【大増量試し読み】お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。1巻

インテリヤクザの試験期間 3

 気がつくといつの間にか、俺が問題を解いて、先生に解説するという状態になっていた。

 しかし人に教えるというのは、それだけ自分も身につくものだ。先生も聞き上手なところがあって、俺もやり甲斐がある――一人で勉強していた時とは、進み方が全く違う。

「涼太くんは、聞いていたとおりに優秀なんですね。凄いです」

「い、いや……石川先輩が一緒なので、やる気が出たんです。いつもは一人なので……だから、ありがとうございました」

「……試験期間なら、学年が違っても一緒に勉強できるかと思って。迷惑でなかったなら良かったです」

 石川先輩が微笑む。岸川先生は、もうこうやって試験勉強をする必要なんてないのに、俺の勉強に付き合ってくれた。

「海原くんがいつも一人で勉強しているなんて、勿体無いと思います。だって、こんなに教えるのが上手なんですから」

 岸川先生が本当に俺の先輩だったら、俺はどうしていただろうか。先生と生徒でなくて、こうして同じ生徒として出会っていたらと想像する。

「……もし、私が……」

「え……石川先輩?」

「い、いえ、何でもありません……涼太くん、もうそろそろ閉門の時間ですが、まだ勉強していきますか?」

「俺はそろそろ帰ります。ちょっと用事があって」

「分かりました、私も途中まで一緒に……」

二人で帰り支度を始めようとした、そのときだった。

 本能が警告する。この状況を見られてはいけない人物が何人か存在して、俺の視界に入っている彼女は、その中の一人に含まれている。理解はしてもそれがどれくらいのピンチなのか分からないほど、空野先輩の姿は不意に現れた。

 まだ見つかってはいない。しかし今から席を立っては目立ちすぎる。見られずにこの場をやり過ごすには、と考えたところで。

「りょ、涼太くんっ、すみません、少し机の下にっ……!」

「えっ……い、石川先輩、うわっ……!」

 俺よりも石川先輩の方が慌てていた。先輩は俺を机の下に引きずり込む――四人掛けのテーブルなので下に入る余裕はあるのだが、急いだ拍子に、石川先輩に押し倒される形になってしまった。

「す、すみません、涼太くん。少しだけ静かにして……っ」

 石川先輩――いや、岸川先生は、俺の口に人差し指を当てて、静かにするように懇願してくる。

しかしこの姿勢はまずい。ブレザーの前を閉じられないほど豊かな膨らみが俺の胸板に無防備に押し付けられて、その弾力を遺憾なく発揮している。先生はこのまま胸だけで胸立て伏せができるのではないだろうか。

心臓の鼓動は、こうして密着するだけでも伝わると分かる――トクン、トクンと小鳥のように先生の胸が鳴っていて、これ以上なく緊張していることが分かる。

「……静かに……もう少しだけ……」

 先生がいつもポニーテールにしている髪がほどけてしまって、胸がすくような香りがする。先生の胸からミルクのような甘い香りもしていて、思考がまとまらない。普段バスルームで牛乳石鹸をお使いになっているのだろうか。

 空野先輩はというと、友達と一緒に図書室に来ていたようだ。さっきからいたようなので、今までニアミスしなかったのは幸運だった――しかし、制服を着ている岸川先生の姿を見られたら、顧問として立つ瀬がなくなってしまう感じか。

「奈々海、どうしたの?」

「あ……ううん、ちょっと気になっただけ。何でもない」

 テーブルの下から、空野先輩の足だけが見える。膝下までのソックス――これほど注目することはないし、勿論してはいけない。

 しかし空野先輩は、俺からスカートの中が見える位置まで来てしまう――足元を見られたら終わりという状態で、俺は目を閉じるしかなくなる。

 やがて空野先輩は友達と連れ立って図書室を出ていく。今日はバイトのシフトがかぶっているので、後でまた顔を合わせることになるだろう。

「い、石川先輩、そろそろ……」

「んっ……だ、だめです、涼太くん、そんな……あっ……!」

 何とはなしに身じろぎをしただけなのだが――岸川先生の胸に俺の胸板が擦れて、さらには太ももが先生の足の間に挟まっていて、振動を与えてしまう。

「ふぁっ……ぁぁ……び、びっくりしました……海原くんの足、当たって……」

「す、すみません、先輩……そんなつもりじゃ……」

 スカートの中に足が入り込んでしまっているだけでも先生に恥ずかしい思いをさせているのに、それ以上のことをしてしまった。今みたいな声がさっき出てしまっていたら、きっと空野先輩に発見されていただろう――そう思うと生きた心地がしない。

「……おいたはだめですよ。お姉ちゃんにも心の準備があるんだから……」

 動いた拍子に髪が解け、眼鏡も取れてしまった。岸川先生の大人の魅力が暴走する――潤んだ瞳と唇が艶っぽく、声は耳を蕩かすほど甘い響きで耳朶を打つ。顔を赤くして強がるところも、控えめに言って可愛いとしか言いようがない。先生に可愛いなんてとても言えないのに、考えるだけでも背徳感に近いものを覚える。

 もう少しこのままでいたい。しかし、言わなくてはいけない――この楽園のような状態から、自ら抜け出すのは名残り惜しいが、先生の信頼には代えられない。

「先輩……眼鏡、外れちゃってます……」

「っ……」

 俺は手の届く場所にあった眼鏡を拭いて、岸川先生につけてあげた。変装の要だった眼鏡が外れてしまっていたと知ると、先生の顔がかぁぁ、と真っ赤になる。

 岸川先生がたまに言う「お姉ちゃん」も出てしまっているので、正体は全く隠せていない――それでも。

「涼太くんの眼鏡は、外れにくいんですね……」

 俺を「涼太くん」と呼ぶということは、これからも岸川先生は「石川える先輩」として俺の前に現れるかもしれないということだ。

 テーブルの下から出たあと、岸川先生は身だしなみを整える――途中まで一緒に帰ると言っていたが、誰にも見られない必要があるのではないだろうか。

 しかしそれは、岸川先生と俺の間では、元からなるべく守ってきたルールでもある。制服を脱いで元の先生の格好で帰った方がいいとは、俺はあえて言わなかった。

 少しでも長く「石川先輩」としての先生を見ていたい。悪戯な気持ちではなく、そう思った――それほどに、一緒に勉強する時間が楽しかったからだ。


 バイトを終え、一風呂浴びたあとで自室の机に向かう。先生と一緒に勉強した範囲を補強して、一科目ずつ範囲を固めていく。

 結局、先生はいつも使っている自転車を見られると俺に正体がばれてしまうと気づいて、図書室を出るところで解散となった。

 そのときに、クッキーを渡された。出来合いのものではない、家で作ってきたものだというそれを、俺は久しぶりに使う菓子皿に入れて、勉強しながら一つ口に運ぶ。

「……美味しすぎる……」

 さっくりとした歯ごたえで、口の中でとろける。いつ焼いたものかはわからないが、香ばしさがしっかりとあって、油っぽさもなくさっぱりしているのにコクがある。

 特に牛乳が好きというわけでもないが、このミルク風味は例外だ。豊穣の象徴のような胸を持つ岸川先生が作るミルククッキーは、他のクッキーの追随を許さない、想像の翼を広げさせるような味なのだ。

先生のおっぱいが大きいからと言って、ミルクという言葉から毎回想像を膨らませるのは変態でしかないか。それにしても美味い。練乳みたいな風味で濃厚なミルク感がありつつも、甘みがちょうどよく後を引く。絶賛の感想が止まらない。

 サクサクと口に運んでいるとかなりのペースで減っていく。あとは勉強を終えたときの自分への褒美として、大事にとっておくことにする。

 クッキーの味にひとしきり感激したあと、俺は自然と岸川先生のことを考えていた。

 先生は、どうして制服を着るなんて手段に出てまで、俺と一緒に勉強してくれたのか。

 答えは、考えるまでもなかった。

俺が一人で勉強しているだろうと思ったから、様子を見に来てくれた。先生としてでは俺が遠慮をすると思って、制服を着てまで。

先生はこの学校のOGなので、制服が今でも取っておいてあったのかもしれない。ブレザーの前を閉じられなかったのは、学生時代より成長していることを示している。

あんな先輩が本当にいたらと、ずっと同じことを考えている俺もどうなのだろう。

 ありえないことなのに、夢想してしまう。

 石川先輩と時々学校で会って話をするような関係になって、勉強して。そうやって、学園生活を送れていたら。

 先生と生徒とは全く違う。岸川先生とチャットをすることには遠慮があるが、生徒同士だったらそのルールは必要がなくなる。

 でも先生は先生で、石川先輩は彼女が演じてくれている間だけの存在だ。もし本当にいてくれたらと思うのは、俺の甘い幻想にすぎない。

 先生が制服を着てまで俺に伝えたかったことは、そんなことじゃない。

 学校で俺のことを見ているから、きっと先生もよく分かっている。俺がクラスで孤立していることを。

 そして、自分に対しての「何か怖い」というイメージを、変えるきっかけが掴めないでいること――とうの昔に諦めていることまで、先生には見通されている。

そこまでしてもらって、何もしないなんてありえないか。そうだよな。

 俺は今の状況を、特に変えたいと思っているわけじゃなかった。ただ、歯がゆいと思うことが無かったわけではない。それを不自由と言うほど、学校で接するだけの周囲の人々に期待していなかった。あえて言うなら、いつでも空気を読まず、気兼ねなく馬鹿話をしてくれる純を除いて。

でも、先生にいいところを見せたい。安心させたいというだけで、もう一度頑張ってみるかという気になっている。

 そう上手くいくものじゃない。固まってしまったキャラクターを変えると、逆に引かれるということもあるだろう。だから、少しだけでいい。

 定着したインテリヤクザというイメージを変えるのは一朝一夕では難しいだろうが、怖そうだけど話してみたら普通の人くらいにならないだろうか。自分の目つきの悪さを自認している俺としては、まずは眼光を和らげなければならない。おっとりとした杜山先生を見習えば、少しはましになったりしないだろうか。心根がおっとりしていない上におっぱいばかり気にしている俺が杜山先生に倣おうとするなんて、おこがましいことだと重々分かっているので、俺にできる範囲でできることをやるしかない。


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