第二章 もう一回罵ってください!5
「えっと、何がわかったの?」
ジルの
「あなたは、三年前の
「もっちろん!」
ゲームの中の話とは言え、大事なクライマックスだ。
「その様子だと……『
後半の言葉はジルの
「呪い……?」
「俺も大戦の場にはいませんでしたから、すべてを知っているわけではありません。ですが、テュポンは聖騎士達に倒される直前、彼ら全員に『呪いをかけた』と言ったそうです。聖騎士達全員が口を
「そんなの、知らない……」
ゲームではテュポンを倒して、平和になった世界で彼らと幸せになるというシナリオだった。呪いなんて
ふと、サヤカの
(……ん? でも何で、ジルがそんなこと知ってるんだろ?)
その報告の現場にジルはいたのか、それとも
思わずサヤカは
「あ、あの……それ、私が聞いていい話……?」
「あなただからこそ知らなければいけない話だと判断したので、話しているんです」
ジルの真剣な
この時のジルの眼差しには、サヤカを
(こんな顔をする人が……何で、聖騎士の力を奪おうとするの……?)
どうして自分がそんなことを知らなければいけないのか。そんな思いもあったが、サヤカはその言葉の続きを聞きたいと思った。
一度ぎゅっと手を
「その呪いって、何?」
「わからなかったんですよ」
「……へ?」
気合を入れて
「どれだけ聖騎士や彼らの周辺を調べても、何が呪いで、呪いがどんなものか、わからなかったんです。呪いなどなかったと、その時はそう思いました。ですが……」
ジルの視線が、キャンサーに向かう。すうすうと深い寝息を立てている彼は、少し成長しているが、ゲームに出ていた彼だ。
「大戦後から、聖騎士達の様子がおかしくなっていきました。最初はテュポンという人類の敵を倒したという
「聖騎士達はそんなことで驕ったりするような人達じゃない!」
「そんなこと、わからないでしょう。彼らも人間ですから」
「だって、そうじゃなきゃ聖騎士として認められないはずだもん!」
サヤカの反論に、ジルはもっと言い返してくるかと思ったが、意外にもうなずいた。
「……そう、かもしれませんね。あなたの言う通り、驕っていたわけではなかったようです。原因は別にあった」
「彼らは富も名声も有り余るほどあった。ですが彼らの多くは、まだ戦いを求めていた。キャンサーは
サヤカがここへ来て会ったキャンサーとレオはその通りの人物だった。
「でも……三年前のキャンサーは戦いを怖がってたでしょ? レオも、戦いに
「ええ、その通りです」
今度は言い
サヤカの反応に気付くことはなかったのか、ジルは顔を上げた。
「星座と聖騎士の契約は、正座が騎士を認めなくては星の力を
「うん。キャンサーとカルキノスもそうだったみたいね」
カルキノスはキャンサーを守ろうとし、キャンサーもカルキノスに愛称を付け、大事にしている様子だった。彼らは
「契約した星座と聖騎士は、強く結びついている。……これを、俺は見落としていたんだ」
ジルは顔を
「えっと……星座と聖騎士が結びついてると、どうなるの?」
ジルは両手を挙げ、両の指を組み合わせた。
「聖騎士と深く
サヤカはきっちりと組まれたジルの両手を見つめる。真っ黒に
「星座が呪われていたから、その影響で聖騎士達も
ジルは組んだ指を
「サヤカが見てきたものを聞いて、俺はそう思いました。呪われた星座に同調して、彼らの性格は
「……よかった」
サヤカは自然とそう呟いていた。その言葉を聞いて、ジルが首を
「よかった? 呪われていて、ですか?」
「ううん、
そう言ってから、サヤカは気付く。ジルも先ほど「よかった」と言った気がした。
(もしかして、ジルも私と同じ
彼は「聖騎士から星の力を奪い、彼らを倒してほしい」と言った。しかし、今の話を聞いていると、本当に聖騎士を倒してほしいのか疑問だ。
彼の目的がわからない。悪い人なのか……本当は、いい人なのかも、今は判断できない。
そんなことを思いながらジルの
「……あなたはどこまで能天気なんですか」
「え!? 私!?」
なぜか怒りの
はー、と大きなため息を吐いて、ジルは怒りに呆れを混ぜた顔になる。
「あなたはその呪われた星座を、聖騎士から奪ったんですよ?」
「奪ったっていうか……来てくれたっていうか……うん、そうね?」
反応の
「バカなんですか?」
「おおーっと、今まで絶対に何回も思っていたであろうことをついに言ったなー!?」
「あなたには
「いやだって、何ともないし元気なんだもん! だいたい、あの黒い泥みたいなのが呪いだっていうなら、消えちゃったんじゃないの? カルキノスは綺麗になってたし……」
「そう簡単に消えるものだとは思えないから、こうして――」
ジルはそこまで言って、不意に言葉を止めた。自分でも驚いたように、口元に手を当てる。
その反応に、サヤカは首を傾げ、言葉の続きを考える。
こうして――「心配している」?
(だとしたら、何か……こんなにぴんぴんしてて申し訳ないような……)
ジルが心配しているような体調の変化はない。それでも心配してくれたのなら、申し訳ないのと同時に、少し
サヤカがこっそり微笑むと、ジルは視線を
「……もういいです。本当に、何ともないんですね?」
「うん。何ともない。何かあったら怖いから言うってば。今のところ、私がこの世界で頼れるのはあなたしかいないみたいだし。悲しいことに」
少し意外そうな顔をしてから、ジルはうなずく。
「……まあ、
「ありがとうございます」
もう何度目かわからないジルの呆れ顔に、サヤカは正座したまま深々と頭を下げる。一体どちらが
(美形に使われるっていう
「ねえ。最初に、聖騎士達の力を奪って、『倒してほしい』って言ってたけど、それって具体的にはどういうこと? 星の力を奪えば、それでいいの?」
もし殺せと言われたらどうしよう。それはできないが、ジルはそこまでのことを望んでいない気がした。もしも殺すことが目的なら、すでにキャンサーを殺しているだろう。
「……ええ、まあ、そうですね」
彼にしては歯切れが悪いが、必ずしも傷つける必要はないらしい。
「じゃあ望むところ!」
ジルがサヤカに視線を戻し、目を
「は?」
「だって私が星の力を奪えば、聖騎士達の歪みは治るってことでしょ!? じゃあやるやる! むしろそんなのやらない
「……もしも俺が、やっぱり結構ですと言ったら?」
「何でよ!? 私が
ゲームするために、とは一応言わなかった。言っても通じなかっただろうが。
「あっ! でも待って。星の力を奪うってことは、聖騎士が怪物を倒せなくなるってこと? 今はまた怪物が現れてるし、どうしよう……」
サヤカはジルを見つめ。自分の顔を指さす。
「私戦えたりしない?」
「あなたには戦いの心得があるんですか?」
「ありません……。私の世界……っていうか、私の国は、今は戦争もないぐらい平和なの」
「それは……いい国ですね」
その言葉が
「なるほど。あなたに緊張感がない理由もわかりました。いえ、そんなことを言ったら
今度ははっきりと嫌みだとわかったが、自分でも多少自覚があるせいで言い返せない。なので認めておく。
「ええそうよ。私には緊張感がないけど、今のこの
サヤカが意見を求めてジルを見たが、彼はふいと顔を逸らすだけだった。その仕草が、怒っているのではなく、返答に迷っているように見えたのは、サヤカの気のせいだろうか。
(この人の目的って、何なんだろ? 悪い人って言い切るには、何か引っかかるし……)
その疑問を口にしようとしたが、彼の横顔を見ると、言葉が出なかった。笑みを消し、無表情でいる。しかし、その横顔はどこか、思い詰めているような――自分を責めているような、そんな苦しげな表情だった。
(そんな顔、あなたには似合わない)
見ているサヤカも苦しくなるような表情に、必死に話題を変えようと考えを
「――あ、そうだ! ねえ、ジル! 本物のステラはどうなったの!?」
「あなたには世話係が必要なさそうですし、そのまま帰らせましたよ」
「あ、そうなんだ。帰らせたって、他に仕事があるの?」
「ええ、心配はいりません。優秀な人材ですから」
彼女の仕事がなくなったわけではないようで安心した。
「でも手紙が
「ええ、俺もどちらが本物か、迷いました。だから水を掛けたんです。こいつが女装する際は胸にパンを詰めるという情報があったので」
「どこで知ったの、そんなしょうもない情報……そしてそれが正しかったんだ……?」
そこまで小さな情報を正確に掴めるなんて、一体どういう情報
「……とにかく、やると言ったからには、あなたには力を奪う役目をまっとうしてもらいます」
その言葉は、サヤカではなく、ジル自身に言い聞かせている気がした。サヤカが何か答える前に、彼はドアに向かう。
「そういえば、朝食もまだでしたね。用意します。――サヤカ?」
ジルはすでにドアを開けていたが、サヤカはまだその場に座っていた。
「……な、何でもない。先に行ってて」
サヤカが
「サヤカ……!」
「何かあったら言うと言ったのはあなただ。どこかおかしいんですか?」
言えない。こんなことを言ったら、何をされるか――わかっているから言えない。
サヤカが正座した
ジルは人差し指をサヤカに向けた。蒼くなって身を引くが、彼の指は
「ちょ、待っ……セクハラ! セクハラですそれは! ねえジル聞いてる!? やめ――」
つん。
ジルの指先がサヤカの足に
「これは、つらい……! レオ、ごめん……っ!」
「
ちょっと怒った――しかし笑いも含んでいる声でそう言って、ジルはサヤカを置いて部屋を出て行った。その声と足音を聞き、サヤカは床に転がって
(よかった。ちょっと、笑ってた)
あの綺麗な顔には、やっぱり笑顔が似合う。
(そういえば、いつの間にか私のこと呼び捨てになってたな。……こっちのほうが、いいかも)
※次回:2019年2月26日(火)・17時更新予定