第二章 もう一回罵ってください!1
何かの音と
むくりと上半身を起こす。そこは
「……夢オチじゃなかったかー」
寝起きでも冷静にそう判断できたのは、自分の部屋とかけ離れた調度品の数々が置かれていたからだった。サヤカの自室なら、
サヤカは枕を
どうやら自分は本当に、『星の聖騎士2』の世界に
プレイするのが楽しみで前情報もネタバレも見ないようにしていたため、何をしたら正解なのか、右も左もわからない。ジルと名乗る美青年に召喚され、彼に憧れの聖騎士達の星の力を奪うよう頼まれ――いや、
「よりにもよって、『敵』って……なんてことしてくれたのよ『2』のシナリオライター……! 絶対許さないから……!」
いつもならこれだけ打ちひしがれていたら、聖騎士グッズで
「あのもちもちな聖騎士ぬいぐるみも、コンビニを
がばりと起き上がる。お
「本物の聖騎士達がここにはいる! 会える二次元! 落ち込む必要がどこにあるの!?」
自分でも本当に緊張感がないなと頭の
「おはようございます。よく眠れたようで何よりです、サヤカさま」
顔を上げて、ジルのどこか
「顔が
その顔は
「何勝手に入ってきてんのよー!?
「まだ起きていらっしゃらないようでしたので、さすがにそろそろ起こそうかと。一応、声も掛けましたし、ノックもしましたよ」
そういえば、何か物音が聞こえて目を覚ましたんだった。呼ばれたような気もする。
「わ、わかった、起きるし着替えるから、ちょっと外出てて!」
「ええ、ですから彼女を
「え!? ちょっと待って誰かいるのー!?」
サヤカは
メイドドレスを
「初めまして、サヤカさま。私、メイドのステラと申します。お
長い
「な、なんて美少女……! メイドドレスも
「ふふっ、お
ステラは照れた笑みを浮かべる。対して自分の姿は完全に寝起きで、恥ずかしさを思い出した。そういえばあの独り言もステラに聞かれていたのだろうか。
「あの、着替えるので……ちょっと二人とも、出ててもらっていいですか……」
「でしたら、お手伝いします」
「いやいや一人でできるんで! そんな高貴な生まれじゃないんで私!」
ステラを手で制していると、背を向けたジルがステラに声を掛ける。
「ステラ。サヤカさまの準備が整ったら、食堂に行くついでに
「かしこまりました」
ジルはステラの返答を背中で聞き、部屋を出て行った。
サヤカは今日も制服を着ようかと思ったが、ステラがこれなら一人でも着られるからと、赤いドレスと
「どうぞこちらへ、サヤカお嬢さま」
部屋を出てステラに案内されていると、彼女から食欲をくすぐる
「パンの、匂い……?」
「先ほどパンを焼いていたので。一階をご案内したら、すぐにお食事の準備をいたします」
「そう言われるとお
「ふふっ、はい」
ステラは上品で愛嬌のある笑顔をサヤカに向ける。女のサヤカでもきゅんとする笑顔だ。
(可愛い……! こんな女の子になりたかった! ううん今からでも……いや無理か)
早々にお上品なお嬢さまを
「こちらは中庭になります。今日はいいお天気ですし、お昼はこちらで
「うん! そうす――」
サヤカが笑顔で
「きゃっ!」
前を歩いていたステラの短い悲鳴が聞こえ、彼女を見ると、上半身がびっしょりと水で
「お嬢さま! ご無事ですか?」
「う、うん、私は平気。ていうか、何なのこの水!?」
雨のはずはない。頭上を見ると、二階の窓からジルが
「ちょっと、うっかりでも謝りなよ!」
「大丈夫ですよお嬢さま。ただのお水ですから。お嬢さまが濡れなくてよかった」
「美少女の笑顔プライスレス……! ん?」
ふと、ステラの服装に
「あの、ステラ……」
「はい?」
サヤカの視線に気付き、ステラは自分の
サヤカはぽかんとそれを見つめていたが、ハッと
「ステラ、わかるよ! 私もあんまんを食べる
「離れてください、サヤカさま」
背後から
「あんたがやったんでしょー!?
「俺にはわかりませんが、こいつにもわからないでしょう。こいつは女ではありませんから」
「……へ?」
ジルは
「確かに姿はそっくりだが、先ほどステラから手紙が来た。
「えっ、じゃあ……この人は、誰なの?」
胸が萎んでいる彼女を見てそう
「っていうか、何? 私コンプレックス
サヤカが真顔で
「え、あっ……逃げたー!?」
「サヤカさまは屋敷の中に! 出てきてはいけませんよ!」
ジルはサヤカにそう言って即座に追いかけた。
ジルが戻ってくるのをそわそわと待っていると、キン、と
「何の音……?」
外に出ようかと思ったが、出ていってジルに怒られるのも怖い。そういえば中庭から、二階にバルコニーが見えたことを思い出し、そこへ走る。
音がするほうへ向かいバルコニーから見下ろす。裏庭のような場所でジルが剣を構え、ステラの姿をした誰かは、ナイフのような短剣を持って応戦していた。
二つの剣がぶつかりあい、火花が散る。
「ジル……!」
こっそり様子を
「出てくるなと言いましたよね?」
「い、一応ここも屋敷の中だもん……!」
ジルに怒りを込めた笑顔を向けられ、小さく反論する。ジルの横顔にはあまり余裕がない。誰かを呼ぼうにも、屋敷にはジルとサヤカ、そしてこの
サヤカとジルを
「ねえ。もう攻撃するつもりがないなら、僕は
「それは、困るな」
実際ジルは、彼との距離を測りかねているようだった。彼は
「じゃあ動けなくして逃げるよ。君、
(ん? この声……)
まだ少年の
「お前には用がある。こっちとしても、お前を逃がすわけにはいかないんだ」
ジルの言葉に、彼は面倒くさそうな顔をしつつ、緊張感のない声を発した。
「じゃあ、ちょっと待って。この
そう言って彼は自分の髪を
「ぷは。久しぶりに
「え、うそ……まさか……!」
「そっちから来てくれるとは
ジルはちらりとサヤカを見てから、彼の名を呼ぶ。
「――
キャンサーは目を
「どうして、僕がわかっ――」
「キャンサー!? ホントに!? ホントにキャンサーちゃん!?」
サヤカの大声に、キャンサーの
「うるさいな! びっくりさせないでよ!」
「大きくなってるー! だからわかんなかったんだ! ああでも成長しても超絶可愛い――」
「サヤカさま」
しっかり
「ちょっと静かにして、下がっていてくださいね」
「……はい。ごめんなさい」
言葉よりも目で「うるさい」と怒られた。サヤカは一気に興奮が
とはいえやはり気になり、サヤカは
キャンサーは成長している。だが、一番変わっているのは身体ではなかった。
「私が知ってるキャンサーは……もっと、優しくて、怖がりな子だったはず。それに……」
サヤカの言葉が聞こえたのか、キャンサーがこちらをきつく睨んできた。しかし
「誰のこと言ってるのか、わかんないんだけど。それより、僕を殺すの? それとも僕が君を殺していいの?」
短剣を弄びながら、ジルにそう
キャンサーだとすぐにわからなかったのは、成長していたからではない。彼の姿や言動の数々が、ゲームで知っていた彼と
「殺す……って……」
キャンサーはジルに一歩近づく。ジルは剣を構えたままだったが、キャンサーは気にせず、薄く笑いながらさらに距離を詰めた。ジルが一歩でも
「僕の短剣も届く距離になっちゃうけど、いいの?」
「お前こそ、なぜ近づいてくる?」
笑いながら、キャンサーはシャツのボタンを
「そんなもの向けられたところで、全然怖くないから」
キャンサーの胸元から腹部、見える場所には、無数の
「
にこっと微笑み、そう言ってまた一歩、キャンサーはジルに近づく。そしてキャンサーはジルの剣を
「何、してるの……?」
サヤカの知っているキャンサーは、こんなことをする少年ではなかった。
最年少で、騎士にしては少し大人しく、泣き虫で怖がりな少年。だが天使のような笑顔で、周囲を
そのはずなのに。
「ほら、殺すなら早く殺せばぁ?」
剣の
「や、やめてよ……! 何してんの!?」
サヤカが思わず身を乗り出して
「顔が
「あなたはそんな子じゃなかったでしょ!? 血だって、怖かったはず……!」
サヤカの言葉を聞き、キャンサーの目に、怒りだけではない険が混じる。
「……お前が、僕の何を知ってるんだよ」
瞳に
「僕にはもう怖いものなんかないんだ。死ぬことすらね」
「怖くない……? あなたが?」
「君も僕を
「そう、みたいね……」
彼が言っていることは、きっと事実だ。先ほどから、キャンサーは驚きはしても、怖がったりはしていない。痛みすら恐れず、まるで感じていないようだった。――それが悲しくて、サヤカの胸の奥が痛む。
「だから私はこんなに……失望してるんだ……」
「失、望……?」
そんな言葉は予想もしていなかったらしい。キャンサーは限界まで目を
キャンサーの目にさらに強い怒りが
「何で、失望なんか……っ! 僕は強くなったのに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないんだよ! 僕は恐怖を
正座していたサヤカは、
「こんな展開、私は許さない……!」
※次回:2019年2月20日(水)・17時更新予定