グリフォンとナックラヴィー

その2


                   ***


「幻獣書、第一巻四百二ページ―――『鷲獅子グリフォン』―――『鷲の翼と上半身、獅子の下半身を持つ幻獣。黄金を発見し、守る性質を持つ。馬を敵視し、食らうと言われている』だが、第一種危険幻獣ではなく、第二種にも該当しない」


 檻の中の幻獣の姿を食い入るように見つめ、フェリはそう呟いた。


 鉄格子の一部が開かれる。中から、足輪をつけられたグリフォンが出て来た。薬でも打たれているのか、彼は妙にふらふらしている。


 その前に、武装した男が進み出た。筋骨隆々とした男は、見せびらかすように無骨な剣を掲げる。まるで幻獣退治に挑む、勇者のような振る舞いだ。


 場を盛り上げようとでもいうのか、青年が声を張り上げた。


「さぁさぁ、今宵の挑戦者は、無事幻獣を打ち倒し、勇者になれるのか!」


「『勇者』の定義を完全に間違えていますね。旧き竜が目覚めた際には間に合いませんでしたが、本来『勇者』とは人類が外敵の侵略による著しい危機を迎えた際、それに備えたかのように事前発生する、特異な力を持つ個体のことです………『なれる』ものではありません。もしも人が簡単になれるものなら、私の苦労も大いに減っています」


 ぶつぶつと呟き、フェリは更に目を細めた。


 男はグリフォンに近づくと、勢いよく剣を振り上げた。

 グリフォンは甲高い威嚇の声を発し、飛んで逃げようとした。だが、その足輪がガチリッと無慈悲な音を立てた。鎖に引っ張られ、彼は地面に墜落する。


 何度も羽ばたきながら、グリフォンは切なげな声をあげた。


 処刑人のように、男は剣を振りながらグリフォンに近づいた。盛り上げろとでも言われているのか、彼はトドメを刺すつもりはなさそうな動きで、二枚の翼へ切りつけた。


 血飛沫があがり、幻獣の無残な悲鳴が響き渡る。

 ―――はずだった。


 振り下ろされた刃を、黒い影が受け止めた。愕然として、男は必死に腕を振り回す。だが、剣に絡みついた黒色はびくともしない。更に、闇はぶわりと膨張した。


 マントが振られたかのように、闘技場にいる全員の視界が黒色に覆われた。それが晴れた後、剣を握る男の隣には手品のように白い姿が立っていた。


 観客は動揺の声をあげる。


 クーシュナに一瞬で運ばれたフェリは目を開いた。


 瞼の下から、印象的な蜂蜜色の瞳が瞬く。

 観客達が思わず息を呑む前で、フェリはガサゴソと鞄の中を漁り始めた。微妙な間が開く。観客達が戸惑う中、フェリは空気も読まずにある物を探し当てた。


 トローに一度羽ばたいてもらってから、彼女はそれをかぽんっと頭に被せた。


 幻獣調査員の証である、花嫁のようなヴェールが揺れる。


 更に、彼女は胸元から銀の膏薬入れを取り出した。


「幻獣調査員、フェリ・エッヘナと申します。幻獣に対する虐待、殺害未遂行為を確認しました。全員、その場を動かないでくださいっ!」


 凛とした声が場を揺らした。一拍置いて、悲鳴が響く。

 慌てて、観客達は逃げ出そうとした。だが、彼らは立ち上がることすらできなかった。いつの間にか、その足に―――グリフォンの足輪と同様に―――ガッチリと黒い影が絡みついていたのだ。それでも身分の高そうな男は何とかして逃げようと試みた。

 彼は靴を脱ぎ捨てて走り出す。だが、闇にひょいっと足首を掴まれ、無様に転倒した。


 その騒ぎの中、唯一、自在に動く者がいた。


 ギィンッと、高い刃鳴りの音が響いた。


 フェリの首を断とうとした刃を、クーシュナの影が受け止めたのだ。


 相手は先程前口上を述べた、灰色狼を思わせる髪の青年だった。彼は闇に完全に固められる前に足を引き抜き、更に剣を構えたまま固まっている男の背を踏んで跳んだのだ。


「―――――チッ!」


 追撃を食らう前に、青年は影に巻きつかれている剣の柄を蹴り、後方へ宙返りした。まだ黒色の広がっていない地面の上に、彼は猫のごとく着地する。

それを見て、フェリの隣に渦巻いた闇が、細い紳士の形を取った。


「ほうっ、咄嗟にそれだけの反応ができるとは。人間風情が、なかなかやるではないか」


 黒い兎耳を揺らし、クーシュナは囁いた。この場にいる者達に恐れられたとて知ったことではないと、今の彼は人の姿を装ってはいない。


 兎頭を持つ生き物の登場に、新たな動揺の声があがった。青年は唾を吐き捨てる。


「ハッ、人間には見えねぇ面だな。調査員が幻獣連れかよ。にしては、見たことのないやつだ!」


「ふふん、我は我が花の騎士にして紳士。比類なき存在故な。そんじょそこらに同種はおらぬわ。というか、それこそ我のような『王様』が他にほいほいいてたまるものか」


 からかうように応え、クーシュナは鼻を鳴らした。

 青年はフェリに向き直ると、腰から短剣を引き抜いた。彼は不機嫌に叫ぶ。


「なんだって、幻獣調査員のクソ野郎がここに侵入してるんだよ! リザ、お前、一体何を確認したんだ!」


「わ、私は悪くないよ! 確かに、その子は入場券を………しかも、レンヴァートさんしか配れないやつを持ってたんだ!」


「親父のを?」


 入場券を確認した娘―――今は観客席で酒を売り歩いていた途中で固められている―――の言葉に、青年は眉を顰めた。バッと、改めて彼はフェリに顔を向ける。


 その視線を受け止め、彼女は実に悲し気に顔を歪めた。


「あなたが、レンヴァートさんの息子さん………ライオスさんですね。お話は伺っています。私の招待状と入場券は、この場の噂を聞き、真実かどうか確かめるため、彼に長く同行し―――その末に、直に渡して頂いたものです」


「ふっざけるなよ、親父が幻獣調査員に渡すもんか、嘘を吐くな! 親父はどうした!」


「落ち着いて聞いてください――――あなたのお父様は亡くなりました」


 瞬間、躊躇うことなく、ライオスと呼ばれた青年は短剣を投擲した。それは槍のごとく、真っ直ぐにフェリの喉へと奔る。だが、柔らかい肉に突き刺さる寸前、音を立てて、刃は闇にへし折られた。宙を回転しながら、その鋭い切っ先はグリフォンに向かう。


 黒色はそれも無事に受け止め、飲み込んだ。

 兎の耳をひくりと揺らし、クーシュナは地を這うような低い声をあげた。


「貴様、我が貴様を拘束しないでやっているのは、慈悲だということがわからぬのか。よくやると言っても、所詮は人間よ。毒虫風情が闇に敵うと本気で思っておるのか?」


 言葉と共に闇を操ると、クーシュナはライオスの腕を絡め取った。


 ライオスはぎょっと目を見開いた。観客達を全員拘束したうえで、クーシュナにそこまでの余力があるとは予想しなかったらしい。


 クーシュナは容易く彼の体を持ち上げた。ギチリッと骨の軋む音が響く。

苦痛に、ライオスは低く呻いた。フェリは慌てて制止の声をあげる。


「クーシュナ、クーシュナ、乱暴をしては駄目よ!」


「無茶を言うでない、我が花よ。我にとって、我のお前を傷つけようとする者は、皆、等しく毒虫だというのに………な、なんだ、その目は………わかった。わかった。善処しよう。我は我のお前にだけは弱いのだ、全く」


 フェリの蜂蜜色の目にじっと見つめられ、クーシュナは溜息を吐くと、指を鳴らした。ライオスの全身を縛る闇が、僅かに緩む。彼の前に立ち、フェリは静かに告げた。


「あなたのお父様は亡くなりました。ですが、私が殺したわけではありません」


「………信用できねぇな。それならなんだ、死体でも漁ったってたのか? あの人は俺と同様に幻獣を憎んでいた。幻獣の肩を持つ、調査員に協力なんかするもんか!」


「………幻獣を憎んでいる。あなたも、レンヴァートさんも同じ………だから、こんなことをしたのですね?」


 フェリは囚われているグリフォンに悲し気な眼差しを注いだ。彼は未だ怯えた声をあげ続けている。ぎゅっとナナカマドの杖を握り締め、彼女はライオスに尋ねた。


「この子が、一体、あなたに何をしたというんですか?」


「はっ、お望みなら教えてやるよ」


 俺達が幻獣に何をされたのか。

 ライオスは暗い瞳で言う。フェリはぴんっと背筋を正した。


「――――お聞きしましょう」


 その素直な反応も、また予想していなかったのだろう。ライオスは、一瞬、虚を突かれた顔をした。だが、再び憎悪を目に宿し、彼は口を開いた。


 闇を抜け出そうと、騒ぎ始めている客達を無視して、ライオスは記憶を綴り始めた。

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