第一章 自殺は他殺より神を困らせる ⑤
ハンナが応じた。最低限の生活はできるとして、物騒なのは嬉しい話ではない。トーナが変なものを引き当てないか、それだけが気がかりだ。
「みんなは一等とか?」
「ご明察。俺達はみんな、一等団員だよ」
クラウが得意顔で答えた。四人の実力の程はまだ分からないが、それでも相応に強いことは、雰囲気から察せられた。
「あ、これ良いじゃん!」
トーナが楽しげに声を上げて、束から依頼書を一枚引き抜いた。
「これ、あたし達で引き受けます!」
そう言って差し出した依頼書を受け取ると、受付嬢の顔が曇った。
「あ、いや。これはちょっと……」
「ルンさん、偵察だって。これなら楽勝でしょ?」
どや顔のトーナ。確かに、戦闘をする必要がないなら、それに越したことはない。
ただ、その任務がトーナの思うほど簡単なものではないことを、ルンは受付嬢の反応と食堂のざわつきで感じ取っていた。それを裏づけるように、クラウも怪訝な顔で依頼書を受付嬢から取り上げて目を通し、小さく首を振った。
「トーナちゃん、この依頼は止めといた方が良い」
「え?」
「確かにこれは三等団員を募集してるけど、危険度で言ったら二等団員が出張るくらいのものだ。君にはまだ早いと思うな」
トーナは納得していない様子だ。ルンとしても、何も知らないまま引き下がりたくはない。
「実態は偵察じゃないってことか?」
「いや、偵察は偵察なんだが、相手が悪い」
クラウの答えに、ハンナが補足する。
「偵察対象は、ペルグランデっていう大型のドワーフでね。こいつが群れを率いてるんだ。数は一〇から二〇。三日前、こいつらの討伐に向かった二等団員の一団が、それっきり帰ってきてない」
「ドワーフって、髭生やしてる背の低い人間みたいなやつ? あいつら味方じゃないの?」
ファンタジーの世界では定番なだけに、敵がドワーフと聞くとどうにも違和感がある。訝るルンに、ハンナが半ば呆れたような笑みで返した。
「あれが味方なわけないでしょ。ガーガー吼えて斧振り回す化け物だよ?」
「え、嘘……」
「お前さんの国じゃ、ドワーフっていうのがどういう連中なのかは知らないけどな。少なくともこの辺でドワーフと言ったら、
本来ならそういう役回りは、オークかゴブリン辺りが妥当だろうに。神は世界の基本は使い回しであるかのような物言いだったが、細かいところで差異がありそうだ。
「よその大陸って、ここよりよっぽどヤバそうだね」
「案外魔族とも上手くやってるのかもしれねぇよ。エルフが味方になってくれてるのかもしれないしな」
ハンナとクラウが、ルンの故郷についてあれこれと想像して話し合う。そんな二人をよそに、クロードが諭すように、
「まぁドワーフの大陸ごとの違いはさておき、とにかく君達にはまだ早いと思うよ」
格上の団員が集団で挑んで、おそらく敗北した相手。その偵察ともなれば、彼の諫言も当然のことだ。
「偵察依頼もそうだけど、自衛団からの依頼っていうのは、基本的に相当危険なものばかりだ。悪いことは言わない、他のにしとけ。確か電気トカゲの駆除依頼なんかもあったはずだし、まずはそういうので経験を積むことだ」
一等団員の助言に異議はない。この世界の住人になったばかりでも分かることだ。小さなことからコツコツと積み上げていけ、というのは、年長者なら誰でも言うことだし、ルンも社会人になりたての頃にそう教わって、実践してきた。
だが、せっかく異世界に来たのに、同じことを繰り返すのは、どうにも面白くないと思えた。
「トーナちゃん、ちょっと」
トーナを呼び、クラウと受付嬢に背を向けて訊ねる。
「トーナちゃんの銃って、本物なんだよね?」
「そりゃもちろん」
「威力はどのくらいなの?」
「何か、あたしのさじ加減で威力調整できるみたい。多分だけど、鉄を貫通するくらいならできると思う」
すごく便利だな、と思うルンに、トーナは質問の意図を察して、
「ルンさん、引き受ける気でしょ? あたしは賛成だよ。あんなに言われるとちょっと楽しみだし」
「ここは普通、恐がる場面じゃない?」
「異世界に来たんだからこのくらい冒険しないと。どうせもう一回死んでるし、恐いものなんてないでしょ」
大した度胸だと感心しつつ、ルンも彼女の意見には賛成だった。
「ちょっと話したんだけど、その依頼引き受けるよ」
「なっ……話聞いてなかったのか? 危険だって!」
「偵察だけすれば良いんだろ? 危険なことはしない、偵察だけに専念するから、やらせてくれ」
大口を叩いても信用されないし、それ以上食い下がっても話が拗れてしまうだけだ。それなら、相手の言い分を尊重しつつ、我を通す方が手堅い。
「……偵察だけだぞ?」
ため息を吐いたクラウは、釘を刺すように言った。これ以上引き留めても言うことには従わないと悟ったのだろう。
「じゃあ、こうしよう。俺達も今夜出発する。で、夜更けにお前達と合流して情報を受け取って、襲撃をかける。それでどうだ?」
「あぁ、了解。こういう時って、報酬は半々に分ける?」
「偵察分はお前らの全取りで良いよ。討伐報酬は手伝ってくれたら半々にするが、まぁ今回は止めといた方が良い」
「そうだなぁ。何事も安全第一だし」
心にもないことを言うルンの背後で、トーナはニヤケ顔を手で覆った。
4
ドワーフの巣穴は城壁で囲まれた街から馬車で三時間も進んだ先の洞窟にあるという。
自衛団の馬車を手配してもらう間に、クラウから聞いたところによれば、元々洞窟の近くには村があって、そこからドワーフ討伐の依頼を受けたのがきっかけだった。そこで二等団員を派遣したところ連絡が途絶え、数日中に一等団員を中心とした討伐部隊が編成されることになっていたのだそうだ。
「村は全滅して、今はもう廃墟だって。思ったより陰鬱な世界だね」
「だね~。腕が鳴るよ」
馬がのんびりと引いて揺れる馬車の中で、トーナは御者席で手綱を握るルンに得意顔でそう答えて、得物の拳銃を抜いた。
ルンはその得物に目をやった。やはりどう見ても、この世界の技術で作られた代物ではない。ポリマーフレームで人間工学に基づいて作られた、二一世紀の自動拳銃だ。
「トーナちゃんのその銃って、前の世界で持ってた武器とか?」
「え? いやいや、こんな物騒なもの持ってるわけないじゃん」
至極まともに否定された。それはそうである。
「神様からもらったんだよね。この世界で活躍できるように、って」
そんな特典一つももらっていないだけに、ルンの胸中は複雑だった。とはいえ、トーナはまだ子供。こんな物騒な世界で生きていくことは困難と判断してのことだろう。
「これすごいんだよ? 弾切れしないし、どんなに乱暴に扱っても壊れないんだって。実際一〇〇発くらい撃ってみたんだけど、びくともしないの!」
「完全にチートアイテムじゃん……」
いくら何でもそれはやりすぎではなかろうか。自分との待遇の差に、ルンは唖然とした。
「もしかして、ラテン語が分かるのも……?」
「うん。あたし、英語もそんな得意じゃなかったし」
「良いなぁ~!」
うなだれるルンに、トーナは笑う。
「あたしは歩けるだけで良かったんだけどね。神様って結構優しいよね」
「歩けるだけで?」
聞き咎めたルンに頷く。
「あたし、歩けなくなっちゃったんだ。事故に遭って」
そう言ってトーナは自動拳銃をしまい、馬車の外に目を向ける。時刻は判然としないが、空は夕焼け色を濃くしている。もうすぐ日が暮れそうだ。