第3話 上原祐と強くてニューゲーム 前編

【上原祐と強くてニューゲーム】


「ねぇねぇたすくぅ。亜玖璃あぐりに、あの、にゃんこのぬいぐるみ取ってよぅ」

「ああん?」

 猫なで声を上げた亜玖璃にぐいぐいと袖を引っ張られ、俺は思わずしかつらで振り返った。

 如何いかにも頭の悪そうな女が上目遣いで俺を見つめている。小麦色に焼けた肌と、下手な脱色でオレンジ色に染まった髪。しかし生まれ持った顔立ちとスタイルのおかげで、総合的には充分カワイイと呼べる容姿であり、男へのび方も超一流。

 俺は思わず身構えるも、しかし亜玖璃はこっちの動向など構いなし。強引にクレーンゲームの前まで俺を連行したところで、「あれあれ!」と指してくる。

「ねぇねぇ、あれヤバくない?」

「……あー、ヤバいな」

 悪い意味で。そこにあったのは、カワイイにゃんこ……にかなり奇抜なアレンジを施した、ゲテモノ的ぬいぐるみの数々だった。長い二本足が生えてたり、マッチョだったりする。

 確かに「ヤバい」とは思うが、きゃぴきゃぴとはしゃぐ亜玖璃を見るだに、彼女の言う「ヤバい」は俺のそれとは真逆の意味なのだろう。……「キモカワイイ」より「普通にカワイイ」キャラの方がいいじゃねーかと思う俺の感性は、今や時代遅れなのだろうか?

 俺は気怠けだるく首筋をんだ。

「……あれを、俺に取れって?」

「うん! だって祐、ゲームゲキ得意じゃん!」

「ゲキ得意って……」

 思わず鼻で笑ってしまう。確かに亜玖璃よりゃゲームは格段に上手うまいだろうが、彼女の前でまともにゲームをしたことなんてこれまでほとんどなかったはずだ。大方、以前ゲーセンで俺が一度や二度格ゲーをしていたってことだけを指して、「ゲキ得意」とか言っているのだろう。それで俺がクレーンゲームまで上手いと思うあたり、いかにも普段ゲームをやらないヤツの感性だ。

「祐ぅ、取って?」

「まあ別にやってもいいけどよ……って、おい、百円は?」

「……た、祐ぅ、取ってぇ?」

 にこぉっと誤魔化ごまかす様に笑う亜玖璃。こ、この女……!

 俺は嘆息しつつも、自分の財布から百円硬貨を取り出した。背後できゃっきゃとはしゃぐ亜玖璃にイラッとしたものの、彼女のこれは今に始まったことでもない。実際こういうノリの軽さが男子人気の高さにつながっているのだろう。……俺には正直よく分からないが。

 縦横二つのボタンを操作し、亜玖璃の指定する人形に大体のあたりをつけてテキトーにクレーンを下ろしていく。結果は……。

「ああっ、おっしぃ!」

「あー、残念」

 百円を無駄にしたのは痛いものの、俺はぬいぐるみ自体には何の思い入れもない。しれっと即座にその場を離れようとした――が、亜玖璃にぐいっと腕を掴つかまれた。

「ワンチャン! 祐、もうワンチャン! いけるいける! 祐ならいけるって!」

「お前な……」

 なんつー女だ。まさか、取れるまでやらせるつもりか。こういうのって、俺が自腹切って一度挑んだだけでも、充分感謝してしかるべきじゃねーのかよ。

 正直付き合いきれないとは思うものの、ここで無視すると後が面倒だ。結局亜玖璃のご機嫌取りにパンケーキの一つもおごるハメになるのだったら、もう百円注ぎ込んで、誠意だけでも見せておいた方がまだマシだろう。

 俺は仕方なくもう百円投入し、今度は少し前のめりに構えて少しマジで取り組む。

 今度は慎重に筐体きようたいを眺め回していると、ふとガラスに自分の真剣な顔が映り込んだ。

 入念にセットされた茶髪に、整えられた眉毛。洗顔や化粧水に拘こだわった肌はニキビの一つもなくつるりとれいで、左耳には控えめなシルバーピアスが輝く。

「(はー、今日も相変わらずイケてんなぁ、俺)」

 不機嫌が少しだけ解消される。しかもそんな俺の背後にゃ、頭の中身こそアレだが、充分にカワイイと言って差し支えないカノジョ。

「(おいおい勝ち組すぎんだろう、俺。なあ?)」

 思わず、いまだ頭の片隅にひっそりと住んでやがる過去の俺……中学時代の自分へとたずねかける。と、制服の詰め襟をしっかり締めたガリ勉七三分け眼鏡野郎が、「ああ」と力なく、今の俺に微笑ほほえみ返してきた。……相変わらずしけた面した野郎だ。どうして、もっと景気のいい笑顔ができないもんかね。

 俺は何かから逃げるように、意識をクレーンゲームへと集中させる。たっぷりと時間をかけて慎重にボタンを操作し終えると、アームは人形の真上――から少しずれた位置で静止した。亜玖璃が不満そうな声を上げる。

「ああっ! もう、なにやってんのさ、祐! へたくそー!」

「っせぇなぁ、黙って見てろっつーの」

 俺がそう言うと同時に、アームはゆっくりと……少しずれた位置へと下りていく。案の定、ぬいぐるみを掴み損ねるも――しかし、アームの片側がぬいぐるみのタグへと見事に引っ掛かった。

「あ!」

 亜玖璃が目を見張る。アームはタグでぬいぐるみをぶら提げて上昇すると、不安定に物をブラブラさせながらも、落とすことなく開始地点まで移動し、そして……最後にアームを広げ、取り出し口へとぬいぐるみを落下させた。

 次の瞬間、亜玖璃がはしゃいでぬいぐるみを取り出し、まるで自分が取ったかのように「じゃーん!」と俺へ突きつける。

「ヤバーい! めっちゃモフモフしてる! 祐、ゲームうまーい!」

「……あんまり、はしゃいでんじゃねーよ」

 流石さすがに気恥ずかしくてぷいっと視線をらす。正直、半分ぐらい偶然だ。タグを狙ってはいたものの、確実にそれを捉えるようなスキルは俺にはない。だからあんまり褒められすぎても困るのだが、まあ、彼女にれ直されるのは全然悪い気しな――。

「わー……すっごいなぁ……」

「?」

 ――ふと視線をやった先に、自分達と同じ音吹の制服を着た男子生徒を見つけた。どうも偶然俺のクレーンゲーム操作を見ていたらしく、亜玖璃の持つにゃんこをボンヤリ眺めては、感心した様子でほうけた間抜け面を見せている。

「(……ん? あいつは……)」

 と、そこでそれが、一応は自分の知り合いだということに気がつく。同じタイミングで間抜け面の方もこっちに気付いたみたいだったが、亜玖璃が

「どしたの?」とそちらを見やると、彼はなぜか焦った様子で顔を真っ赤にし、慌ててぺこりと一礼だけして、そそくさとどこかに立ち去って行ってしまった。

 不審そうに亜玖璃が首を傾げる。

「えと……なにあれ」

「ああ、俺のクラスメイト。全然話したことねーけど」

「そうなんだ。なんで逃げたの?」

「いや逃げたっつうか……」

 かなり微妙な距離感のクラスメイトが、カノジョらしき女といる状況ってのは、フツーに考えて声かけハードルたけぇと思うが。どうも亜玖璃はそういうことを全く考えない感性らしく、非常に怪訝けげんそうにしている。

 仕方なく俺が「どうでもいいだろ。良かったな、ぬいぐるみ」と声をかけると、亜玖璃は再び上機嫌になり、胸にぎゅっとぬいぐるみを抱えた。……わざわざこちらににゃんこの顔が見えるように抱いているあたりが、非常にあざとい。……まあ可愛いんだけど。

 荷物ができてしまったため、俺達はそのまゲーセンを出て、帰路へとつく。

 繁華街を抜けきったところで亜玖璃と別れた後、そのまましばらく一人でぼんやり歩き、近道の公園に差し掛かったあたりで……俺はふと、何の気なしにひらめいた。

「(ああ、雨野あまのだ。雨野……なんつったけな。とにかくクラスメイトのあいつか……)」

 先程出くわしたクラスメイトの名字を思い出すも、それ以上の情報は、いくら待っても何一つ連想されない。俺は思わず苦笑した。

「(っつーか、下手したら、中学時代の俺より全然地味なんじゃねえのアイツ。他人のクレーンゲームに感心してる場合じゃねえだろ。しかも殆どしやべったこともない俺がカノジョ連れてただけってことで、あんなにテンパっちまって。……ダッセ)」

 俺は地味クラスメイトの間抜け面を思い出して苦笑いすると、なんとなく上機嫌になり、下手な口笛を吹きつつ、ダラダラと大股に閑静な住宅街の中を抜けていった。



「……ふぁ……うぃーっす」

 欠伸あくびみ殺しながら、大樹だいき雅也まさやらに声を掛け、机に鞄を放りながら、俺の椅子いすに座った章二しようじの脇腹をくすぐって席からどかす。

 そのまましばらく四人でじゃれ合いを繰り広げていると、遅れてやってきた雅也のカノジョである美嘉みかと、最近章二がちょっかい掛けている軽音部女子の玲奈れいなが輪に加わり、いつもの他愛たわいない世間話の応酬が始まった。

 今日の話題はもつぱら雅也と美嘉が昨日行ったカラオケボックスの愚痴であり、

「そりゃひでぇなぁ」と最低限の相槌あいづちこそ打つものの、そう前のめりでノれる話でもない。ついつい退屈を紛らわすために視線を教室内へと漂わせてしまう。

 と、ふと視界の端に、今までは全く気にも留めなかった男子の姿が引っ掛かった。

「(雨野景太けいたか……)」

 昨日たまたまゲーセンで会ったから見てしまったが、改めて観察してみても、本当に「何もない」男子だった。俺との繋がりがないのは勿論もちろん、授業や学校行事で目立ったこともなければ、友人からアイツのちょっとしたエピソード……誰と親しいだの、なんの部活をやってるだの、そういう些細ささいなことさえ聞いた記憶がない。下の名前だって、さっき教室備え付けのクラス名簿表を見て初めて知ったぐらいだ。

 俺は思わず、苦笑いした。

「(どこにもいるもんだな……ああいう、幽霊みたいに希薄なやつっていうのは)」

 十年後に同窓会で卒業アルバムを見る機会があったら、きっと俺達は中々彼の名前を思い出せずに苦労することだろう。……俺はなんだか、憐れな気持ちになった。

「(そんな無味無臭の人生送っていて、楽しいのかね、あいつは)」

 ふと、中学までの自分を思い出す。雨野とはまた違うが、俺は俺で乾いた人生を送ってきた。親に言われるがままに受験勉強に打ち込み、たまにゲームをするぐらいの娯楽はあれど基本は真面目一辺倒で生き、周囲の妙な過大評価の下、身の丈に合わない高校を受験し……玉砕して、滑り止めの音吹に来る。そうして最後にゃ腫れ物扱い。

「(結局はその場その場で楽しんだもん勝ちなんだっつーの、人生なんて)」

 この年で偉そうに人生語るのもアレだが、しかし、実際そう決意して仕切り直した後の俺の人生は、順風満帆そのものだった。

 たとえば、そう、それは「アリとキリギリス」だ。

 あれを初めて聞いた無垢な幼少期の俺は、親の誘導も多分にあって「アリさんみたいに真面目に生きよう」と思わされていたけれど。

 今の俺は、せっせと将来のために働いて蓄えていた勤勉なアリよりも、結局一回頭下げただけで食糧を分けてもらえたキリギリスの方が、はるかに賢いヤツだと尊敬できる。

 ……と、そこまで考えたところで、俺は思わず首を傾げた。

「(あれ? っつーか俺……なんで雨野のことで、こんな深く考え込んでんだ?)」

 気付くと気分がエラくクサクサしていた。なんだこれ。別に俺は、雨野になにをされたわけでもない。完全に無接点なクラスメイト。別に俺がここまでいらつ理由は何も……。

「(……あ、いや……)」

 そこまで考えたところで、俺はふと、あることに気がついた。

 俺が、なぜか今、雨野を見て妙に苛立っていた理由。それは……。

「(あいつ……なんであんな、楽しそうにしてやがんだよ……)」

 そう、俺が苛立っていたのは、まさにそこが理由だった。

 見れば雨野は、一人で如何にも寂しくぼっち着席しながらも、なにやらずっとニヤニヤと楽しそうにしている。何をしているのかと思えば、どうやら、スマホをいじっているようだ。指の配置的に、メールやネット閲覧じゃなく、ゲームで遊んでいるのだろう。

 思い返してみれば、あいつは休み時間、いつも一人でゲームしていた気がする。楽しそうに、外界など全く関係なく。俺達の気にも留まらない程に、一人で完結して。

 だからと言って、そこに俺が苛立つ要素はないハズなのだが……なぜだろう。ただアプリゲーをやっているだけのくせして、雨野の顔はあまりに楽しそうで……。

「(んだよ……キメェな。ったく……)」

 思わず顰め面をしかけたその時、突然雅也が俺に話題を振ってくる。

「なぁっ、祐! マジ酷ぇと思わね? だって唐揚げだぜ、唐揚げ!」

「あ……ああ。そ、そうだな。冷えた唐揚げなんざ、うまさ半減もいいとこだよな」

「おうよ! いや祐はホント分かってんね! お前あそこでバイトしてくれよ~」

「やだよ、だりぃ」

 作り笑いを浮かべて、どーでもいい話に付き合う。別に、それがつまらないわけじゃない。お調子者な雅也の馬鹿話に、皆でテキトーな相槌を打って応じている時間は、それなりに楽しい。だけど……。

 ちらりと、雨野の様子を窺うかがう。

「(なんで……お前が、俺よりも楽しそうなんだよ)」

 負け組のはずのアイツが、友人と駄弁だべっている俺よりもずっと楽しそうにしていやがるのが、妙に気に食わない。なんなんだよ。一体何がそんなに楽しいっていうんだ。

「? どしたの、上原。体調でも悪い?」

 苦い顔をしている俺に気付いた玲奈が声をかけてくる。

 俺は内心酷く焦りながらも、咄嗟とつさに状況を取り繕った。

「いや、雅也の話聞いてたら、なんか俺までイラついてきただけだよ」

 分かりやすく怒り顔をする俺に、単純な雅也はえらく感動した様子だった。

「おおっ、祐ぅ! 心の友よぉ! お前本当にイイヤツだなぁ!」

「知らなかったのか? そう、俺ぁ、いつだって……クレーマー側の味方なんだよ」

『性格悪っ!』

 全員が一斉に俺へツッコミ、ゲラゲラと笑い出す。クラスメイト達が何事かと俺達を振り返るのにも構わず、俺は友人達と一緒に馬鹿みたいに笑い続ける。

「(なにしてんだか、俺は。雨野なんか気にしたりして。……よし)」

 そこで俺は、決意を新たにすると。

「っせぇよ! 俺は超善人だっつうの! この前なんかなぁ、亜玖璃に頼まれて――」

 ただの地味オタクラスメイトのことなんか完全に意識の外へと追いやり、いつもの騒がしい日常の中へと戻っていったのだった。

 ――数日後、あの天道てんどう花憐かれんが雨野に声をかける、その瞬間までは。



 休憩時間の二年F組には大小様々なグループができ、各所で行なわれる雑談が渾然一体となって、ガヤガヤとした空気感を形勢している。

 その中において、こと影響力を持つのが、俺達六人のグループだ。

 単純に数が多いのは勿論、六人全員が、他にもクラス内に知り合いや友達の多いタイプであるため、自然と俺達は「二年F組の空気の中心」として機能している。

 俺達が笑えば室内のテンションもつられて高くなるし、俺達が怒っていれば不思議と他の皆もピリッとする。

 そんな、殆ど俺達によって決まると言っていい、二年F組というクラスの喧噪けんそうは。

 現在。

 突如学校のアイドル・天道花憐が降臨したことで、水を打ったように静まり返っていた。

「(なんで……天道が……)」

 教室の入り口に立つブロンドの女生徒に、俺は思わず息をむ。最初に彼女に気付いたのは、いつもせわしなくキョロキョロするクセのある美嘉だった。角度的に天道が廊下を歩いている時点から見つけていたらしく、しかしその時はあくまで雑談の一環として、俺達に「ねぇねぇ、天道さんだよ、ほら……」と廊下の方を指差してきたのだ。

 美嘉に言われて、俺達もなんの気なしに、レアキャラ美少女のご尊顔でも拝んでやろうと視線をやった……まさに、その矢先。

 全員が、一斉にその事実……天道がF組に入って来ようとしているという事実に気付き、固まってしまったのだ。

 俺達の沈黙につられるカタチで、クラスメイト達が次々と彼女の存在に気付き始める中。

 天道は入り口から室内を眺め回すと、まるで大事な落とし物を見つけたかのようなハッとした笑顔を見せ、そして――

「あ、いたいた、雨野君!」

 ――誰もがまさかと思う……ある意味最も天道とかけ離れていて意外性のありすぎる生徒、雨野景太へと声をかけた。

 教室内の雑談は一瞬にして止み、そして……天道の動きに合わせ、徐々に雨野へも視線が集まり始める。

 と同時に、なぜだか、俺の胸も妙にざわつき始めた。

「(……なんで、雨野なんかに……)」

 数日前に雨野へ感じた「苛立ち」と全く同種のものが、猛烈な勢いで戻って来る。

 そしてその雨野自身もまた、天道の登場とクラス中からの注目に酷く動揺しているらしく、普段から冴えない顔が、更に笑えないひきつり方をしていた。……少しばかりの同情と、多大な苛立ちを含んだ複雑な感情が、俺の中で膨らんでいく。

 一方、衆目をまるで気にした様子のない天道はずんずんと自信に満ちた足取りで雨野の席へと向かい、そうして彼の机の前まで来ると……なにやら妙に親しげに、雨野のいじっていたスマホを覗きこんだ。

『!』

 いよいよクラスメイト達から動揺の声が漏れ始める。にわかに喧噪を取り戻す室内。

 そのまま天道は雨野に話しかけているようだったが、そこかしこでかわされ始めたヒソヒソ話がノイズとなって、うまく聞き取れない。

 唯一分かるのは、天道が、割と一方的に雨野へと話しかけているといことだけ。ゲーム、約束、図書室……そんないくつかの単語こそ聞き取れたものの、具体的な会話の内容までは流石に掴めなかった。

 クラス中がやきもきした気持ちになる中。雨野がなにやら天道に向けて、焦った様子で何度もこくこくと頷き始めた。と、次の瞬間――

「そうっ!」

 天道が見せた屈託ない笑顔に、クラスが一瞬で魅了される。が同時に、それが雨野という人間だけに向けられたということに、酷く動揺し、一層ざわつきだす。

 しかしまるでそのタイミングを見計らったかのように休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、慌てた天道は「あ、じゃあ私行くから。雨野君、放課後ね!」と、やはり妙に親しげに雨野に声をかけ、颯爽さつそうと去っていった。

 クラス中が唖然あぜんとし、取り残された雨野自身も、呆けたように彼女へ手を振る中。

 すぐ傍に居た章二の、知らず口からこぼれた様なつぶやきが印象的だった。

「意味、わかんね……」

 それは、まさに二年F組全員の気持ちを代弁する言葉であり。

 しかしそのまま友人達とあれこれ話す暇もなく、教室に教師がやってきて次の授業が始まってしまったため、クラスには妙な「しこり」が残り続けてしまう始末。

 俺は教科書とノートを机の上に広げ、教師の話を聞くフリをしながら、雨野のことを考えた。生憎あいにく席の位置取り的に、クラスの真ん中に居る俺からは窓際後方の雨野が見えないが、しかしきっと……。

「(『見たかお前ら』とでも言わんばかりの、キモいドヤ顔してやがんだろうな)」

 想像すると、ムカムカが止まらない。

 突然学校一の美少女に声をかけられる、地味オタぼっち野郎。

 あまりに下らない、くそみたいなラノベ展開。当人にとっては天にも昇る気分かもしれないが、周囲の人間にしてみれば、不快なことこの上ない。これが「嫉妬」や「やっかみ」と呼ばれる感情であることは、百も承知している。が、それが何だ。今の俺の正直な、偽らざる気持ちだ。実際クラスメイト達の殆どが、多かれ少なかれ俺と同じ嫌悪感を抱いたことだろう。

 ……まあ。

 とはいえ、俺の反応が周囲より過剰だっつーことぐらいは、自覚しているけどな。

「(だって……中学時代の俺にゃ、あんな都合の良い救いなんざ……。くそっ!)」

 考えれば考える程、むかっ腹が立ってきた。雨野景太。実際顔が見えないが故に、余計に俺の中のあいつが勝手にムカツク表情へと変換されているきらいはあるが、それを抜きにしたって、やはり……。

「(……なんの努力もしてねぇ地味オタ野郎に、棚ボタで幸福が訪れるとこ見て、誰がうれしく思えるっつーんだよ。……ああっ、イライラする!)」

 俺は乱暴にペンケースから文具を取り出すと。

 何度も何度も、シャープペンで真っ白な消しゴムを突いたのだった。



 次の休み時間は、案の定教室内が異様な雰囲気に包まれていた。各々おのおののグループで雑談している光景こそいつも通りではあるが、その話題は専ら雨野と天道のこと。俺達もまた例外ではなく、特に女子二名が中心となって、勝手な推測や詮索を繰り広げていた。

 俺は……正直「この話題に乗る事」自体が雨野をいい気にさせる気がしてあまり積極的に会話に参加していなかったが、しかし、玲奈が相変わらずのサバサバした直球さで「結局、二人ってどういう関係なんだろう?」と切り出してきた時だけは、思わず食いついてしまった。

「玲奈から見て、その辺どう思うよ?」

「え? 私? うーん、どうだろう。恋愛関係だと面白いけどさ。ま、正直そういう感じでもないし、友達っていうのもしっくりこなかったかな。なんか業務連絡的な?」

「委員会とか、バイトとかの繋がりってことか?」

 確かに、それに近い感じではあったかもしれない。俺が納得しかけていると、ゴシップ好きの美嘉が「えー」と不満そうな声を上げた。

「そんなのつまんなーい。実際、天道さんって委員会とか部活とかやってないんじゃなかったっけ? バイトのイメージも正直、全然ないんですけどー」

 美嘉の意見に、雅也が頷く。

「だよな。天道の家って金持ちなんだろ? それに、雨野にもバイトとか部活のイメージねーし」

「というか雨野には何のイメージもないな」

 大樹の相槌に、皆が笑う。俺も付き合って笑ってみたが、完全に作り笑いだった。

 そのまま話題が徐々に突拍子もない方向に向かい、ボケ合戦の様相を呈してくる中。

 俺は……一人、未だにイライラが収まらず、この話題を皆のように、ゴシップ的に楽しみきれていない自分に気がついた。

「(んだよ……雨野の話題なんかで盛り上がって。馬鹿じゃねぇの。つまんねぇよ)」

 ちらりと雨野の様子を窺う。休み時間に入ってすぐは、クラス中からの視線に完全に萎縮していたものの。今はなぜか、周囲など全く気にした様子もなく、むしろ目を爛々らんらんと輝かせて机に向かっていた。何かと思えば、どうやら、ゲームに熱中しているようだ。スマホではなく、携帯ゲーム機で一生懸命遊んでいる。

「(……はっ、ぼっち野郎が。ゲームなんかの、何がそんなに楽しいかね)」

 確かに、俺も一時期は、ゲームに夢中だった。特に受験勉強の合間にやるアーケードゲームは格別で、あの空間独特の妙な背徳感も相俟あいまって、中学時代の俺にとっての「心のどころ」ではあった。だから未だにゲーセンへ行くと、パブロフの犬よろしくドキドキワクワクと高揚してしまう自分だって、確かにいる。しかし……。

「(休み時間ぐらい、友達と駄弁る方が何倍も有意義だろうが。それを一人で、ちまちまゲームに熱中して……)」

 同い年だが、嫌味たらしく「今時の若者」を嘆いてやりたい気分だった。ったく。

 ……まあ、正直雨野以外にも一人で休み時間を過ごしているヤツは何人かいるのだが、そいつらを見ても、不思議とそこまで苛立ちは湧かない。俺が雨野にだけムカついてしまうのは……やはり、あの、ヤツがゲーム画面を見つめている時の表情のせいだ。

 思い返してみれば、これまでもずっと休み時間はあいつ、あんな顔で着席していた気がする。大きくゲラゲラ笑っているわけではなく、小さな幸せを噛み締めるように、常にゲーム画面を見てにこぉっとしている。だからこそ、ぼっちの割には騒がしいクラスの空気に溶け込んでいて、いい意味でも悪い意味でも、誰の話題にも上らないし、視界にもひっかからない。

 しかし今の俺には……それがかえって、嫌味に見えた。なにせ、たった今俺は、友達に囲まれながらも、その話題を心底つまらなく思い、見事な「作り笑い」を浮かべてしまっているまさにその最中だったから。

「(……なんだよ……なんか文句あんのかよ。人付き合い、なめんじゃねえぞ)」

 何を言われたわけでもないのに、思わず雨野から視線を逸らす。

 ……今日の放課後は、また亜玖璃を誘ってゲーセンに遊びに行こう。

 なぜだか俺はそんなことを決意し、それだけを楽しみに、天道と雨野の話題に満たされた一日を、歯を食いしばって過ごしきったのだった。

 そうして、待ちに待った放課後。

 掃除を終えて玄関口で可愛いカノジョと待ち合わせ。

 さあ、これからいざ楽しくゲーセンに向かうぞという道すがらで、亜玖璃から――

「ねぇねぇ、そういえば、雨野なんたらって、祐のクラスメイトでしょ?」

 ――と切り出された時。

 俺は、まるで悪夢の中に迷い込んだかのような、酷い目眩めまいを覚えた。

 すっかり表情を引きつらせている俺の様子になどまるで気付かず、隣を歩く亜玖璃は鞄をぶらんぶらんと振りながら楽しそうに会話を続ける。

「C組でもすごく話題だったよー。あの天道さんが、他クラスの男子生徒に――」

「――っせぇよ!」

「え?」

 思わず怒鳴ってしまった俺に、亜玖璃がびっくりして足を止める。俺は一瞬彼女をにらみ付けてしまうも、すぐに自らの失態に気付き、慌ててフォローする。

「い、いや、なんでもねぇよ。なんでも……。…………」

 おかしい。口が上手く回らない。まるで中学時代の自分が戻ってきちまったみたいだ。

 きょとんとする亜玖璃に、俺はどうにか、ぎこちない笑顔を向ける。

「わ、わりぃ。今日は……やっぱ、ゲーセン行くのやめて、このまま帰らね?」

「え? う、うん……いいけど別に……。祐、体調悪いの?」

 心配げな顔で覗き込んでくる亜玖璃。俺はしかし表情を隠すようにして「なんか気分がのらねぇだけだよ」とだけ言い、さっさと先を歩き出す。

 慌ててついてきた亜玖璃が、察し悪く再び雨野の話題を切り出してくる。

「でさ、その雨野って、実際祐から見てどんな――」

「っつうかさ!」

 語気を強め、無理矢理話を切ってかかる俺。

「天道に見合う男なんて、音吹ごときにいるわけねーだろうが」

「え? そっかなぁ?」

 無邪気に考え込む亜玖璃。俺は嘆息しながら続けた。

「天道は、こんな偏差値低い学校に来てること自体が奇跡なの。実際、進学校のヤツらや有名な高校球児なんかからしょっちゅう告られてるらしいし。そんな女が音吹の底辺男子を選ぶ理由が……」

「あ、でもさ、祐は似合っていると思うなぁ、天道さんと」

 カノジョから思わぬ言葉を受け、ギョッと振り返る俺。亜玖璃はしかし、自分の発言を全く気にした様子もない……いつものアホ面で、ニコニコと臆面もなく言ってきた。

「だって祐、イケメンだしぃ、スペック高くてなんでも器用だし。超絵になるよ」

「……そうっすか」

 思わず脱力する。……相変わらず、どんな神経してんだ、この女は。カレシに他の女とお似合いだと無邪気に言えるヤツが、どこにいる。……ったく。

 そういえば、亜玖璃と付き合い始めた理由だって、軽いもんだった。高校デビューが成功して「暗黒の中学時代」が嘘のように友達が増えていく中、その流れで殆ど初対面の彼女から「上原君、付き合ってー」と軽めに告白されたのだ。で、実際亜玖璃は可愛かったし、別に断わる理由もなかったというだけで、ぼやっと交際がスタートしたのが約半年前。

 ……で、実際やっていることと言えば、こうして放課後二人で一緒に遊ぶぐらい。互いに友達が多いこともあって休日まで一緒にいることもなければ、デートらしいお出かけや、いいムードみたいなのも皆無で、キスやらその先やらっつうのもなし。

 ……俺だって健全な男子高校生だ。欲望自体はあり余っているものの、なぜだろう。元々亜玖璃側から告白されているせいか、こっちから前のめりに行くのはどうも妙なプライドが許さず、かといって亜玖璃側もずっとこの調子だから、互いに歯に衣着せぬ悪友関係こそは進展しているものの、男女関係の進展らしきものは皆無。結果、俺としても亜玖璃と他の女友達との差異がイマイチ掴めず、当然「迫る」なんつうのは全然無理。

 ……とはいえ、一応はカレシ・カノジョである以上、やはり「天道さんとお似合い」発言は無神経すぎる。

 俺はギロリと亜玖璃の目を睨み付けた。

「お前、顔で似合う似合わないを決めるわけ?」

「え? うん! 祐はカッコイイし、亜玖璃と違って天道さんはカワイイよねぇ!」

「……あほらし」

 アホの子だとは思ってきたが、ここまでとは。どうせ俺に告白してきたのも、ビジュアルが気に入ったからとかそんななのだろう。一目惚れ、と言うことさえおこがましい。まったく、最近の女は……って、いや、亜玖璃を平均としちゃ駄目か。美嘉や玲奈もノリ軽ぃけど、ここまでじゃねぇもんな。……はぁ。

「(確かに、天道みたいなのと付き合えたら幸せかもだけどな……)」

 ビジュアルだけで選べっつーなら、そりゃダントツだ。いや、性格面でもか。少なくとも彼女相手なら、亜玖璃とのこんなグダグダな恋人関係みたいなことにはならんだろう。話していても面白そうだし、自分だけに親しげな笑顔や恥じらいでも見せてくれようものなら、男女さえ問わず誰しもを一発でとりこにするだろう。……それだけに……。

「(なんでそんなヤツが、よりにもよって雨野選んでんだよ……)」

 自分がお似合いと言われたせいもあってか、またイライラがぶり返してきた。……ああ、もう、キリがねぇ! むしろ、なんなんだよ今日の俺! 雨野雨野って!

 俺はぶすっとすると、乱暴に亜玖璃の手を引いた。

「ほら、さっさと帰るぞ亜玖璃!」

「え? いや、祐。亜玖璃、ここから別方向なんだけど……」

 指摘されてようやく自分達が既にそれぞれの帰路への分岐点にいたことに気付き、カァッと顔が熱くなるも、今更後にも引けず、照れ隠しでぐいっと亜玖璃を引っ張る。

「い、いいんだよ! た、たまには帰り道ぐらい付き合えよ、亜玖璃!」

 なんつう強引な男だと自分でもあきれる。なんだこれ。男が女を送るならまだしも、強引に帰路に付き合わせるだなんて、最早もはや時代錯誤の亭主関白でさえない、ただの横暴じゃねーか。

 俺は次に亜玖璃が拒否り次第、そこでぐに彼女を解放してダッシュで帰宅しようと心に決めるも、しかし、こういう時に限って空気を読まないのが俺のカノジョなわけで……。

「……わぁ。うん! 亜玖璃、祐送ってくぅ~!」

 全く意味の分からない満面の笑みで俺の提案をれてはしゃぐ亜玖璃。……そうまでされると、完全に引けなくなる俺。

「ぐ……お、おうよ! 送ってけ送ってけ!」

「うん! えへへ~」

 極めて嬉しそうににぎにぎと俺と手を繋ぎ直してくる亜玖璃。……もう、なんなんだよ、コイツ……。そしてホントなんなんだよ、今日の俺……。

「(それもこれも、全部雨野のせいだ!)」

 俺は完全な責任転嫁で心の平穏をなんとか保ちつつも……ガックリと肩を落としながら、亜玖璃と無駄に仲良く帰宅したのであった。

 ……ホント、意味分かんねぇ……。



「(いや、もう、なんだこれ……)」

 一夜明けて今日。朝の、二年F組教室にて。

 俺は最早、昨日までの動揺やら苛立ちやら疑問やらを全部通り越して、すっかり呆然ぼうぜんとしてしまっていた。俺だけじゃない。「その場」に出くわしたクラスメイト達全員がそうだ。《あの光景》を見て、こうならない方が無理というもの。

《あの光景》――つまりは……。

『(雨野が……天道花憐をフッただと!?)』

 雨野に何かを拒否られた天道が、悔し涙を瞳ににじませながら、真っ赤な顔でF組から去って行くという、信じがたい光景。

 そんな天変地異の前触れみたいな場面が繰り広げられた直後の現在、教室の空気は混沌としか形容できない状況に陥っていた。

「え、なに、天道さんのあんな悔しそうな顔、初めて見たんだけど!」

「完全に痴情のもつれじゃねぇかおい!」

 美嘉と雅也が、雨野本人にさえ聞こえそうなテンションの高い大ボリュームで喋り出し、大樹や章二、玲奈までもがそれに続く。実際アレは部活話ぽかっただの、だとしても天道の反応は異常だの、雨野に声かけてみようかだの。

 当然俺にも意見が求められたが、俺はそれに生返事だけを返し、その間もずっと、ただただ無心に雨野へと視線を送ってしまっていた。

「(ホント、どういうつもりなんだよ……お前は……)」

 雨野はあんなことがあった直後だというのに、やはり相変わらずスマホをいじってゲームを楽しんでやがった。最初こそなにやら落ち込んだり後悔するような素振りを見せていたものの、途中でスマホを見て微笑すると、そのまますっかりいつもの「一人でゲームして満足そうにニヤニヤしている雨野」に戻ってしまった。

「(……天道の誘いを断わっておいて、なんでそんな顔できるんだよ……)」

 俺は思わずごくりとつばを飲み込んだ。今や雨野に対しては、苛立ちよりも、気味悪さの方が上に来ている。二人の関係性や事情は、なんとなく察せているにもかかわらず、だ。

 大方、昨日から天道が雨野をなんらかの部活に誘っていたのだろう。今日は天道の声が妙に大きかったから、俺達にもその辺は分かった。

 しかし……雨野は、それを、にべもなく断わった。……断わりやがった。

 実際天道自身、その結果は予想外だったのだろう。途中から顔を真っ赤にした挙句あげく、最後にはあまりに珍しい表情で去って行く始末。……そりゃ、たとえ色恋沙汰ざたじゃなくとも、クラス中が色めき立つってなもんだ。

 しばらく侃々諤々かんかんがくがくとした後、美嘉が雨野の方を見て、ぽつりとつぶやく。

「なんかさ……ちょっち、ムカつくよね……」

「へ?」

 美嘉のまさかの言葉に、俺は思わず雨野から視線を戻す。美嘉は少し焦った様子で、「い、いや、別に深い理由ないんだけど……」とか自信なさげに前置きしてから、続けてきた。

「なーんか、気取ってるっていうかさぁ……。だ、だってさ、人から厚意で誘って貰もらっておいて、断わる? 普通」

 美嘉のその言葉に、驚くべきことに、他の三人も同調を示していた。俺はなぜだか一人、元から雨野にムカついていた割には皆についていけず、思わず彼をかばうような発言をしてしまう。

「や、なんか俺らの知らない事情あったんだろう?」

 しかしそれには、今度は玲奈が「そっかなぁ?」と疑問を呈してきた。

「深い事情があっての断わりでさ、天道はあんな顔しないんじゃないの?」

「それは……」

「結局、雨野の感情的な問題で、断わられたんだと思うけどな、あれ」

 玲奈の、人に対する観察眼は鋭い。確かにそうだ。やむにやまれぬ事情みたいなのがあるなら、残念そうな顔ぐらいはすれど、ああいう反応にはならないだろう。

 やれやれと嘆息しながら、グループの中でも妙に「子分気質」な章二が呟く。

「っつーか、お零れ貰う立場で、プライドがどうこうとかマジ空気読めてねぇし」

 その発言に、なぜだか俺は妙にムカッと来てしまった。思わず章二に強く噛みついてしまう。

「……本来同学年に、上とか下とかねぇだろ別に」

「は? え、なに、なんだよ祐」

 少し動揺した様子の章二を見て、ハッとする俺。……何綺麗事言ってんだ俺。あるだろ、上下。馬鹿か。実際俺だって、雨野のヤツ、下に見てるじゃないか。何を今更……。

 俺の動揺を察してくれたのか、頭の回転が速く冷静な大樹が、場を取り繕ってくれる。

「でも確かに、今日の雨野は『上から目線』だった気がするよなぁ」

 上手い言葉だった。おかげで、さっきの俺の発言が「『上から目線の雨野』に腹を立てていた」みたいな解釈になった。実際のところ穴だらけで全然説明はついてないんだけど、俺も章二も積極的にその解釈を受け容れたことで、再び場がスムーズに流れ出す。

 俺はホッと胸をろしながら、改めて皆との会話にまざり、チャイムが鳴る目一杯まで、天道と雨野に関する推測で盛り上がる。

 俺は、一瞬場の空気を変にした引け目から、必要以上にゴシップな妄想や馬鹿げた推測を口にして笑いを取りにいったが……。

 相変わらず、少し間が空くとつい、一人で楽しそうにゲームをする雨野へと、未だに視線が吸い寄せられてしまうのだった。

 放課後、亜玖璃に約束をドタキャンされた俺は仕方なく、一人でゲーセンに向かって歩いていた。一度足を運びだすと、ついつい連鎖的に通ってしまう。元来俺は凝り性なのだ。ハマる時はガッとハマり、意識がそればかりに向いてしまう。

「(だから、受験の時にゲームから距離とったんだったっけな……)」

 街を歩きながら、今更そんなことを思い出す。なぜついさっきまで俺は、ゲームから離れた理由を「飽きた」とか「卒業した」とかそんな風に思っていたんだか。本当は、大好きだからこそ距離をとって耐えていただけのクセに。

 そういう意味では、亜玖璃とゲーセンに行くようになって、再び火がつき始めたのは当然の流れだったのかもしれない。

 店につくと、俺はまずプラプラと店内を一周した。新機種なんかはそうそう入らないが、プライズ系の景品は割とちょくちょく変わる。亜玖璃と違ってそこまでキャラクターグッズに興味のない俺だが、今日は少しだけ気になる物を見つけ、足を止めた。

「(ゲーム……ソフト?)」

 一世代前の携帯機用ゲームソフトが、中古販売よろしく、一プレイ五百円で数本まとめられてクレーンゲームの景品になっていたのだ。かなり珍しい状況だったのと、景品の中に中学時代やりたいと思いながらも受験勉強のためにこらえたソフトがあるのを見つけて、気付いた時には五百円を投入してしまっていた。

 自らの行動を意外に思いながら、クレーンを操作して狙いを定める。古いゲームだけに原価が低いのか、きちんと引っかかりどころがつけられており、かなり良心的な設定だ。

 果たして俺のクレーンは、見事、アームの端をタグにひっかけ、ぶらぶらと景品を揺らしながら手元まで運んで来た。ガコンという音と共に、景品が落下してくる。正直ゲームソフトの扱いとしてどうなんだとは思うが、イチイチそんなことに文句も言うまい。

 俺は景品を取り出すと、なんで今更こんなゲーム取ってんだかと嘆息――

「わ、凄い」

 ――した矢先、すぐ近くからどこか聞き覚えのある声。思わず振り返ると、そこには、妙に既視感のある光景……俺に感心した様子の雨野が、目をキラキラさせて立っていた。

 俺がもう、なんとも言えない微妙な顔で見やると、彼はようやく自分が声を漏らしていたことに気付いたのか、しゅぼっと顔を赤くし、あわあわとキョドりだす。

「(……天道の誘いをキッパリ断わったヤツたぁ、とても思えねぇな……)」

 思えば、確かにこいつ、ゲームをやっていない時は、相応に挙動不審な普通のぼっち野郎だった気がする。……ゲーム絡みの時だけ、少し人が変わるのだろうか。

 そんな風に考えて見つめていると、案の定、雨野は存分にキョドりながらも……どこか、勇気を振り絞った様子で俺に近付いてきて、そして、ぺこっと頭を下げてきた。

「あ、雨野です! 同じクラスの!」

「知ってるって」

 極めて素っ気なく応じる俺。しかしどうも彼は空気が読めないヤツらしく、こちらの態度お構いなしにぐいっと更に一歩踏み込むと、俺の持つ景品……ゲームソフトを指差してきた。

「こ、これ! 凄いんだね、上原君! この前も、ぬいぐるみ取ってたし!」

「あ、ああ? いや別に……たまたまだし……」

 なんだなんだ。なんで俺、こいつに話しかけられてんだ。あまりに意外すぎて、どう対応したものかが見えない。

 そうこうしている間にも、雨野は、更に続けてきた。

「ね、ねぇ上原君って、ゲーム好きなの? こ、これ、どうして……」

「え? ああ……いや、だから、たまたまだって。一本、やりたいのあったから……」

「え、どれ、どれ!?」

「うぉっ」

 雨野がぐいぐい来る。なんだこいつ、キメェな。生粋のオタク気質っつーやつか。

 俺はかなり鬱陶うつとうしく思いながらも、仕方なく質問に応じる。

「この、『パラダイム・オブ・ファンタジア』ってやつだけど……」

「おおっ、POF!」

 なぜか目を輝かせる雨野。俺は少し引きながらも、まあ雨野みたいなタイプなら好きそうなゲームかと納得する。

 ファンタジアシリーズは、割と有名なRPGシリーズの一つだ。ドラ○エのように基本は各作品ごとに独立した物語で、タイトルはナンバリングではなく、「○○・オブ・ファンタジア」という名前の「○○」の部分が変わっていく。ちなみに第一作は「スレイ・オブ・ファンタジア」。何度もリメイクされている名作だ。

 ちなみに戦闘は横スクロールのアクション。だからこそ、ぬるい格ゲー好きの俺としてはどんぴしゃなゲーム性であり、かなりシリーズを遊んでいた。が、受験中に出たことでプレイを断念し、そのまますっかり離れてしまっている。

 また、パッケージやらPVやらを見る限り、近年はどうにも絵柄やシナリオがオタ寄りになっている感が否めない。だから、イマイチそういうのに照れがある俺は、いささか敬遠気味になってきてしまっていた。どうにも、イマドキのイラストには馴染なじめない……。

 しかし俺のそんな複雑な感情など知る由もない雨野は、俺がこのシリーズを物凄く好きな前提で、超前のめりで語ってくる。

「これは名作だよ! シリーズが好きなのに未経験なら、絶対やるべきだよ上原君!」

「そ、そうか」

「うん! シリーズ円熟期に『ゲームの概念を革新する』みたいな触れ込みで出た割には蓋を開けてみれば実にオーソドックスなファンタジアシリーズだったから、当初は酷評食らったりしたんだけど。でも実際完成度はすこぶる高いんだ! だから僕はこれ、自信を持ってオススメするよ!」

「いやお前に保証されてもな……」

 雨野の感性よりゃ、アマ○ンレビューの方を参考にしたいところだ。さてどうしたものかと困って後頭部をき始めると、そこでようやく雨野は我を取り戻したのか、途端に再び顔を真っ赤にし、しおしおと縮こまりつつ、俺からバッと離れる。

「ご、ごめん! つい、熱くなって……」

「いや別にいいけどよ……。……あー、わりぃ、俺も、びっくりしただけだ」

 俺は俺で、今までの自分の態度は、少なくとも善意で話しかけてくれているクラスメイトへの対応ではなかったなと少し反省し、歩み寄る。雨野は「はは……」とはにかんで、申し訳なさそうに俺を見上げた。

「えっと、僕、つい最近、その、ゲーム仲間ができそうな機会を、すっごい馬鹿なことして逃しちゃって……。それでなんか、クレーンゲームでソフト取る上原君を二度も見て、勝手に変なチャンスを感じてテンション上がっちゃったっていうか……ごめんね」

「いや別に、謝る必要ねぇし。…………あー……その、わざわざサンキュな」

「え? あ、うん……」

 二人、そのまま向かい合って黙り込む。……なんだこれ。お見合いか。

 俺がどうしたものかと困り果てていると、気を遣った雨野が、「あ、じゃあ僕これで……」とぺこっと頭を下げ、俺に背を向けた。

 いそいそと、他のゲームコーナーへ小走りで去っていく雨野。俺は、なんとなく複雑な気持ちでしばらく彼の動向を見守る。――と。

「(なにしてんだ……あいつ……)」

 最近出たばかりの最新格ゲーに手を出そうとしては、向かいの席に誰かが座るとものじし、撤退。一人用の筐体を探すもタイミング悪くことごとく埋まっている様子で、果てはメタル○ックス3の筐体前にたたずみ、やるかやらまいか悩み始めてしまう始末。いや面白いけどよ、メタ○マックス……。

「(あいつもしかして……ゲーム好きのクセに、ゲーセン慣れはしてねぇ?)」

 確かに、ゲーセン好きと家庭用ゲーム好きはそこそこ隔たりがある。俺は割とどちらもやる方だが、片方しかやらないヤツも多い。雨野はもう見た目からして、家庭用派閥だ。

 雨野が再び、キョドりながらうろつきだす。――と、今度は大して邪魔になる動きもしてないのに、他校生に舌打ちされてしまい、完全に心が折れた様子でどんより肩を落としていた。……な、なにしてんだアイツ。

 そのまま見ていると、ついには雨野のヤツ、なんにもゲームせずにとぼとぼと退店――

「まーてまてまてまて!」

「?」

 俺は思わず走って雨野に追いつくと、彼の肩をガッと掴んだ。不思議そうに俺を振り返る雨野。ま、まるで親に捨てられた子ウサギみたいな目ぇしてやがる!

 俺は自分の髪をくしゃくしゃと揉むと……「あー、もう!」と声をあげ、雨野の目をしっかりと見据えてやった。

「おい雨野。お前ちょっと俺に付き合え。な?」

「え?」

 俺に声をかけられ、目を見張る雨野。彼の頬はそのまま、みるみる紅潮していき……。

「あ、ぼ、僕、男の人に興味は――」

「そういうベタなボケへの逃げはいいから。どうすんだ? 一緒に遊ぶ? 遊ばない?」

「……是非ご一緒させて下さい」

 懇願するように頭を下げる雨野。

 俺はやれやれと首をすくめると。

 しかしよくよく考えてみれば、俺は俺で一体何をやってんだと……頭痛を抑えるように、思わず額に手をやったのだった。



 雨野の目当ては、元々家庭用のRPGだったものが、そのすさまじいキャラ人気に応えるカタチで新たに作った、アーケード用対戦格闘ゲームだった。で、そこで語られる物語は家庭用RPGの物語の後日談であるらしく、元々そのゲームが好きだった雨野は一念発起して普段寄りつかないゲーセンに訪れていたというわけである。

 雨野は俺と共に筐体の順番待ちをしながら、照れた様子で頭を掻く。

「この前も一度来たんだけど、流石最新のゲームだけあって、全然空かないんだよね。空いても、すぐ他の人来ちゃうから、なんかデモ映像とか物語とかゆっくり見るの、凄く申し訳ないし」

 そういや、前もここで見かけたっけ。じゃああん時は、そのまま帰ったのか…………どんだけ積極性に欠ける性格してんだよ。ほとほと呆れたもんだが……しかし……。

「…………」

「? 上原君?」

「あ、いや……」

 突然会話を止めてしまった俺を、雨野が覗き込む。……実際こいつ、性格を知れば知るほど……やっぱり天道関連の一件とのギャップが際立つ。

 いよいよ耐えきれなくなった俺は、思わず、素直に疑問を口にした。

「雨野。その……お前と天道って、どういう関係なわけ?」

 やべぇ。なんか顔が熱い。こういう無神経だと自覚している質問って、する側の気力消費がハンパねぇな。亜玖璃なんかなら、しれっとけちまうんだろうが。しかし、俺の中でずっと引っかかり続けちまっているのも、また事実。

 俺の不躾ぶしつけな質問に、雨野は……少し困った様子で苦笑いした。

「そ、そっか、上原君も見てたよね、休み時間の……あれ」

「ああ。……わ、わりぃ、もしプライベートなアレなら、全然――」

「ああいや、全然そこまでの話じゃないんだけど!」

 慌ててわたわたと手を振る雨野。俺は意を決して一歩、踏み込んでみることにした。

「なんか、部活の誘いを断わってたみてぇだけど……」

「あ、もうそこまで知られちゃっているんだ。うーん……あの、その部活の性質上、ここだけの話にして欲しいんだけど……」

 そう前置きしてから、雨野は、あくまでざっくりとだが天道との間に起きたことを語り出した。実際、聞いてみればなんてこたぁない。偶然出逢った天道に部活へ誘われていたという、それだけのこと。一応、その部活が「ゲーム部」っていう意外なものではあったものの、それ以外はなんとも普通の流れ。部活に誘われ、見学に行く。しかしこの話に一点だけ特異な要素があったとすれば、それは……。

「で? お前、結局なんでゲーム部入んなかったんだよ? 正直イマイチ、一番大事なそこの説明が分かり辛かったんだが。ゲーム部のゲームと、お前のやりたいゲームの、何がどう違うって?」

 未だ前の客の対戦が終わらないのをちらりと確認しつつ訊ねる。と、雨野はまたも非常に困った表情をしていた。

「えっと……なんだろ、うーん……やっぱり説明し辛いなぁ……」

「でもさ、お前、ゲームのこと語りあえる友達が欲しかったんだろう?」

「そ、そうなんだけどさ。……うーん……」

 どうにも歯切れの悪い雨野に、俺の中ですっかり忘れていた彼への「苛立ち」が再燃してくる。……ああ、くそっ。なんで俺は、雨野を見ているとこんなにイライラするんだ。自分でも何がひっかかってるのか判然とせず、故に余計イライラする。

「あ、ほら、丁度正面同士の二台が空いたよ上原君! やろう!」

「え……あ、ああ」

 俺が黙り込むとほぼ同時に筐体が空き、俺達は椅子にすべり込む。……正直、助かった。あのままじゃ俺、雨野に何言うか分かったもんじゃなかった。自分でも彼への苛立ちが、殆ど理不尽な「八つ当たり」に近いってことぐらいは自覚している。

 とりあえず、ゲームをやって落ち着こう。

 見れば、俺達以外に現在、この筐体待ちはいない。俺は雨野がデモ映像やキャラ紹介を堪能するのを待って、百円を投入し、乱入した。

「ストーリーモードはもう良かったのか?」

 筐体越しに雨野へ話しかける。彼は声のボリュームを上げて応じてきた。

「うん。そこら辺は流石に、家庭用版出てから楽しむよ。やろう、上原君!」

「OK。俺様の美技に酔いな」

「お手柔らかに」

 ボケたつもりだったのだが妙に真面目に返されてしまい、なんか恥ずかしい。

「(亜玖璃だったら、ゲラゲラと馬鹿みたいに盛り上げてくれるんだけどな……って)」

 なんだ俺。今、ゲーセンであいつのアホテンションがなくて妙に寂しいとか思ってなかったか? 冗談じゃない。うざいだけだろ、ゲーセンでの亜玖璃なんて。

 俺は改めて画面に集中する。雨野は既にキャラ選択を終えていた。ベタに主人公キャラだ。まあ初めて触れるゲームだから妥当なんだが……。

「(じゃあ俺は……っと)」

 俺もカーソルを動かすと、少し悩んだ末、見た目からして扱い辛そうなパワータイプキャラを選んだ。向かい側から、意外そうなリアクションが漏れてくる。

「え、上原君、このゲーム経験者?」

「いんや、初めてだぜ? キャラは、なんとなくビジュアル好きだったから選んだだけ」

「そ……そうなんだ」

 雨野の呆れたような……でもそれでいて、どこか嬉しそうな声。俺はそのリアクションの意味をはかりかねて首を傾げるも、すぐに対戦が始まったためゲームに意識を戻した。

 実際雨野は、ゲーマーらしく亜玖璃に比べれば格段に操作が上手かった。亜玖璃みたいにレバガチャによるゴリ押しじゃあない。が、だからこそ……。

「(……逆に、亜玖璃よりよえぇかも……)」

 対戦格闘においてレバガチャの相手は意外と厄介だ。強いって程じゃないにせよ、防御や読み合いなんかを完全に放棄しているため、技こそそうそう出ないものの妙な攻撃行動だらけでまぐれ当たりがそこそこ多い。

 だから、実際一番弱いプレイヤーがどういうタイプかというと、それは……。

「(わっかりやすいなぁ……雨野)」

 操作方法こそ理解しながらも、その動きが極めてオーソドックスなプレイヤー程、カモになり得る者はいない。

 雨野は実際、その典型だった。彼の行動パターンはこうだ。

・ 技確認のため、とりあえず一通り出してみようとする

・ 簡単な飛び道具技だけを覚えて、まずはそれに頼りまくる

・ ガードや回避されまくると、しびれを切らして近付いてくる

・ なぜか無駄にジャンプしながら近付いてくる

・ 強攻撃のヒットばかりを狙い、ガードされまくる

・ なぜか投げ技という選択肢をすっかり忘れている

・ カウンターを食らうと焦ってガード一辺倒になる

・ 当然投げられる

・ ハッと投げ技の存在を思い出す

・ 今度は無理に投げ技を狙った結果、普通にボコられる

・ 体力ゲージギリギリのところで、一か八かの超必殺技に挑む

・ 複雑なコマンド入力にのみ注力しすぎて、変なタイミングで出して盛大にスカ

・ 最後は上空からの弱キックで極めて地味にやられる

「わぁ! う、上原君強いなぁ!」

「お前が弱ぇんだよ!」

 思わず筐体越しにツッコム! な、なんて素直なゲーム展開をするヤツなんだ! イマドキ小学生でももっと裏をかいてくるぞ!

 雨野が「うぅ……」と向かい側でうめく中、そのまま第二回戦が開始される。このゲームは、三回勝負の二本先取制だ。ここで俺が勝てば終わり。

 一回戦で雨野のあまりの弱さを目の当たりにした俺は、二回戦では多少の手加減もかねて様々な技の試運転を織り交ぜていく。――と。

「(おっと、なんだこの技のモーション……って、ああ、挑発か)」

 最近の格ゲーにはよくこの手のシステムがある。挑発モーション。大して意味はないのだが、キャラ毎ごとの特徴が良く出ていて面白い動きが多い。

「(ったく、弱いクセに生意気な……。……よしっと)」

 こっちも挑発モーションで返してやる。……が。

「(な、二つめの挑発モーションで返してきただと!? そんなバリエーションあるのかよ、このゲーム!)」

 筐体に貼られた操作説明シールを見ると、確かに、片隅にちっちゃく「挑発モーション2」の操作説明がのっていた。……いやいやいや、覚えるとこおかしいだろ、雨野!

 俺は呆れながらも、こちらも挑発モーション2で返す。と、筐体の向かい側から、雨野の呟き声……。

「やるね……」

「何がだよ! 何基準の勝負だよこれ! もう残り時間少ねぇし、いくぞこら!」

「わ、わあ!? え、ええい、必殺『超防御』!」

「おわっ!」

 雨野へ撃った弱パンチが、体ごと弾き返される! 雨野は妙に得意げだった。

「これぞ必殺技ゲージをごそっと消費して放つ、あらゆる攻撃を反射する防御さ!」

「すげぇけど、完全に使用タイミング誤ったよなぁ、お前!」

 無駄にゲージを使い切った雨野を責め立てる俺。そのまま最後にはこれ見よがしにこちらの超必殺技で勝負を決めてやる。雨野は筐体の向こうで「うわぁー!」と叫んでいた。……普段大人しい割に、ゲームのリアクションだけはでけぇな、アイツ……。

 勝負が終わり、勝者である俺のキャラのストーリーモードが再開される。仕方ないので、俺はテキトーにゲームを進めて――

《挑戦者現わる!》

「なんでもう百円入れてやがんだよ!」

 叫びながら向かいの筐体を覗き込む。と、雨野が照れた様子でこちらを見ていた。

「いや、待っている人もいないし、上原君とのゲーム、凄く面白かったからつい……」

「お前なぁ……」

 こいつ、ゲームが絡んだ時だけ妙に押しが強ぇ。仕方なく俺は諦めて座り直した。

「(おっ、このゲーム、乱入時にこっちもキャラ変えられるのか。よし……)」

 折角なので俺はキャラを変更し、雨野の選択を待つ。実際対戦が始まると、雨野もまた、主人公キャラではないヤツにしてきていた。

 雨野が俺のキャラを見て少し驚いたような反応を漏らす。

「あれ? 上原君、キャラ変えたんだ」

「おう。変えられるみたいだったからな」

「でも……前のキャラのビジュアル気に入っていたみたいだし、なにより操作に慣れてきてたみたいだったのに、いいの?」

 ? なんだこの質問。俺はよく意図が分からないながら、ありのままを答える。

「だって、色んなキャラ使った方が楽しいだろ? 雨野だって変えてるじゃん」

「…………」

「雨野?」

「あ、う、ううん! なんでもない! そ、そうだよね、色んなキャラ使いたいよね!」「お、おう……」

 なんだ。雨野の声が妙にはずんでやがる。俺、なんか変なこと言ったか? ふーむ。

 俺達はそのまま、二度目の対戦に突入した。相変わらず雨野は全然上手くなかったが、一体どこから見つけてくるのかという不思議なモーションや、実用性の低い妙な技まで出してみたりと……まるで俺に勝つことなんて二の次のような動きを繰り広げる。

 俺は俺で、そんなヤツ相手にぐいぐい攻め入る気にもならず、こっちはこっちであらゆる技や動きを繰り出して対抗した。

 なんとも、馬鹿で低レベルな試合展開。だけど……。

「(……意外と楽しいな、こういうのも……)」

 家でならいざしらず、ゲーセンではガチで戦ってばかりの俺だったが、雨野との勝負もそう悪くなかった。元々亜玖璃相手で慣れていたところもあるが、おふざけもここまで全力ならそこそこ発見があるようだ。

 二度目の対戦は俺にもおふざけが入ったせいで、結局はグダグダな勝負展開になり、最後には雨野の勝利で終える。雨野は席を立つやいなや、数歩の距離なのに急いで俺へと駆け寄ると、少し頬を紅潮させて見つめて来た。

「楽しかったね、上原君!」

「お、おう……まあな」

 雨野ほどのテンションではないにせよ、楽しかったのは事実だったため、視線を逸らしながら応じる。雨野は本当に幸せそうににこぉっと微笑んでいた。

「(ああ……いつものアレだ。休み時間中の……あの顔)」

 こうして正面から見ると、こいつが如何に幸せそうなのかがよく分かる。思ってた以上に、ゆっるーい顔してやがった。……なんかこっちが気恥ずかしくなってくる。

 俺は周囲を見回しながら、雨野に声をかける。

「それで、次はなにやるよ?」

「え?」

「あ」

 言ってから、すぐに自分の失態に気がつく。やべぇ、なんで俺、雨野を他のゲームにまで誘ってんだ? 雨野の目的はもう達成しているっつうのに。……ゲーセンという空間のせいで、どうも亜玖璃と一緒にいる時の俺が出てしまったようだ。雨野のゆるーい笑顔が、亜玖璃のそれに若干似ていたせいもあるかもしれない。

 俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、先を続ける。

「い……今ので、一対一だろう、戦績。気持悪ぃだろ、このままじゃ」

「え……う、うん! そうだね! そうだよねっ、上原君!」

 俺がもう一戦を提案した途端、心の底から嬉しそうな笑顔を見せる雨野。

「(ったく……なんで俺にそんな表情向けられるヤツが、天道の誘いは断わるのかね)」

 そんな感想を抱いたと同時に。ふと、そういえばゲーム部を辞退した理由をまだ詳しく訊けていなかったなと、思い出す。

 が、この雨野の笑顔を見ていると、どうにもその話題は今切り出し辛く……。

「じゃあさっ、上原君! 次は一緒にあれやろうよ、あれ!」

「あれって……おいおい、ガンシューティングじゃねーかよ。対戦も何もねーだろ!」

「あ、そうだね。……うん、でも二人だと楽しそうだから、やろう!」

「どういう理屈だそれは――って、おい!」

 相変わらずゲームのことになると人が変わる雨野に、やれやれとついていく。

 こうして結局俺は、その後たっぷり一時間も、テンションの上がった雨野に連れ回されてゲーセンを遊び尽くすハメになったのだった。

アプリのダウンロードはこちら!

  • App Store
  • Google Play
  • DMM GAMES

関連書籍

  • ゲ-マ-ズ! 雨野景太と青春コンティニュ-

    ゲ-マ-ズ! 雨野景太と青春コンティニュ-

    葵せきな/仙人掌

    BookWalkerで購入する
  • ゲ-マ-ズ! 2 天道花憐と不意打ちハッピ-エンド

    ゲ-マ-ズ! 2 天道花憐と不意打ちハッピ-エンド

    葵せきな/仙人掌

    BookWalkerで購入する
  • ゲーマーズ! 12 ゲーマーズと青春コンティニュー

    ゲーマーズ! 12 ゲーマーズと青春コンティニュー

    葵せきな/仙人掌

    BookWalkerで購入する
Close