第二章 王都の異変(2)
「――――というわけで、佳織用の装備を手に入れることができたよ」
「これが……」
佳織との約束を果たした俺たちは、手に入れたアイテムを佳織に渡した。
すると、受け取った佳織恐る恐る受け取りつつも、感動した様子で目を輝かせる。
その様子に満足しつつ、ちゃんとアイテムの説明をした。
「それで、まずその指輪なんだけど、持ち主に危険が迫ったら、強制的に安全圏まで転移してくれるっていう効果を持ってて、何かあってもこれなら大丈夫だと思う。その安全圏も、この家を設定してるから」
「な、なんだかすごい効果ですね……」
佳織の言う通り、指輪の効果は破格だよな。正直、俺も一つ欲しいが、あの探索後に一度も出会えてないので、佳織の分しかない。
「後、そのローブなんだけど、効果は佳織の運ステータスに補正が入るみたいなんだ。それがどれほどの効果を発揮するかは分からないけど、ないよりは全然マシだし、何より佳織の服……というか、地球の服はこの世界じゃ目立つからさ」
「魔法やスキルに意識をとられがちですが、確かに文化の違いもあるでしょうし、服のデザインや技術力も違うんでしょうね」
「そういうこと。まあ全部隠すのは無理でも、このローブを羽織ってたらある程度は服を隠せるしね」
「ありがとうございます!」
佳織は明るくそう口にした後、すぐに表情を曇らせた。
「その……今さらこんなことを言うのもおかしいのですが、本当によかったんでしょうか……?」
「え?」
「優夜さんに無理を言ってるんじゃないかって……それに、このいただいたアイテムもどう考えても貴重だと思うようなものばかりですし……」
「いや、いいんだよ。佳織には散々お世話になったからさ」
実は、ユティの編入以外にも、佳織には今日この日までとても世話になったのだ。
佳織が手伝ってくれたからこそ、以前よりユティが地球で生活していく上での心配は減った。
……まあそれでも不安なのは間違いないけど。
そんな風に思っていると、一緒に王都まで行くということもあり、元々着ていた白いワンピース姿のユティが小さく頷いた。
「肯定。私、カオリのおかげで、色々知れた。だから、今度のガッコウ、って場所も楽しみ。ありがとう」
「ユティさん……」
直接お世話になっていたユティ自身も、佳織にはすごく感謝しているようだ。
「……分かりました、それでは有難く使わせていただきますね」
そう言いながら、佳織は指輪をつけ、ローブを羽織った。
「よし、佳織の用意もできたみたいだし、さっそく行こうか」
「はい! それで、王都までどれくらい時間がかかるんですか?」
「あ、それなんだが、普通に歩いていくとその移動だけで一日が終わっちゃうから、今回は転移魔法を使って移動しようと思う」
「転移魔法ですか?」
転移魔法というものを一度も説明していないため、佳織は首を傾げるだけだったが、ユティは目を見開いて固まっていた。
「……驚愕。本当に、転移魔法が使えるの?」
「え? まあ……」
「もし本当なら、ユウヤはとんでもない。『魔聖』でさえ、たぶん不可能。もちろん、魔法でなく、スキルなどで似たような効果を発動することはできるかもしれない。それこそ、カオリに渡した指輪の効果がまさにそう。でも、それは完全に個人だけに適用されるから、転移魔法ほど応用性はない」
「そ、そうなのか……」
レクシアさんにも散々言われたけど、やっぱり転移魔法ってヤバイんだな。いや、だから人目につかないように使ってるわけだけど。バレたらヤバいが、使わないには惜しすぎる力だからね。
「ま、まあ今回は周囲にバレない様に、王都に直接っていうよりは、少し離れた位置に転移するんだけどね」
それこそ、前回王都に訪れた時に使用したスポットがいいだろう。あそこは人気もなかったし。
そんなこんなで実際に転移魔法を使用する。
すると、俺たちの目の時空が歪み、人ひとりが通れるサイズの空間が生まれた。
その向こうには、今俺たちがいる場所とは違う風景が広がっており、その先には王都が見えた。
改めて佳織たちはこの転移魔法に驚いたが、すぐに佳織は目の前に現れた異世界の街に目を奪われるのだった。
***
「ここが、異世界の街なんですね……!」
無事、王都に入ることができると、佳織は周囲を忙しなく見渡しながら目を輝かせた。
「カオリ、そんなに見渡すと目を回す。気を付ける」
「はっ! そ、そうですね。つい興奮してしまいました……」
「カオリ、子どもみたい」
「……いや、ユティも地球じゃ似たような反応だったからな?」
「…………知らない」
実際、ユティが地球の俺の家から初めて出たときは、佳織なんかとは比べ物にならないほどソワソワ……いや、暴走しかけていた。
家の塀や電柱には登ろうとするし、あまりにも周囲を見渡しすぎて首がとれるんじゃないかと思わず心配しそうになるほどだ。
「それにしても……王都に来てから思い出して、慌てたんだけど……ユティがいても問題なく入れたな」
本当にやってしまったなと思ったのだが、ユティはレイガー様を殺そうとした張本人なのだ。
そんなことを今の今まで忘れていた俺は、入り口で手続きをしている最中にそのことを思い出し、盛大に焦ったのだが……。
「無視。入れたのなら、それでいい」
「いや、そりゃそうなんだが……」
「予想。私のこと、末端の兵士にはまで知られてない。だから入れた」
「うーん……そうなのかね……?」
実際、ユティの戦闘力から考えると、ユティが本気で動けば普通の兵士さんじゃまずその動きを捉えることすらできないだろう。
何だか門番というか、兵士さんたちが慌ただしくしていたのが少し気になったけど・……。
まあ、まだどうなるか分からず怖いが、気にしても仕方ないので一旦そこで俺は思考を打ち切った。
すると、ユティから忠告されたにも関わらず、もう我慢できずに再び周囲を眺めていた佳織が、ふと何かに気づいたようだった。
「あの、優夜さん」
「ん? どうした?」
「その……この街はいつもこんな感じなんですか?」
「こんな感じって?」
「いえ、その……街全体がかなり慌ただしいように思えたので……こう、活気があるとはまた違った慌ただしさのような……」
「んー……」
言われてみれば、そんな気がする。
先ほどの門番さんたちも慌ただしかったが、改めて街の中を見渡すと街の人も忙しなく行き交っている。
しかも、談笑してる風景が今はなく、なんというかとにかく余裕がない様子にも思えた。
「確かに、何かあったのかな……」
「――――ユウヤ殿!?」
「え?」
周囲の様子を見ていると、不意に声を掛けられた。
すぐに声のほうに視線を向けると、驚いた表情を浮かべたオーウェンさんが立っていた。
少しの間、俺がこの場所にいることへの驚きで固まっていたオーウェンさんは、俺に駆け寄ってくる。
「ユウヤ殿、どうしてここに!?」
「いや、佳織がこの街を見たいと言うので、観光に……」
「カオリ殿が……それに、か、観光ですか……」
俺の言葉にオーウェンさんは少し驚いた後、俺の後ろで興味なさそうに立っているユティに視線を向け、慌ててその場から飛び退いた。
「ゆ、ユウヤ殿! そこの女は……!」
「え? あ、違うんです!」
「何が違うんですか!? その女は、レイガー様を――――」
うわあ、確かにオーウェンさんはユティの顔を間近で見てた一人だった……!
オーウェンさんの剣呑な雰囲気に、周囲の人たちや他の兵隊さんたちまでがなんだなんだと集まってきてしまい、ますます事態が悪化している。
この状況に佳織はオロオロしているが、当の本人であるユティはまるで気にした様子がない。いや、貴女のことでこうなってるんですけどね!
「お、オーウェンさん、説明しますので、どこか別の場所で……」
「……いいでしょう。どのみち、ここでその女に暴れられたら我々では対処できないので……」
少し悔しそうにしながらも、ひとまずオーウェンさんは俺の言葉を聞いてくれた。そして、そのままオーウェンさんに連れられる形で人気の少ない場所まで移動した。
そして、そこでユティが俺の家に襲撃してきたことや、『聖』や『邪』といったことまで、ちゃんと説明した。
すべてを聞き終えたオーウェンさんは、頭を抱える。
「まさか、『邪』なんていうおとぎ話のような存在まで出てくるとは……というより、どうしてこうもユウヤ殿の周りに危険な者たちばかりが集まるのか……ともかく、もはや一国だけの手に負える問題ではないですぞ……」
「な、なんかすみません……」
「いえ、ユウヤ殿が謝ることではないのですが……それに、ユウヤ殿が『聖』を冠する存在の弟子だとは……」
「それに関しては気づいたらなっていたというか……」
いやね? 最初はウサギ師匠から蹴りの修行をつけてもらえるとはいえ、ここまで『邪』なんて存在の相手と関わるとは思いもしなかったわけですよ。
それがこんなに巻き込まれて……。
思わず遠い目をしていると、オーウェンさんが未だ少し警戒した様子で訊いてくる。
「それで、その女……ユティ、でしたか? は、大丈夫なんですか?」
「それは……」
「心配無用。もう、第一王子にも、この国にも興味はない。私は、『邪』を倒す。それだけ」
「ユティさん……」