第一章 ちょっとそこに座りなさい!3
レオは
ジルが言うには、この町は入り組んでいるが、
レオの顔がはっきりと見えるほど近くの
怪物のいる方向を睨みつけるレオを見て、サヤカの全身が感動で
「ほ、本当に、本物のレオだぁ……!」
「ええ、本物のレオですよ。……ですから早く、今の彼を見て失望してください」
「失望って――きゃあっ!」
背中を押され、サヤカは物陰からつんのめるように出ていくはめになってしまった。
レオがこちらを振り向き、特に驚いた様子もなく、サヤカを見つめてきた。
「
夜でも
(
サヤカが感動に打ち震えている前で、彼の
「てめえは、さっきの……!」
(ん? さっき? あ、そういえば、ジルがレオの前に
「サヤカさま。いいんですか、彼に事情を
不意に後ろからジルの声がして、本来の目的を思い出す。
こちらを
「ど、どうしてもっと町から離れた場所で、怪物を倒さないの? 何か、事情があるの?」
「事情? そんなもんねえ。俺は戦いてえんだよ」
手にしていた剣を
「戦いたいって……あなたならあんな怪物達、すぐに倒せるはず――」
悲鳴が聞こえた。そのすぐ後、市民数人と、彼らを守っていた騎士達が現れ、広場に
「避難区域は向こうだ。さっさと行け」
レオの突き放すような言葉に、市民は
「隊長! もう怪物がすぐそこまで来ているんです! 戻ることはできません!」
「何とかしてくれよ! そもそもどうしてこんな町の奥まで怪物を近づけたんだ!」
「以前のあんたなら、もっと上手く立ち回ってたじゃないか!」
レオは彼らを見ることもせず、何も言葉を返さない。市民の助けの声や
「どうして、何も言ってあげないの!?」
思わずサヤカはそう口にしていた。レオが一言をかけさえすれば、きっと彼らはそれだけで安心するはずだ。しかしレオは
重い四足歩行の足音と
重い足音が聞こえる
これは夢の中――そう言い切るには、それはあまりにもリアルな感覚だった。
きっとレオが助けてくれる。そう信じて、サヤカは
(え……。どうして、この
サヤカは彼がゲームの中で時々見せる、明るく
「……ハッ! これは、やべえな」
楽しげに笑い声を
レオはサヤカや市民達には目もくれず、怪物の
怪物がどう攻撃してくるのかまるで予知しているかのように、レオは正確に、確実に怪物達を
(すごい……けど……)
手の
(怖い……っ)
彼はわざとギリギリの状況を作り出し、スリルを楽しんでいるかのように笑顔で戦っている。
「サヤカさま」
静かなジルの声にも、サヤカの張り詰めた神経はびくりと
「――これでもまだ、奴を聖騎士だと言えますか?」
口元は笑っているが、ジルの目は
怪物を倒し、その返り血を
「……
ぽつりと
「こんなもんじゃ、俺は何一つ満たされねえんだよ!」
(満たされないって……一体、何のこと……?)
その場にいた怪物をすべて倒したレオは、サヤカを見ると、また同じ笑みを浮かべた。
「ああ……そうだ。てめえがいたな」
剣についた怪物の血を払って、レオはサヤカに向かってくる。
「ええ!? 何でこっち!? ほ、他にもいるかもしれないじゃん!
「もうこの町に怪物はいねえよ。それに、てめえのほうがやばい匂いがする」
レオの金色の目は、獲物を狙う
「俺と戦え。俺を
「何、言ってんの……?」
彼は戦いが好きでも、そこには
(違う……私の知ってるレオは、こんな人じゃない……!)
「ふざけないでよ……!」
「サヤカさま。相手は一応、聖騎士最強の男です。落ち着いて」
「落ち着けるわけない! こんなの、私が憧れた人じゃない……!」
レオを睨む目が、
「あなたは、見知らぬ人でも、一目見ただけの人でも、守ってくれる騎士だったじゃない!」
サヤカの怒声にも、レオはくだらないものを見るような目で見つめ返してくるばかりだった。
サヤカの声に反応したのは、意外にもジルだった。腕を
「ジル……?」
ジルに目を向けようとしたが、レオの言葉で、サヤカの意識はそちらに向く。
「さっさと構えろ。丸腰じゃ戦えねえってんなら、武器を貸してやる」
レオは彼を心配して
足元に転がってきた剣を見て、サヤカはレオを睨みつける。彼は笑みを一層深くした。
「ああ、その顔、いいな。やろうぜ早く!」
「あ、あなた、こんなことして、聖騎士として
「はあ? 何ほざいてんだ、てめえ?」
サヤカの言っている意味が心底わからないとばかりに、レオはバカにした目つきで言った。
「強さこそが、俺達聖騎士の存在意義だろうが」
それこそが自分の信念だと、レオの目は主張していた。
ジルの視線がサヤカに
「……失望したでしょう?」
その言葉が引き金だった。そんな風に思いたくなかった。でも、思ってしまった。ジルの言葉が図星で、悲しくなって、腹が立って――ぶちんと、サヤカの中で何かが切れる音がした。
「こんなの、絶対許さない……!」
サヤカは顔を上げて、レオの顔を指さして
「ちょっとそこに座りなさい! 正座で!」
「っ……!?」
サヤカの言葉の直後。レオの大きな身体が、何かに押し
全員の視線が、レオに集中する。
彼は膝を突いただけでなく、サヤカの言った通り、その場に正座していた。
「……えっ……?」
シンと静まり返った場で、誰からともなく、
周囲の人間全員が驚いていたが、誰よりびっくりしたのはサヤカだった。
「えええええええ!? 本当に正座したー!?」
そんなに自分は
「何だ、これ……!? 身体が、動かねえ……!」
「隊長!?
騎士の一人がサヤカに向かって剣を抜いた。こちらに切っ先が向く。その鋭さに、サヤカの背筋が
しかし恐怖を感じたのは一瞬だった。突然後ろに引き寄せられる。足元に投げられていた剣をジルが拾い上げ、向けられていた剣先が彼の持つ剣で払われた。
張り詰めた静寂の中で、ジルのその声はサヤカの耳元で聞こえた。
「丸腰の少女に剣を向けるほど、お前達は落ちぶれているのか……っ!」
それは怒りの声だった。燃え上がるというよりも、地の底でぐらぐらと
騎士達だけでなく、サヤカも震え上がって固まっていた。
「ジ、ジル……?」
サヤカが呼びかけると、ジルは少し目を
ジルは剣の切っ先をレオに向けた。騎士達がざわつき、その
「今、こいつはお
(いや私そこまでするつもりないけど!? やっぱ危ない人だこの人!)
そう
騎士達はジルとレオを
ジルはサヤカの顔をレオに固定したまま、彼らに聞かれないよう耳元で
「レオから目を離さないように。あなたには目を合わせた聖騎士を
「いつから私にそんな
「星の力を奪うためには、必要な力でしょう?」
「奪わないって言ってるでしょー!」
ジルの言う通り、レオは動こうとしているが、正座したままわずかに身体を動かす程度で、立ち上がることはできないようだ。
「てめえ、この、クソアマぁぁぁ……!」
レオは
「いやあっ! レオはツンデレだけどそんなこと言わないしそんな顔はしないのに……!」
「怖がってるわけではないあたり、本当に図太いですね」
ジルはすでに
「てめえは、何だ……! これは何の術だ! てめえやっぱり怪物なんじゃねえのか!?」
「誰が怪物よ! 私は――あの……その……あれよ……ええと……」
(私って……何?)
その先の言葉が出ない。
今さらだが、そういえば自分の立場がよくわかっていなかった。サヤカは何のために、憧れの騎士とこうして
言い
「この方は、お前達聖騎士を倒す方だ。お前達の星の力を奪ってな」
「星の力を、奪うだと……?」
「ちょっ――むぐぐぐぐぅ!」
反論しようとする口をジルに塞がれ、無理矢理顔をレオのほうに戻される。
「お前達が星の力を持っていても、もう仕方ないだろう? テュポンを倒して満足したはずだ」
(完全にこっちが悪役じゃん! 私、顔がいいだけのとんでもない奴に
レオはしばらくジルを無言で睨みつけていた。
「……てめえは、俺が誰だか知ってて言ってんのか?」
「もちろん知っている。だからわざわざ出向いたんだ。聖騎士最強のお前から力がなくなったとあれば、サヤカお嬢さまにも
それはつまり、聖騎士全員に敵認定されるということではないだろうか。
(そんな箔は付かなくていいー!)
ジルは正座したレオの
「
口から手を放して、ジルはサヤカに
「は!? キ、キス……!? 聞いてな――っ!」
「ですよね?」
後頭部を持たれて無理矢理うなずかされる。答えは「はい」か「イエス」しかないらしい。
(このままじゃジルの思う
ここはジルに合わせないと、サヤカは口を開くことすらままならないようだ。
※次回:2019年2月18日(月)・17時更新予定