《第二話》(3)

 最初その言葉を聞いた時、鳥の名前かと思った。けど、絶対に違う。

 ただ──わたしはあれこれ考える前に、先にろうくんの手首を強くぎゅっとつかんだ。

「……ダメだよ、ろうくん。そんな顔しちゃ」

「……。顔を見てから言ってくれよ」

「見なくても分かるってば」

「構えンな、《羽根狩り》。《ハク》の嬢ちゃんも」

 わたしとろうくんの過去を知っている人は、あんまり居ない……と、思う。

 だからこそ、わたし達と面識がないのにそれを知っている人は、

 ろうくんは、そういう危ない人達に向けて、もっと危ない顔をする。

 そんなのはもう、必要ないのに。そういう顔は、しちゃいけないのに。

「あの、おじいちゃん。どうしてわたし達のことを?」

「孫が何度かオメェらの写真を見せて来た。そんなハイカラな髪色、見間違えるわけねェ」

「あ、いや、わたしのこれは《祝福ブレス》の影響で……」

 そこまで言い掛けた時点で、わたしはようやく思い至った。この場所を教えてくれたのはよしで、そして彼女の祖父がどんな仕事をしているかを。

「……孫って、もしかして、よしのおじいちゃんですか? 《雲雀ひばり》を作ったっていう、あの」

「そうだ。あの馬鹿、何も言ってねェのか。お陰で久方振りに浴びちまった」

「申し訳ない。さんのおじいさんでしたか。金物屋を営まれているとは知らず」

「あれ? でも、よしのおじいちゃんって、確か刀鍛冶をしているはずじゃ……?」

「もう刀は打ってねェ。おれの刀は《雲雀ひばり》でしまいだ」

 過去によしが言っていた。《雲雀ひばり》を作ったのは自分のおじいちゃんだと。

「嬢ちゃん。《雲雀ひばり》はどうだった?」

「え? えーっと……」

 昨日かぼちゃをスパスパしてました!! とはさすがに言えないよね……。

「げ、元気です! 昨日もアルコールをたくさん浴びて……」

「飲んだくれかよ……」

「おい。?」

「へ? 折れて……ないです。大切にしてるのでっ!」

 もう《雲雀ひばり》と出会って十年つ。家電でも十年つ方が少ないので、そういう意味では《雲雀ひばり》はとても長生きと言えるだろう。なのでわたしはおじいちゃんに褒められるかな、と思った……ら、おじいちゃんは腕組みして少し考え事をするような素振りを見せていた。

「──あらゆる道具には役目ってモンがある。その役目を果たすまで道具は生き続け、そして果たせば死ぬ。包丁が折れたのは、駄目ンなったからじゃねェ。包丁そいつにとっての何かを終えたから死を選んだだけだ。そこに、人間の介在する余地はありゃしねェ」

「面白い考え方ですね。人間が道具を壊したのではなく、道具側が死を選んでいる、と」

「ちょっとむずかしいお話ですな……」

「《雲雀ひばり》が折れてねェのなら、それは《雲雀ひばり》にゃまだ何かしら役目があるからだ。おれァてっきり、十年前の戦いでアイツはもう折れたとばかり思っていた。そうったからな」

「えっと、もしあれでしたら、お返ししましょうか? 《雲雀ひばり》……」

「馬鹿言うンじゃねェ、嬢ちゃん。ガキを送り出すことに喜ぶ親は居ても、出戻りするガキに喜ぶ親なんざ居ねェだろ。《雲雀ひばり》は、嬢ちゃんと──ついでに《羽根狩り》のモンだ。まだ折れてねェのなら、いつか折れるその日が来るまで、大切にしてやってくんな」

 おじいちゃんはそこでようやく歯を見せて笑った。その笑顔は、よしのそれにちょっとだけ似ている。最近、よしに直接会ってないから、なんだか会いたいなぁと思った。

「で、包丁はどうする? その《雲雀ひばり》と似た感触のやつでいいか、りつ?」

「ろうくんがこれでいいなら、これがいいかなーって」

「じゃあこいつにしようか。すみません、買います」

「毎度。チンタラ悩まねェのは──」

「おいわにぶちのジジイ!! ブツの引き取りに来たぞボケ!!」

 お会計をしようとしたら、店先でいきなり大きな声が。びっくりした……。

 何事かと二人で振り向くと、ガラの悪そうな人がおじいちゃんをにらけている。

「商売中だ。帰ンな」

「知るか! こっちが先だ! ジジイ、俺は前に出せる限りのポン刀用意しとけってテメェに言ったよなぁ!? 準備出来てんのか!?」

「最近のヤクザは看板も読めねェのか。ウチは金物屋だ。刃物はあっても刀は置いてねェ」

 いや~な単語が耳に入った。怖い人はずんずんとこちらに詰め寄って、おじいちゃんに唾が全部掛かりそうなぐらい顔を近付けている。ちらっと首の後ろから刺青が見えた。

「誤魔化すんじゃねーぞ、クソジジイ。テメェが刀を打っては筋モンにバラいてたことぐらい、とっくに調べが付いてんだ。まだ持ってんだろ、なあ? 出せやボケ」

「誰に聞いたが知らねェが、半世紀前の話だ。仮にその刀が残ってたとして、そんないたナマクラでドンパチやるのか? 笑っちまうなァ。ここにある包丁の方がまだ斬れらァ」

「……痛い目に遭わねえと分かんねえか、オイ」

 怖い人が右腕を振り上げる。その瞬間、わたしは反射的におじいちゃんの前に身体からだを滑り込ませていた。ぴく、と怖い人が一旦動きを止める。

りつ!」

「嬢ちゃん。オメェらには関係ェ話だ。首突っ込むンじゃ──」

「何だテメェ?」

「先客です! ご老人に乱暴するのはよくないでしょ! やめなさい!」

かたか? キーキーうるせえ女だな。自分は乱暴されねえとでも勘違いしてんのか?」

「カタギじゃなくてさいがわですけど!!」

「おい《羽根狩り》。嬢ちゃんはアレなのか」

「国語が苦手なんです。わいいでしょう?」

「オメェもアレなのか……」

 後ろでおじいちゃんとろうくんがひそひそ話をしている。

 え、わたし別に変なこと言ってないよね?

 カタギってカタギさんってみようのことだよね? わたしさいがわですけど!?

「……。バカ女が。顔ゆがませてもっとブスにし「俺の嫁のどこがブスじゃクソボケがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────────────ッッッ!!!」ぶぇあ!!」

「あっ、ろうくん……」

 音速でろうくんが怖い人をぶっ飛ばしてしまった。「狭い店内で暴れンな」とおじいちゃんが言っているけれど、ろうくんはそれを見越して地面にたたけるようにして倒したみたい。

「し、しまった。つい手が……」

「だから言ったンだよ、オメェらは首突っ込むなって。手前てめえの落とし前ぐれェ手前てめえで付けらァ」

「すみません……」

「で、でもっ! けっこーおじいちゃんも危なかったというか、黙って見ていられないというか、そもそもろうくんはそこまで悪いことは……」

 怖い人はすっかり伸びてしまっていた。別に、わたしが相手にしてもろうくんが相手にしても、結果は変わらなかっただろう。どっちかが、いずれはやってしまっていた。

 けど、おじいちゃんがその軽はずみな行動そのものをとがめていることも、分かる……。

「オメェらなら分かるはずだ。このボンクラはかすでしかねェが、背後には『組』ってェ組織がある。そこに一般人が弓引くことが、どれだけ危険なことかってくれェはな」

「……軽率でした。申し訳ない」

 ろうくんが深々と頭を下げる。人は、一人っきりで生きていられる生き物じゃない。学校や会社など、色々な集団に属して生きている。この怖い人は一人で来ただけで、実際はその後ろに、もっと大人数の怖い人達がいる。だからあそこまで乱暴で大きな顔が出来ちゃう。

 おじいちゃんはふうと大きないきをつく。あまり、怒ってはないみたい。

「まァ──嫁さんを目の前で愚弄されても動けねェような垂れが、あの《ハク》の旦那じゃなくて良かったとも思うがな。男としては立派だよ、オメェは」

 むしろその逆で、今度はうなずいて笑ってみせた。

 とはいえ、やってしまったことに変わりはないので、ろうくんはちょっと困惑気味。

「ははは……ありがとうございます。でも覚えられましたよね、顔。はあ、どうしよう」

「ここ最近どこぞのバカタレが、次々とヤクザ共を理由なく襲っているらしい。今更おれン店まで来て武器をあつめてンのも、それだけ連中が追い詰められているからだ。つまり、かたのオメェらにかかずらう余裕なんざねェさ、安心しな」

「あの、カタギじゃなくてさいがわですけど……」

「そうですよ。俺はさいがわろうで、こっちはさいがわりつです。カタギさんじゃありません」

「オイ嫁の無知に全力で乗っかンじゃねェ」

 よく分からないけれど、そういえばおじいちゃんに自己紹介していなかったので、それが出来たということにしておこうっと。

 おじいちゃんは怖い人の首根っこをつかんで、店先まで引きずっていく。

わにぶちさん。そいつをどうされるんですか?」

「後でサツに突き出す。困ったら公権力に頼ンのが一般市民だ。覚えときな」

「そっかぁ……そうだよね。今度はそうします!」

「もうこんなことはゴメンだけどな……」

 おじいちゃんは店の前に怖い人を蹴り転がして戻って来た。その手にはスマホが。

「わ。おじいちゃん、スマホ使えるんですね! かっこいい!」

「ハ。孫が持てってうるさくてなァ。店ン中にも防犯カメラを勝手にあちこち置きやがって」

「思ったより防犯がしっかりされている店なんですね。意外でした」

「どうだかな。おれァ別に、自衛なんざコイツさえありゃ充分よ」

 おじいちゃんはじんべいうちから、ちらりと小太刀の柄をのぞかせた。あれ、でもさっき──

「おじいちゃん、刀は置いてないって怖い人に──」

ひつきようおれァ刀鍛冶よ。もう打たねェだけでな。コイツが無い生活なんざ考えられねェさ」

「な、なるほど……?」

「しっかりしている、というよりも……結構したたかってことですね」

 あんな怖い人には負けないくらい、おじいちゃんはあらゆる面で強いのかも。わたしやろうくんに首を突っ込むなって言った理由は、そういうことなのかな。

 おじいちゃんは通報した後に、ようやく本来の目的である包丁のお会計をしてくれた。

「ついでだ、いしも付けとく。手入れすりゃ、そいつァ十年は余裕で使えるからな」

いんですか?」

「やったぁ! ありがとう、おじいちゃん!」

「気にすンな。それと、もし《雲雀ひばり》に何かあったらウチに持って来な」

 もう使うことはねェだろうが──と、おじいちゃんは付け加えた。確かに、もう使うことはない。でも、自分の刀を気にかけてくれる人がいるのは、とってもうれしいことだよね。

「分かりました! けど、何もなかったとしても、今度また遊びに来ます。よしと!」

「そうかィ。そん時ゃ、茶菓子の一つでも用意して待ってらァ」

「色々とご迷惑をお掛けしました。それじゃ、俺達はこれで」

 警察が来る前に退散しろ、ということで、わたし達はお店を後にする。

「──仲良くやれよ、ご両人。応援してらァ」

 最後におじいちゃんが、そう小さく言っていたのを、わたしもろうくんも耳にした。

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