プロローグ(1)
――――『スタープロダクション』。
俳優やモデル、アーティストなど、様々な人材を擁する芸能プロダクションであり、あの超人気ファンションモデルの
そんな事務所の一室で、一人の女性がマネージャーからとある依頼を持ち掛けられていた。
「え?
そう驚くのは、どこか中性的な雰囲気の女性。
肩の上で切り
この女性こそ、スタープロダクション所属の人気アーティスト、
「そう。王星学園の学園祭って聞いたことない?」
「あんまり詳しくないけど、なんか毎年話題だよね。テレビでも見かけるし」
マネージャーの言葉に首を
「話題になるのは、その学園の規模がとてつもなく大きいからよ。それこそ
「ふぅん? でも、他の学校も似たようなことしてない?」
「まあアーティストを招く学校は案外あるけど、それ以外の出店なんかも規模が大きいのよ。なんか独自のルールで学園祭の予算を決めてるらしいわよ」
マネージャーからそう説明を受ける奏だったが、あまりピンときていなかった。
というのも、いくら予算が出るとはいえ、所詮は学校のイベントでしかなく、そこまで大規模なものではないだろうと思っていたからだ。
「まあとにかく、その学園から貴女を呼びたいって連絡が来たのよ。社長も必ず行きなさいって言ってるし……」
「社長が? 珍しいね」
奏自身、この事務所に所属してからある程度経つため、社長の性格は知っていた。
社長は得にならないことでそう動くことはなく、動くということは何かしらの大きな利益を見込んでいるはずだ。
奏は、社長がたかが一学校のために動こうとしているのが信じられなかった。
「自分で言うのもなんだけど、僕を呼ぶとなると結構お金がかかると思うんだよね。その学園、そんなにいいギャラを払ってくれるってことなのかな?」
「それは問題ないみたいよ。ただ、社長の狙いはそこじゃなくて、その学園にいる一人の男子生徒みたいなのよね」
「ええ?」
それこそ信じられないといった様子で驚く奏に、マネージャーが一枚の写真を見せた。
「これが、社長のお目当ての子よ」
「あれ? この子って美羽ちゃんと……」
それは以前、美羽と
「この男の子こそが、社長の狙いってわけ。すごくない? それ、偶然その場にいた彼に突然お願いして撮影することになったのよ?」
「嘘でしょ!? こんなにオーラがあるのに一般人なの!?」
奏はそこに写る優夜を見て、目を見開いた。
美羽との付き合いが長く、彼女のオーラを身近で感じ取っているからこそ、その美羽と見劣りしないオーラを放つ優夜が、ただの一般人であることに驚いたのだ。
「いやいやいや、こんな一般人がいるわけないじゃん! 絶対どこかの事務所に所属してるって!」
「でも見たことないでしょ?」
「そ、そう言われればそうだけど……」
「奏の言いたいことも分かるわ。ここまで目立つのに、今まで話題になってなかったことの方が不思議だもの。ともかく、彼……
「へぇ……学園の行事でそこまでするなんてすごいねぇ。それだけ社長も本気ってことか……」
「だから、貴女に来たライブの依頼もぜひ受けてほしいの」
「そりゃあステージを用意されれば、僕は歌うだけだけどさ」
奏としては、事情はどうであれ、事務所が許可を出したのなら、ステージで歌を披露するだけだった。
すると、マネージャーはホッとした様子を見せる。
「よかった……貴女がいつもみたいにワガママ言ってきたらどうしようかと……」
「ちょっと! 僕、そんなワガママじゃなくない!?」
「ついこの間、納品間近で全曲録り直したいって言ったのはどこの誰かしら?」
「うっ……だ、だって、もっといい感じに歌える気がしたからつい……」
「より良いものを追求するのはいいことだけど、時間や状況は考えてちょうだいね。今回の件は受けるってことで話を進めるわ。途中で嫌だって言っても断れないからね?」
「い、言わないよ!」
奏がそう告げると、マネージャーは肩をすくめながら部屋を出ていった。
部屋に残った奏は、再び視線を写真に落とす。
「天上優夜、か……」
「……あれ、奏さん?」
「あっ、美羽ちゃん!」
すると、ちょうど先ほどまで話題に上がっていた美羽が現れた。
「奏さんが事務所にいるなんて珍しいですね」
「まあねー。僕としては常にどこかのステージで歌を唄っていたいんだけど、今回は呼び出されちゃったからさ」
「何かあったんですか?」
そんな美羽の問いに、奏はニヤリと笑うと、先ほどまで見ていた優夜の写真を見せる。
「コレ!」
「え!? こ、これって優夜さんじゃ……」
「そう! 僕が呼び出されたのは、この子が通ってる学校の学園祭のライブに、僕が出演するって話だったんだー」
「か、奏さんが!?」
予想外の話に驚く美羽に対し、奏はにやけ顔を近づけた。
「それでそれで、一つ
「え、えっと……」
美羽はふと優夜との夏祭りデートや婚約騒動など色々なことを思い出し、顔を赤くした。
「その……優夜さんはいい人ですよ」
「おや、おやおや~?」
予想外の反応に、奏はますます笑みを深める。
「まさかあの美羽ちゃんがこんな反応するなんて……こりゃあ僕も直接目にするのが楽しみになってきたなぁ!」
改めて写真に目を落とす奏。
トップモデルの美羽と張り合うオーラを放つ優夜に、奏はますます興味を抱くのだった。
***
――――ところ変わって、数多くの名家の子息子女が通う
「白井。情報は集まったかしら?」
そんなリムジンに乗っているのは、日帝学園の生徒会長である
彼女が執事の白井に一言告げると、彼はまとめられた紙をさっと手渡した。
「こちらになります」
「ありがとう。……ふぅん、彼、あまり外を出歩かないようね」
白井から手渡された資料には、優夜のここ数週間の行動記録が事細かに記されていた。
「その資料にもあります通り、こちらの青年は基本的に授業が終わり次第、まっすぐ帰宅しているようです」
「部活はしてないのかしら?」
「そういった情報はありませんね」
「まあ部活に参加していれば、話題になってるでしょうしね」
そう口にしつつ、神山は先日テレビで放送された王星学園の体育祭について思い出していた。
毎年話題になる王星学園の体育祭だが、今年は過去一番の盛り上がりを見せていた。
そのほとんどの原因が優夜の存在だと言っていいだろう。彼の活躍がテレビで放送され、番組の視聴率が過去最高を記録したのだ。
他にも、ユティやメルルといった特殊な生徒も増えたことで、競技の内容が非常に濃いものになっていたのだ。
「ひとまず、彼を回収するには放課後の帰宅途中がいいってわけね」
現在、神山が考えているのは、優夜を拉致し、そのまま日帝学園まで連れていき、そこで転入の手続きまでこぎつけることだった。
そのため、白井に優夜の行動を詳しく調べさせていたのだ。
ただ……。
「お嬢様。そう簡単にいくでしょうか?」
「……そうね。あの映像を見る限り、普通の高校生とは身体能力がかけ離れてるようだけど……彼らを使うから大丈夫よ」
「ま、まさか……」
白井は神山の意図が分かると、目を丸くする。
そして、神山は不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。我が神山グループが誇る特殊部隊を使いますわ!」
「し、しかし、たかが一人の高校生を相手にそこまでする必要がありますでしょうか……」
「もちろん、そこまでの存在じゃないかもしれませんわね。ですが、確保に失敗しないためにも全力を尽くしますわ。それに、我が日帝学園の発展のためだけでなく、もし彼個人の資質が本当にすごいのでしたら、私の側近にしてもいいでしょうしね」
「なるほど……」
神山はまるで獲物を狙うような目を窓の外に向けた。
「必ず、彼を手に入れてみせますわ……!」
こうして、優夜の知らぬ場所で様々なことが動き始めているのだった。