第一章 ちょっとそこに座りなさい!2


◆◆◆


 町のあかりが多くなってくる。サヤカはやはりこの町に見覚えがあり、思わず声がうわずる。

「ね、ねえ、ここって、もしかして、もしかしなくとも……っ!」

「ここは獅子座ししざつかさとるレオの守護しゅごする町です。……サヤカさま?」

 後ろを向き、サヤカは喜びをみしめるようにこぶしにぎり締める。

「やった、いきなりレオに会える……!」

 サヤカのその言葉に、ジルが少し不機嫌ふきげんそうに目を細めた。

「あなたが最初はレオからだとおっしゃったので、レオの前に召喚しょうかんしたんですよ? てっきり力を奪ってくださるのかと思っていたんですが、まさかご自分の役割を自覚していなかったとは」

「え? 私そんなこと――あ。言った、かも……」

 そういえばゲームを始める前の質問に「やっぱり最初は最推しのレオからかな~」と言った気がする。ただしそれはジルの言う『力を奪う順番』ではない。

 サヤカはふとジルの言葉の中に重要な単語が含まれていたことに気付く。

「ん? レオの前? ってことは、あそこにレオがいたってこと!? 全然見てなかった!」

「レオに気付かなかった理由も、面と向かって会えばわかるでしょう。もう少し移動します」

 ジルは町の中心部をさして再び歩き出すが、サヤカはむねを押さえて立ち止まった。

「待って、心の準備が……! だってレオさまが、動いて、しゃべって、呼吸してるのよ……!?」

「……まあ、彼も生きていますからね」

 心底何を言っているのかと、ジルはあきれと怪訝けげんさを表情ににじませる。彼にとっては当然のことでも、サヤカにとっては衝撃しょうげきの事実だった。

「レオさまが……生きてる……!?」

 聖騎士せいきしの中でも最強の男。それがレオだ。

『目に映るすべての人を守る』とちかい、そしてその通りに行動した、最強の名にじない強さと気高さを持った騎士。そしてゲームでは硬派こうはでなかなか主人公に素直すなおになれない。でも実は面倒見が良くて優しい――いわゆるツンデレというギャップが、ゲームファンの間でも大人気のキャラクターだ。サヤカも例にれず、その一人だった。さま付けされるのをいやがる様子がまた人気を呼び、愛称はすっかり『レオさま』になっている。

 サヤカの驚愕きょうがくの表情にさらに怪訝そうな顔をして、ジルは歩き出す。

「……何でも構いませんが、ここは怪物かいぶつが現れている町です。俺から離れないでくださいね」

 そう言ってジルはさっさと歩いて行き、サヤカもあわてて彼の背を追った。そういえば、一人称が『私』から『俺』になっている。というか対応が若干じゃっかん雑になっている気がするが、サヤカには心当たりしかないのでだまっていた。

(でも、だってしょうがないじゃない。同じ次元で生きてるのよ? 二次元のあこがれの騎士さまが! そんなの興奮こうふんするなってほうが無理じゃない!? 無理ー!)

 サヤカの歓喜かんきと興奮は、何かが崩れるような爆音ばくおんと、人々の悲鳴によってき消される。

「な、何……!?」

 あわててジルのそばけ寄る。先ほどより大きな咆哮ほうこうが聞こえ、思わずジルのうでつかんでしまった。彼のことを信じ切ったわけではないが、今サヤカがこの世界で頼れるのは彼しかいない。ジルを見上げると、きびしい視線で遠くを見ていた。

 サヤカも目をらすと、ライオンやとらに似た猛獣もうじゅうあばれ、町のはずれでけむりが上がっていた。

「あれが、怪物……? で、でかくない……?」

 ゲームと実際に見るのとではやはり違う。ジルはあせりもせず、サヤカの言葉に首を振る。

「いえ、特別大きな個体ではありません。ですが、少々数が多いですね」

「ねえ、何でレオさまは来ないの?」

 レオならきっとすぐ討伐とうばつに来るはずだ。が、辺りを見回しても、彼の姿は見えない。

「クズだからでしょう」

「……あ?」

 ジルの返答に、自分でも驚くぐらいにドスのいた低い声が出た。

「レオさまがクズ!? あんたレオさまのこと知らないでしょ!?」

「知ってますよ。嫌というほどね。だからあなたをび出したんです。――やっと来ました」

 ジルはそう言って、傍にあった塔を見上げる。

 物見の塔なのだろう。そこに彼の姿はあった。背が高く、きたえた身体からだに、燃えるような朱色のかみこしたずさえた長剣。立っているだけで力強いそので立ち。遠目からでも、サヤカには彼が誰だかわかった。

「レオさま! ……ん?」

(さっき追いかけてきた人にちょっと似て……いや似てない似てない何考えてるの私!?)

 あんなにガラの悪い男と、気高い聖騎士が似ているはずがない。頭をぶんぶん振ってその思考を追い出し、サヤカは彼の姿に目を戻す。

 きっとレオなら、すぐさま怪物を倒しに走り出すはず――サヤカはそう信じていた。しかし怪物の咆哮と足音は、どんどん近づいてくる。レオはそれを見ているだけだった。

「どうして、何もしないで見てるの……? あ、状況じょうきょう把握はあくしてるのか!」

 自分に言い聞かせたつもりだったが、答えはとなりから返ってきた。

「何もしていないんですよ。証拠しょうこに奴は、部下にすら命令を出していないじゃないですか」

「私達に見えないところでやってたかも――」

「以前なら、今も指示を出し、自分も怪物に向かっているところです」

 ジルの冷静な言葉に、何も言い返せない。

 レオは怪物をにらみつけているだけだ。彼の部下であろう騎士達は、焦って走り回っている。動きがバラバラで、伝達もうまくいっていないように見えた。そんな騎士達を見ていると、物見の塔からレオが飛び降り、怪物とは真逆の方向へ走っていった。

 レオの行動理由がわからない。サヤカは戸惑とまどいながら、ジルを見上げる。

「ね、ねえ、何とかしなきゃ……!」

「そうですね。このままでは、怪物が避難ひなん区域に侵入しんにゅう「してしまいます」

 ジルが指さす方向は、レオが向かって行った方向でもあった。小高い丘の上に高い壁に囲まれた区域がある。逃げ惑う人々は、みなそちらへ向かっていた。

 ジルの言っていることを理解して、サヤカは唖然あぜんとする。

「待ってよ、それって……ものすごく危険じゃないの?」

「危険ですね。ですが一応、レオは今まで再出現した怪物はすべて倒し、被害者はいません」

 ジルの声は冷静というよりも平淡へいたんで、どこか他人事ひとごとのようだった。彼が悪いわけではないのはわかっていたが、サヤカは思わず怒声どせいを上げた。

「被害が出てなくても、こんなの、みんな怖いじゃない!」

 その言葉に驚いたような顔をしてから、ジルはサヤカからレオの背中に目を向ける。

「……ええ。奴は今、人の身は守っていても、人の心を守ることは放棄ほうきし、ただおのれのために戦っている。――今のレオを見ても、あなたはまだ奴を気高い騎士だと言えますか?」

 刺々とげとげしい声でそう言って、ジルの銀のひとみがじっとサヤカを見つめる。

(何だろう、この人の、この言い方……)

 ただただ聖騎士達をきらっているだけかもしれないが、サヤカには何かが引っかかる。しかし聖騎士をバカにされるのも我慢がまんならない。

「私の知ってるレオは、そんなことしない! きっと何か事情があるはず!」

 どうして回避かいひできる危機ききを放置しているのか、その理由をくために、サヤカはレオのもとへ走り出す。後ろからため息が聞こえた後、ジルの足音と、呆れた声が追いかけてきた。

「まあ、いいでしょう。一度その目で、奴を見てみればわかりますから」

 その言葉にさらに腹立ち、サヤカは足を速めたが、ジルは焦る様子もなく後ろを歩いてきた。



※次回:2019年2月15日(金)・17時更新予定

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