2-2 クリスマスの合コン

「あーもう! ほんと最悪!」

 帰り道、俺は夜道を彩華と二人で歩いていた。

 合コンにいた一同とは駅で解散して、皆それぞれの方面に帰った。

「まあ、勉強になったろ。一緒に酒飲んだことない人連れて行ったら、ああいうやつもたまにいるってことがさ」

「だからってなんでクリスマスなのよ……みんなになんて謝ればいいか」

「みんな彩華のことフォローしてただろ。ああなるまで楽しんでたって」

 俺も結構楽しんでいたので、元坂に邪魔をされたのは残念だった。

 雑談しかしなかったが、随分話が合う女子だった。

「楽しんでたなら、元坂くんがいなくなった後に二次会開くかーって話でも出るわよ。今回ほんとに失敗しちゃった」

「そうなの? 割とみんなの声聞こえてたけど」

「ずっと元坂くんに迫られてたせいでみんなに話題振れなくて、自然と一対一で話す環境にしちゃってさ。私の両隣、頑張って話を止めないようにしてて……って言い訳ね、これも」

 彩華は盛大にためいきいて、髪をかきあげた。

「まあ、あんたのところは楽しんでたみたいね。連絡先聞いておいてって頼まれたわ」

「お、まじか。漫画の趣味合ったからかな」

 彩華は素直にうなずいた。

「イブに他の女子と過ごすような男って知っててのお誘いだから、多分普通に友達になりたいんじゃないかな。メッセージくらいは返してあげて」

 そこまで言うと、彩華は思い出したように立ち止まった。

「てかあんた、志乃原さんと知り合いだったの? イブを過ごしたっていう例のサンタも、あの子?」

「ああ、そうそう。サンタが志乃原だよ」

「へえ、とんだ偶然もあるもんね。あの子、私の後輩よ」

 そこで、俺がっすらと感じていた疑問も解けた。

「そっか、彩華がお店の場所伝えたから志乃原が来たのか」

「うん、合コンの場所聞かれてね。……にしても私、志乃原さんにあんたと友達だってこと言ってたっけな。あんまり驚いた様子無かったけど」

「知らね。忘れてるだけじゃない?」

 彩華の勝手な紹介で他人に一方的に知られているのはよくある話だった。

 その返答に納得したように、彩華は頷く。

 いつも俺たちが別れる道に着いた。

 人通りが多い道なので、送る必要はないだろう。

「今日はごめんね。また埋め合わせするから」

「別にいらねえって。そんな気にするなよ」

「無理やり連れ出しといてこれだもん、それじゃこっちの気が済まないの。デートにでも連れてってあげよっか?」

 黒髪をくるくるといじりながら彩華は提案した。

 街灯の白い光で、れいな黒髪がよく映えている。

 そんな感想を飲み込んで、息を吐く。

「埋め合わせがそれって、どんだけ自意識過剰だよ」

「あれ、普通の男子なら喜ぶはずなんだけどなあ」

 彩華はわざとらしく口角を上げた。

 ……それがどうにも無理しているように思えた。

 普段からよくからかってくる彩華だけに、その表情の違いは俺にとって分かりやすい。

「……まあ、なんだ。そんなんで簡単になびく男なら、ここまで仲良くなってないだろ。こうやって話すだけで、楽しいよ」

 それを聞くと、彩華は大きな目をパチクリとさせた。

「……そうね」

 街灯の下で、彩華は夜空を見上げる。

 その表情はいつもの貼り付けたような笑顔ではなく、二人の時にしか見せない柔らかい微笑ほほえみ。

 ありがと、とつぶやく彩華はいつにも増して綺麗だった。


    ◇◆


 彩華と別れて家に帰ると、いつもの散らかったワンルームが俺を迎えた。

 時間はまだ午後十時。そろそろ世間のカップルが元気になる時間だろうか。

 久しぶりにSNSを開くと、高校や大学の友達の投稿がタイムラインに載っている。

 この時期の投稿は、俺にとって色々ツッコミを入れたいものが多い。

『今日はクリスマスコーデでデート! でも全然自信ないよ~』という投稿には、それなら写真なんてハナから載せるなと言いたいし。

『クリスマスツリーほんとにおっきい!』という投稿は、ツーショット以外何も写っておらず、ツリーを写せと言いたい。

 普段は特に何とも思わないのに、今日に限ってそう思ってしまうのはクリスマスだからだろうか。

 認めたくないが、やっぱりどこかでカップルを羨ましいと思ってしまっている自分がいるのだ。

 このままタイムラインを眺めていても心がすさんでいきそうだ。

 電源を切る前に何となく、もう一度だけスクロールする。

 すると、ある投稿に目が留まった。

『今日は、素敵な日になりそうな予感♪』

 内容は、何処どこにでもありそうな当たり障りのないものだったが。

 そのユーザーアイコンには、嫌というほど見覚えがあった。

 明るいブラウンに染めた髪の人物は、俺の元カノだ。名前はあいさかれい

 礼奈には一ヶ月前に浮気をされて、別れたばかりだ。

 それなりに吹っ切れてはいたものの、いざこうして顔を見ると胸がざわついた。

「……チッ」

 部屋に誰がいる訳でもないのに、その傷心を隠すかのように舌打ちをする。

 礼奈が発した素敵な日というワードだけで、色々想像できてしまった。

 一年記念日が近付いてきた時から、礼奈の気持ちが離れていく兆候はあった。

 初めはラインを返す頻度が徐々に少なくなっていった。

 デートに誘っても半分くらいは断られ、ついにはドタキャンまでされるようになった。

 それでもたまに行くデートは楽しかったし、礼奈もデートへ行くたびにSNSに投稿していたからまだ気持ちを戻せると思っていたのだ。

 そんな矢先の、浮気だった。

「……あー、思い出すのやめ!」

 考えたってどうにもならない。

 別れて散々落ち込んだ時、一度吹っ切れたらウジウジはしないと決めたじゃないか。

 いつまでってもこんなんじゃ、らしくない励ましを繰り返してくれた彩華に合わせる顔がないってもんだ。

 気持ちを切り替える意味も込めて、思いっ切り身体からだを伸ばす。

 背中がバキバキと音が鳴って気持ち良い。

 モヤモヤとした気分になった時は、こうして身体を動かすのが一番だ。

 ……そういえば。

 志乃原は無事に帰っているだろうか?

 昨日志乃原は、浮気という仕返しをしてから振りたいというようなことを言っていた。

 その日が、早速このクリスマスだったということか。

 あのプライドの高そうな元坂のことだ、みんなの前でけんしたあげくクリスマスに振られるなんて、かなりキツいものがあるだろう。

 加えてカップルの別れ際というのは一番ゴタゴタが起こりやすい時だ。

 立つ鳥跡を濁さず、なんてことわざはカップルには通用しない。

 お互いが合意の上で別れ、時間が経つと友達に戻るなどという穏便なてんまつは、志乃原と元坂を見ているとあり得ないのではないかと思えてくる程だ。

 気付くと、俺はラインで志乃原の画面を開き、通話ボタンを押していた。聞き慣れたはずの呼び出し音が、今は無機質に聞こえる。

 そして志乃原が出ることなく、画面は暗くなった。

 解散してからそろそろ一時間が経とうとしているので、もう家に帰っていてもいいはずだが。

 少し嫌な予感がするが、連絡が取れないのではどうしようもない。志乃原の家が何処にあるのかも知らないし、何より嫌な予感など思い過ごしのまま終わることがほとんどである。

 朝になったらこんな一抹の不安など綺麗に忘れていることだろう。

 俺は大きな欠伸あくびをして、お風呂を沸かすためのスイッチを押す。

 するとスマホから着信音が鳴った。

 電話を取ると、志乃原の声が聞こえた。

『もしもし、先輩?』

「お、志乃原。よかった」

 思わずあんの息を漏らす。

 するとスマホの向こうから、クスリと笑う声が聞こえた。

『もしかして先輩、心配してわざわざ電話くれたんですか?』

「んー、まあな……ほら、何かめんどうそうなやつだったしさ。二人は先に行っちゃったし、ちょっと気になって」

『あはは、別に何もないですって』

 明るい声色で否定される。

『実は私も、ちょうど電話しようと思ってたんですよ。先輩からかかってきた時、思わず二度見しちゃいました』

「へえ、偶然だな。何言おうとしてたんだ?」

 俺が聞くと、志乃原はバツが悪そうに答えた。

『……謝りたくて。巻き込んじゃったなあ、と』

「え?」

『その、今日の件とか。私のせいで、場の雰囲気悪くしちゃって。先輩たちは何も関係ないのに、私ったら』

「ああ、それなら大丈夫。志乃原が来るまでも雰囲気最悪だったよ」

 むしろ、志乃原が来たことで助かったとさえ言える。あのまま永遠としやべり続けられる方が、俺にとっては嫌なものだった。

『それでも、一応私彼女でしたしね』

「結局別れたのか?」

『まあ、はい』

 含みのある返事が少し気になったが、追及はしないでおく。志乃原が話したい時に、話せばいいだろう。

『カップルっぽいことしたいが為に告白を受けるのも、考えものですね。今回の件、元を辿たどれば私がそんな気持ちで付き合ったからですし』

 少し落ち込んだ様子の志乃原に、俺は日頃から感じていたことを言うことにした。

「そんなもんだろ。最初から完全なりようおもいで出来上がるカップルの方が少ないって」

 中学、高校の頃ならその比率は高かったかもしれないが。

 両想いからでしかカップルが成立しないなら、大学にいるカップルは恐らく半分以上が出来上がっていないだろう。

 中にはカップルのイベントに憧れて誰かと付き合う人も数多くいることは、確信を持てる。とはいえ、それを思っている人は多くてもはっきりと口に出す人はなかなかいない。

 そんな中志乃原が俺に心の内を話してくれていることは、素直にうれしかった。

『先輩って、やっぱり先輩ですね』

「どういう意味よ」

『いや、慰め方上手だなと。今の状況なんて、そうだな、志乃原も悪かったねって言われるかと思ったんですけど』

 意外なものを見たような雰囲気だ。

「自分にも非があるのを重々分かってて、それでも気持ちの整理がつかないから俺に話してるんだろ。わざわざ追い討ちかけて何になるんだよ」

『……ひゃー』

 志乃原は間の抜けた声を出す。

『先輩……やっぱり大人の余裕ってやつですか。尊敬です』

「なに。いきなりそんなこと言われたら気持ち悪いんだけど」

『あ、ひどい。私こう見えて、なかなか人のこと尊敬したりしないんですからね?』

「なかなか人を尊敬しないやつが俺を尊敬するなんて、それこそどこかズレてんじゃない。俺なんかより彩華とか尊敬しろよ。知り合いなんだろ?」

 一瞬だけ間を置いて、志乃原が返事をした。

『彩華先輩ですか。まあ、そうですね。考えてみます』

 それからは三十分ほど、あいのない話をした。用件が済んでも通話を続ける相手は、彩華を除いたらあまり数は多くない。

 特に盛り上がったのがSNSあるあるで、俺と近い感性を持っていた志乃原との話はかなり笑えた。

『ふう、そろそろお風呂に入らないと』

「だな、俺もそろそろ寝るわ」

『はい。じゃあおやすみなさい先輩。この埋め合わせは、また後日』

「おう」

『……今日はありがとうございました』

 お礼とともに、電話が切れる。

 いつの間にか、立場が逆になったな。

 そのことが無性におかしくて、くつくつと笑ってしまった。

 それに、彼氏とのことがとりあえずの収束を迎えても。

「また後日、か」

 窓から顔を出し、冬の乾いた空気を浴びる。

 出会いを経て、新しい日常が始まる。

 そんな予感が、見慣れた景色を鮮やかにしているようだった。

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