第一章 魔法学園入学①

 大きな鏡台の前に座って、鏡の中の自分の顔をあらためてじっくりと見る。

 美人、それもかなりの美人と言っていいと思う。前世ではあり得なかった青い髪は、ラピスラズリのような深い色合いで、自然のウェーブで豊かに波打ってこしまで流れ落ちている。白磁のように白いはだ、瞳の青はむらさきを帯びてタンザナイトのような色合い。すっと通った鼻筋、くちびるは小さくこころもち厚め。ちょっとセクシー系。

 スタイルもね、すでになんてーか、けしからん感じに育ってきてますわ。

 十五歳にして、アラサーだった前世より立派なんじゃ? 何カップだろこれ。まだ育つのか?

 そしてウエストは前世より細い。

 うん……。

 さわやかな朝の光が似合わない系……。

 花ならつぼみのおとしごろだってのに、えらく大人っぽいわ。

 大人っぽい分、れんさがないわー。

 おどろおどろしい古城とかでらいめいバックにたたずんでても背景に負けない、はくりよく美人だよ。

 可愛く微笑ほほえむより、唇のかたはしり上げてフッと笑うか、高笑いが似合うわ。

 しょーがないよね! 悪役令嬢だからね!

「おきれいです、おじようさま

「ありがとう、ミナ……」

 そばにひかえるメイドのミナ・フレイにたんたんと言われて、エカテリーナは力なく礼を言った。

 公爵家のお仕着せメイド服がよく似合うむらさきがみボブのクール美人、ミナは、皇都に来て以来ずっとエカテリーナのお付きとして世話をしてくれている。いつも淡々としたしやべり方で表情もとぼしく、人形のように無機質な印象で、最初はまどったものだ。

きんちようしてるんですか」

「そうね、少し」

 ほおに手を当てていきをつく。とうとうこの日が来てしまった。


 今日、エカテリーナはアレクセイと共に皇都こうしやくていを出て、魔法学園のりように移る。

 そして明日、学園に入学するのだ。

(びびってもしょうがないんだけど、手がふるえるわー……)

 学園で待っているものは、悪役令嬢としてのめつフラグ。

 さらに、ヒロインがとあるイベントをクリアできなかった場合の、皇国めつぼうフラグ。

 このうち破滅フラグは、すでに手を打った。アレクセイに皇子とは結婚しない宣言をして、認めてもらった。

 あとはヒロインにも皇子にも、できるだけかかわらない。ヒロインをいじめるなんて、絶対しない。きっとそれで、フラグは折れるはず。

 それよりおそろしいのは皇国滅亡フラグじゃないだろうか。自分が操作しているわけでもないヒロインがイベントをクリアできるかどうかなんて、わかりっこない。

 でも、ヒロインが失敗したら。ゲームをプレイした時には、そのイベントクリアを失敗してしまうと、あとはどうがんっても、皇国はほろぼされてしまった。すべてのじゆうを従える、最強のラスボス、りゆうおうに。

 だから、ゲームのシナリオから外れてしまうかもしれないけれど、自分にできることをやるしかない。そう思って、魔力せいぎよの授業は力を入れた。エカテリーナの魔力は土属性で、ヒロインとはちがう。その違いゆえに、頑張ってもイベントをクリアしたことになるのかはわからない。けれど、家庭教師からは魔力の強さを絶賛されたし、あたえられた課題はすべてこなせるようになった。

 まあ正直、魔法が使えることが楽しくて、夢中になっていたのも大きいんだけども。


 前世では、ゲームの設定でそれぞれのキャラクターに「魔力属性:何々」とか書いてあっても、ふーんと流してた。だって、キャラが魔法を使うゲームなんて山ほどあったし。

 だけど、その世界に生まれ変わってみて、実際に自分に「魔力がある」となったら。もう何とも言えない気分ですよ。わくわくするこうようかんあり、マジかよほんとに出来んのと信じられない気持ちあり。

 でも令嬢エカテリーナのおくで思い出してみると、小さいころにお母様から初歩の手ほどきを受けたことがあった。その感覚がよみがえったとたん、あ、出来るわってなった。むしろ出来て当たり前くらいの感じ。

 魔法を使う、というと前世ではいろんなパターンがあった。つえを持ってじゆもんを唱える、世界的ベストセラーファンタジー小説とかね。

 でもこの世界では、魔法という言葉を使うより、魔力制御という表現をすることが多い。自分の中に生まれつき備わっている力を使って……世界と接続し、それを制御する、という技術。

 おわかりだろうか?

 うん、わからないよね。三本目のうでの動かし方、みたいな感じで。あれば使えるのは当たり前、なければ使い方を語られてもさっぱり。そういうものですよ。

 で、私の魔力は属性が土なんだけど、土に対して魔力を発動すると「流れ込んでいく」感じがあって、流した魔力の量に応じて、土を動かしたり変質させたりできる。

 思わず風とか水とか、自分の属性ではないものに魔力を向けてみたりしたけど、流れ込まないね。属性が違うってこういうことなんだなあ、って不思議なような、当たり前なような。

 あ、ただゲームとかまんでよくあった、わざの名前をさけぶってこうはここではあり得ませんでしたー。もし叫んだら、フツーにずかしいです。

 そんなわけで、魔力制御の実習は我ながらテンション高かった。この公爵邸の広大な庭の一角を使わせてもらって、家庭教師の先生といつしよに少しずつ高度な制御をこなしていったんだけど、もっとやらせて! もっと難しいことやらせて! オーラを出しまくっていたと思う。

 しゆうばん、土を人型(いわゆるゴーレム)にして操作する、という課題をもらった時には、ついついぼんおどり的なへんな踊りを踊らせて、先生を笑わせてしまった。なんかすいませんでした。

 まあそこからかきが下がったというか会話がしやすくなって、先生は今アカデミーへの就職活動中で、家庭教師は臨時の仕事だとか、小さいお嬢さんがいるとか、そんな話が聞けるようになったので結果オーライってことで。おおがらでちょっといかついけど、眼鏡で温和な印象のマルドゥ先生、お世話になりました。

 なお、へんな踊りは笑われたけど、初めてゴーレム作ってあれだけ動かせるのはすごいと絶賛された。

 ただ絶賛はされたけど、つうにすごいと感心されるレベル。転生ボーナスでチートレベルの魔力がされてたりして、とかちょっぴり期待したけど、それはなかった。残念。


 まあ、そんな風なフラグ対策を講じているわけだけど……。

 あらためて目前にせまってくると、考えていなかった問題に緊張する。

(貴族だらけの学園で、人付き合いとかしてかなきゃならないのよね?)

 学力はこの一カ月ほどで、入学してしばらくごまかせる程度にはなったと思う。家庭教師たちに今まで教育を受けてこなかったことをぶっちゃけて、最初に習うはんを重点的にめ込んでもらったのだ。アレクセイが手配した教師たちはゆうしゆうな人材ぞろいで、オーダー通りのことをとてもわかりやすく教えてくれた。

 されどもしかし。

 ボコッと頭からけてたけど、学生生活って勉強だけじゃないからなー。

 どんな会話すりゃいいのか。

 流行はやりのファッションとか人気の役者とか、鉄板の話題がこの世界にもあるんだろうか。知らんわからん。ゲームにはそんな雑談は出てこないし。

 ゆうへいされていた悪役れいじようは、ほかの令嬢とは顔を合わせたことすらない。

 アラサーしやちくは当然しよみん。日本の貴族制度はGHQがはいしたので存在いたしません。

 破滅フラグとか置いといて、フツーに入学がこわいわ。

 と、ミナはエカテリーナの手を取って、親指の付け根あたりをマッサージし始めた。

「ここを押すと、身体からだりがゆるむんです。しんどい時やってみてください」

「ありがとう。そうね、少し楽になったみたいだわ」

 この世界にもツボのがいねんてあるのねと思いつつ、エカテリーナは微笑む。ついさっき悪役令嬢顔に微笑みは似合わないと思ったばかりだが、ここで高笑いしたら頭のおかしい人だし。

 とにかく、無表情で喋り方もぶっきらぼうだが、ミナはよく気の付くできるメイドなのだ。

「あなたが学園にも付いてきてくれることになってうれしいわ。明日からもよろしくお願いしますわね」

「メイドによろしくなんて言うことないです。こうしやく家のお嬢様なんだから」

「言っても別によろしいでしょ?」

「お嬢様は変です」

 ミナはよくこれを言う。お嬢様に変と言い放つメイドも変じゃないのかと思うが、どういうメイドが普通なのか知らないし、気にしないことにしている。

「この国にはお嬢様ほど身分の高い人はほとんどいません。学園に行ったって公爵もご一緒だし、こんなに緊張することなんてないです」

「そ……そうかしら……ね」

 エカテリーナはじやつかん引きつった。ゲームで庶民落ちを見てるんで、身分だのみで安心とか無理無理。アレクセイが一緒だからこそ、巻きえにして破滅するわけにはいかんし!

「他の令嬢が怖いんですか。だったら相手にしないで公爵閣下にくっついてるか、りようもどってあたしと居てくださればいいです。あたしがお守りします。できる範囲でですけど」

『あたしがお守りします』

 ってやだイケメン。クール美人なメイドがイケメン。

 いやミナはメイドなんだから、守るたって部屋に引きこもらせてくれるとか、そんなくらいだろうけど。でもづかってもらえるってありがたい。

 それに確かに、その手もあるね!

 げるははじだが役に立つので、フラグ折りだけ頑張るけど、やばくなったら引きこもろう!

 学生生活なんて、人生の中のたった三年さ!

「ありがとう、ミナ」

 エカテリーナはミナの手を両手で包んで、ぱっとがおになった。

「わたくし、元気が出てきたわ」



 たくをしてげんかんホールへ出ると、アレクセイが待っていた。

 少しあらたまった服装をしているせいか、立っているだけで絵になる美青年ぶりに、あらためてれる。さらにすっとみぎうでを差し出され、エカテリーナは内心キャーキャー叫びながらそこに左手を重ねた。腕を組むとか手をつなぐとかではなく、「エスコート」なんだからテンション上がる。

(生きてて良かった! いや死んで良かった? 生まれ変わって良かった、かしら!)

 アレクセイと共に馬車に乗り込み、大通りをく。馬車の車輪がガラガラと音を立て、馬のひづめの音がカポカポと混じる。領地からの旅でも乗った馬車なのに、前世の記憶が戻った今だとなんだかおもむきぶかい。

 そして街が美しい!

 ヨーロッパの古都のようなシックな街並が、はるか彼方かなたまで広がっている。石造りの高い建物、そびえるしようろう、通りのそこかしこに置かれた見事なちようこく

「お兄様、あれが皇城ですの?」

「ああ、そうだ」

 皇都の中心にそびえる皇城は、ぼうテーマパークのシンデレラ城ばりの美しさだ。

「まあ、大きな彫刻!」

「ピョートルたいていだ。となりの通りには我々のせん、セルゲイ公の彫刻もあるんだよ」

「お兄様に似ていらっしゃる?」

「さあ、どうかな。五十歳くらいのころのお姿だから」

 なるほど。

「初めての皇都なのに、そういえば見物ひとつさせてやれなかったな。すまなかった」

「わたくしがお勉強したいとお願いしたのですもの。でもお兄様、いつかお休みの日に、見物にご一緒くださいましね。お兄様はいつも働きすぎですもの、いききいたしましょうよ」

「ああ……お前がそうしたいなら、そうしよう。そろそろだが、だいじようか?」

 はっ!

 テンション上がったまますっかり観光気分で、きんちようするのを忘れてた!

「前はたおれただろう」

「そう、ですわね。お兄様……手をにぎってくださいます?」

 差し出した手を、アレクセイは両手で包んでくれた。

 馬車が進んでゆく先に、大きな門が見えてくる。

 ここは、とても広いから。門も大きい。しき内には、いくつもの学舎に、寮に、講堂に、池やちょっとした森まである。──そう、知っている。

 ユールグラン皇国、ほう学園。乙女おとめゲーム『インフィニティ・ワールド~救世の乙女~』のたい

 ゲームのオープニングは、この門が開け放たれるシーンから始まる。

 以前来た時はざされていた門は、今は開いている。

 その上に青空が広がっている。

 ただの門。その向こうに見えるのも、ただの建物だ。

「大丈夫ですわ、お兄様」

「そうか」

 明日、入学式。

 きっと大丈夫。めつフラグになんか、負けない。

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