第一章 ユティとの生活(2)
「さて、ユティが風呂に入っている間にユティが寝たりする場所を用意しないと……」
それに、今はいいが、本格的に俺の家で過ごすというのなら、ユティの替えの服なんかも用意しないといけない。
まだちゃんと話し合っているわけじゃないが、ここでユティと別れてしまったら、ユティは復讐のためだけに行動をするだろう。
どこかで休むあてもなく、たった一人で。
それなら、せめて俺の家がユティの休む場所になることができればと、俺は思ったのだ。
「まあ、それで本当にこの家に住むっていうんなら、ユティの服を用意したり、何なら地球で生活できるようにしたほうがいいんだろうなぁ……」
いや、本当に住むって決まったわけじゃないけど、俺の家で過ごすなら異世界だけじゃなく、今いる地球のことも知ってもらわないと、何かあった時に困るからな。
「これからどうなるのかね?」
「わふ?」
「フゴ」
俺の問いに、ナイトとアカツキは同じように首を傾げた。
その瞬間、地球の家のチャイムが鳴った。
「ん? なんだろう? 新聞の販売かな?」
特に何かを頼んでいたりした覚えもないので、そう思いつつ玄関に向かうと……。
「こんにちは、優夜さん」
「え、佳織!?」
なんと、俺の家に訪れたのは佳織だった。
「どうしたの?」
「その、たまたま優夜さんの家の近くを通りかかったというのもあるのですが、その……優夜さん、何してるかなぁと思いまして……」
「そ、そうか」
佳織のそんな言葉に、俺は思わずドキリとする。
別に佳織としては他意はないんだろうけど、思わず意識してしまった。
そんなことを考えていると、佳織は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「その、迷惑でしたか?」
「え? そんなことないよ!」
慌ててそう告げると、佳織は安心した様子を見せた。
「よかったぁ……あ、そういえば、前にしたお願いのこと、覚えてくれていますか?」
「お願い?」
「はい! 以前、優夜さんに異世界の観光をお願いしたじゃないですか。その時、優夜さんは危険だからダメとおっしゃいましたが、やはり気になって……」
「う、うーん……」
確かに、目の前に異世界なんて言う不思議な世界があれば、行きたくなるのは自然なことだろう。
だが……。
「でも、やっぱり危険――――」
「――――優夜。上がった」
「へ?」
突然背後から声を掛けられ、思わず後ろを振り向くと……。
「ゆ、ゆゆ、優夜さん……その、女の子は……」
水に濡れたままの……しかも、裸のユティが立っていたのだ!
「こ、これは! その、いろいろ事情が!」
「ユウヤ。上がった。どうする?」
「いや、どうするじゃなくて、服を着ろ!」
「服、ない」
「そうだった……!」
その用意の途中だったんだよ!
「ゆ、優夜さん! この女の子はどうして裸なんですか!?」
「? ユウヤ、この女、誰?」
二人同時に迫られた俺は、思わず天を仰ぎたくなった。
「だ、誰か助けてくれ……!」
***
「な、なるほど……そんなことが……」
あれから何とか気力を振り絞り、必死にユティのことを説明したかいあってか、佳織からの誤解は解かれた。もし誤解が解けなかったら、俺は変態野郎として佳織に見られてしまうと考えたら、必死にならざるを得ない。よかった、誤解が解けて……。
ユティのほうも、洗濯し終えた服を魔法を駆使して乾かしたおかげで、ひとまず着替えが済んでいる。
そして、ユティのこともついでに佳織に相談する形で話したのだ。それこそ、着替えの服を用意するとなると、男の俺じゃ厳しいからね。
「その、一つ確認なのですが、これから優夜さんと一緒に暮らすということなんでしょうか?」
「うーん……ユティがどうしたいのかにもよるけど……」
「だ、ダメですよ! 女の子と二人、同じ屋根の下なんて……」
「う、それは……」
佳織の言うことはもっともなのだ。
思わず佳織の言葉に詰まっていると、ユティが真面目な表情で口を開く。
「私、ここがいい」
「「え?」」
ユティの思わぬ言葉に、俺と佳織は同時に声をあげた。
「ここがいいって……」
「ユウヤ、ご飯、美味。風呂、気持ちいい。結論。ここがいい」
「そんな理由!?」
「どうせ行くあてはない。断られたら、どこか外で寝泊まりするしかない」
「そ、それはダメだろ!」
「そうですよ!」
ユティの言葉には、俺だけでなく佳織もすぐさま反対した。
女の子なんだし、何より魔物がいるような世界で外で寝泊まりなんて危険すぎる。……いや、俺以上に強いから心配ないのかもしれないけど。
「心配無用。私、師匠と森の中、生活していた」
「も、森の中ですか?」
「肯定。だから、野宿には慣れている」
「いや、ユティは慣れてても俺たちの気持ち的にさ……」
ユティの言葉にため息をつきながらも、俺は改めて告げた。
「まあ師匠から頼まれたわけだし、一緒にここで暮らそうよ。部屋はたくさんあるしね」
幸い、【異世界への扉】の換金機能のおかげで、お金には困ってないから一人増えたところで問題ないし、実際この家は俺とナイトたちだけでは広すぎる。
「安心。正直、断られたら困った。『邪』の力、今は落ち着いているけど、完全に消えてないから」
「え」
「今は、私でも抑えられるから大丈夫。でも、まだ少し『邪』が残ってる気がする」
ちょっと待って。その話はさすがに聞き流せないぞ……!
まさかのユティの発言に俺が焦るのに対し、『邪』が何なのか分からない佳織は首を捻った。
「じゃ……ってなんですか?」
「え? あー……その……なんて説明すればいいのか……」
正直、俺でさえいまだにちゃんと把握しきれてないのだ。ウサギ師匠の話だと世界の負の側面の塊みたいな存在だって言ってたけど……。
俺が答えあぐねていると、ユティが代わりに答えた。
「『邪』とは、世界の負の側面そのもの。詳しい説明は難しい。ただ、悪いもの」
「な、なるほど……? えっと、つまりはその悪いものがユティさんの体にあるってことなんですか?」
「肯定。そこにいる豚の力で一時的に抑えられただけ」
「ブヒ!? フゴ、フゴォ!」
「お、落ち着け、アカツキ」
アカツキはユティにそこの豚呼ばわりされたことが気に入らないらしく、その場で地団駄を踏んで抗議の声をあげていた。ただ、その姿は抗議をしているにしてはあまりにも可愛い。
「そうなのか……じゃあ、またその『邪』の力が暴走したり……」
「可能性は、ある。『邪』への敵対を決意した今、前のように力を制御できるとは限らない」
それはそうだよな。もし『邪』ってヤツらが自分の与えた力を正確に把握できるのであれば、敵になりえる存在からその力を回収するだろうし。
「幸い、ここには豚がいる。だから、暴走の心配は少ない」
「そうなのか……」
そうなるとますますユティを送り出すわけにはいかない。
『邪』と敵対すると決めた以上、他の人間たちに被害が出るのはユティとしても不本意だろうし。
「やっぱり、ユティにはここにいてもらった方がいいね」
「肯定」
「……こればかりは、仕方ないですね……でも、優夜さん、私の知らないところで色々な女性と仲良くなってるんですね……」
「うぇ!? ご、誤解だって! 偶然だから!」
「そうなんでしょうか……」
確かにレクシアさんとかルナとか、佳織も会ったことがある人は女性ばかりだけど、そんなことはないよ! ……多分。あれ、男性の知り合いもいるよな? オーウェンさんとか、アーノルド様とか……ちょっと不安になってきた。
佳織が何やら複雑そうな表情を浮かべる。確かに女の子と二人で暮らすわけだが、変なことをするつもりはない。というか、実力的に返り討ちにされる。
それよりも、俺ってそこまで信用ないかな……? ちょっと悲しい。
若干へこみつつも、ユティをこの家で受け入れると決めたことで、別の問題にも目を向けなければいけない。
「ただ、そうすると俺が学校行ってる間はどうしようかな……一人にするのは怖いし……」
「がっこう?」
ユティには聞きなれない単語なのか、首を傾げている。
ナイトとアカツキはいい子だし、ちゃんとお留守番ができるのだが、ユティはどうだろう。さっきの食事やお風呂といい、かなり世間知らずだし、何か起きると怖い。一番安全なのは異世界の家からこの地球の家に来れないようにしつつ、異世界の家で過ごしてもらうことなんだけど……それはさすがに窮屈だろう。
うんうんと頭を悩ませていると、佳織がおずおずと口を開いた。
「あの……でしたら、ユティさんも学校に通いませんか?」
「え?」
予想外の言葉に反応すると、佳織は続ける。
「ユティさんの年齢はいくつですか?」
「? 年齢、分からない」
「わ、分からないんですか……ですが、見た目だけで言えば中学生に見えますし、中等部に編入するのはどうでしょう?」
「それは……」
いきなり地球の学校に連れ出すのは正直怖いが、ユティが『邪』のことだけじゃなく、他のことにも目を向ける機会になるのなら、とてもいいことだと思う。
ただ……。
「もしユティを中学に入れることができるのなら有難いけど、難しいだろ。ユティの場合、戸籍もないし、第一どこの学校が……」
「それでしたら、『王星学園』で大丈夫ですよ」
「へ?」
「私たちが通っている学園の敷地内に、私たちが使わない校舎があるの、覚えてますか?」
「ま、まあ……」
というか、『王星学園』はいまだに広すぎてすべての施設を把握しきれていないので、正直使っていない校舎と言われてもピンときていない。
「その校舎では、中等部の生徒たちが授業を受けているんですよ。見たことありませんか? 高等部と制服が一緒なので分かりにくいですが……」
「そうなんだ……」
よくよく考えれば、ひと学年ごとの人数のわりに見かける生徒の数が多い気がしていたんだよな。それは中等部の子もいたからなんだな。
「『王星学園』の中等部であれば、何かあった時に優夜さんもすぐ駆け付けられますし、安心ではないですか?」
「それは本当に安心できるけど、そんな簡単に編入とかできるのか?」
「高校生であれば、どこの高校にも所属していない状態からの編入は難しいでしょうが、中学生であれば、まだ何とかなりますよ」
そういうと、佳織は頼もしい笑みを浮かべたあと、そのままユティに顔を向ける。
「ユティさんも、『王星学園』で大丈夫ですか?」
「? 大丈夫も何も、分からない。でも……ユウヤがいるなら、安心」
そんなユティの言葉に満足げに頷くと、佳織は手を打った。
「でしたら、今からユティさんのお洋服なんかを買いに行きましょう! そしてそのまま直接お父様に事情を説明しに行けば、すぐにでも手続きができますよ」
あれよあれよと佳織のおかげでユティのことは何とかなりそうだった。
「その、ありがとう。正直俺一人じゃどうしたらいいのか分からなかったし……」
「いえ、役に立てたのならよかったです」
「このお礼というか、俺にできることがあれば……」
「んー……あ! でしたら、異世界の街に行きたいです!」
「え?」
「ダメですか?」
「う……」
ユティのことでここまで考えて動いてくれている以上、できれば叶えてあげたいが……。
俺が言葉に詰まっていると、ユティが不思議そうな表情を浮かべる。
「疑問。どうして街に連れて行かない?」
「え? そ、そりゃあ危ないから……」
「危ない……? ユウヤ、おかしい。ユウヤにとっての危険、『邪』や『聖』の領域。そんな相手、そうそう出てこない」
「そこまで強くはなってないんだけどね……」
【大魔境】の魔物相手の実戦経験も積んではいるものの、全然強くなってる気がしない。ユティやウサギ師匠がいるからだろうな……。
それはともかく、ここまで期待に満ちた目で見られちゃうとなぁ……。
俺はため息をつきつつ、一つ条件を付けた。
「分かったよ。でも、先に佳織の装備を手に入れてからね」
「え?」
俺の言葉に、佳織はきょとんとした表情を浮かべる。
「ユティは大丈夫だって言ってくれるけど、もし万が一があったら大変だ。だからこそ、万全を期すためにも、佳織の装備を手に入れてからにしよう。装備さえあれば、何かあった時の守りにはなるだろうし……」
「わ、分かりました! それで大丈夫です! その……装備はどうやって手に入れるんでしょうか?」
「遅くとも来週の休日までには俺が入手しておくよ。そのまま休日を使って異世界の王都を観光しようかなって考えてるんだけど……大丈夫? だから、佳織の装備もその土曜日に直接渡して、そのまま出発することになると思うけど」
「来週の土曜日、日曜日でしたら大丈夫です! それに、恐らくユティさんの編入もその休日明けになるでしょうし、ちょうどいいですね」
俺の言葉に嬉しそうに頷いた佳織は、改めて俺とユティに告げた。
「では、異世界の街案内をしていただける約束もできましたし、さっそく行きましょうか」
ナイトたちにはお留守番をしてもらいつつ、佳織に連れられ、俺とユティは出かけるのだった。