3-2 元カップルは入学する「寂しかったか?」

「じゃあ、またあとでねー」

「水斗ー。ちゃんと友達作れよー」

 学校に着き、校門前での写真撮影などの通過儀礼をあらかた済ませると、僕たちは父さんたちといったん別れた。入学式の前に教室に行き、クラスメイトや担任教師との顔合わせを済ませるのだ。

 クラス分けは事前に通達されていた。入試成績を基準に振り分けているようで──つまり家庭の事情などはほぼほぼ考慮していないようで、当たり前のように同じクラス(一年七組)になっていた僕たちである。もうこのくらいじゃ溜め息も出ない。

 父さんたちがいなくなるなり、結女が「んーっ」と伸びをする。

 そして。

「クソオタク」

「クソマニア」

「もやし」

「チビ」

「もうチビじゃないでしょ!?」

「僕の中じゃいまだにチビだ」

 溜め込んでいたぞうごんを解放する僕たち。適度にガス抜きをしないと破裂してしまうので、必要な措置である。

 校舎に入って一年七組の教室を目指した。

「で、どうする?」

「何が?」

「このまま連れ立って教室に入る気か?」

「どうせ同じみようなんだから目立つに決まってるわ。開き直りましょう」

「……あんなに恥ずかしがってたやつと同一人物とは思えないな」

「何か言った?」

「べつに」

 確かに、変に気にするほうが逆効果かもしれなかった。

 僕たちは七組を見つけ出すと、前の扉から堂々たるエントリーを果たす。

 視線が集まった。教室にはすでに二〇人程度の生徒が集結しており、品定めならぬ友達定めに躍起のようだ。

 黒板に貼り出された紙によると、席は窓際の最前だった。

 僕も結女も『伊理戸』なので、必然的に前後の席になる──『み』の僕が前で、『ゆ』の結女が後ろだ。……後背に結女という配置に嫌な予感を覚えつつ、とりあえず着席する。

 ──ガンッ!

「でッ!」

 後ろから椅子を蹴られた。

 案の定過ぎるだろ!

 振り返ってにらみつけると、下手人はどこ吹く風で窓外を眺めていた。この女……。

 おそらく、席替えまでは一ヶ月ほどかかるだろう。その間、僕は常にこの女に背後を許しながら授業を受けることになる。なんという不利。早急に対策を講じなくては……。

 そんな僕たちの様子を、クラスメイトたちが遠巻きにうかがっていた。

「……君、僕の椅子を蹴ってる場合か?」

「何のことかしら」

「友達作りに必死にならなくていいのか、高校デビュー」

「誰が高校デビューよ」

 中三のときはまだ地味な印象を引きずっていたが、今のこいつにかつての面影はほとんどない──成長して見た目も中身も変わった。つまり、夏休みの終わりに僕にラブレターを渡した綾井結女とはほぼ別人ということである。

 その状態で僕以外に知り合いのいない高校に入学した。高校デビューだろ、そんなもん。

「ご心配には及ばないのよ、水斗くん?」

 結女は小馬鹿にしたように微笑ほほえんだ。

「私には、必殺の武器があるから」



「伊理戸さん、どこの中学に通ってたの?」

「そこらへんの公立中だから。名乗るほどのものじゃないわ」

「趣味とかある!?」

「読書かな。つまらなくて申し訳ないけど」

「入試トップだったんだよね!? どのくらい勉強したの?」

「大してしてない──って言いたいところなんだけどね、寝ても覚めても勉強ばっかりで、まだ解放感が抜けないわ」

 僕の後ろで笑いがさざめく。

 ……伊理戸結女、入学一日目にしてクラスカーストの頂点に登り詰める。

 入学式を終えて教室に戻り、簡単なホームルームを終えた直後のことだった。さっきは遠巻きにしていたクラスメイトたちが、砂糖を見つけたありのように群がってきたのだ。

 そう、入学式。結女の言う武器とやらは、その中で発揮された。

 この女──新入生代表だったのだ。

 それすなわち、首席合格者の証明。紛れもない進学校であるこの高校では、その事実は強力なステータスだった。伊理戸結女は、友達作りに奔走せねばならないような下級民ではなかったのである。

 が、僕にとっては、そんなことはどうでもいい。

 おのれぇ……!

 どうして僕よりこの女のほうが成績が上なんだ! おのれぇぇぇ……!!

 新入生代表という肩書きの輝きによって、なぜか苗字が同じな僕のことなどは、すっかりされてしまっているらしかった。ちょうどいい。僕は人だかりに押し出される形で席を立つ。

 入学式もホームルームも終わったし、もはや学校に用はない。父さんたちに顔だけ見せて、さっさと帰ってしまうとしよう。

 別に、この女と一緒に帰らなきゃいけないわけでもない──恋人じゃあるまいし。

「……………………」

 結女がチラッと僕のほうを窺った気がするが、どうせ勘違いだろう。

 ふん。

 友達が大量にできそうでよかったな。



 自室に籠もって本を読んでいたら、いつの間にか夕方になっていた。

 喉が渇いたな、何か飲むか、と一階に降りると、ちょうど玄関の扉が開いた。

「ただいま」

 結女だ。一人だった。父さんたちはとっくに帰ってきている──入学式が終わってから、もう何時間もっているからな。父さんたちによれば、結女はクラスメイトに懇親会に誘われたので、そっちに参加したとのことだった。

 見事なデビューぶりである。体育の相方にも事欠いていた奴とは思えない。

 結女は無言で廊下を歩いてくると、すれ違いざまににやっと得意げな笑みを浮かべた。

「寂しかった?」

「……は?」

 僕が眉をひそめると、この女、くすくすとしやくに障る笑い方をする。

「あなたにばかり構っていられなくなっちゃった。ごめんね?」

「……べつに。ご遠慮なく。せいぜいLINEの返信に忙殺される日々を送ってくれ」

「そうさせてもらうわ」

 しれっと言って、結女は階段を上っていった。

 ……チッ。どうしてこんなことで勝ち誇られなきゃいけないんだ。

 僕が寂しがらなきゃいけない理由なんて、一体どこにあるって言うんだよ。



 と、釈然としない思いをさせられた、翌朝。

「伊理戸! どこの中学に通ってたんだ?」

「……いや、普通の公立だけど」

「趣味とかある? ゲームとかする?」

「ゲームはあんまり……」

「入試どうだった? やっぱ伊理戸さんのきょうだいだし、頭いいんだろ?」

「そこそこやったとは思うけど……」

 なんでだ。

 なんで、今度は僕が囲まれてるんだ。

 怪現象だった。朝、普通に登校してきたら、いきなりこんなことになったのだ──しかも、僕と結女が義理のきょうだいであることが知れ渡っていた。あの女、懇親会とやらでふいちようしたのか? いずれ知られることとはいえ……。

 こんな大勢に囲まれるなんて、おそらくぶんべんしつで母親の胎内から生まれでたとき以来のことだろう。しかも今、僕を取り囲む男子たちの数は、当時の産婦人科の看護師や医師よりもずっと多いと見える。

 矢継ぎ早に繰り出される質問にまいがしそうだった。あの女、こんな拷問みたいなことをしれっとやっていたのか。訓練されたスパイか。

 そうして僕が死にかけていると、登校時間をずらしていた結女が教室に入ってきた──女子たちと挨拶を交わしながら、囲まれた僕を見てそっと眉を動かす。

 それから、僕の後ろの机にかばんを置いて着席すると、

 ──ガンッ!

 椅子を蹴ってきた。

 なんでやねん。

 踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。



 進学校ゆえか、授業初日とはいえ容赦はなかった。きっちり六限まであるし、授業内容もただのオリエンテーションでは終わらない。が、拷問みたいな質問攻めに比べれば天国みたいなものだった。授業最高。

 昼休みに入るなり、僕は教室を脱出する。逃亡である。

 授業が始まる時間になって知ったのだが、あの拷問吏ども、半分以上が別のクラスだった──だから集まってくるのには少し時間がかかる。その隙がチャンスだった。

 僕はトイレの個室に閉じ籠もり、ほとぼりが冷めるのを待つことにする。トイレはれいな洋式で、思ったよりも快適だ。私立すげえ。

 まったく、それにしても、どうしていきなり人気が爆発したんだか──ネットニュースに取り上げられたツイートじゃあるまいし。僕にバズる要素なんてあるか?

 あるとしたら、伊理戸結女と義理のきょうだいである、という点に尽きるだろうが──

『お前、昼も行くの?』

『行く行く。絶対お近づきになってくっから』

 ふと、個室の外から声が聞こえてきた。

 トイレでるのって女子だけの習性じゃなかったのか。きようがく

『あの子なー、めっちゃ可愛かわいいよな。それで入試トップって、完璧超人すぎねえ?』

『ほんとそれな。LINEに出回ってた写真でひとれ』

 入試トップ? ……あの女のことか?

 あの女が可愛いって……眼科に行くべきでは?

『そんで義理の弟のほうにへばりついてんの? 直接行けよ』

『絶対ウザがられるって。その点、きょうだい経由ならスムーズじゃん?』

 …………は?

『同じこと考えてる奴いっぱいいるけどな』

『でもあの弟クン、なんか暗くてさあ。ノリ悪いんだよね』

『お前がウザいんじゃねーのー?』

『あっ、ひっでー。ぶははははっ──』

 ……ああ。謎が解けた。

 つまり僕は、よこしまな意図から結女に近付くための踏み台か。

 なるほどね?


 僕は個室を出た。


「うわっ!?」

「びっくりした……」

 驚く男子たちを無視して、僕は男子トイレを出る。

「……あれ? 今のって……」

「あっ──」

 廊下に出ると、程なくして男たちが何人も寄ってきた。

 すり寄ってきた、と言ったほうがいいかもしれない。

 盛んに話しかけてくる彼らに対し、僕は一片の思考も挟まない適当な答えで対応した。

 ──純粋にゆうを深めんとして話しかけてくるのなら、僕も多少は真剣に相手をしよう。

 だが、そうじゃないのなら──もはや、逃げ隠れする価値すらない。

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