第二章 もう一回罵ってください!4
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「――ヤカ! サヤカ!」
目の前に、ジルの
銀色の
「顔がいい……」
(ジル……)
「……気のせいか、心の中の
彼の名前を呟いたつもりだったのだが、つい思ったことが先に口に出たらしい。ジルは張り詰めていた表情を
「心配して損をしたと思わせるような
「えっ、心配したの?」
思わずサヤカがそう言うと、
「……突然倒れたら、心配もします。俺のことを冷血人間とでも思っているんですか」
「いや、そんなことは……あるけど……すみません」
少し
利用され、そして
(ツンデレ……? ううん、ちょっと違うような……? デレツン?)
サヤカがそんなことを考えていると、ジルは冷たい視線を向けてくる。
「またろくでもないことを考えているようですが――」
(バレてる!)
ジルの手がサヤカに伸びてくる。何をされるのかと身構えたが、彼はただサヤカの
「キャンサーから星の力が消えて、あなたにその力が宿っていますね」
「へ? そうなの? ジルにはわかるの?」
サヤカ自身に変化は感じられなかった。身体を見回してみるが、特に
「ええ。わかりますよ」
(わかるんだ……? ていうか、この人本当に何者なの……?)
何となく、サヤカが考えていることをジルは察しているような気がした。しかしジルは
「……よくやってくれました。本当に。これでキャンサーも……いえ、
初めて
「でも……キャンサーからは星の力がなくなったんでしょ? もし次に
「そこはあなたが考える領分ではありませんから、気にしないでください。あなたはあなたの役目を
「え、いや……ええ~……?」
気にするなと言われても無理だ。しかし、ジルはただ適当に答えているわけではないような気がした。
「それより、どうやってキャンサーから星の力を奪ったんです?」
ジルに何か考えでもあるのかと
「奪った……っていうイメージじゃなかったかも。キャンサーが
「認める? 何か、カルキノスに認められるようなことをしたんですか?」
「うーん、私が何かしたってことはないんだけど、何でだか、カルキノスが黒い
ジルの表情から笑みが消えたが、目を閉じていたサヤカは気付かず、先ほどの光景を思い出しながら話し続ける。
「それで、私がカルキノスに
もちろん最後は
「ちょ、冗談だからね!? 何か言ってよ恥ずかしいでしょ! ……って、ジル?」
サヤカではない何かを
「な、何なの? 褒めたり
ジルは考えこんで答えない。どこか思い詰めた表情でもあった。こんな彼も、初めて見る。
サヤカにとっては気まずい
「そうだキャンサー! あの子大丈夫なの!?」
立ち上がってキャンサーの
「え、えーと、ジル? どうしたのさっきから? 何か変よ?」
ジルを見ると、彼の表情は
「……あなたは今、もっと自分のことを心配すべきです」
「心配って……何を? 私、元気いっぱいなんだけど?」
「そうではなく……!」
「――っくち!」
ジルが何か言いかけた時、キャンサーのくしゃみが聞こえた。
「えっ、今の、くしゃみ?
ジルの手の力が緩み、サヤカはキャンサーの
「キャンサー、起きて! ……ダメだ。寝起き悪いのかな? ……寝顔、天使じゃない?」
身体を揺すってみるが、キャンサーは瞼を開かない。深い寝息を立てているが、これほど揺すっても起きないのはどういうことだろうか。どうやって起こそうかと考えていると、
「え、えっと、ジル? どうしたの……?」
サヤカが何をするのか尋ねる前に、ジルはキャンサーの身体を起こし、
細く見えたが、キャンサーを担ぎ上げてもジルの足取りは軽く、早足で
ジルはある一室のドアを
「――ふぎゅっ!」
顔面からベッドに投げられたキャンサーの変な声がしたが、ジルは聞こえていないかのようにサヤカに振り返る。
「これで満足ですか」
「は、はい……。その、何でそんなに不機嫌なの? ……ですか?」
「あなたがこいつの心配ばかりして、俺の話を聞かないからです」
「ご、ごめんなさい……。でも全然目を
「こいつは眠っているだけです。星の力がなくなったからではありません。こいつの身体は限界だったんですよ。
「ご、ご説明ありがとうございました……」
(
顔は能面にも似た無表情。
捲し立てている間、まったく動かなかったジルの
「……あなたが今心配すべきは、あなた自身です」
「だから、その、私、元気なんだけど……?」
どうしてジルがそんなことを言うのか、サヤカにはまったくわからない。
ジルがじっと見つめてくる。
「本当に、身体は何ともないんですね?」
サヤカは大きく頷き、何ともないと言うように、手を広げてみたり、その場で飛んでみたりする。ラジオ
「わかりました」
「何で突然、私の身体が心配になったの?」
何か理由があるようだが、サヤカにはまったく心当たりがない。
「説明しますから、座ってください。……その座り方でいいんですか?」
「今の私にはこの座り方が落ち着くんです……」
サヤカはもはや無意識に正座になり、床に座っていた。ちらりとジルを
「あなたがそれでいいのなら、仕方ありませんね」
そう言ってジルはサヤカの前の床に
「ちょ、ちょっと! あなたの顔、
「サヤカ。俺は今から大事なことを
その口調と視線の真剣さに、サヤカは慌ててふざけた口を
「先ほど、カルキノスが黒く汚れていた、と言いましたね? そして触れたら、その汚れが綺麗になった、と。これは事実ですか? 他には何がありました?」
夢かもしれない、とは言えなかった。ジルの真剣な表情に
「他には……キャンサーが『カルキノスが苦しんでる』って言ってた。それから、綺麗になった後、カルキノスはちっちゃくなっちゃったの。私の手に乗るぐらい。そのまま、私の手の中に入った……のかな? とにかく消えてっちゃった」
サヤカはカルキノスの乗っていた手のひらを見つめる。あんなに大きな
ジルはサヤカの手を見てから、静かに目を伏せた。
「そうですか。ありがとうございます。……これでやっと、わかった。そうか……」
目を伏せた彼の表情は、どこか
「――よかった」
彼はそう言ったような気がしたが、定かではない。
※次回:2019年2月25日(月)・17時更新予定