れて、合コンのメンバーが揃った。

 彩華が選ぶだけあって、さすがに顔のレベルは高い。

 普通の挨拶さえしていれば、かなりの高ポイントだろうに。

 チッスやウィッスはまあ分かるが、ハロってなんだ。ハローの略だとしたら、別に略すほどの時間は取られない上に、今は夜だ。

「みんな、こんばんは!」

 彩華がニッコリ挨拶する。

 俺はそれを見て、思わず心の中でニヤリとしてしまった。

 高校の時から彩華は友達が多い。彩華のことを好いている人間は、性別に関わらず多かった。

 その理由が今の態度、外面の良さである。

 仲良くなるにつれて普段のキツめな態度が見え隠れしてくるのだが、どうやらここに集められた男には当たり障りのない、元気な女の子を演じているようだった。

「やや、彩華ちゃん! 今日は呼んでくれてありがとね」

「ううん、こちらこそ急なのに来てくれてありがとう! もとさかくんが来てくれてうれしいわ」

「いやいや、彩華ちゃんからの誘いならどこへでも付き合うよ」

「そんなこと言っても何も出ませんからねー?」

 彩華はクスクスと笑っているが、普段の彩華を知る俺もクスクスと笑いそうになった。

 合コンが始まると、男女の話は盛り上がった。

 時間がなかったので急に集めたという話だったが、男はじようぜつだし、女子はみんな可愛かわいかった。

 他愛のない話でも、盛り上がらないわけがない。

 俺も俺で、最初は嫌がっていたのにもかかわらずなんだかんだと一時間ほど楽しんでしまった。

 男女がそれぞれ向かい合う形式だったのだが、俺の正面の女の子とは漫画の趣味が合ったのもあって話に花が咲く。

 だが彩華の正面に座る元坂という男だけが、話をするというより彩華を口説くことに集中しているようだった。

「いやー、まじ彩華ちゃんみたいな彼女ほしいわー」

「元坂くんカッコいいんだし、すぐできるよ!」

「どうだろなー。まあ、彩華ちゃんとかが良いよねー、なんて言ってみたり」

「やだぁ、もう!」

「アッハハ!」

 元坂は机をバンバンと手で鳴らす。

 俺には分かる。これは冗談のように見せかけた本気のアピールだ。

 大した恋愛経験は積んでいないが、彩華に寄ってくる男の表情なら嫌というほど見てきた。

 彩華も彼氏はほしい、と言いながら軽薄そうな男からのアタックは全て退けている。

 そして悲しいかな、彩華の容姿に釣られて寄ってくる男はほとんどがこういったタイプなのである。

 高校の時はそうでもなかったのだが、大学に入学するとそれが顕著に表れた。

 そんな彩華にとっては好みでもないタイプにもかかわらず、友達としては仲良くしていることについて疑問に思い、「なんでそんなにみんなと仲良くするんだ」と聞いたことがあった。

「とりあえず、損はしないから」というのがその答えだ。

 俺からしたら何か面倒ごとが増えそうな気がしてならないのだが、彩華のスペックだと面倒ごとに発展させる前に処理できたりするのだろうか。

 そこまで聞いたことはないので分からないが。

 ……それにしても、この元坂という男。

 合コンが始まると途端に酒をがぶ飲みして、段々声が大きくなってきている。

 このお店は大衆居酒屋ではないのもあって、俺たちのグループは少し目立ってきている。

 挙げ句の果てには下品な話題を女子に振り始めて、さすがの彩華もこめかみをピクピクとさせた。

「元坂くん、ちょっと声っきいかも。あと、まだ会って間もない子たちにあんまりそういう話題は……」

「えー、なんで? 俺ここにいる男たちの代弁役買って出てるんだけど! みんなが女子に聞きたいことをだなー」

 元坂は相変わらずな大きい声で反論する。それに男たちでまとめているあたり、俺が下ネタの先陣を切ってやったとでも思っているのだろうか。

 他の男二人は顔を見合わせて、苦笑いしている。

 どうやら元坂の粗相はあくまで本人だけの問題らしい。

「そんなこと言っても、女子困ってるだろ」

 俺が言うと、元坂は思いっきり顔をしかめた。

「なんそれ、みんなノリ悪くねー?」

「いや、ノリとかじゃなくてさ。現に今こんな空気になってんじゃん」

「それ、お前が話止めたからじゃん?」

「そんなわけないだろ」

「何で言い切れんの?」

 元坂は不機嫌な声を隠そうともせず、俺を凝視した。

「それにさー、俺が行ってた合コンってそんな感じだったけど、これが普通でしょ?」

 その言葉を聞いて、彩華も反論するため口を開ける。

「確かに、そういう合コンもあるかもしれないけど……」

 この場がそうした雰囲気でないことくらい察してよ、という彩華の心の声が聞こえてくるようだった。

 だが絶望的に察しの悪い元坂には伝わらず「まあ、いいや。でさでさ、続きなんだけど」と話題を再び戻し始める。

 今まで彩華の隣にいる女子たちも元坂の話には終始困ったように笑うばかりだったが、それも今になると表情が暗い。

 この様子から察するに、彩華はあまり絡んだことのない友達を呼んでしまったらしい。

 だが、元坂を呼んだのは彩華だ。

 それも彩華は分かっているようで、今度こそ意を決した表情で顔を上げた。

 だが彩華が口を開いた瞬間、その場の雰囲気には少々明るすぎる声が飛び込んできた。

「あっれー、先輩だ!」

 元気良く飛び出してきたのは、先日サンタを退職した女子大生、はらの姿だった。

「こんばんは、がわ先輩!」

 志乃原は目を輝かせて近付いてくる。

 抜群の容姿で周りの目をきつける志乃原は、可愛い子が集まったこの合コンの席から見ても一層際立っていた。

 唯一志乃原に対抗できそうな彩華も、今は突然の来訪者に驚いて何とも言えない表情を浮かべている。

 通路側にある端の席に座っていた俺は、何でこんなタイミングでと思いながらも立ち上がった。

「よ、よう、奇遇だな」

「先輩~、昨日振りですねぇ!」

 甘えた声を出してくる志乃原は、昨日と少し様子が違う。

 俺は志乃原にこんなに甘えた声をかけられる覚えはないし、志乃原だって人前で甘えようとするやつじゃなかったはずだ。

 そもそも今日は場所だって知らせていないのに、一体どうやって辿たどいたのだろう。

 そんなことを疑問に思っていると、意外な人物が口を開けた。

「おい、何やってんだよ

 元坂である。

 俺や彩華に言動の注意をされてもビクともしなかった元坂は、志乃原の姿を見るや顔を青ざめさせた。

 名前呼びと、この焦り様。

 二人がどういった関係なのか分かった気がした。

「あれ、ここにいたんだ」

 志乃原は元坂の姿を認めるなり、俺と話していた時とは違う、冷ややかな声を出した。

「まあ、な。それより真由、なんでここに」

「私がここにいる理由なんてどうでもいいでしょ? 奇遇だっただけですよ、ゆうどう先輩」

 れいな視線を飛ばす志乃原は普段が可愛い顔をしている分、その怖さもすさまじい。

 志乃原はチラリと女子サイドの席を見ると、小さく息を吐いた。

「また、随分楽しそうですね」

「真由、誤解のないように言っとくけどな。これはみんなでクリスマスパーティーをしてただけだ」

「はあ、パーティーですか。とてもそうは見えませんが」

「そんなわけないだろ、この前の件で懲りたって」

 元坂は志乃原の頭にてのひらを乗せたが、志乃原はそれを手で振り払う。

「合コンだろ」

 二人の関係を察した俺は口を開いた。

 元坂がもし普通の言動だったならば、沈黙を守っただろうが。

 別に今は、口に出してもいいかなという気分になっていた。

「お前も自分で言ってたろ。ここは今までと同じ、女子に下ネタ振りまくる合コンなんだろ? 何うそついてんだよ」

「お、お前……」

 元坂はとんでもない形相で俺の顔をにらみつける。

 俺は察しの悪い振りをして、何食わぬ顔で見つめ返した。

 俺の言葉を聞くと、志乃原は首を振ってあきれた仕草をする。

「やっぱりね、そうだと思いました。私一応遊動先輩の彼女やってるんだから、恥かかせないでくださいよね」

「ち、違うって! こいつのつまんない冗談だろ!」

 元坂は俺に舌打ちすると、志乃原の方へ向かい合った。

「それに、真由こそこの男とどういう関係なんだよ、男友達少ないとか言ってたくせに!」

「自分のこと棚に上げて何言ってるんですか……と、迷惑になるので声抑えて」

 志乃原は周りの目を気にして、指を口に当てる。すると俺たちが注意しても聞く耳を持たなかった元坂はすぐに押し黙った。

 昨日志乃原が言っていた、「浮気をしてもあいつ私のこと大好きですから」という言葉は本当みたいだ。

「それと、羽瀬川先輩との関係ですけど。ただイブを一緒に過ごしただけの仲ですよ」

「ブッ」

 思わず吹き出す。

 語弊を正すために口を開くと、志乃原の眼光にとどめられた。

「頼むから合わせて」と言わんばかりだ。

 ……後日、何かおごらせよう。

 イブのことを聞いた元坂は、青い顔からさらに血の気を引かせた。

「いやいや……浮気だろ、それ……女が浮気していいと思ってんのかよ」

「男は浮気していいんだ?」

「でも、女はダメでしょ」

 元坂は小声で反抗的な声を漏らす。だが誰の目にも、その場でどちらが優勢かは明らかだった。

 そこで、彩華がパンパンと手を鳴らした。

「はい、今日はここで解散にしよ。また日が合ったら集まろうね」

 隣に座る女子たちは顔を輝かせた。

 どうやら彩華は、元坂をなだめて場を収めるより解散したほうが良いと思ったようだ。

「はあ……彩華ちゃんの誘いだから来たけど、メンツがなあ。また違う時に呼んでくれよ」

 元坂は聞こえよがしに言うと、先に会計の方へズカズカ進んで自分の代金を支払う。

 まだ彩華から誘われると思っていることに驚いた。

「行くぞ、真由」

 元坂は志乃原に声をかけて店から出たが、意外にも志乃原は二つ返事でついて行く。

 店から出る間際、「じゃあ先輩、また」と手を振られた。

 俺は戸惑いながら、控えめに手を挙げた。

 頭に触れようとする元坂の手を邪険に振り払う姿が印象的だった。

「みんな、クリスマスなのにごめんねー……」

 会計を済ませながら彩華は珍しく落ち込んだ様子を見せる。

 男女共に口々に彩華をフォローしている。俺はそれを横目に、一足先にドアを開けた。

 シャラン、というクリスマスに合った鈴の音が、随分寂しげに聞こえた。

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