第一章 自殺は他殺より神を困らせる ④
一八歳から入団可能なら、一六歳のトーナにとってはそういうことになる。正直に言ってしまった以上、もう年齢を誤魔化すこともできない。
「う~ん、どうしようかな……」
腕を組んで難しい顔をするトーナ。そう簡単に引き下がりたくない気持ちは分かるし、さっきの悪漢相手の大立ち回りを見た限り、彼女の能力はこの組織に売り込む価値が十二分にあるはずだ。
「何かトラブルか?」
悩むトーナへ、そこで救いの声がかかった。食堂のテーブル席から事態を見守っていた青髪の男が、三人の仲間とともに受付へやってきた。
「あ、クラウさん!」
若い受付嬢が頬を染めて、改まった様子で男に向き直る。
鎖帷子を纏ったがっしりとした肉体に、腰には一〇〇センチほどの長さの剣。青い髪は後ろでまとめて、端整な顔立ちに浮かべた笑みは自信を湛えている。
「わあ、イケメン!」
テンションが上がるトーナ。ルンはと言えば、関心は腰の剣に向いていた。年季の入ったロングソードは、彼に歴戦の猛者らしい風格を持たせている一番の要素だ。
「実はこちらの子が、入団したいと言ってて……」
受付嬢がトーナの方を指して、クラウに答える。
「ただ、年齢が一六歳ということだったので、入団できない旨をお伝えしたところです」
「一六歳かぁ……所長にはもう報告した?」
「いえ。今来られたばかりですし、所長は今日不在ですので」
「あぁ、そうなんだ」
クラウは頷いてから、トーナとルンにいたずらっぽい笑みを向けた。
「あのさ。実はちょっとした裏技があるんだけど、教えてあげよっか?」
「え? どんな?」
トーナが目を輝かせてクラウに訊く。クラウはトーナの耳にこそこそと囁き、それを聞いたトーナはルンの方へ何やら悪巧みを思いついたように笑みを浮かべた。
「ほら、やってみな」
「はい!」
クラウに背中を押されて、トーナは大きく頷く。そして再度受付の方へ向き直り、
「ルンさんが自衛団に入団して、私はその見習いになります!」
「はあ……は⁉」
指差して、突然名前を告げたトーナに、ルンは声を上げた。
「クラウさん、女の子にそれは……」
「大丈夫だって。こういう子は積極的に取り込まなきゃ。案外ハンナみたいな武闘派かもしれないし」
得意満面を絵に描いたようなクラウの笑顔に、受付嬢も肩をすくめる。
「分かりました。じゃあ、こちらの入団届にお名前を書いてください」
「は~い!」
「ちょっと⁉ 俺は入らないよ!」
入団の流れができつつある。慌てて訂正を試みるが、そこへトーナが、
「ダイジョブダイジョブ! ルンさんはついてきてくれるだけで良いから!」
「いやそれ結局危ないやつじゃん!」
「いざとなったらあたしが守るって! ここはノリと勢いが肝心だよ!」
そう言いながら、トーナはすらすらと入団届の必要事項を埋めていく。大学で履修したおかげで、それがラテン語であることは分かったが、記憶が古過ぎて読み取ることはできない。
「……ていうか、何でラテン語書けるの?」
「え、できないの?」
「できないよ!」
「嘘だ~! ……あぁでも、それならなおさら、あたしと一緒に行動しなきゃでしょ?」
ひょっとしてトーナちゃん、生前はとんでもない天才だったのだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、読み書きができない以上、トーナに頼らざるを得ない現実を前に、ルンは折れざるを得なかった。
「ということで、ルンさんとあたし、ペアで入団しま~す!」
満面の笑みで入団届を受付に提出するトーナ。受付嬢はそれを受け取って記入事項を確認すると、小さく頷いて受理した。
「では、ルンさんが正式団員、トーナさんが団員見習いということで、登録しますね」
「やったね!」
「やってくれたね……」
喜ぶばかりのトーナに、ルンは肩を落とす。装備なんて何も持っていないのに、こんな武闘派組織で何をすれば良いのやら。
「で、依頼ってどんなのがあるんですか?」
希望で目を輝かせるトーナが、受付嬢に訊ねる。
「そうですね。今来ている依頼だと、こちらになります」
受付嬢はそう言って、紙束を差し出した。依頼が書かれた紙を紐で留めたものだ。
「ダメだ、何て書いてあるか分かんない。トーナちゃん、読んで」
「オッケー」
正規団員はルンの方だが、実際のところ主役はトーナ。依頼内容には興味がないし、あっても読めないから、トーナに選ばせることにした。
「なるべく簡単そうなのね」
「分かってるって~」
ニヤケ顔で依頼書の束を捲るトーナが生返事をする。本当に大丈夫だろうかと不安になっていると、
「文字が読めないって、お前さん、大陸の外から来た人?」
そばでやり取りを見守っていたクラウが声をかけてきた。
「こんな海もない国までわざわざやってくるなんて、出稼ぎか何かか?」
内陸の国に海から渡ってきた人間がいるとなれば、不自然に思われるのも無理からぬこと。とはいえ、詮索されても説明が難し過ぎるし、信じてもらえる自信もない。
「何となく、一番良さそうな国かな、って思って……」
「まぁ、この大陸で
どうやら納得してくれたらしく、クラウは腕を組みつつ小さく頷いた。
「というか、その服結構上等なやつじゃねぇか?」
筋骨隆々のスキンヘッドの男が、ルンのスーツ姿を見咎めると、茶髪のストレートヘアに褐色肌の女がそれに続いた。
「ほんとね。あの子はカーバンクル連れてるから、魔導士とか?」
「カーバンクルって、あの白い動物のこと?」
そういえば、トーナに絡んでいたあの賊の三人も、あの小動物をそんな風に呼んでいた気がする。そんなことを思っていると、茶髪の女が咎めるように訊いた。
「カーバンクルって、大陸の外から来た動物だよ。あんた大陸の外の人間なのに、知らないの?」
道理でラテン語らしからぬ発音で呼んでいるわけだ。外来種だから外国の呼び名が定着したのだろう。
「俺の地元にあんな動物いなかった気がするから、大陸違いかも……」
「え、じゃあどこから来たの?」
これ以上深掘りされてはボロが出てしまう。話題を逸らすことにした。
「と、ところで皆さんは?」
「僕らはクラウと同じパーティでね。まぁ、仕事仲間ってとこ」
眼鏡をかけた青年が、柔和な笑みで乗ってくれた。
「僕はクロード。で、こっちの巨漢がラズボアで、茶髪の恐そうなのがハンナ」
「恐そうなのは余計だよ、馬鹿」
「まぁ間違っちゃいねぇな!」
見るからに怪力の持ち主といったスキンヘッドのラズボアが、膨れっ面を作るハンナを笑う。
「俺もトーナちゃんも、今日ここに着いたばっか。自衛団って、何する組織なの?」
「知らないで来たのか?」
「うん。トーナちゃんの付き添いのつもりだったから」
事情を知ったクラウは、やや同情気味に苦笑する。
「早い話が、魔族専門の賞金稼ぎだ」
「魔族専門?」
「そう」
腕を組みつつ頷くクラウに、クロードが続く。
「城壁の外にいる魔族を撃退したり、街に入り込んだ魔族を討伐したり……街の治安は帝国軍が守ってるけど、魔族討伐までは余裕がないから、そこで僕達が軍の代わりに街を守るってわけ」
差し詰め軍は対人間、自衛団は対魔族と、担当で棲み分けをしているようだ。とはいえ、人間相手の軍より、魔族を相手にする自衛団の方が、大変そうではある。
「ちなみに報酬ってどのくらいもらえるの?」
「生活には困らないくらいもらえるよ。あんた達は三等団員からだけど、最近は物騒で単価も上がってるし」