第一章 ちょっとそこに座りなさい!4
サヤカはもがくのをやめ、冷静な目でジルを見る。すると彼も気付いて頭から手を放した。
「――ジル。
サヤカが
「失礼しました。ですがお
(ほ、本当に
思わずニヤけてしまいそうになる口元に、力を込めて無表情を
(私は今、この顔がいいだけの悪徳執事に命令する、わがままお嬢さま!)
自分にそう言い聞かせ、サヤカは
「遊んでないわ。ただ、こいつはこんなことじゃ、絶対に星の力を渡さない。今日は
「――では、今後は必ず彼の力を奪う、ということですね?」
やばい。「はい」か「いいえ」のどちらかでしか答えられない質問で
「……ええ、そうよ」
(いつ、とは言ってないからセーフ! ギリギリセーフ! ……たぶん)
たぶん、アウトだ。少なくとも、こちらを
ジルは納得はしていないようだったが、小さくため息を
「わかりました。……では、
(それ私に勝ち目なくない!?)
そう思ったが、必死で顔には出さず、ジルに調子を合わせる。とにかく早くこの場から
「今日のところはこれで帰るわ。ジル、これは命令よ」
「お嬢さまは甘いですね。わかりました」
(ひいいい、怖い……っ!)
一見納得した笑顔だが、ジルの目は笑っていない。
「では、
ジルに
サヤカがジルを見上げた
「おい! 待ちやが――ああぁあぁぁぁ……っ!」
立ち上がろうとした瞬間、
「隊長!? どうされたんですか隊長!?」
「まさかあの
部下達がレオに
サヤカはレオ達に
(足
つらいのは痛いほど理解できる。だが、どうしても笑いがこみ上げてくる。ふとジルを見ると、口元を押さえ、そしてその肩が
「おい、このぐらいで、何転がってやがる……! あいつらを、追――」
レオが言い切る前に、ジルが彼らに
「その術は足を
(何てこと提案してんのこの男!?)
痺れた足を他人に
レオや地面に転がった騎士達の足に、座ったままの騎士達が手を伸ばす。
「おい触んなやめ――」
再びレオ達の呻き声――というより、唸り声というほうが正しいかもしれない、何人かの
◆◆◆
「あいつら……ぶっ殺す……っ!」
足の痺れが治まったレオが立ち上がり、殺意と共にそう
「あっはははははは! まさか聖騎士最強のレオの部隊が、あーんな女の子にこーんな
笑い声がした方向――屋根の上を、レオは殺意の目のまま睨みつける。ほとんど影になっているが、フードを
「てめえ……降りてこい。ぶっ殺してやる」
「そんな
「わからん。だが何もないところから突然現れた。……怪物と同じだ」
屋根の上の少年もその言葉にはぴくりと反応した。やはりそこはレオと同じ聖騎士だ。
「ちょうどいい。てめえがあいつらを調べてこい」
「
「
その言葉が彼の
一瞬、ぴりりとした
「仕方ないなぁ。……でも、もしも殺しちゃったら、ごめんね?」
「殺せるもんなら殺してみろクソ
少年の声はふざけていたが、レオは昔から彼が万が一の事態を口にすると知っている。その可能性もあるからこそ、少年は「殺しちゃったら」と言った。
「バカが。……今のてめえは、前より
レオの
◆◆◆
追っ手を
「何なのさっきのは!」
「面白かったですね」
本当に面白かったのか、キラキラと
「レオじゃなくて! ていうか、面白がるな! 星の力を奪うなんて、しないってば!」
「いいえ。あなたは今後必ず、彼らから星の力を奪うと、そう約束してくださいました」
ジルは
「俺はあなたを信じます」
(この人、本っ当に性格悪い……!)
ジルの笑顔に輝きが増す。その笑顔は暗に「言質は取った」と言っているだけだったが、誠実さと信頼のこめられた目線が、サヤカの反論を
「そ、そうだ! 力を奪えって言うけど、その方法も教えてもらってないじゃん!」
「ああ、言ってませんでしたか。聖騎士があなたにキスをすればいいんです。だから忠誠を誓わせようと思ったんですよ。奴らは何かを誓わせておけば簡単にキスしますから」
ジルの言った単語を聞き留め、サヤカは一瞬固まり、そして一気に顔を赤くする。
「キ……キス!? ダメでしょ、聖騎士のキスよ!? 好感度八十パーセント以上にしてイベント条件
「何を
「いや無理、
「騎士なんて、忠誠だの誓いだの愛だのと
「聖騎士はそんなことしーなーいーのー!」
何たって、彼らは
「あのレオを見ても、まだそんなことを言うんですか?」
サヤカの
「それ、は……」
そう信じている――はずだった。
(でも……さっきのレオは、ゲームと全然違った……)
怪物を倒すのはもちろんだが、人々をまず一番に守る。それが彼の信条だった。だが先ほどのレオは、怪物をなかなか倒さず、人々の悲鳴を聞いても
「どうして、あんな風になっちゃってるの……?」
夜の森を見つめながら、サヤカは
「……どうしてでしょうね」
馬車の車輪の音に
まだ出会って数時間だが、余裕のある彼からは想像できない――悔しがるような声だった。
(ジル……?)
彼もまた、口に出すつもりのない独り言だったのかもしれない。ジルはそんな声を出したとは思えない、標準装備の笑顔のまま、
森の中の道を抜け、ゆっくりと馬車が速度を落としていく。
「そろそろ着きますよ」
「ん? え? 着く……って……」
目の前には、歴史の重厚さが感じられる大きな
「今日からここがあなたの屋敷です。どうぞ、お手を」
先に馬車から降りたジルが、手を差し出してくる。様になる行動にときめきと
「な、何で私にここまでするの……?」
「もちろん、あなたは聖騎士から星の力を奪うという、大切な役目を負っている方ですから。
ジルはサヤカを見ながら、何か言いたげな笑顔で
「たとえ私がバカでも――って思ってるのバレバレだから! ていうか私まだ納得してないし、
「ですが先ほど、レオに
「宣言したのあんたでしょー!?」
「俺の言葉はあなたの言葉も同然です」
もうサヤカの反論を聞く気はないらしく、ジルはさっさと屋敷のほうへ歩いて行ってしまう。その背中についていきながら、ふとサヤカの
「っていうか、帰れるの、私?」
「それは最初に気にすべき問題だと思いましたが、気にされていないようなので俺も
「してよ! 忘れてた私も私だけど! で、帰れるの!?」
「わかりませんか?」
ここまでのジルの言動を思い返し、サヤカは血の気が引いていくのを感じる。まさか――
「……もしかして、聖騎士の力を奪わなきゃ、帰さないっていうの……!?」
「よくおわかりで。
(ど、どうせ、夢だし。聖騎士好きが高じて、こんな夢見ちゃうんだよ、ね……?)
自分がゲームの中に入って
「……ねえ。これって本当に、夢じゃないの?」
そう問いかけると、ジルはサヤカに向き直った。
ジル――この人がどういう人物なのかもわからない。この世界に来て、彼に助けられた。それは事実だ。今も住む場所を提供してくれている。だが、怪物が再出現している世界で、聖騎士から力を奪えなどというこの青年に、このままついていっていいのだろうか。
胸がドキドキするのは、顔の造作が
「――たとえばこれが夢だったとして、あなたは様子のおかしい聖騎士をこのまま放っておくんですか?」
ドキドキする胸がどくんと
様子のおかしい聖騎士を放っておくか、
「夢、でも……放っておかないけど……ここは、本当に現実なの?」
「信じられないなら構いませんが、ただぼんやりしているだけでは、いつまでも目は覚めませんよ? それだけは保証します」
その言葉が、妙に重くサヤカの胸に
ジルはサヤカの
「まだ自覚が足りないようですので、はっきり言いましょう。――今のあなたに、俺に従う以外の選択肢などないんですよ、サヤカさま」
「っ……! 何、それ……!」
何か言い返したいが、確かに、彼がいなければサヤカはあまりに無力だった。先ほどレオにあれだけのことをしてしまった手前、助けを求めに行くわけにもいかない。
(っていうか……どっちが従者なのこれー!? 従者っていうか、私
「それに――」
強引に引き寄せていた手をそっと放し、ジルは笑みに優しさを加えてサヤカに言った。
「他の聖騎士にも、会いたくないですか?」
他の聖騎士。彼らに会える。――その言葉に、サヤカは
「会いたい会いたい超会いたい! ――あっ……!」
やっちまった――そう思った時にはもう遅い。ジルの輝くような微笑が目の前にあった。
「では、聖騎士全員の星の力を奪っていただくということで。頼もしい限りです」
「あああ、待って待ってそういう意味じゃなくってぇぇぇ……!」
サヤカが言葉を続けるが、ジルはすでに背を向け、屋敷の
※次回:2019年2月19日(火)・17時更新予定