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町の灯りが多くなってくる。サヤカはやはりこの町に見覚えがあり、思わず声が上ずる。
「ね、ねえ、ここって、もしかして、もしかしなくとも……っ!」
「ここは獅子座を司るレオの守護する町です。……サヤカさま?」
後ろを向き、サヤカは喜びを噛みしめるように拳を握り締める。
「やった、いきなりレオに会える……!」
サヤカのその言葉に、ジルが少し不機嫌そうに目を細めた。
「あなたが最初はレオからだと仰ったので、レオの前に召喚したんですよ? てっきり力を奪ってくださるのかと思っていたんですが、まさかご自分の役割を自覚していなかったとは」
「え? 私そんなこと――あ。言った、かも……」
そういえばゲームを始める前の質問に「やっぱり最初は最推しのレオからかな~」と言った気がする。ただしそれはジルの言う『力を奪う順番』ではない。
サヤカはふとジルの言葉の中に重要な単語が含まれていたことに気付く。
「ん? レオの前? ってことは、あそこにレオがいたってこと!? 全然見てなかった!」
「レオに気付かなかった理由も、面と向かって会えばわかるでしょう。もう少し移動します」
ジルは町の中心部をさして再び歩き出すが、サヤカは胸を押さえて立ち止まった。
「待って、心の準備が……! だってレオさまが、動いて、喋って、呼吸してるのよ……!?」
「……まあ、彼も生きていますからね」
心底何を言っているのかと、ジルは呆れと怪訝さを表情に滲ませる。彼にとっては当然のことでも、サヤカにとっては衝撃の事実だった。
「レオさまが……生きてる……!?」
聖騎士の中でも最強の男。それがレオだ。
『目に映るすべての人を守る』と誓い、そしてその通りに行動した、最強の名に恥じない強さと気高さを持った騎士。そしてゲームでは硬派でなかなか主人公に素直になれない。でも実は面倒見が良くて優しい――いわゆるツンデレというギャップが、ゲームファンの間でも大人気のキャラクターだ。サヤカも例に漏れず、その一人だった。さま付けされるのを嫌がる様子がまた人気を呼び、愛称はすっかり『レオさま』になっている。
サヤカの驚愕の表情にさらに怪訝そうな顔をして、ジルは歩き出す。
「……何でも構いませんが、ここは怪物が現れている町です。俺から離れないでくださいね」
そう言ってジルはさっさと歩いて行き、サヤカも慌てて彼の背を追った。そういえば、一人称が『私』から『俺』になっている。というか対応が若干雑になっている気がするが、サヤカには心当たりしかないので黙っていた。
(でも、だってしょうがないじゃない。同じ次元で生きてるのよ? 二次元の憧れの騎士さまが! そんなの興奮するなってほうが無理じゃない!? 無理ー!)
サヤカの歓喜と興奮は、何かが崩れるような爆音と、人々の悲鳴によって掻き消される。
「な、何……!?」
慌ててジルの傍に駆け寄る。先ほどより大きな咆哮が聞こえ、思わずジルの腕を掴んでしまった。彼のことを信じ切ったわけではないが、今サヤカがこの世界で頼れるのは彼しかいない。ジルを見上げると、厳しい視線で遠くを見ていた。
サヤカも目を凝らすと、ライオンや虎に似た猛獣が暴れ、町の外れで煙が上がっていた。
「あれが、怪物……? で、でかくない……?」
ゲームと実際に見るのとではやはり違う。ジルは焦りもせず、サヤカの言葉に首を振る。
「いえ、特別大きな個体ではありません。ですが、少々数が多いですね」
「ねえ、何でレオさまは来ないの?」
レオならきっとすぐ討伐に来るはずだ。が、辺りを見回しても、彼の姿は見えない。
「クズだからでしょう」
「……あ?」
ジルの返答に、自分でも驚くぐらいにドスの利いた低い声が出た。
「レオさまがクズ!? あんたレオさまのこと知らないでしょ!?」
「知ってますよ。嫌というほどね。だからあなたを喚び出したんです。――やっと来ました」
ジルはそう言って、傍にあった塔を見上げる。
物見の塔なのだろう。そこに彼の姿はあった。背が高く、鍛えた身体に、燃えるような朱色の髪。腰に携えた長剣。立っているだけで力強いその出で立ち。遠目からでも、サヤカには彼が誰だかわかった。
「レオさま! ……ん?」
(さっき追いかけてきた人にちょっと似て……いや似てない似てない何考えてるの私!?)
あんなに柄の悪い男と、気高い聖騎士が似ているはずがない。頭をぶんぶん振ってその思考を追い出し、サヤカは彼の姿に目を戻す。
きっとレオなら、すぐさま怪物を倒しに走り出すはず――サヤカはそう信じていた。しかし怪物の咆哮と足音は、どんどん近づいてくる。レオはそれを見ているだけだった。
「どうして、何もしないで見てるの……? あ、状況を把握してるのか!」
自分に言い聞かせたつもりだったが、答えは隣から返ってきた。
「何もしていないんですよ。証拠に奴は、部下にすら命令を出していないじゃないですか」
「私達に見えないところでやってたかも――」
「以前なら、今も指示を出し、自分も怪物に向かっているところです」
ジルの冷静な言葉に、何も言い返せない。
レオは怪物を睨みつけているだけだ。彼の部下であろう騎士達は、焦って走り回っている。動きがバラバラで、伝達もうまくいっていないように見えた。そんな騎士達を見ていると、物見の塔からレオが飛び降り、怪物とは真逆の方向へ走っていった。
レオの行動理由がわからない。サヤカは戸惑いながら、ジルを見上げる。
「ね、ねえ、何とかしなきゃ……!」
「そうですね。このままでは、怪物が避難区域に侵入してしまいます」
ジルが指さす方向は、レオが向かって行った方向でもあった。小高い丘の上に高い壁に囲まれた区域がある。逃げ惑う人々は、皆そちらへ向かっていた。
ジルの言っていることを理解して、サヤカは唖然とする。
「待ってよ、それって……ものすごく危険じゃないの?」
「危険ですね。ですが一応、レオは今まで再出現した怪物はすべて倒し、被害者はいません」
ジルの声は冷静というよりも平淡で、どこか他人事のようだった。彼が悪いわけではないのはわかっていたが、サヤカは思わず怒声を上げた。
「被害が出てなくても、こんなの、みんな怖いじゃない!」
その言葉に驚いたような顔をしてから、ジルはサヤカからレオの背中に目を向ける。
「……ええ。奴は今、人の身は守っていても、人の心を守ることは放棄し、ただ己のために戦っている。――今のレオを見ても、あなたはまだ奴を気高い騎士だと言えますか?」
刺々しい声でそう言って、ジルの銀の瞳がじっとサヤカを見つめる。
(何だろう、この人の、この言い方……)
ただただ聖騎士達を嫌っているだけかもしれないが、サヤカには何かが引っかかる。しかし聖騎士をバカにされるのも我慢ならない。
「私の知ってるレオは、そんなことしない! きっと何か事情があるはず!」
どうして回避できる危機を放置しているのか、その理由を訊くために、サヤカはレオの許へ走り出す。後ろからため息が聞こえた後、ジルの足音と、呆れた声が追いかけてきた。
「まあ、いいでしょう。一度その目で、奴を見てみればわかりますから」
その言葉にさらに腹立ち、サヤカは足を速めたが、ジルは焦る様子もなく後ろを歩いてきた。
※次回:2019年2月15日(金)・17時更新予定