飛竜と娘

その2

                 ***


 森を抜けると既に飛竜ワイバーンは飛び去った後だった。だが、森からほどない距離にある村にはその爪痕がありありと残されている。目の前に広がる光景に少女はぽつりと呟いた。


「………ひどい」


 村は燃えていた。石垣で囲まれた村にはそれなりの規模があり、家屋の立ち並ぶ平野の向こうには丘に沿って麦畑が広がっている。


 だが、森の木材を利用して作られた重厚な建物のいくつかは炎に包まれていた。 


 人々は水をかけ、火勢が弱まると柱を折り、建物を崩していく。瓦礫の中に炎を包み、濡らした布で叩くとくすぶる箇所に更に水をかけた。同じことを煙が出なくなるまで繰り返し、延焼を防ぐ人々の動きは不思議と手慣れている。


 次に、少女は麦畑へ視線を移した。初夏の鮮やかな緑の海にも、虫食い穴のように地面まで炭化した箇所がある。昨日、今日燃やされたものではないだろう。そこに稲穂を叩き、必死に火を消す人々の姿はなかった。少女は首をひねる。


「何度も来ているの? それに、あの子はあんなに荒れていたのに被害が少ない」


 荒ぶる飛竜がその気になれば、それこそ村内の家屋、畑の全てがたやすく燃やしつくされ、人間も皆殺しにされていたはずだ。何故、飛竜は全てを燃やしつくさなかったのか。そもそも何故村を襲ったのか。


 湧きあがる疑問を今は胸に飲みこんで、少女は一目散に村へと走った。


                 ***


 無人の門をくぐった少女は、ゆっくりと村内に歩を進めた。


 外に出ている人々の顔には疲労の色が濃い。燃えた家を遠巻きにして、唇を噛んだ母親が子供を抱えている。不審げな眼差しを向けてくる親子にぺこりと頭を下げ、少女は瓦礫の方へ、火の気配の残る熱い空気の中を進んだ。水に濡れた地面を踏むと作業をしている男達の声が耳に届く。


「だから、どうするんだ、アイツはまた来るぞ」

「これ以上建物を崩すわけにはいかんだろう。水をなるべく備蓄して」

「それで足りるか? 畑の分はどうするんだ。ああ、ちくしょう、ちくしょう。まともに農作業もできやしねぇ。このままじゃおしまいだ」

「なぁ、落ち着けって」

「落ち着いていられるかっ! 俺達はなぶり殺しにされるんだっ!」 


 悲鳴のような声が響いた。更に少女は騒ぎに近づいていく。数人が彼女に気がつき、作業の手を止めた。額の汗をぬぐい、彼らはいぶかしげに闖入者ちんにゅうしゃを見る。

 少女はまたぺこりと頭を下げると、自分は手をださずに指示を飛ばしている老年の男の後ろで足を止めた。


「それはまだ使える。そっちに運んでやれ。くっそ、どうすれば……うん? あなたは」


 彼が振り向いた瞬間、少女は自身の服の襟元に手を入れ、細い鎖を引きだした。


 ―――――――リンッ


 小さな音と共に、その首から銀の膏薬入れがぶら下がった。その表面には、数百の短い角を持つ古竜の紋章が刻まれている。

 目を見開いた老年の男に、少女は頭を下げた。


「初めまして、旅の幻獣調査員フェリ・エッヘナと申します。あなたをアガンシア村の村長とお見受けしてお尋ねします。どうやら飛竜の炎に村は焼かれたようですね?」

「その紋章………そのヴェール………おおっ、幻獣調査官の。渡りに船とはまさにこのこと。よくぞ、よくぞおいでくださいました。カナリの街には連絡をいれたのですが返事がなかったものですから。まさか腰が重いと有名な役人様にお越しいただけるとは」

「ざ、残念ですが、私はカナリの街の在住調査官とは別人です」


 いささか失礼なことを言いながら喜ぶ村長に、少女――フェリは申し訳なさそうに沈んだ声を返した。


 この世界に生きる『幻獣』、即ち『独自の生態系を持ち通常の食物連鎖に組み込まれない――かつ超自然的な力を持つ――生物』の生態系の調査、国への報告、そしてこれが一般の人々にとっては最も重要な役割であるが獣害の対処も行う、国家の認定した専門家―――『幻獣調査官』―――フェリは村人達の待ち望むその存在ではあったが、同時に異なるものでもあった。


「今カナリの街の調査官はクラーケンの大量発生による商会からの駆除要請への対応で手いっぱいと聞いています。あの、私は国属の幻獣調査官とは異なり、あくまでも同等の権限を与えられた契約調査員にすぎません。ですが、幻獣に関する人間、幻獣双方の被害に対し、私の権限の及ぶ範囲での対応は可能ですが………いかがなさいますか?」


「調査、員。あの、在住調査官とは一体何が違うのでしょうか?」


「はい、幻獣の生息範囲は広く、その種類も多岐に渡るため、情報の収集は全く足りていません。そのため専門知識が必要な調査官の育成は進んでいないのが現状です。補助策として、国家は認定した魔術師や錬金術師の一族に契約調査員として同等の権限を与えています。担当地区の対処に毎日当たっている国属の調査官とは異なりますので、その………確かに固有幻獣に対する専門性ではやや劣るかと。しかし、私には代々受け継いでいる知識もありますので、お役に立てるよう精一杯の努力をさせていただきます」


 フェリの言葉と幼い外見に村長は落胆した様子を隠さなかった。それに辺りをパタパタと飛んでいる蝙蝠にも、彼はなんとも言葉にしづらい疑問を覚えているらしい。


 だが、それでもと思い直したのか、彼は短く頷いた。村長は声を張りあげ、周囲に呼びかける。


「皆、喜ぶといい。幻獣調査員の方が来てくださった。あー、連絡をした方ではないが、それでもあの忌々しい飛竜による被害を聞いてくださるそうだ………うん、願ってもない。これは願ってもないことだぞ。私は一時場を離れる。そうだな………アベル、イヴェール、トマスもおいで。ささっ、こちらへ」


 数人の男達に呼びかけ、彼はフェリを連れて場を後にした。その案内で、フェリは麦畑近くの丘に立つ村長の屋敷へ向かった。森から見ても目立った鱗屋根の建物は村の賓客を招く場所でもあるらしい。


 村長が手ずから扉を開くと、フェリは頭を下げ中に入った。見事な刺繍のされた布織物の重ね敷かれた客間で、彼女は村長と共に樫材のテーブルに着く。

 パタパタと男達の鼻先を旋回していたトローは、壁に飾られた鹿の頭の剥製を見つけ、その角に満足げにぶらさがった。慌てながらも夫人が飲み物を運んできたのを合図に、まずイヴェールと呼ばれた男が口火を切った。


「飛竜は毎日飛来しては、火を吐いて、建物や畑を焼いていくんだ」

「それだけじゃねぇ、家畜も攫っていくっ! 次の冬はまだ遠いが、これじゃあ越せるわけがねぇ。奴は俺達をなぶり殺しにするつもりなんだっ!」


 唾を飛ばして、トマスと呼ばれた男が訴えた。どうやら村内の有力な家の持ち主が、各自の被害を直接訴えていくつもりらしい。

 フェリは鞄から紙の束を取りだすと、詳細な被害を書き留め始めた。牧場主に被害頭数を聞き、畑の主な管理者に麦の損傷を尋ねる。

 やがて、フェリは静かに頷いた。


「被害状況は大体把握できました。この一件は確かに暴走した幻獣――竜種・飛竜ワイバーンによる獣害と認定されます。私に申請さえいただければ、飛竜の捕縛、対処は可能です」

「おぉ、ありがたい。ぜひともお頼み申しあげます。これで、我々も助かるというもの」

「その前に、あの、皆様にひとつお聞きしたいことがあるのですが」


 紙の束をとんとんと整理し、横に置くとフェリはなんでもないことのようにそう切りだした。彼女は大きな蜂蜜色の目でその場にいる全員を見回す。そして首を横に傾げた。


「皆様は、あの飛竜に何をしたのですか?」

「――――――――――――――――えっ」


 しんっと場は静まり返った。いかにも不自然でおかしな沈黙が広がる。

 村人はフェリから視線を逸らした。だが、空気を読めと訴えるような息詰まる沈黙の中でも、フェリは表情一つ変えない。

 やがて根競べに負けたように、村長は咳払いをすると口を開いた。


「何を、おっしゃいますか。私どもは何も」

「理由がなければ飛竜が人を襲うことはありません。彼らは乱暴な種族ではないのです」

「いや、それは………単にあの個体が特別だっただけでは」



「幻獣書、第三巻百八十五ページ――――『アガンシア村の飛竜ワイバーン』」


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